10×最低最悪の訪問者

 ピンポーン、というアパートの部屋のチャイムによって俺は起こされた。大学生ということもあって、俺は一人暮らしをしている。それなりに片づけているつもりでも、友人や恋人なんかが訪れないとどうしても油断して汚れてしまう。汚部屋とはいかないまでも、微妙に飲みかけのペットボトルが転がっていたりする。一日でも放置した飲みかけのペットボトルなど細菌が寄ってたかって住み着くらしいので、二度と飲む気がなくなるというのに、いつも残してしまう。癖みたいなものか。

 いつか飲む、飲むと思っていても結局飲まない。行動力の乏しい俺ならではの習慣かもしれない。寝ぼけながら俺は立ち上がろうとするが、ふらつく。すぐさま起き上がることすらできない。

「気分わるっ!」

 俺はあいつらからの奴隷から解放された。自由になれたのだ。もう呼び出されても応じなくていい。嫌な酒なんて飲まなくていい。人間という感情が欠落しているあいつらの相手をしなくていい。もう、俺は自分の意志で生きることができる。従順な僕である必要はなく、空気を読まなくていい。察することなく、俺は一人になれたのだ。

 だから、こんなにも気分が悪くなるのは間違っている。

 これはただの二日酔いだ。

 後悔なんてしたくない。俺は間違ったことをしたかもしれないけど、後悔だけはしたくないんだ。ずっと考えていたことだからだ。だけど、生き方は染みついている。

 俺は他人から優しいと評価されることが多い。それは、褒め言葉が何もないクズに対しての評価だろうが、的を得ているだろう。だって俺は、誰かを傷つけることで自分が傷つくことが怖いのだから。自分を最優先するクズなのだから。だから、俺は他人に必要以上に優しくできるのだろう。自分なんかよりも他人を優先することができるのだろう。

 誰もが他人を排し、じぶんのためだけに生きるというのに。

 俺はまだあいつらのことを考えている。

 友達という無敵の免罪符を使って人の心を、アルミ缶を潰すみたいにグチャグチャにするような連中であったとしても、俺にとっては過去であっても思い出にはまだならないみたいだ。アルバムの写真のように色褪せてしませばいいのに、未だに引き摺っている。心がまだ追いつかない。

 俺は本当に弱い。

 どうしてあれほどまでに覚悟したのに、切り捨てたのに。まだこんなにも期待しているのだろうか。あいつらが改心するんだと。謝ってきてくれるのだろうと。そんなことをされても俺は絶対に許さないし、むしろ苦痛だというのに。それでも俺は物語のように、ハッピーエンドがあるのだと誤解してしまっている。夢見てしまっている。

 この世界に物語なんてなくて、現実があるだけだというのに。

 ピーターパン症候群か何かに憑りつかれているのかもしれない。

 いい加減、俺は目を覚ますべきだ。

 二重の意味で。

「ああ、うるさいっ!」

 さっきからピンポーンを連打される。もしかしたらあいつらかもしれない。ドッキリ! 大成功! 何だよお前ぇええ。なんで着信拒否なんかしちゃっているのお? もっと俺達と絡もうぜ! 友達だろ!? 俺達? だから楽しいって! お前のことなんて一切考えずにちょっと朝から訪問してみたけど! 連絡なんてできないから一切していないけど、どうせ暇でしょ? だから遊ぼうぜえええ、とか言ってくるかもしれない。死ねばいいのに。殺せばよかったのに。

 俺はもう、面倒になってドアノブに手を掛ける。

「だれ――」

 確認すべきだった。ドアノブを回す前に誰が訪問者なのか。レンズで誰がそこに立っているのか確認して、ドアを開けるべきだった。声を出すべきだった。むしろ、出ないという選択肢もあったのに。どうしてもっと熟考できなかったのか。

 昨日なんだかんだで酒を多量に呑んでしまったせいか。そう。あの糞みたいな世界から脱却するために俺は酒をいつもよりも飲んでしまっていた。だからまだ酔いが残っている。しかも寝起き。だから確認が怠ったのはしかたがないことだ。

「よーす。おはよう、翔太ちゃん。ちょっくら俺っちが迎えに来たぜ」

 ある意味では荒井達よりも会いたくない狩野洋平が、そこに嬉しそうな笑顔を輝かせながら立っていた。

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