06✕狼に恋する狩人

 アリサと勉強談義をし終えてから、一人きりになる。

 もう講義はない。

 本当は講義が入っていたのだが、掲示板を見やると『出張のため講義中止』とかいう注意書きがあった。

 そんな話知らされていなかった。

 もしも知っていたらならさっきのバスに間に合ったはずなのに、面倒だ。

 もう今日の分の講義は終わったというのに。

 図書館のAVルームで、映画でも観て時間を潰そうか。

 今日はあんまり勉強をやる気分じゃない。

 さっき、ひたらす勉強をしたみたいなものだ。アリサと一緒に何かをするのは楽しいけれど、楽しすぎて、いつもよりも疲れる気がする。

 普段は省エネモードで人と接するために、あそこまで本気で話すことがないのだ。

「あれぇ? もう帰ちゃうのー?」

「いいや、図書館行って、映画でも観て帰る」

「へぇー。ちょうどライブのBD持っているから、観る? あそこってBD観れるよな?」

「ああ、確か観れるけどな。今は洋画でも観たい気分――って、なんだ、お前――いたのか?」

「ひっーどいなー、翔太ちゃん。ずっと傍に至っていうのにさー」

「気持ち悪いな……相変わらず、狩野は」

 狩野洋平。

 細身で長身。

 印象はイケてるチャラ男。

 今日はピアスをしていないようだが、トレードマークであるサングラスは外していない。というか校内にいるんだからサングラス外せ! と言いたいが、毎回言っても外さないぐらいサングラスが好きなようだ。

 なんだかこだわりがあるようで、サングラスにもいいものと悪いものがあるようだだが、俺にはよく分からない。

「いやいや。俺達親友でしょ!? だったら、多少なりとも気持ち悪いぐらい友好的になったっていいんじゃなーい?」

 軽いなー。

 こいつはどんな奴にでも、ちょっと喋っただけで親友だよな! 俺達! とか平気で言いそうで怖い。というか実際にそうだ。何故なら俺は、こいつと遊んだことすらない。たまに講義で一緒になって話すぐらいのもの。

 それなのに、この気安さは本当に迷惑だ。

 大学には、こういう奴が学年に一人はいるイメージだ。

 サークルなんかをやっていないと独りきりになる大学。集団行動が必然となる高校までと違って、自由度がある分、自発的に行動しないと友達が一人もできないで四年間が過ぎるなんてことは結構まれだ。

 先輩たちを見てみても、一言もしゃべらず、友達一人もいないなんて人は結構見る。うちの大学は偏差値が高いので勉強だけしていればそれだけで楽しいなんて本気で思っている奴もいるだろうから、そこまで苦じゃないのかもしれない。

 だが、眼前にいる狩野はその逆だろう。

 どうして同じ大学にいるのか分からないぐらい、軽薄な奴だ。

 女遊びばかりしているような気がするし、相手が誰だろうととにかく積極的に話すせいで、スマホにはきっと、とんでもない量の連絡先があるだろう。

 一緒に歩いているだけでも、すれ違う人、すれ違う人に挨拶されているし、挨拶している。それはアリサ以上の交友関係、いや、もしかしたら、この大学で一番知り合いが多いかもしれない。

 俺はそういう狩野が本当に苦手だ。

 自分とは全くの逆の人間と何をしゃべればいいのか分からない。というか、ノリがうざい。とにかくハイテンションで、ウェーイwwwと言っているだけ。ハイタッチがしたいだけのような人種と話していると、学力が低下しそうになる。

「腐女子が喜ぶようなことをいうなよ」

「婦女子? どういう意味?」

「……あっ。そうか、一般人だったかお前、いや、DQNか……。ぶっちゃけ俺とは全然話が合わないタイプだったな」

「うわー、ひでぇーわ。傷ついたわー。俺ってば、翔太ちゃんのこと結構好きよ? ちょっとネガティブなところあるけど、それが面白いっつーか。俺の周りに翔太ちゃんみたいな人いないからさー」

「俺の周りにはお前みたいな奴ばっかり――だったよ」

 苦手だけど、なんだか懐かしかった。

 高校時代、俺はこういう奴らとばっかりいた。自分とは真逆の性格の奴らとばかりつるんでいた。そのせいで、周りからはけっこう不思議がられることが多かった。

 話し合わないんじゃないの? と質問された。

 確かに、話が合うことは少なかった。

 だけど、だからこそ楽しかったのだ。

 いつも一緒にいて、新鮮な気持ちでいれた。

 新しい発見がいつもあった。

 考え方が違うからこそ、楽しいことだってあった。

 俺は結構うじうじ一つの物について思考を巡らすから、ひっぱってくれるような相手がいると楽だった。もしくは、こっちのことを全く考えずに、自己中心的に行動するような奴らと一緒にいると、逆によかったのだ。

 ネガティブから、無理やりポジティブになれた。

 何も考えずに楽に生きることができた。

 でも、それは本当に正しかったのかな。

 ネガティブになっていたのは、自分なりに考えを巡らしていたから。自分なりに成長しようと悩んでいたからだ。悩みを忘れるために、何も考えずに成長しなかったとしたら。それはきっと、ただの逃げでしなかった。

 そんなことを、俺は繰り返していた。

 それは、高校の友達のせいなのだろうか。

 いや、きっと流されていた俺のせいだ。

 だからこそ、今は、俺はなるべく一人でいる。

 自分の悩みから逃げないために。

 だから、こいつと一緒にいるのは遠慮したいものがあった。

「どうしたの? 翔太ちゃん?」

「いや、それよりなんだよ? 用事でもあるのか?」

 さっさと話を終わらせて独りになりたかった。

「えっ? 一緒にBD観るんじゃなかったの?」

「それは観ない!! 帰るっ!!」

 踵を返して校門へと急ぐが、ついてくる。

 小走りになって逃げようとするが、狩野も負けじと走ってきやがった。どんだけ俺の邪魔をしたいんだ。

「ちょぉ、バスの時間まだでしょ? 俺ともっと話そうよー」

「なんで俺のバスの時間知ってるんだよ!?」

「あはは、適当ー。つか、かまかけただけだってぇー。やっぱり暇あるんじゃんか。だったら、俺と話さない? 相談事があるんだよねー」

「なんだよ、結局話したいことあるんだな。というか、また相談事か……。なんなの? 流行っているの? 相談事」

「ん? 何の話?」

「いや、こっちの話。それで相談事ってなに?」

「ああ、ただ女子高生と付き合うにはどうすればいいって話!!」

「ロリコンじゃねぇか!!」

「ロリコンじゃないって! 年齢なんて恋には関係ないじゃん!?」

「でも、女子高生って色々とまずいご時世だろ」

「ああ、フェミババアが騒いでいるせいで色々となー。まっ、親公認だったら、大丈夫っしょ。なんとかなる。俺がなんとかしてみせるっ!!」

「フェミババア言うなや! それに、俺がその子の親なら、お前みたいなチャラついた奴との交際は絶対に反対するけどな」

 とっかえひっかえ女を変えているから、今度は女子高生に手を出したくなったのだろうか? 趣味が悪いというかなんというか。女子高生なんてただの子どもだ。

 少なくとも、俺が高校の時なんて餓鬼同然だった。

 背伸びして、大人ぶって。

 周りに流されてばかりいた。

 ブラックコーヒーを飲める俺かっけー、オサレな服、オサレな髪の毛、オサレなカフェに行くことを生きがいにしていた。

 どうしようもなくアホだった。

 そのせいで、自分の本当に大切なものがなんなのかも分からなくなっていた。

 そんな高校生と付き合ってどうなるっていうんだ。

 そもそもこんなチャラチャラしている奴と付き合う女子高生なんて、どうしようもないアホに違いない。俺よりもアホかもしれない。

 女子高校生だから、きっと大人ぶりたいのだろう。

 年上の大学生の異性と付き合っている私ってなんて大人の!? キラキラッ、してる私、みんなに自慢しちゃおう! 大人の付き合いしているわ! みたいなことを素で考えていて、頭お花畑の女子高生しか思いつかない。

「女子高生ってどういうのだよ」

「ああ、ああいうの」

「え?」

 狩野の指差す方向にそいつはいた。

 とてつもなく美人の女子高生。

 校門の柱に体重を預けていた彼女が、こちらに気がつくと視線を向ける。

 どこか気怠けそうに見えるのは、きっと自信があるから。もっと狩野にべたぼれだったら、駆け寄るぐらいのことはしそうだったが、まるで違っていた。

 むしろ、まるで興味がなそうだった。

 まるで肉食の狼のような迫力をもつ彼女は、不機嫌そうだったが、だからといって彼女の美しさに欠点を与えるようなものじゃなかった。怒っているからこそ、美しいというか可愛いというか。年下なのに物凄い迫力だ。

 下手したら、同級生ぐらいに見えたかもしれない。

 高校の制服を着こんでいなければ、もっと大人っぽく見えただろう。

「あー、ごめーん。待たせちゃってぇー」

「別に……いいけど」

 こちらに駆け寄ることもせずに、女子高生はずっと待っているだけだった。

 あまりベタベタするようなタイプじゃなさそうだが、わざわざ自分から待っているということは脈ありなのだろうか。

 それにしては、狩野のことを観る時の眼が、まるでゴミを観るような眼で見つめているのが気になる。

 どう見ても、恋仲に発展しそうには見えない。

「なんだ、待ち合わせかよ。場所はもうちょっと考えて欲しいけど、噂のJKとはうまくいっているみたいだな」

 狩野だけに聴こえる声で囁く。

「うーん。あんまり相手にされてないんだけどね。俺もたまには本気で口説き落としたいわけよ。でも、俺の本気度が全然伝わってないの。なんでだろうね?」

「ツッコミ待ちか? チャラ男」

 本気という言葉がここまで似合わない男も珍しい。

 友達とか知り合いとかだったら、この適当男と話すのもそこまで疲れないだろうが、彼氏彼女との関係となると、やはり勝手が違うだろう。

 何も考えてなさそうな奴に愛を語られても、信じる方がおかしい。

「そんじゃね。お見送りどうも」

「おう。もう見送りしたくないけどな」

 何故か、見送る形になってしまった。あいつが勝手に俺についてきていただけだというのに……。

 無駄にイライラしていると、狩野が振り返る。

「あっ、そういえば今度ライブするんだけど、バンドよろしく!」

「はぁ!? いきなり? やらねぇぞ!!」

「じゃあ、考えといて。じゃっ!!」

「おい!!」

 こっちの話なんて半分も聴かずに行ってしまった。バイクを停めているから、恐らく二人乗りしてどこかに行くのだろう。

 どこに行くのだろうか。

 相手は高校生。

 いくら狩野でも、高校生に酒を飲ますアホなことはしないだろう。だとしたら、カラオケか、それとも、ダーツか。あいつの好みを考えるとそこらへんか。

 もしくは、部屋に呼び出して、そこで演奏して、そこからベッドインとか――いやいや、変なことを考えてしまった。

 しかし、あいつも勝手すぎることを最後に口走りやがった。

「……ったく、もう俺はバンドなんて――」

 もう、懲り懲りだ。

 ちょっとした軽い気持ちでバンドなんてやったけれど、いいことなんてほとんどなかった。バンドは、一人じゃできない。誰かと一緒にいることで成立する。

 みんなで協力して、そして、一つの曲を仕上げる。

 それは、他の何にも代えがたい面白くて、楽しいものだ。

 あの頃は、ほんとうに、毎日毎日熱中していた。

 バンドのみんなと協力して、一体感がでて、一つずつ進歩していって、絆が深まっていた。でも、だからこそ、裏切られ時に傷つくんだ。

「――うわっ」

 ポケットに入れていたスマホが振動する。

 考え事をしていたせいで、驚いて変な声が出てしまった。

 どうやら電話らしい。相手の名前が画面に表示される。

「…………」

 相手の名前をみて、電源を消したい気持ちになる。

 高校生の時の旧友。

 最近連絡がないから、ようやく解放されたと思っていたのに、どうしてまた連絡を――。きっと、また俺を馬鹿にするために連絡してきたのだろう。あいつらはいつもそうだ。遊びたいとか言って、お前がいないと盛り上がらないと言って。

 そして飲み会に行ったら、大体お前今何しているの? ちゃんとした成績はとれてるの? 彼女は? バイトでどれだけ稼いでいるの? と、マウンティングするみたいに、優劣差を見せつけようとする。バカにしようとする。

 こちらが少しでも上のことを言うと、生意気な餓鬼を観るような眼になる。場がシンとなる。ああ、こいつらは本当に俺を馬鹿にするために呼び出したんだなって。確かに俺は必要なんだ。自分達のストレス解消のために、俺という精神的なサンドバッグが必要なんだと気づかされる。

 でも、それはきっと勘違いだ。

 思い違いだ。

 俺がこんなことを想っていると他人に相談すると、いつもドン引きされる。

 自意識過剰だと。

 誰もがそんな判断を下す。

 だから、間違っているのは俺の方なのだ。

 みんな友達なんだ。

 昔も、今も。

 たとえ、どんな仕打ちを受けたって、友情は永遠に不滅っ! そんな風にみんな思っている。だから、俺の考えは間違っている。この電話もとらなければならない。十中八九、飲み会の誘い。

 俺にとっては地獄への片道切符。

 そうだとしても、俺は電話に出なくちゃいけない。

 責められるから。

 電話に出ずに、友達とも遊ばない奴は、人間失格なんだ。どうして? もっと他の人と仲良くできないの? 協調性ゼロだな。もっと色んな人と関わろうよ。自分ひとりだけでいて、何が楽しいの? お前が悪いんだよ。もっと価値観を広げようよ。視野狭窄なんだよ。器が小さいから、他人の粗が気になるんだよ。どうしてそんな悲観的なの? もっと妥協した方がいい。絶対に楽しいよ! 飲み会なんでこないの? どうせ暇なんでしょ? やることないんでしょ? 友達がいるから、人生に潤いができるんだよ?

 そんな風に責められる。

 独りのほうがいい。

 みんなと一緒にいるだけでストレスになる。

 そんなことを言うと、人格を否定される。

 存在を否定される。

 だから、電話に出なくちゃ。

「もしもし」

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