05✕現代文の本当に正しい解き方

 勉強の話をしていいか、というアリサの質問にあ、ああ、と答えてやると、一気に話し始めた。

「私、あんまり家庭教師としての自信がないんですよ。だから、どうやって教えてあげればいいのか分からなくて……」

「いや、大丈夫だろ。大学の教授とかならまだしも、中学とか高校の教師で俺よりかなーり、偏差値低いわりに、先生になっている先輩結構知っているよ。国語の教師とはいえ、英検4級も取れないアホとかもいたけどなあ。ああいうのが先生になるのは別にいいんだけどさー。なんか、仮に自分の子どもができたとして、そういう先生がいるところに子どもを入学させたくないんだけど……」

「あれ、先輩って今は彼女いましたっけ?」

「――――いません」

「あっ、察しました。じゃあ、話題戻しますねー」

「ちょっと待て!! なんだ、今の質問!! 俺には一生子どもできないってか!! そんなとらぬ狸の皮算用みたいな杞憂いらないってか!! そこまで馬鹿にするなら、子どもつくってやんよ!! 子どもで野球チームがつくれるくらい、子どもつくってやんよ!!」

 一人っ子政策もないのに、この不景気のご時世は子どもをつくらない家庭が多い。あまりにも少子化が進むせいで、将来的には日本人が生まれずに日本が滅びてしまうんじゃないかっていう説を、ちょっと信用ならないテレビの番組で学者っぽい奴が提唱していた。

 その少子化対策のために、この俺が一肌脱いてやろうか!!

「……いや、そこまではいってません。というか色々言い過ぎですよ。その先輩って、国語の先生なんですよね。だったら、英語なんて関係ないじゃないですか……」

「いや、でも国語も俺より偏差値低いんだぞ……」

「――その先生の生と、今いる学校を後で教えてください。私も何かの時のために知っておきたいので――」

 ある意味、俺の学力のことを馬鹿にされたような気もするが、まあ、いいだろう。

「それで、アリサはその高校生にいったい何を教えてるんだ? 教科は?」

「国語です」

「国語、か。現代文、古文、漢文ってあるけど、古文、漢文はまあ、暗記だな。ひたすら意味を憶える。ありをりはべりとかは、大体サービス問題で出るだろうからそのへんは絶対憶えておいた方がいよな」

「そうですね。単語はひたすら書いて憶えた方がいいですよね」

「まあ、あとこれは当たり前のことだけど、口に出して書いた方が憶えやすいぞ」

「ああ、単純な話ですよね。視覚、触覚だけじゃなく、聴覚も使った方が憶えやすいってやつですよね」

「そうそう。まっ、俺は音楽を聴きながら勉強するタイプだけどな……」

「――全然説得力ないですね――」

「いや、ある意味理にかなっているって! 聴覚を現実と遮断することによって、より机に向かって勉強しやすいってことだからっ!」

 本当は音楽を聴きながら勉強をするのは不効率だと聴いたことがある。ながら作業は集中力を欠くし、なにより脳を酷使するせいで脳細胞が劣化するとかなんとか。

 逆に集中力を増すやり方としては、野球選手がやるようにガムを噛むことらしい。やってみたことはあるが、俺的には変わらなかった。

 人によって、集中力の高め方があるはずだ。

 俺は確かに音楽を聴きながら勉強をするという、あまり集中できそうにないやり方をしている。だけど、ノリに乗りながら勉強をするとはかどるのは事実だ。

 それに、意識を阻害するほとんどの要因は、歌詞。

 たとえば、恋愛ソングを聴きながら勉強をするのは難しい。だったら、歌詞を聴きとりづらい洋楽を訊くとか、それか、オーケストラの音楽を聴くとか、色々やりようがある。

 国語ならば重厚な音を響かせる音楽で、数学ならば落ち着いた旋律を響かせる音楽など、俺は教科によって聴く音楽を変える。

 家にいると、どうしても家族や、もしくは近隣住民の生活音が聴こえてくる。それらを無視するためにもイヤホンをして完全に外界とシャットダウン。それから勉強へと移行するのが俺のやり方だ。

「――あと、そうだな。数学とかと一緒で問題文をひたすら解いていったら、憶えるよ。古文、漢文は。分からないところは辞書で調べる。これで憶える」

「電子辞書じゃなくて、紙の方の辞書の方がみんないいっていいますよね」

「まあ、電子辞書だとすぐに調べられるから、脳への刺激が少なくて記憶に残りづらいんじゃないのか? 紙の辞書だとメモも入れられるし。俺の場合は分からなかったところは、紙にメモして、あとから復習してたな。自分だけの復習ノートを作ったんだよ。分からなかった単語だけをひたすら抜き出して、テストの前はそれを見直す! それだけでもかなーり点数上がる!!」

 ある意味ではそれはカンニングペーパー。

 中忍試験みたいにカンニングを黙認するような試験なんて存在しないので、試験前にしっかり見直す。

 自分の間違いやすい個所をより完璧に仕上げることによって、自信もつく。精神的余裕がでてくると、試験もより高い点数がとれる確率が上がる。勉強において試験だけが試験じゃなくて、試験が始まる前から試験が始まっていると言っていい。

「あー、似たようなこと、私もしてましたね。でも、それだと家でしかできないじゃないですか。私は授業中やっていた練習問題とかで間違えたところもメモしてました」

「メモ、か。アリサも、別のノートに?」

「いいえ。私は一冊のノートを二分割してました。あっ、二分割じゃないですね。ノートにこうやって、縦に線をやって二つに分けてたんです。1:9か、2:8か、ぐらいの割合ですね」

「んん? どういうことだ?」

「少ない割合のところに、自分が間違えたところを書くんですよ。あと、先生が口頭でここは重要ですって言って、黒板に書かなかったやつとかをメモるんですよ。それ以外にも個人的に重要だってところをメモするためにノートを分割するんです」

「はー。なるほど、なるほど。二冊分のノートを作るよりか、すぐに書けるし、そっち脳が見直しやすいな……」

 授業でノートをとっていると、まるで自分が書き写しする機械になったような気がしてしまう。

 ぶっちゃけ、これ何の意味があるんだろうって思ってしまう。

 どうせだったら、スマホでパシャリと写真を撮ってしまえばいいんじゃないのか。それを見直せばいいんじゃないか。どうして俺はこんな手の運動をしなければならないのかと考えてしまう。

 だけど、アリサのやり方をしていれば、授業によりのめりこみ易くなるかもしれない。

 先生によっては、本当にただ教科書の要点をただまとめて、板書するだけの人もいる。そういう人の時に、自分で何が大切なのかを考えてそれをメモするっていうのはいい考えかもしれない。

 他人から強制されて勉強する時と、自発的に勉強する時。

 いったい、どちらがより頭に入るかというと、圧倒的に後者だ。

 それに、教科書で小さくこれは大事なこと、と書いてあるのに、先生が見逃すこともたまにある。人だからそういう見落としをすることはあるだろうが、そういうのをテストで出すこともある。

 それはわざとやっているのか。

 それとも他の授業の時はちゃんと言っているのかは分からない。

 そういう見落としをしないためにも、アリサのノートの活用のやり方は役立つのかもしれない。

「まあ、そうやって普段から勉強する姿勢は大事だよな。それとは逆で、古文、漢文をもっと手っ取り早く憶える裏ワザというか、邪道なやり方だと漫画とか映画でザックリ内容を憶えるっていう手もあるな。だけど、それだけ二次創作特有の売れるための誇張表現もといフィクションも余計な知識として憶えてしまうから、ほとんど禁じ手みたいなもんだけど、勉強がほんとうにできないのなら、そこからやるのも一つの手だ」

「性格が真逆の創作物とかありますからね……。しかもその漫画が売れちゃうとそれが史実として認識する人も周りの友達に結構いて、凄い訂正したくなっちゃうんですよねー。昔の偉人本人についての細かい描写ってだいたい図書館とかにしか置いていないし、持ち出し禁止だったり、買おうとしたりするとめちゃくちゃ安くても5000円ぐらいするから気軽に薦められないし……」

「でも、子どもの頃とかは、物語とか、偉人については漫画で最初に知ったけどなー。友達が少なくて、昼休み暇だったから図書館行ったら、そういう漫画だけは教養としてあったからむさぼるように読んだ気がする。小学生の頃は、本が大嫌いだったし」

 漫画で分かる偉人の話で一番好きだったのは、ガリレオ・ガリレイだった。

 周りから批難されながらも自分を貫いたその人間性が好きだった。

 昔は、世界が一つの皿でできていて、そこから先へ行こうとすると落っこちてしまう。それが世界の常識で、地球が丸くて重力があるなんて信じられていなかった。宇宙の存在さえも。

 でも、そんなの当たり前だ。

 木からりんごは勝手に、何で落ちるんだろう? って普通は考えない。ああ、落ちたんだ。食べようかなぐらいにしか考えなられない。

 俺がその時代に生きていたら、ガリレオ・ガリレイを馬鹿にしていただろう。

 だけど、あの時代に地動説を唱えられたガリレオは凄い。天体を観測し続けて失明することになっても、自分が異端者だとして裁判で殺されることが分かっていても、それでも真実を追求し、自分を信じられたガリレオはほんとうに尊敬できる。

――みたいなことを、この前の面接予行練習の時に言ってみたら、面接官に呆れ果てられた。

 質問は、あなたの尊敬する偉人は誰ですか?

 という、テンプレもテンプレの質問だった。

 テンプレだからこそ、即座に答えなければならない質問だったので、素直な気持ちで正直に言ってみたのだが、どうやら間違ったらしい。

 その言い方だと、会社に入ったら、先輩の言うことを聞かずに、自分のやりたいようにやる自己中心的な人間だと思われてしまう。あくまでもガリレオを尊敬する偉人だと主張するならば、もっと言い方を変えるべきだ。たとえば、ガリレオは他の人間がやらないようなことを率先してやった。常に知的好奇心を持って、新しいことに意欲的に活動できる人間、それが私の尊敬する偉人です。なので、私もガリレオのように、御社に入社した時は、意欲的に、積極的に他人がやらないような仕事をやり、新しいことにどんどん挑戦していきたいですっ!! みたいなことを言えと強要された。

 嫌です。

――と断りたかったが、面接官の人間は頭が固いようだったので、そのまま答えてやると、よし、よくできたと褒めてくれた。

 なんというか、面接の練習をしていると、自分が型にはめられていくのが分かる。どんどん自分の個性というものがなくなっていくのが実感できる。

 その面接官は、ハローワークの面接官だった。ハローワークでも実際に予約すればできるようだったが、その面接官の人は、大学の特別授業に講義に来た人だった。その人に特別な面接指導を受けた。ハローワーク以外にも、集団面接や、試験などを行える施設があるようだが、あまり詳しくはない。――が、きっとどこにいる面接官の人も、きっと同じようなことを言うのだろう。

 そして、俺はその人たちに言われるがままに、本番の面接でも面白くもないことを永遠に言わなければならないのだろう。

 それに抵抗が物凄くあって、でも、それがとてつもなく楽だった。

 勉強ばかりしていると、答えを求めるのが当たり前になってくる。

 答えがあるのが普通。

 マニュアル人間であることが、機械になりきることが日常。

 特に、人とはずれたことを少しでもしてしまうと後ろ指を指されるこのご時世、そういう空気を読む能力はかなり重要。周囲への同調行為は必須。

 そういう風に言うと、これだからゆとりはwww自分からはなにもしないwww常に答えを与えてやらないとなにもできないwwwとか団塊の世代の方とかに馬鹿にされそうだ。

 だが、少なくともゆとりの中の一人である俺はそうだった。

 個性が欲しいと思いつつも、個性などあったら周りから爪弾きにされる。実際に俺は好き勝手振る舞っているから、こうやってアリサぐらいしか自分の胸中をまともにいえる話相手がいないわけで。

 どうしようもなく、おっさん達の主張は正しい。

 でも、面接でもそうだが、そんな融通のきかない人間にしているのはお前らなのだ。自分の意見を言ったらだめなように仕組みやがったのは、他でもない俺達よりも上の世代の連中のせいだ。

 面接の時ぐらい好きなことを言わせてほしい。自己PRは自由であってほしい。個性が欲しいとかいいつつ、結局欲しいのは、俺の言うことを察して俺の命令に従える人間。それが企業側の求める人材な気がする。

 面接官の人がいうには、企業が求めているのは即戦力、と言っているが、インターンやバイトで鍛えていないのに即戦力とかなれるわけがないはずだ。即戦力というのも、どれだけ尻尾をうまく振れるかどうかの即戦力なんじゃないのだろうか。

 そう思うけれど、だからといって周りの流れに逆らえるわけもなく、いつも面接練習は適当にこなしている。適当にこなして、自分を封じ込めていれば、本番でも緊張せずに、相手の求めている自分になれるだろう。

 いかにうまく嘘をついて騙せるか。

 面接はライ○ーゲームみたいなものなのだ!

――いや、なんかうまくいったように気がするが、違う気がする。

 滑った気がする。

「……先輩、友達少なかったんですか? なんだか、さらっと悲しいこと言ったような……」

「いや、いたよ! ちゃんと! 友達は!! だけど、一人の時間が欲しかったの!! それに、運動嫌いだったしなー。小学生の体育の時間で、サッカーボールをすかしてしまった時から、ほんと運動嫌いだった。小学生って勉強できるやつよりも、スポーツできるやつのほうが人気者になれるじゃん? それとは逆でスポーツできない奴ってとことん周りから馬鹿にされるだろ? だから、体育の時間はしかたないけど、昼休みぐらいはピエロになりたくなかったんだよ」

「えー。考え過ぎですよ。それに、運動はした方がいいですよ! だって、運動したら勉強のストレスもどこかに吹っ飛びますから!」

「いや、俺の場合は逆だな。運動のストレスを勉強で発散している感じだ。だって、運動は持っても生まれた才能が大きく左右されるじゃん。勉強は努力さえすれば、どんなバカでもある程度まではのぼりつめることができる。だから、俺は勉強するんだよ。特にやりたいこともないのにな……」

 勉強は将来のためにするのが普通だけど、俺にとっては今、乗り切るためのもの。

 周りから批判されないために、勉強をしている。

 未来を見据えるのが怖いから、現実逃避のために勉強に目を逸らしている。逃げている。

 今を生きている。

 刹那的な生き方をしている。

 勉強をすることが大切だと言うし、勉強ができる人間のことを褒める傾向が強い。俺も、誰かに褒められることが多い。――だけど、俺は勉強しない奴の方が凄いと思っている。勉強は将来的に一番大切なものだ。それを放っておいて、何かをしている奴はきっと、とんでもない大きな夢を持っているのだろう。

 中には、適当にダラダラ過ごしている者もいるだろう。

 だけど、周りには、料理人になって自分のレストランを持つために料理ばかりしている奴とか、声優になりたいから専門学校に通っている人もいる。

 俺は、表面上は馬鹿にしながらも、でも、やっぱり、ほんとうに凄いと思っている。

 そこまで打ちこめる何かがあるって、自分の中身があるってことで。

 俺の中は本当にからっぽなんだって相対的に思い知らされる。

「――ああ、あと、そういえば、現代文の話はまだだったな」

「ああ、そうですよ。現代文が一番聞きたかったんです」

「ええ? なんで? 現代文が一番簡単だろ?」

「簡単、ですか? 古文、漢文はやればやるほど点数が上がるじゃないですか。特に漢文なんてちょっと勉強しただけで点数があがりますよね。個人的には、全教科で一番点数があがりやすいのが漢文だと思います……けど、現代文って、なんていうかセンスじゃないですか?」

「センス、ね。俺も小学生の頃は国語が苦手だったな。現代文の問題でよくあるのが、この一文の登場人物の心理状況を当てろみたいなのがあるけど、あれほんと嫌いだったな。そんなもん知るかよって感じだよな」

「ええ? でも、現代文って先輩の得意教科じゃなかったですか?」

「まあ、今はな。コツさえつかめば、現代文ほど楽な教科はないよ。だって、現代文ぐらいだろ? 勉強一切しなくても点数がとれる教科って……」

「それって、答えが問題文にあるからってことですか?」

「そうそう。アプローチの仕方が他の教科と全く違う。でも、だからこそ面白い。国語も好きだけど、英語も好きだよ。そういうところが英語にもあるからな。まっ、英語は意味が分からないとつまらないからなー。まっ、分からない箇所も、他の分かる箇所で脳内補完して、解答が正解するとめちゃくちゃ楽しいんだけどな!」

 英語だけは毎日欠かさず勉強している。

 他の教科はローテーションしているが、英語は毎日やらないと忘れてしまう。特に、リスニング問題は毎日やった方がいい。一日十問ぐらいでいいので、リスニングをしておかないと耳が英語に慣れない。

 他の勉強と違って、リスニングはかなり易しい問題になっていることが多いので、点数はかせげるところでかせぐ。

「あのー。そろそろもったいぶらずに教えてもらえません? 現代文を解くときのコツみたいなやつを……」

 アリサが半眼になりながら、責めるような眼で見つめてくる。

「あー、悪い悪い。まー。現代文の勉強方法は、みんな知ってのとおり、読書。――以上で終わりだな。実戦的なことを言えば、テストの問題用紙をひっくり返したあと、やるべきことは――とにかく問題文の部分は読むな――以上――」

「え? 読むな? どういうことですか?」

「そのままの意味だよ。いいか、現代文で大事なのは登場人物の心情を読み取ること。――なんて大嘘なんだよ。そんなこと、分かるわけないだろ。でも、分からないことが楽しいんだよ。それぞれの解釈があるから楽しいんだよ。読書とは元々そういうもんなんだ。答えがないのが答え。それこそが読書の醍醐味。たった一つの答えを導くための数学とは真逆。違うベクトル。それをはき違えては、まずダメ。登場人物の心情を俺ならば読み取れる。なんて、そんな傲慢な考えを持っている時点で、現代文で高得点をとれるとは思えないね」

 誰が読んでも、それぞれの答えがあるのが面白い。

 だから、作者にすら解答を言って欲しくない。ライトノベルには少ないが、普通の小説の文庫本には解説文が入ることが多い。ああいうのも本当はいらない。

 あたりさわりないことを書く人もいるが、これが絶対に正しい! とつらつらと書きつづっている人もいる。後者の人は、本気で辞めて欲しい。

 読者にどれだけ自分の小説は凄いかを訴えたいのか、褒めて欲しいのかは分からないが、解説なんて欲しくない。

 どうせだったら制作秘話みたいなものを俺個人的に聞きたい。

 小説を執筆している時にこういう出来事がありましたら、とさらっと書いて欲しい。その作者の人物像を知ることによって、作品の内容と重なる部分があると、ああ、これはあの時の体験を基にしたんだなーとにんまりできる。

 そういう楽しみ方がしたいのだ。

 それなのに、答えをバンッと言ってのけられると、萎える。なんのために俺は小説を読んでいたのかってなる。答えがあるのなら、それだけを見ればいい。小説なんて読まなくてもいい。どうせ小説なんてテーマという骨子に肉付けしたもの。肉付けはある意味では余分なのだ。

 答えが分からないのが、読書の最大の利点だと思うのだが、国語の試験を作る人とは話が合いそうにない。

「いやいやいや。ほとんどの人がそうだと思いますよ。そんな考え持っている人って先輩ぐらいなんじゃないですか?」

「ええっ、そうなのか!? まあ、点数とれない人ようのアドバイスと思っていい。だって、普通の登場人物の心情読み取って点数とれる人もいるんだろ? はいはい、天才様は凄いですね。だけど、俺は元々現代文苦手だったからな……。だからこそ、他の教科より努力というか、考えまくったな。考え抜いたな。どうすれば、現代文をもっと理解できるのか。もっと楽しくできるのか。もっと点数をとれるのかって。そうやってたどりついた答えが、まず、問題文の部分じゃなくて、設問から読むことから始めることだった――」

「ああ、でもそれって結構有名な現代文の攻略法ですよね。設問から読んだ方が答えを導きやすいっていうのは……。特に、五択問題とかはより分かりやすいですよね。だってだいたい反対の意味を持つやつが選択問題にありますから。逆からいえば、どちらかの解釈は当たっているということになりますから。それを念頭に置きながら、問題文を読むと分かりやすいってやつですよね!」

「そうそう。こういうこと言うと、え、難しいじゃんって言われるけど、実は違う。現代文、いや、全ての試験で言えることなんだけど――一番やってはいけないことは、時間制限内に間に合わずに問題に取り組めないこと、だ。現代文が苦手な奴に多いのは、文章を読むのに時間がかかり過ぎて問題に取りかかる前にチャイムが鳴ってしまうってやつなんだよなー。俺もそうだった。だからこそ、設問から目を通した方がいい。そうした方が、どんな文章を読み解けばいいのか絞れるからな。時間を短縮できる。あとは、作者が反復して使う単語とか、文頭とか文末に注意すればいいだけ。ほら、簡単だろ?」

 鍛え上げれば、どれが重要な文章なのか光って見える。――とまでは言わないが、大事なところだけを読めばいいから、全文章を読まずともよくなる。

 だが、そうなるまでには、個人差はあれど相当な読書量が要求される。

 活字を読むだけで眠くなる人もいるだろうから、あまりおススメはできない正攻法だ。

 読書をそこまでせずとも、重要な点はある程度絞れる。

 意外に、出題された現代文のタイトルから作者の言いたいことが分かる時がある。文章の最後あたりに、小さく( )でとじられていたりするから、それをチェックした方がいい。

「……ただ、一番重要なのはそういうことじゃないんだよな」

「……どうういことですか?」

「さっきも言っただろ。結局のところ、登場人物の心情なんて誰にも分からないって。それが分かるのは、きっと作者だけだ。死人に口なしなんていうけれど、まさにその通り。勝手に解釈して勝手に問題にしているだけなんだ。だから、本当の意味で登場人物の心情を理解しようとしたら駄目だ。それは現代文を楽しむといううえでは、最高の答えだけど、問題を解くための正しい答えじゃない。そもそもそんな勘違いをしているから、現代文の点数をとれないんだ。ほら、たまにいるだろ? 他の教科はほぼ百点なのに、現代文だけ点数をとれない奴が。そういう奴は、その罠にひっかってるんだよ」

「罠って、大げさすぎですよ」

「いいや、おおげさじゃない。これは、教師達の工作だ! 陰謀だ!」

「さらに大げさになってますけど!?」

 分かっている。

 ちょっとアリサの反応が面白くてからかいたくなっただけだ。

 こんな風に軽妙に話せる相手、しかも、異性となると本当に限られてしまうので、どうしても遊びたくなってしまう。

「いや、ごめん。フリかと思って大げさに言った。ちゃんと、反省はしている。だけど、教師達の教えは間違っていると思うんだよ。意味不明だろ、作者の考えを探れなんて。あれはきっと間違いだと俺は思っている。現代文を解くのに必要なのは、作者の考えを考えるんじゃなくて、出題者の考えを考えるってことなんだ」

「出題者、ですか?」

「問題文を読む前に設問を読み解けっていうのは、そこへ繋がるんだ。設問から読み解けば、問題をつくった人間の思考がある程度読み取れる。出題者がいったいどういう考えで問題を読んで、そして解釈したのかを的中させる。それが現代文の本当に正しい解き方なんだよ。それをみんなはき違えている。完全に間違えている。致命的にな」

「うーん、あんまり意味がわからないですね……」

「ええっ!? けっこう分かりやすく言ったつもりなんだけどな……」

「いやー、聴いたことがない説だったんで、ちょっと混乱しているだけです。できればもう少し詳しい解説が欲しいですね」

「いや、もう結構解説しちゃったけど……。――そうだなー。例えば、問題文の題材になる作者は死んでいる人が多いけど、もちろん生きている人間の試験がでることがある。実話だけど、作者が異を唱えたことがある。俺はこんなことを考えてこの作品を書いたわけじゃないって、実際のテスト問題にな」

「ええっ!? あれって原作者監修じゃないんですか?」

「さあ? そういう意見がでたってことは、監修じゃないのかもな。まさか、作者に許可をもらわずに問題文を作ったとは考えづらいけど……。でもまあ、そんなもんなんだよ。現代文の問題なんて。問題を作る人によって、傾向がかなり変わってしまう……」

「傾向って……。そんなもの分かるんですか?」

「うーん。今まで何百何千って現代文の問題を解いてきて、なおかつ出題者の意図を考えていたから分かるんだけどな……なんというか、ミクロ的視点とマクロ的視点で問題を作る奴がいるんだよ。大きく分けて、二種類の出題者がいるってことだな」

「……余計分からなくなってません!?」

 アリサは憤慨するが今度はわざとやっているわけではない。

 どうやら、説明するのが俺は相当に下手くそなようだ。

 勉強をすることよりも、勉強を教えることが難しいように、うまくいかない。俺的には凄く分かりやすく言っているつもりなのだが、よく他人からは要点を押さえていないと言われることがある。

 小論文みたいに、最初に答えを明示するイメージでもう一回ちゃんと応対してやろう。

「いや、待って! ここまでだと全然分からないかもしれないけど! ここから先を訊けば分かるから!!」

「――分かりました。信じてみますので、続きをどうぞ」

「それじゃあ、続けるけどな……。出題者も人間だ。問題を作る時はどうしても主観が混じってしまう。物語の捉え方の主観。それは、物語を全部読んだ時の主観か、試験に出てくる範囲の物語の主観か。この二点によって解釈の仕方が全く変わってしまうんだ。アリサ、出題者は物語を全部読むと思うか?」

「まあ、そうでしょうね」

「だけどな。俺達問題を解く奴は物語を全部は読まない。あくまで切り取られた一部分だけを読む。そして、そこから答えを導く。だけどな。出題者の中にはそんなものは邪道だと、認めたくないって奴もいるんだ。――つまり、物語全体を読まないと導き出されないような答えを用意しているってことだ」

「なっ、なんですかそれ? そんなのその人のわがままじゃないですか?」

「優秀な人間ほど、自分の価値観を他人に押し付けるものだろ? 例えるなら、鍋奉行が入れる食材の順番や火加減を病的に気にして他人にも強要するようなものだ。俺の意見が正しいんだから、俺の考察を当ててみろってな! そんな風に問題を作る奴がいる。だけど、そんなもの物語を全部読んでいないと分からない。だから、出題者がどんな奴かを推測するんだ。問題の語り口からそれを感じ取れるかどうか。それが現代文を解くカギだな。まっ、昔の文豪よりかは、現代の出題者の方が俺達には心情を考察しやすいと思うけどな……」

「うーん、あんまりそこまで考えたことないですね。正直、先輩が試験にイライラして、出題者に八つ当たりをしたいだけなんじゃないかって思います」

「正直すぎるだろ!! もっとオブラートに暴言は包み込むもんだぞ!!」

 天の声さん的なポジショニングの問題文でさえ、苛々してしまう時がある。

 中学ぐらいまでは、問題文はこの問題を解きなさい、みたいな口調だったのに、高校からは解け! と命令口調になって、問題文にブチ切れそうになった時がある。

 理不尽というか、アホというか。

 とにかく、問題文にキレる奴なんて俺以外にいないとは思うが、朝も夜も勉強漬けの毎日を送っていると、ノイローゼになって、とにかく些細なことでキレてしまうのだ。

 なんでこの問題は上から目線なのか。

 こっちはわざわざお前を解いてやってるんだぞ? もし、俺が解いてやらなかったおっ前はなんだ? 価値なんてないんだよ! ただの文章に格下げなんだぞ! いいか? 俺がいるからお前が問題文として成り立ってるんだよっ!!

 といった感じで、めちゃくちゃ怒ってしまう。

 こんなの、まるでクレームをつける客のようだ。

 なんだ、この料理は? 俺が注文したのはこの料理じゃない。そして、なんだその謝り方は? 店長は誰だ?

 と、方向性はまるで違うが、なんだか似ている気がする。

「まあ、的を得ているかもな。世間では、勉強しないことが現実逃避かもしれないけど、俺にとっては勉強こそが現実逃避だよ」

「現実、逃避ですか? 勉強すれば、いい大学へ行って、いい会社に勤めることができるんですよ? 勉強しない方がよっぽど現実逃避っていえるんじゃないですか?」

「そうかな? 勉強ばかりしていると、それ以外のことがおろそかになるだろ? そうすると周りが羨ましくなるんだよな。何も考えていないようで、そいつらは今を一生懸命生きているような気させしてくる。それに比べて、俺は何も考えていない。何も考えていないから、勉強に打ち込めることができる。俺には将来の夢なんてない。将来のためにどんな勉強をしていいのか分からないから、適当に、まんべんなく勉強している。それは、ただの時間と寿命の無駄遣いでしかない」

「……でも、勉強をするから選択肢が増えるんですよ? もしかしたら近い未来に、先輩だって夢をもつことができるかもしれないじゃないですか。いざその時になって、学力が足りなかったせいで夢をかなえることができなかった――なんてなったら最悪ですよ。だからこそ、将来のことが不透明でも、それでも、勉強は必要で大切なことなんですよ」

「ああ、俺もそう思っていたよ。――だけど、俺ももう大学生なんだ。もう少ししたら、俺は社会に出る。大人になってしまう。そうしたら、将来の夢を語れなくなる。いつか、いつか俺にもやりたいことが見つかる。一生をそれに費やすぐらい大好きなものが一つは見つかるはず。周りに反対されたとしても、それに向かって突っ走る。――そんな風に青臭いことを夢想していたのに……。それなのに、結局自分自身を見つめ直すことができなかった。自分を理解することができなかった。せっかくのモラトリアムだっていうのに……」

 モラトリアム。

 それは猶予期間。

 別に、契約者のなりそこないという意味ではない。

 大学生というのは、学生でいられる最後の期間。

 大学院という選択肢もあるし、専門学校へ行くという選択肢もあるが、ほとんどの人間は大学で学生生活を終えてしまう。

 これが、本当に最後。

 大人になるための準備期間ともいえる。

 大学に通っていて、驚いたのは自分の時間が相当あるということ。

 朝起きるのは六時、七時ぐらいから、九時になってしまった。それに、自分の時間割は自分で決められるので、頑張りさえすれば、三年の後半だとか、四年生の時は、ほとんど講義をでなくても済むようになる。

 もちろん、それは最低限。

 とらなくてもいい単位を、過剰にとるものもたくさんいる。

 それは、勉強への好奇心からだ。

 俺は、大学へ通うことは躊躇していた。

 だけど、大学へ来て、今ではよかったと思っている。勉強はすることにはするが、本当に好きなのか分からなかった。ただの現実逃避の一つの手段だった。

 それでも、勉強をする道を選んだ。

 就職、というものが怖かったのもあった。

 学生という身分を引き剥がされ、ただの俺になってしまう。

 肩書きなき人生を歩むことが怖かった。

 自分を安心させるためにも、大学生になってよかったと思ってしまっている。だけど、きっとそれだけじゃなかった。

 大学生は勉強以外にもやるべきことはたくさんあった。その、勉強以外のことが俺にとっては貴重な財産となった。

 高校までは青春こそが財産、といった感じ。

 大学は違う。

 大学は、ありあまったこの時間で、自分が何者なのかを探している時間が多い。自分が何をしたいのか、何者なのかを、いつも考えられる。

 きっと、一番ゆとりのある期間。

 このゆとりを、大切にしたい。

 まだ、なんの答えも出せていないけれど、この時間が貴重であることには変わりない。

「――私、現代文って好きなんですよ」

「えっ?」

「現代文って答えがそこにあるって分かっているのに、それを見つけるっていう面白い教科だと思いません? それって、人生でもいえると思うんです。分からなくて、毎日毎日悩んで、自分が分からなくても、いつか、ストン、と胸の中で何かが落ちるあの瞬間がたまらなく私は好きなんです。――きっと、見つかります。答えはそこにあるのに、それを見つけられないだけかもしれないじゃないですか……」

「そう、かな。――いや、そうかもな……」

 悩んでいる時は、他の誰にもその苦悩を分かってもらえないくらい悩んでしまう。辛くて苦しくて、一日が早く過ぎてしまえばいいのにと思ってしまう。

 生きているだけで、息苦しいとさえ思う時がある。

 十分な睡眠をとっても、忘れられないこともある。

 だけど、その悩みがいつか解決する時がある。

 ああ、これだって答えが、唐突に発生する。

 案ずるより産みが易しとか、喉元過ぎれば熱さを忘れるみたいな、そんなことわざみたいなものだ。

 だから、きっと、こんな無駄に悩んでいることも、霧が晴れるみたいに消える時がきっとくる。

 自分の夢とか、やりたいこととか、自分の在り方をきっと知る時がくるのだろう。

「俺にも、いつか答えが見つかる時がくればいいな――」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る