04✕ゆとり世代の二人はテラス席へ

「先輩、何しているんですか?」

 金髪の後輩。

 最近、あまり見かけなくなった金髪。それはどうしてか。色々諸説はある。単純にブームが去ったからだとか、経済難で髪を染めるお金がそもそもなくなってしまったとか。でも一番の理由はきっと、日本人には似合わないからだろう。

 それなのに、アリサはとてつもなく似合っていた。

 さらさらで、枝毛がなく、黄金色の輝く髪は、まるで太陽のように眩しくて、それなのに手を伸ばしたいと思ってしまう。

 ロウで固めた翼をもっていたら、きっと溶けてしまうぐらい近づいてしまうだろう。それも無意識に。自分の身体がなくなってしまったとしても。

 それぐらい、魅力的な後輩。

 だが、それとこれとはまた別の話がある。

 今の彼女の言葉は看過できない。

「何をしているのか、か。それは俺が一番嫌いな質問なんだよな。だって、見れば分かるだろ? 何もしていないよ。強いて言うなら逃げてたけど、そんなことアリサにいきなり言ってもしかたないし、逃げてたことの理由を説明するのも面倒だろ?」

 そこまで言って、ちょっと箸休め。

 何故なら?

 その答えは――アリサはドン引きしていたからだ。

「……いや、先輩の今の発言の方が面倒ですよ。単純に会話を最初につなげるための言葉なんで、そこまで意味をこめてませんから。普通に答えてくれればそれでいいんですよ!」

「あー、はいはい。お決まりの奴ね。飲み会とかで初対面の奴にあったら、出身地はどこだとか、血液型はなんですかって質問するみたいなやつでしょ? もう、それ何千回したんだよって話だよ。しんどいんだよな。同じ話するのって。よく飽きないって思うよ。人間は飽きる生き物なんだよ。たまには変化球が欲しいよな……」

 人間関係の面倒なことは、お決まりの話を何回も繰り返すことだ。

 特に飲み会となると、みんな酔っぱらっているせいか、数分前の話題をまた語りだすことがある。だから飲み会は嫌なのに、どいつもこいつも飲み会に行きたがる。

 大学生はお酒を飲み始めた年齢。

 だから、ちょっと大人ぶりたいのだろう。

 とにかく毎日俺酒飲んでるぜアピールする奴がいる。ええ、すごーい、酒強いんだねー、とか一応褒めてやる。

 そうしてやるとまんざらでもないとかいう顔をするのだが、自分は酒豪ですよ感を出す奴に限って、飲み会に行ったら全然酒飲めない法則があるんだが、あれってなんなんだろうか。

 飲み会二時間コースで焼酎三、四杯しか飲まないで俺酒飲めますアピールホント辞めて欲しい。チビチビ飲みやがって。確かに、お酒を楽しむ方がいい。ガバガバ、お酒の味を楽しまずに飲むのは、酒に失礼だ。

 でも、だったら、俺はお酒凄い飲めますと言わないでほしい。

 お酒をあまり飲めない俺でさえ焼酎六、七、杯に、ワイン二杯は飲めるぞ。

 きっと、あれだ。

 大学生を卒業したら、そんな輩もいなくなるだろう。はしゃぎたいんだろうな、このぐらいの年齢の奴は。

 たまに、ほんとうに酒豪で、水を飲むみたいに酒をあおる奴もいるから、そういう人は素直に凄いと思ってしまう。

「へぇ。それじゃあ、初対面の人間に趣味は裸踊りですって言って、それで受け入れられる人間がどれだけいるんですか? 伝統的ですよね、それ。私も趣味は裸踊りですなんて意気投合できたとしても、周りの目は冷たいと思うんですよっ! だったら、どれだけつまらない挨拶的な話しかけ方でも、そっちの方がいいですよ。先輩は変に理屈をこねくりまわしたいだけじゃないんですか? ちゃんと後先考えてから発言してくださいよ」

「いやいや、考えてるって。考えた上で発言して、それがこうやってアリサに批判されるのが楽しいんだよ!」

「え、エムの方ですか? 別に先輩がエムだからって今更偏見持たないですけど、カミングアウトするならTPOを弁えてくださいよ。今日、飲みにでも行きますか?」

 後輩にめちゃくちゃ気を遣われている、先輩の俺かっこ悪い!!

「そういうことじゃねぇよ!! っていうか、偏見持てよ!! その言い方だともっとやばい性癖持っている奴みたいじゃねぇか! 俺がっ!! ただな……。こうやって議論できること自体が楽しいんだよ。みんな適当に、風に揺れる柳みたいに他人の発言を受け流すだろ? それが、つまらないんだよ。もっと色々意見を交換し合ってさ、それから新しい意見が生まれるわけじゃん。そうすることよって、より自分という個性が高められると思うんだよね、俺的には」

「うわー、先輩って、やっぱり地獄のミサ――」

「やめろ、それ以上は色んな意味でやめろ! 自覚しているから! 痛いってところは自覚しているからっ!!」

 痛い、というよりは痛々しい性格をしているのは分かっている。

 だけど、誰にだって自尊心や向上心は必要なはずだ。

 俺みたいな奴は、きっと、ナルシストと思われるだろう。

 そうやってナルシズムを否定するのが世の常だが、ナルシズムがなければ、自分を大切にしようとする感情がなければ、きっと生きづらいだけなのだ。

 自分以外の人間が好きで滅私奉公しているのが正しいとか思われがちだが、それは献身を通り越して狂気でしかない。

 そんな人がいるなら病院、精神科に行った方がいい。

 仮に他人にボランティアするのが好きだとしても、それはきっとボランティアしている自分が好きなのだ。

 別に、ひねくれた意見じゃない。

 きっと、人間はそうでなくてはならない。

 ナルシストでなくてはならない。

 そうじゃないと、自分が好きじゃないと、いつか自分で自分を殺してしまうからだ。

「……先輩ってほんと変わってますね」

「そうか? 変わっているといえば、お前だって変わっていると思うけどな。こんな俺とまともに会話できている時点で」

「あっ、それは言えているかも……」

「おい」

「ふふっ。冗談ですよ、先輩。それより、お茶でもしませんか。こんなところで立っているだけじゃ他の人の邪魔だし、疲れますし」

「あっ、悪い。こういう時は男が先導してやらないとな……」

「別に男とか女とか関係ないですよ。先輩が気遣いできないのはいつものことですから」

「き、気遣いぐらいできるからっ! デートの時に歩いていたら、女の子が無言になったらあれだろ? どこかで休みたい。疲れたわ。私のこと分かってよ。私は自分の疲労感については一言も話したりしてあげないけど、私のこと好きなら察してよ。私のことが好きならそのぐらいできるでしょ? ……っていうことなんでしょ!?」

「――先輩、過去に彼女さんと何かありました?」

「ナニモナイヨ」

 カタコトで、ロボットっぽく返すことしかできない。

 誤魔化せたか? 誤魔化せたのだろうか?

 アリサは微妙な顔をしながら、

「ここでいいんじゃないですか?」

 食堂に辿りつく。

 だからといって中に入るわけではなく、そこは外だった。

 食堂の外には、ちょっとしたテラス席的なやつがあって、結構人気。雨の日は座れないが、その分晴れの日はみんなこぞって座っている。

 昼休みは全部埋まってなかなか座れないほどだが、今日は珍しく空いているようだ。時間的なこともあるだろうが、空いているというなら座ろう。

「テラス席か……。まっ、いいんじゃないか?」

 ただ、ここだとたくさんの人に目撃されてしまう。

 アリサと一緒にいるところを見られると、あとから誰にからかわれるか分からない。ただでさえ、こんな年下と思えないほど落ち着いている超美人。やっかみ半分でからかわれるのは覚悟しなければならない。

 人は、あまり変わらない。

 小学生の頃なんて、道歩く高校生でさえ大人に見えた。

 なんだってできる。

 どこへだって行ける。

 そんな超人に見えた。

 それなのに、大学生になっても俺は子どもだった。

 お前、女と一緒にいただろぉう! とか、子どもっぽいと思う反面、そんなあいさつ程度。きっとただのじゃれ合い。それぐらいのことで一々腹を立てている俺の方が、きっとよっぽどガキなのだ。

 思春期ではないのだ。

 一々、からかわれて赤面するような年齢でもない。

 その証明のためにも、ゆったりとした動作でテラス席に座る。

「正直、大学生じゃなかったら先輩の話にここまで付き合えないかもしれないですね」

「大学生って時間だけはあるもんな。レポートとかは山のように出されて、講義も結局でなきゃいけないけど、それでも夏休みが二ヶ月以上あるもんな……。小学生よりも暇だろ。バイトでもしないと、時間が潰せないわー。まあ、夏休みも図書室にこもって勉強しまくるやつもいるけどな……」

「先輩って、バイトしてなかったんですか? 確か、サークルも入ってませんでしたよね?」

 そうそう。

 大学といえば、バイトとサークルと講義の話になりがちになる。

 サークルとか部活とか、そういうみんなで何かやるのはもうこりごりだ。

 だけど、バイトは違う。やる気は少しだけある。

「バイトは一応やっているけど、辞めようかなって思ってるんだよな。あまりにも不定期すぎて、予定入れるのが大変なんだよ」

「不定期って、どんなバイトやっているんですか?」

「ああ、イベントスタッフのバイトだよ。主に、婚活会場とかコンサート会場とかの設営のバイトやってるんだ」

「ええっ! ああいうのってバイトさんがやってるんですね。私てっきりバイト雇わずにやっているのかと思いました」

「人件費節約じゃないのか? それか、単純に人手不足なのか。ちゃんと社員さんが仕切ってるし、設営も参加しているよ。ラインで予告なしに、この日のイベント設営に参加できるか? っていきなりくるからさ、ビックリするんだよな。ほら、普通のバイトだったらちゃんとシフトってあるだろ? あれがないから、予定がたてづらくてしかたないんだよな……」

 その分自給というか、日給は他のバイトと比較すると全然いい。

――のだが、そういう日給手当てのバイトは得てして、単発系。

 時間の決まっているバイトと比べると体調を崩しやすいから注意が必要だ。

「へぇ。そんなバイトあるんですね。でも、別に忙しければ断ってもいいんですよね?」

「まあな。いきなり講義が入る時があるし、そういう時って掲示板に貼られるだけで、ラインとかですぐに連絡入るわけじゃないから、大学に来ないと分からない訳じゃん。だから、そういう緊急な時とかもだけど、バイト断る時あるよな。ライン送って、それで既読つかなかったら電話してって。でも、面倒くさいんだよな、気を遣うから。なんか別にいいっていうけど、やっぱりバイト先の人は、本当は俺に来てほしいわけじゃん?」

「なんですか、先輩。もしかしてぶぶ漬けだされたら、家に帰らないといけないとか思っちゃうタイプですか?」

「いや、そこ出身じゃないけど。奥ゆかしさは持ち合わせていないけど。……だけど、やっぱり高校までの部活とかと違って、働くってそういうことだと思うんだよな」

「奥ゆかしいというか、あれって揶揄するための落語かなにかが起源だった気が……。記憶が曖昧で忘れましたけど……。でも、まあ、先輩ってゆとり世代にしては結構まじめですよね」

「……お前もゆとりだけどな! でも、ゆとり世代ってだけで馬鹿にされるのも本当嫌だから、頑張るって言うのもあるかもなー」

 ゆとり。

 お前は社会に出たことがない。

 そういう発言は結構される。というか、ほんとしつこいぐらいされる。

 そもそも社会に出たことがあると自慢する連中に思うのは、お前が普段いるところは会社であっても社会じゃないということだ。

 同じ勤務先を定年までいつづけるだけの奴なのに、何故か社会全体を知った気になって社会を語りだす奴はあまり好きじゃない。

 たった一つの場所にずっといて、そして発言しているだけの奴の癖に、全てを知っ気になるのはおかしい。

 でも、まあ、ちゃんと一生懸命働いているのだから、俺みたいな適当に日々を過ごしていそうな大学生に文句の一つも言いたくなるのはまだ分かる。

 ゆとりだってそう、かもしれない。

 ただ、社会に出ることが怖くて学校に舞い戻ってくる教師。

 それから、正社員でもない癖に社会はこうだよ! って語りだすフリーター。

 そいつらに説教されている時の俺は、きっと顔が物凄く引き攣っているはずだ。

「ゆとりって、そんなにだめなんですかね?」

「だめなんじゃないの? あんまり批判されるのもいい気分じゃないのは確かだけど、結構慣れたな。そもそもゆとりゆとり言う奴に限って、パソコンとかスマホのアプリとかで質問してくるのが面倒なんだよな。仕事できないのはお前らもだろ……」

 アリサにではない、今まで出会ってきたゆとりを馬鹿にする連中を一緒くたにして毒を吐く。

「へぇ。設営のバイトでパソコンとか使います?」

「そんなに使わないけどな。昔は紙のタイムカードで勤怠の打刻してたらしいけど、今はパソコンとかタブレットで勤怠の打刻できるじゃん? それが故障したって騒いだりするんだよ。禿げたおっさんが。でも、そういう時って、だいたいふつーに、Wi-Fiがオフになってたり、コードが抜けてたりするだけなんだよ。メカ音痴の俺でもすぐに分かるやつ。スマホのアプリは、アプリダウンロードしたら、会場の入場料安くなったりするんだよ。それで登録のやり方が分からなかったり、アプリで事前予約していたはずなんだけどその画面の生き方が分からないとか、お客さんがそういう質問した時におろおろするんだよな。ゆとり世代は自主性がない。指示待ち。とか言う割にはお前も右往左往しているだけじゃねぇーかと思うね」

 というか、そもそも会場案内は設営の、俺のバイトの仕事なんかじゃない。それなのに、ちょっと呼び出されてそんな仕事を任される。

 もちろん、給料はもらえない。

 ただ働きだ。

 客の案内も仕事の内だ。他の、会場で働いている正社員はその案内でキッチリ給料をもらっている。俺はもう設営を終わって帰ろうとするときに、たまに呼び出されることがあるのだ。

 普段俺のことを、ただのバイトだろwwwとか、馬鹿にしている奴が、泣きそうな顔をしながら助けを乞う。そして、客にこれはこうですよー、とちゃんと案内し終わって、正社員のことを助けると、礼も言わずにどこかへ踵を返す。

 そういうのを見ると、礼儀もあったもんじゃない。

 ゆとりだとか、ゆとりじゃないとか、そんなもの本当に関係あるのか疑問だ。

「……なんだか、さっきから特定の人物の悪口になってますよ……。でも、知ってますか? 先輩。最近の子ってパソコンが使えないらしいですよ」

「ぅえ!? どういうこと?」

「ほら、スマホ一台あれば事足りるじゃないですか。私達が高校生の時は携帯が主流で、確かにネットは使えましたけどパソコンほど使えなかった。けど、今のスマホってパソコンとそん色なく使えるじゃないですか。だから、今の子達ってパソコン使ったことがないみたいなんですよ。だから、ワードとかは使えても、エクセルとか、パワーポインターとか使えないらしいです」

「いやいやいや。それは流石にマスコミが誇張表現しただけなんじゃないの? パソコンとか、俺が小学生の時、教室に二台あったぞ? 中学校上がったら、パソコンの授業だってあったし。そもそも大学とか、パワーポイント必須だろ。授業でパワーポイントを使ったレポート発表だってあるんだし。それに、会社員だって、パワーポイント使って会議とかするんじゃないの? それが使えないって、酷過ぎだろ……。ゆとり言われてもしかたないって……」

 どうやら一家に一台パソコンがあった世代とは違うらしい。

 一緒くたにゆとり世代と言っても、かなり傾向が違うようだ。そもそも写メが死語になりつつ現代にジェネレーションギャップを感じざるを得ない。

 写真がメールで送れるようになった!

 略して写メ。

 当時は革命的で、中学、高校の時は、写メ写メ言っていたが、今はメールそのものを使わない。既読スルーだけでいじめに発展するといわれるラインばかり使っている。

 あと、俺自身は使っていないが、インスタグラムを使っていることが多いらしい。

 俺の後輩で、彼女持ちのやつがいるが、そいつがインスタグラムに詳しくて色々自撮り写真を見せてくれた。というか、こっちは嫌がったのに見せてきやがった。イチャイチャしている写真を。

 それだけならまだいい。

 いいのだが、驚いたのが、キスシーンをアップしていることだった。

 男女のキスシーンをネットに平然とあげている後輩はへらへら笑っていて、彼女可愛いでしょっと同意を強制してきたが、こっちはそれどころじゃなかった。

 すぐに情報を削除できるような時代ではない。

 今のネットは、自分自身が削除したとしても、すぐにサルベージされるような時代なのだ。誰もが魚拓をとっているのだ。

 そんなもん、ネット小説家がネットに後々、黒歴史となるような小説をあげるようなものなのに、どうしてそんなアホみたいなことを軽々しくできるのかと思ったが、意外にそういう連中はたくさんいるようだった。というか、そういう奴らの方が現代的なのかもしれない。

 時代は変わるものだ。

 確か、ひらがなだって、女性が使っていた奴が流行って今日に至るとか、高校の先生が言っていた気がする。

 そんな風にいつだって常識が塗り替えられていく。

 その時代の流れに乗りきれない老害がいつだって、批判の声を声高々と上げる。まあ、俺もその内の一人だが。結構下の世代と話が合わないことが多いし。……だけど、どうせいつか批判する奴らは黙り込む。

 さっきのひらがなの例がそうだ。

 今は普通だが、当時、絶対に否定する連中がいた。

 当時、散々批判されていて文学作品が、著者の死後、絶賛されることが当たり前にあるように、いつだって常識という概念は不確定なのだ。

 周りが肯定していけば、いつだって非常識は常識に変わる。

 人間は掌返しの生き物なのだ。

 どれだけ周りが嘆いていても、あの頃は帰ってこない。

 でも、それがいいのだ。

 そうやってあの頃はよかったなあ、って感傷的になって、若い連中に嫉妬してとにかく、文句を言いまくる。

 そこまでは、いつだってセットだ。

 オタクをやっているとよく分かる。

 え、なにその漫画、きもっとか言っていた連中が、アニメ化して、人気になった途端、ねぇねぇ、あの漫画貸してっ! とか言い出す。

 絶対貸さねぇ!!

 どいつもこいつも、勝手すぎる。

 というか周りに干渉しすぎる。

 仮に有名にならなかったとしても、俺は俺の好きなものを肯定したい。俺は俺を信じている。俺は俺自身の価値を認めてやりたい。

 周りが面白いって言っているから面白いって思っているような思考停止のくそ野郎ども、もといミーハーは近づいてこないでほしい。こっちだって、無理して勧めるようなことはしない。

 オタクじゃないなら黙ってろ。

 ミーハーはお呼びじゃない。

 どうせ、こっちがその漫画貸しても、世間の熱が冷めていったらすぐに読むのを止める。続きを読まなくなる。

 需要なんてそんなないだろうに、十年以上同じ題材で書き続ける同人作家を見習ってほしい。

「パソコンは結構どんな仕事でも使いますからね。スマホも凄いですけど、パソコンの方を使うことの方が多いと思います」

「まあ、正社員もそれほどパソコン使える奴はいないと思うけどな。それこそ、専門職とかじゃない限り……」

 正社員とか、アルバイトとか、そういう話をしていてら、フト思い出した。

「そういえば、アリサもバイトしていたよな?」

「ええ、まあ、バイトというかなんというか……」

「歯切れ悪いな。なにしているんだっけか?」

「家庭教師です。相手は高校生なんですけど、うちの大学にきたいみたいで……。なんか、隠しているような気がするんですけど、全然隠し切れていないんですよね。うちの大学のパンフレットとかも部屋にあったし」

「へー」

 家庭教師か。

 アリサには向いているような気がする。人と話す時に、結構分かりやすく話せることができるし、他人に優しい。

 そこまでアリサのことを知っている訳じゃないが、子どもから老人まで分け隔てなく優しく接することができるようなイメージがある。

 他人に物を教えるのも好きそうだし、アリサは頭もいいから学校の先生、いや、大学の教授でも目指してもいいんじゃないだろうか。

 ただ、教師になるといっても、そんな簡単じゃないだろう。

 普通、新卒の方が雇用されやすいというのに、俺の出身地の去年の教師の雇用人数は、たったの一人だった。県で一人だけ。いくら田舎とはいえ、そこまで教師として採用される人数が少ないとは思わなかった。

 昔はそうでもなかったらしいが、今は非常勤教師として最初務めて、そこから数年かけて正式な教師として採用されるのが多いらしい。一年、二年で教師になるのは、かなり優秀な人間らしい。

 なんだかんだで、教師も大変そうだ。

「その教えている子どもの学力はどのぐらい?」

「うーん、かなり足りてないですねー。今から勉強しても厳しいんじゃないんですか」

「高校生って、そいつ高校何年生?」

「一年生です」

「なんだ。だったら余裕なんじゃないのか?」

「まあ、そうなんですけど……。その子あんまりやる気がないんですよね……。自分ではやる気があるみたいなんですけど、勉強の癖ってやつがついていないみたいで。ああいうのは、家に帰ったら絶対に机につく、みたいに習慣づければ勉強するんですけどね」

「そうそう。最初のハードルが一番高いんだよな。だから、俺は最初に、簡単な英単語を覚える作業していたよ。数学とか考えないといけないやつって、やっぱり身構えるからな。それで面倒だ、勉強後回しにしようってなるんだけど、英単語を覚えるのって頭あんまりつかわなくて済むからいいんだよ。五分だけやろうって思ってたら、一時間勉強していたなんてざらだからな。勉強するためには、まず軽いハードルを用意するのが重要だよ」

 俺は勉強できない。

 どうしてもやる気が出ないんだ。

――と、悩んでいる友達の家に遊びに行った時、そいつの机の上にゲームやら、漫画やら、フィギュアやらが乱雑に置かれているのを見て、そりゃそうだろうなと思った。

 まずは机の上を片づける。

 そして家に帰って、手洗いうがい等をしたら、即座に机に座ってみる。何もしなくてもいい。なんなら漫画を読んでもいい。とにかく机につく。これを習慣づける。そうすると、勝手に勉強をし出す。

 一番最初のハードルは椅子に座って机に向かうということだ。

 勉強するつもりがなくても、教科書を開くだけでもいい。

 それだけで結構勉強するようになる。

 自分が達成できるハードルを常に用意してそれを飛びこえていく。それが最初はきつくても、乗り越えていくうちに快感へと繋がる。仮にそれが快感にならなくても、勉強をするということを習慣づければいい。

 日常化させればいい。

 朝起きて顔を洗うように、勉強をする。

 そんな風になれば、学力は自然と上がるし、この方法はどんな人間にでも可能なはずだ。

「でもまあ、高校一年だったらそんなもんじゃないのか? 家庭教師をつけるだけ、そいつ結構真面目な奴だろ。高校の時なんてみんなが本気出すの三年の夏とかだろ。そこからいきなり塾に通いだして勉強みたいな。勉強しない奴も、夏休み限定で塾行きだす奴もでてくるし。やっぱり、予備校とか行きたくないんだろうな、みんな……」

「あれ? 先輩って予備校行ってました?」

「いいや、ただ友達が予備校行っててな。朝から晩まで勉強漬けなのは当たり前だけど、スマホ禁止らしいんだ。没収されるんだよ。電話したいなら予備校の電話つかわないといけないらしい。夜見回りがあって、勉強しているかどうか先生に見張られる。もしも遊んでいたら、宿題を増やされる罰があるらしい……」

「……なんですか、その囚人みたいな生活……。その友達、話を誇張しすぎなんじゃないですか……?」

「そ、そうだといいな……」

 一年ほど予備校にいたそいつに久々に会ったら、顔が死んでいた。あれは嘘とか冗談とかでできるような表情ではなかった。

 仮に誇張表現があったとしても、それなりの地獄を味わったのだろう。

 大学院がどんなところかは知らないが、似たようなものなのだろうか。かなりキツイと聴くが、そろそろ勉強も飽きるほどやったせいで、もう勉強なんてしたくない。せめて、大学まででいい。大学院まで勉強する気にはなれない。

 人生そのものが勉強。

 勉強が嫌いだと言う奴もいるが、たとえ社会人になったとしても仕事の中で絶対に勉強が必要となる。だから、一生、人は勉強をし続けなければならない。

 だからこそ、勉強は子どもの頃からコツコツやるのだ。

 そう。

 そんなことは、誰かに教えられなくても分かっている。

 分かっているが、大学での自由時間がゆったりあると、勉強をする手が止まってしまう。張りつめていた糸が緩んだたら、糸がへたてるように使い物にならなかった。――たとえるなら、そんな感じだ。

 講義やレポートはやっているが、昔のように学校に関係ない、自分のやりたい勉強というものを最近やっていない気がする。

 たまには、やらないと頭が悪くなるというか、回転が鈍くなってしまう。どうしたものか。今日の帰り、時間があれば大学の図書館にでも引きこもってみるか。

「そういえば、先輩に相談したいことがあるんですけど……」

「なんだ、藪から棒に……」

「いや、そういうわけでもないんですよ。さっきの話の続きなんです。――今から、先輩も、きっと先輩以外のみんなも大好きな勉強の話をしていいですか?」

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