涼宮ハルヒの憶測

神無月招央

プロローグ

 年の瀬、十二月。師走とも言われている月だ。師匠も慌ただしく走り回るから師走。ほんとかどうかは分からないが、少なくともうちの学校の教師はそれほど慌ただしく動いているようには見えない。むしろ今現在の状況を見れば、俺を含めたSOS団の連中の方がはるかに忙しく見えるだろう。

 部室棟にある文芸部の部室を非公認にSOS団とかいう妙ちきりんなクラブにした張本人、涼宮ハルヒはこう言った。

「雰囲気作りから始めるのが正しいイベントの過ごし方だわ」

 十二月のイベントと言って、真っ先に思い浮かぶのは一つしかない。そうクリスマスだ。

 そんな世界的最大級イベントをハルヒが黙って過ごすはずもなく、どこぞの大型雑貨店からでも買い込んできたのか、あいつが持ってきた紙袋には溢れんばかりに詰め込まれた一目でソレと分かる品々が覗けて見える。

 せっかくのクリスマスなのだから、部室をそれっぽくデコレートしようという事らしい。

 それはいいさ。俺もこの時期気持ちが浮っついたりしないといったらウソになる。だけど、部室をクリスマスカラーに仕立て上げようと言い出した張本人の動いているのが口だけというのは如何なもんだろうか。

 しかも、その星はもっと上だの、あのモールがずれているだの、いちいち細かい注文が飛んでくる事に、理不尽を感じずにはいられない。

 そんなに気になるなら自分でやれってんだ。

「たぶん涼宮さんは、あなたに期待をしてるんですよ」

 ハルヒの野次としか思えない指示に呆れた顔を作っていると、俺の隣で同じくキラキラと光るモールを壁へと飾り付けている古泉が話しかけてきた。

 SOS団のメンバーの中で、俺以外の男子は古泉だけなのだが、こいつのスマイル顔は年の終りに差し掛かっている今日でも好きにはなれない。そんな古泉には人とは違う変わった特徴がある。こいつは超能力者なのだ。

「お前のような不思議な力があれば、あいつの期待にも答えてやれんこともないがな」

 古泉の根拠のない言葉にジトっとした視線をぶつけてやる。

 ハルヒが自分のことしか頭にないことは百も承知のはずだ。それで期待だのなんだの言うのだから当然の対応である。

「僕の能力がここでは使えないのはご存じではないですか。それにあなたに対する涼宮さんの期待というのは、単に超常的な力というわけではなく、自分の思っていることを理解してくれると言った点の事だと思いますよ」

 あいつを理解出来る人間がいたらお目にかかりたいもんだ。

 俺の呆れた視線にスマイル高校生は小さく肩をすくめると、部室の飾りつけ作業へと戻って行った。

 何だか馬鹿にされたような気がする。何か言い返してやろうと口を開いたが、そこで団長様の罵声が割り込んできた。

「ちょっとキョン! 何をサボってるのよ! ボヤボヤしてる暇はないのよ! もうクリスマスはそこまで来てるんだから!!」

 そう思うならお前も手を動かせってんだ。

「あたしは部屋の雰囲気の全体的なバランスを常に把握してなくちゃいけないの。あんたと違ってサボってなんかないのよ」

 そんな御大層な仕事をしてるなんて気がつかなかったぜ。是非ともその仕事を俺と代わって頂きたいもんだな。

「あんた適材適所って言葉を知らないの? 人にはそれぞれ適した仕事があるのよ。見なさい!」

 言ってビシっと人差し指をある一点に合わせるハルヒ。

 そこには急に部室内の視線が自分に集まったことに、明らかな動揺を見せている朝比奈みくるさんの姿があった。

「ふ、ふぇ??」

 この一つ上の上級生は、俺よりも年上とは思えない童顔と愛くるしさで、むしろ中学生に見える。そんな朝比奈さんは現在赤と白の先進的なデザインの服を纏っていて、見事なまでのサンタガールとなっていた。

 幼稚園くらいの子供はどう思うか分らんが、俺は白髭をたくわえた恰幅のいいジーサンよりも、天が地上に遣わした天使のような朝比奈さんからのプレゼントが貰いたいね。

 ちなみに朝比奈さんにも、古泉同様一般人には無縁の特徴がある。彼女は今より先の時代からやってきた未来人なのである。

「いい? このサンタガールの衣装はみくるちゃんだから似合うのよ。あんたがこの服を着たってただの変態にしかならないのよ」

 相変わらずのハルヒ節だが、朝比奈さん以上にサンタガールの衣装が似合う奴なんて、この部室にいる人間どころか、街中に出てもいるかどうか。反論の余地はない。

 しかし、このまま後に引くのも釈然としない。俺はなんとか切り返しの要素を探す。と、俺の視界が一人の少女を捉える。

「じゃあ長門はどうなんだよ?」

 俺の視線の先には、透き通るような白い肌のショートヘア少女が黙々と分厚い本を読んでいる姿があった。あまり感情を表に出さず、どこか人間離れした雰囲気を持つ彼女は長門有希という。彼女も他の二人と同様、特殊な素性を有している。彼女は宇宙人なのだ。

 そんな長門はほぼ毎日何らかの本を読んでいる。それは今日も例に漏れずパイプ椅子に座りながらの読書スタイルを貫いているわけだが、現在は部室模様替え作戦の真っ直中なわけである。俺よりも同作戦に貢献していないことは明らか。その点を団長様に指摘したわけである。

 が、

 ハルヒ団長は俺の溢れる反骨精神がお気に召さなかったようで、俺に侮蔑の一瞥を送ると机に置いてあった、パーティー用のサンタ帽子を手に取り、それを無表情宇宙人の頭へとセッティングしたのだった。

「これで文句はないわね」

 何のどこをどうすれば、それが俺に対する答えなのかは分からないが、ハルヒは満足気に胸を張った。

 当の長門は頭にサンタ帽を被されても、何事もなかったかのように読書を続けている。

 一体何を以て俺からの文句が出ないのか教えて頂きたいもんだね。

「有希はちゃんとクリスマスを演出しているじゃない」

 確かにさっきの長門よりかは、季節感が滲み出ている。文芸部の少女クリスマスバージョンといったところだ。

 よし分かった。俺もサンタ帽を被ればいいわけだな。

 やはり手近にあった赤い三角帽子を俺は頭に装着する。

 これで俺もハルヒの指示に従う宿命から解放されるってわけだ。

「ちょっとキョン、あんたあたしの話をちゃんと聞いてたの!?」

 やれやれと無造作に広げられていたパイプ椅子に腰を降ろしたところで、なぜかハルヒが睨むような眼つきで俺に迫ってきた。

「適材適所って言ったでしょ! あんたはあたしの指示に従って部室を飾り付けるのが仕事なのよ!」

 俺の頭のサンタ帽子を取り上げると、ハルヒは窓を指さして飾り付けを催促した。

 結局話は元に戻ってしまったらしい。

 まぁ、こうなることは分かってたけどな。

「まったく、キョンがサンタの格好なんて一万年早いわ。あんたはせいぜいトナカイの着ぐるみ姿がお似合いってとこね」

 と、そこで傍若無人ハルヒは何かを閃いたようで、両手をパチンと鳴らせた。

 ハルヒの思い付きがまともだったことは無いに等しい。

 俺は嫌な予感しかしなかった。

「明日、SOS団の重要な会議を執り行うわ! 各自、集合の時間に遅れないように。遅刻者にはペナルティが科せられるから気をつけなさい。特にキョン!」

 突然にそう宣言をしたハルヒは最後にビシっと人差し指で俺を指名した。いちいちうるさいってんだ。

 しかし、やはり何かを思いついたのだろう。今すぐに会議を始めるのではなくて、明日というのはハルヒが何か準備をするからってところだろうか。まぁ、何にしろ迷惑を被ることには変わりはないのだろうがな。

 そんな事を思い浮かべても落ち着いているあたり、俺はすっかりとSOS団での学生生活に慣れてしまったんだろう。

 童顔の未来人、澄まし顔の超能力者、無表情の宇宙人、そして傍若無人のハルヒ。こんな超常的な面子との日々も、一年近く一緒に過ごしてくれば、それは日常になっていく。ハルヒの対応にも馴れるってもんだ。

 もし、こいつらと出会わなければどうなっていただろうか。ふとそんな事が頭を過った。

 多分、今よりかは落ち着いた学生生活を送っているんだろうな。もしくは、こいつらとは別の仲間とつるんでいたかもしれない。それとも………。

 ふと掲示ボードに目がとまる。そこには何枚かの写真が飾られている。この一年間でのSOS団の活動記録だ。他にも何枚かあるがハルヒが気に入った物をそこに貼り出している。

 夏に参加した野球大会、孤島での合宿、秋の文化祭。それぞれのSOS団集合写真だ。

 この一年間の記憶が鮮明に蘇ってくる。

 何を俺は無駄な事を考えているんだろうな。こいつらとはもう出会ってしまった。それはもう変わらないことだ。これから先、こいつらと別れることはあるかもしれない。だけど、別れたからって関係が白紙になるわけじゃない。

 SOS団のメンバーはもう俺の中で日常なんだ。きっと明日もまた俺にとっての日常が繰り返されていくんだろう。

 SOS団との日常が。

 俺は自分の無駄な考えに肩をすくめると、部室の飾りつけ作業へと戻っていった。


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