03✕人間失格の後輩

 太宰治の『人間失格』が好きだ――なーんて誰かに言うとだいたいこういう反応になるだろう。

 中二病乙wwwwと。

 確かに、初めて人間失格を読んだ時は、中学二年生の時だったが、面白いものは面白いのだからしょうがない。

 思春期とか、多感な時期に読むと感銘を受けるといわれる人間失格。

 それはきっと、主人公が道化を演じる部分にあるところだろう。

 そこに物凄く共感してしまった。

 周りの本好きの人間は人間失格なんて文学の入り口。

 そんなものはとっくの昔に卒業したと言うが、俺の考えは違う。

 大学生は猶予期間――モラトリアムと言われる期間にあたる。

 アイデンティティ。――つまりは、自己形成するための期間だ。

 でも、だからこそ、今の時期だからこそ、人間失格を読むべきだと俺は思っている。

 周りの人間にあわせ、演じていると、自分が何者か分からなくなってしまう。

 だが、そうせざるを得ない瞬間は必ずある。

 友達と喋っている時はもちろんだが、学校の授業でもそうだ。

 俺は小学生の時、既に中学、高校の勉強をしていた。

 だからこそ、授業は暇で暇でしかたがなかった。

 どうして日本には飛び級の制度がないのか、恨みに恨んで。

 そして、そういう態度は先生の眼に映るのだろう。

 注意されることが多かった。

 単純に授業態度が悪いと指摘するのならまだいい。

 だが、学校の先生という立場にある奴は、大概が生徒を見下している。

 だから、いつだって遠回しに注意する。


――どうした? ここの問題、お前、答えてみろ。


 と、わざと先の問題を出題してみたりする。

 だが、残念。

 そこはとっくの昔に勉強していて、答えらえるのだ。

 でも、それを素直に答えたら、先生は絶対に怒る。


――わかればいいってもんじゃないっ!! 授業はちゃんと聴けっ!!


 と、理不尽に怒り、逆に間違えると、にんまりとする。


――どうした? 聴いてなかったのか? だからこんな問題もできないんだぞー。


 と、嬉しそうにだ。

 生徒が間違えて嬉しそうにするなんて教師失格だ。

 例え、どれだけ俺が態度が悪かろうが、クズだ。

 だが、そんなクズな先生ばかり担任になって、俺はすっかり人間不信に陥ってしまった。

 だから、なるべく授業はしっかり聞いている振りを、小学生の頃からしていた。

 それに、たまにテストもわざと間違えた。

 いつも、いつも百点をとると他の生徒からのやっかみがひどい。

 だから周りがみんな赤点を取った時に、自分だけがいい点数を取った時には点数を隠した。点数が書いているところ――答案用紙の端を折り曲げた。

 そんな風に周りに気遣っていた。

 きっと、他人には理解できないだろう。

 それが、どれだけ疲弊することなのかってことが。

 馬鹿の振りをするってことが。

 道化を演じることは、俺なりの処世術だ。

 そうしているうちに気がついてしまう。

 教師も、親も、俺よりも馬鹿なんじゃないかって。

 少なくとも、俺より偏差値が低い奴らばかりだった。

 生徒である以上、そんな奴らの下につかなくてはならない。

 この辛さが、普通に生きている奴に分かるのだろうか。

――とまあ、こんな感じだ。

 こんな感じにこじらせてしまう。

 俺は特別だなんて思いこんでしまう。

 この大学に来て良かったと思ったのは、俺なんかよりかも特別な人間は山ほどいたってことだ。

 俺なんか、普通、いやそれ以下。

 馬鹿の中の馬鹿だってことを思い知った。

 勉強ができる奴は、本当に凄い。

 そもそも会話が成立しない奴が多い。

 ほんとうに、人間が勉強しかやってこなかったら、こうなるんだなっていう方々が多い。

 逆に、二ケタの足し算引き算ができない奴とかいて、えっ? 馬鹿? と思ってしまうことも多いが、大概が頭いい奴らばっかだ。

 それで身の程はある程度知った。

 だが、どうしてこうなったのか。

 俺も自分の過去を思い返してみれば、勉強の思い出がほとんどを占めていた。

 それが原因だったかもしれない。

 机にかじりつくように、毎日欠かさず勉強をした。

 座り続けて尻から血が出るほどに。

 どうして、そんなに勉強をしたのか分からない。

 特に、音楽以外の趣味がなかったから?

 周りが勉強をしろと急かすから?

 でも、そのせいで頭がおかしくなった時もあった。

 勉強しすぎて、難しい問題にキレたりした。

 参考書を壁にぶつけて、どういう意味だこらっ!! と、本気で問いかけたりした。

 勉強をしない奴らを内心見下して、部活の話をする奴らを鼻で笑ったりした。

 そんな排他的な生き方しかできなかった。

 大学もレポート等の勉強は多いが、高校の時ほど頭がおかしくはならない。

 それは、時間的余裕があるからか。

 いや、それだけじゃないだろう。

 高校よりも、ゆったりと時間が進んでいる気がする。

 高校は家から場所が近いというだけで選んだのがいけなかったのかもしれない。

 大学はちゃんと選んだ。

 その結果かどうかわからないが、話が合う奴が現れた。

 それが、アリサだ。

 有坂美尋。

 略して、アリサ。

 ブロンドに髪を染めている後輩。

 自分とはまるで正反対。

 あか抜けていて、話す時ははきはきしている。

 容姿はというと、綺麗の一言。

 立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花という言葉を見るだけで連想したのは初めての経験だった。

 誰とでもすぐに喋れて、誰とでもすぐに仲良くなってしまう。

 交友関係の広い彼女は眩しくて、眩しすぎて、傍にいると目が潰れそうだった。

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