09×有償の友情

 帰り道。

 うざったく俺達は騒いでいた。

 叫ぶように笑っていた。

 サラリーマン達がこれだから最近の若者は、とかテンプレの批判を呟いていて、ぶん殴りたくなった。俺達が悪いのは分かっているけど、誰かに八つ当たりしたくてしょうがなかったのだ。

 俺は反抗できない。

 だって、そうしたら友達がいなくなる。

 俺の唯一といっていい友達がいなくなったあと、どうすればいい?

 それをきっとこいつらも理解しているのだろう。

 だからこんな態度になれる。

「うぃーす、佐藤、また飲もうぜ」

 肩を叩いてくる。

 何度も、何度も。

 痛いってぇの。

 強く振り払ったら、きっとポカンとなるだろう。

 徳川は、えっ、なんで? なんで俺を裏切るのみたいな顔になるだろう。

 裏切ったのは誰で、裏切られたのは誰か。

 そんなことも分かり得るまま、何もしないでいられるのが羨ましい。

 鈍さとは、生きやすさだ。

 鈍感であればあるほど、人間というものは人生という大海を生きられる。

 誰かのために。

 そんな言葉は戯言だ。

 誰かのためになんて思っていたら、何もできない。

 敏感であればあるほど、人は傷つく。

 鈍感でなければならない。

 自分の傷にも、誰かの傷にも。

 気がつかなければ、傷つかなくてすむ。

 俺も、徳川のようになりたかった。

 そうすれば、俺は何も考えずに徳川を傷つけることができたのに。拒否して、拒絶することができた。今からでもしたい。消えろと言いたかった。もう二度と会いたくなかった。それなのに、どうして、どうして、俺は優しくしてしまうのだろう。傷つけないでいられるんだろう。

 臆病だから?

 誰かを傷つけて自分が傷つくのが怖いから?

 そうかもしれない。

 俺は臆病なだけなのかもしれない。

「ちっ、なんだよ、つまんね」

 俺が何の反応もしないから徳川はそっぽを向いてどこかへ行ってしまう。いや、それでいい。つかえなー、ほんとつまんねーなー、とかそんなことを言われなきゃ俺は何も思わなかったけどな。

 いいよなあ。

 他人に話題を振るだけが取り柄の奴って。

 そういう風に他人を詰れる奴は、いつだって安全地帯にいられる。

 何かつまらないことをしでかしてしまっても、俺のせいにするのだ。責任転嫁。処世術。それに、徳川はそうとうに長けている。自分が傷つかないでいられる術を持っている。鈍感に俺もなりたい。

「やだああ、もう、やめてえ」

「いいじゃん、もう」

 路上だというのに、徳川は胸やら、スカートの中に手を当てている。徳川は酒だけではない、興奮による頬の朱色を隠そうともしない。

 ただの痴女だ。

 露出プレイという奴だ。

 こういうことを本当にやる奴らだから頭が痛くなる。

 AVとか創作の域だ。なんでそういうことするのかな。辛くなってくる。俺は本当に荒井のことを好きだったのか。こういうことを平気でやるような連中と、こんなことをしていても誰も止めようともしない

 普通に警察沙汰だ。

 店内でも相当アウトなのに、路上でやるとさらにアウト臭くなる。

「なあ、もっと遊ぼうぜ」

「おう! そうだな! どこが開いている?」

「近くだと、飲み屋よりもラーメン屋が近いな!」

「おっ! ラーメンいいねえ!」

「うどんでもよくね?」

 盛り上がっている。

 もう少しで十時は超える。

 あと一件行けば、日をまたぐだろう。

 それから、またなし崩し的にカラオケとかに行くことになる。何が楽しいんだろう。そこまでして何を得られるのだろう。こいつらはリア充なのだろう。リアルが充実している連中のはずだ。

 なのに、どうしてそこまで暇なんだろう。

 何かやりたいことはないんだろうか。

 どうして無駄なことに人生を消費できるのだろうか。

 人の命は有限。

 だからこそ、自分のしたいことを見つけるべきなんだ。夢や目標を得ることは教師や親が大切だってよく言っている。だとしたら、無駄なんじゃないのか? こうして友達とだべることは? 飲み会することはどうだ?

 勉強をせずにゲームや漫画を読むことは否定する割には友達と一緒の時間は否定しないことが多いけど、俺にとっては同じことだ。同じ、現実逃避だ。

 友達と一緒にいて得るものがあるのか? 少なくとも、こいつらは何も得ていない。浪費しているだけだ。もしも何か感じるもの、学び取れるものがあったのなら、俺を誘っていない。俺がどれだけ嫌な想いをしているのか察することができるはずだ。自分の親友の元彼女とイチャイチャすることでどれだけ俺に精神ダメージがくるのか理解できるはずだ。いや、そもそも彼女ないのか。俺を騙してそれでも親友面することなんてできないはずなんだ。そんな、人間とは思えないようなことができるのは、なんだろう。

 世間的にはこうやってぐちぐちいうような俺よりも、あっけらかんとしているこいつらの方が正しいのだろう。誰かを傷つけても平然と笑える明るい連中の方が社会にとっては重宝されるのだろう。

 そう思うと悲しくなって涙が流れそうになる。

 俺はゆとり世代とかさとり世代とか、とにかく馬鹿にされ続けた。

 円周率どこまで言える? とか週休二日制なんでしょとか? 色々と間違った知識で説教してくる大人達に、俺はへらっと笑ってそうですねーと答えていた。円周率は割り切れるようになったし、週休二日制と完全週休二日制では意味が違うとか言ってやりたかったが俺は何も言わなかった。小学生からずっと塾に通っていて、土日は一日潰れ、平日も毎日勉強し続けた俺は、少なくともお前らみたいな勉強していない馬鹿よりかは勉強しているつもりでいた。少なくとも適当に他人のことを馬鹿にしているお前らよりかは偏差値は高いつもりでいた。

 毎日努力していた。

 だけど、レッテルは貼られるものだ。

 机にしがみついて努力する奴や、誰かを思いやれる人間なんかよりかも、適当に話を合わせられ、適当に他人を傷つけられる奴らの方が生きやすいのだ。真面目は窮屈で無意味なんだ。だからといって、今さらそれを変えられない。行動しない俺にはきっと、こいつらを否定することなんてできないんだ。

 だから、一歩を踏み出そう。

「いや、俺はもういいよ」

「は?」

 嫌な空気が流れる。

 それもそうだ。

 俺は従順だったから。

 常に命令をきいていた。たとえ命令がなくとも、どうすればこいつらが機嫌を直してくれるか。どうやってご機嫌をとれるか。そればかり考えていた。こいつらのことを常に考えていた。

 俺はこいつらのことを殺せなかったけど、罪は犯していた。

 人を殺していた。

 俺は、俺を殺していたのだ。

 それが俺のずっと背負ってきた罪であり詰み。人生の詰み。袋小路に入っていた。俺は逆らわないサンドバックだったのに、抵抗してしまった。もう戻れない。酔いなんてもう醒めてしまったような冷めた空気になる。

「お前さあ、ふざけんなよ。空気読もうぜ。みんなで飲もうぜ。いっつもそうだよなあ。だけどさ、いつも断らないじゃん。なんだかんだでさ。俺達分かっているだぜ。楽しいんだろ? 楽しいから断らないんだろ? だったらまだ飲んでいようぜ。えっ、なに、それとも嫌なの? 俺達と飲むの?」

 断らないのは、面倒だからだ。

 疲れる。

 冷静に考えて、そういうウザイ言い方をする連中と飲みたいと思うか? 単純に、いやいや、一緒に飲もうよ、ぐらいの軽い感じならいい。だが、圧をかけてくるのはどうしてだ? そんなことをしてしまうってことは、薄々自分達も俺に迷惑をかけているって分かっているからじゃないのか?

 もういやだ、いやだ、いやだ。

 俺にとって人間関係は接客や接待と同じなんだ。相手の心を読んで、相手が気持ちいいように接する。ほんとうに、ほんとうに疲れるんだ。なんで放っておいてくれないんだろう。

 俺は、どうして勉強ばかりしていたのだろう。どうして点数を取るのに躍起になっていたんだろう。俺は生まれてこの方現代文で低い点数なんてとったことない。だけど、とってよかったのかもしれない。点数をとらなくてよかったかもしれない。本を一年で数百、数千読まなくて良かったのかもしれない。

 だって、察してしまうから。

 気遣って己を殺してしまうから。

 相手が何を考えているのか、考えてしまう。

 自分が分かることを、どうして他人が分からないのか分からないのだ。

 誰かのために何かをやる。誰かのためを想う。

 それは尊く大切で正しいことなのかもしれないけれど、自己犠牲しなくちゃいけない。とても辛いことでほとんど人間はできていない。そのことを教えて欲しかった。勉強なんて真面目にやらなければ良かった。そうすれば、鈍感になれたのに。他人のことに関して鈍感になって、自分の傷にも鈍感になれる。鈍感で頭が悪い。それこそが最強なんだ。何も考えていない奴が一番強いんだ。

 俺は脆くてとても弱い。

 どうしてこんなことになってしまったんだろう。

 こうなってしまったことを後悔し続けてこんな年齢になってしまった。

 大学生になってしまった。

 俺が馬鹿だ。

 本当は俺が一番馬鹿なんだ。

 どうして、俺はこいつらと一緒にいたんだろう。

 どうして、縋ってしまったのだろう。

 水と油は一緒にはいられないのに。

 どうせ、こいつら俺のこと嫌いなんだろ?

 思いやりなんて一欠けらも感じない。ただ俺を精神的にいたぶっているだけ。だったらさあ、解放してくれよ。俺はもう、嫌なんだ。友達という免罪符を振りかざしてどんなこともやって、どんな傷つく言葉も平気で吐くお前らとこれ以上ずっと一緒にいるのは苦痛でしかない。

 我慢しているんだよ。

 いじられて、いじめられて。

 それでも俺は傍にいた。どれだけ酷い仕打ちをされても俺はお前達と共にあった。こんなにも長く友達でいれたのは初めてだった。それはどうしてか? 独りぼっちは寂しいから? メリットデメリットを考えれば、一人でいるより誰かといた方がいい。そうすれば助けてもらえるから? そんなこと、ただの表面上の理由でしかない。どんなことをされても、俺は、こいつらのことが好きだったのだ。友達と思っていたのだ。こいつらはきっと、俺のことを友達と思っていないだろう。それでも、俺は友達だと思っている。

 ただのサンドバッグだった。

 俺は友達も恋人も失ったけど、それでもよかったって思えている。

 今だからこそ。

 もう、終わってしまった関係だからこそ。

 きっと、こんな悟ったようなことが言えるのだろう。

 もしも、まだ希望があるのなら。まだ僅かでも繋がりがあるのならば、俺はこんないい風に締めくくることなんてできなかった。

 だけど、もう、ない。

 俺には何もない。


「あっ、そっ、じゃあ行こうぜ、みんな」


 徳川が全てを終えた。

 ほら、な。

 こいつらにとってはどうもいいんだ。おもちゃと一緒なんだ。飽きたら捨てる。それだけのことだ。

 ぞろぞろとどこかへ行く。どいつもこいつも去り際、振り返ることすらしなかった。なんだよ、あいつ、うぜーとか、そんな言葉を残しただけだった。どんな相談をするのだろう。はぶってやろうとか、そういう話だろうか。一番うざいのが、時間経ってから再び姿を現すパターン。

 俺はそういうパターンを何度も経験している。

 あの時はごめんな、俺が悪かったよとか言って謝って、スッキリするだけの奴。どこかで罪悪感を覚えて、俺がうん、いいよいいよとか言うと、安心してすぐどこかへ行くような奴。ああいうのだ。

 きっと、嬉しいだろう。

 過去のもやもやを消すことができさえすればいいのだ。置いてけぼりにした奴のことなんてどうだっていいのだ。

 そうはさせない。

 俺は絶対に爪痕を残す。

 立つ鳥跡を残す。

 俺は、俺であり続ける。

 妥協なんてしない。

 優しくなんてならない。

 俺は否定するよ、絶対に。

 そのためにも、スマホを取り出す。

 関係を断ち切る。そのために。

 そんなこと誰ができるだろうか? きっと、この世界にいる人間でこんなことできる人間はそうそういない。どいつもこいつも、眼に見えないものを妄信している。信じることを信じている。

 人間関係こそが絶対のものだと思っている。

 だが、その楔、俺が切ってみせる。

 そうしなきゃ、俺はもう前に進めない。

 後ろ向きであっても、俺はもっと前に進みたいのだ。

 だから、もう終わりにしよう。 

 すでに終わってしまっているこの人間関係を、本当の意味で終わらせよう。

 全員の電話帳を抹消する。

 なんて短絡的なことはしない。どうしてか? そうなると、誰が誰だが分からなくなる。電話が来た時にとってしまう可能性がある。そんなの嫌だ。本当の意味で断ち切るのなら、着信拒否こそが正しい。着信拒否してしまえば、相手にもそれが伝わる。それでもいいんだ。そうすることで、もうお前達とはかかわらないと分かってくれるはず。

 だけど、こいつらのことだ。

 あの手この手で迫ってくるだろう。他の人間を使って電話をかけてきたり、直接俺の家に乗り込んだりしそうだ。どうしたんだよ、なんで着信拒否したんだよー、と笑いながらドアを叩くに決まっている。惜しいのだ。自分達のストレスのはけ口がなくなることに。それは、友情なんかじゃない。友達なんかじゃない。

 だから、勘違いなんかしちゃいけない。

 俺はずっと求められることに飢えていた。

 恋愛でも友情でもなんでもいい。とにかく誰かに必要とされることに。だけど、そんなことみんなそうだろう? 誰だってそれぐらい普通に思う。感性は普通のはずだ。でも、そのせいで俺はずっと自分を騙していたのだ。

 俺は正直になりたい。

 たとえ、この行為が世間的に間違っていることだとしても、俺は絶対にやる。どれだけ否定されても、批難されても、俺は俺を大切にしてやりたい。もう、自分を殺すことをやめたい。本当の気持ちに向き合いたい。間違っていたとしても、俺はもう逃げたくない。どれだけそれっぽい倫理観をもちかけられても、他人は他人。ちょっかいを出してくるだけ。

 責任なんてとるつもりのない言論に耳を傾ける必要なんてない。俺のことを守れるのは俺だけで、俺の味方は俺だけなんだ。どこにも俺のことを本当の意味で必要としてくれる人間ななんていないだ。

 孤独で孤高なんだ。

 だから、俺は俺の生き方をしようと思う。

 今度こそ自分が納得できるような生き方をしたい。

 だって、これは俺の人生なんだから。

 歯を食いしばりながら俺は、着信拒否のボタンを押す。

 さようなら。

 どれだけ虐められても、お前らがどれだけ俺のことを邪魔者でぞんざいに扱おうとおも。それでも、俺は友達だと思っていた。大切で尊い存在だった。それだけは間違いじゃない。

 涙を流しながら、俺は全てにケリをつけた。

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