第17話 熱き頬


自分がひとりでなくなった時

自分はひとつ成長しなければならない

自分が自分でなくなった時も

自分はひとつ成長しなければならない

自分が存在する理由を知りたい時は

自分でもがいて答えを導かねばならない

自分が自分であるがために



 第十七話 『熱き頬』



 すっかり朝日も昇り、雲の切れ間が銀色に染まっていく。

上空を見渡せば、スッキリとした藍色が、空高くどこまでも続いていた。


 だが視点を下げると、目に映る光景はまさに地獄だった。

半壊した巨大な建物と、被爆した瓦礫の山。燃えた残骸から立ち込める煙と異臭。

破壊の傷跡……そう呼ぶのにふさわしい無残な光景。


 崩壊した建物を修復するには時間さえあれば良い。

だが崩壊した人の魂は永遠に修復出来ない。

いたたまれない怨念は回帰できず、その場に残留しなければならない。

餓郎乱のメンバーたちは、死んでいった者の供養をする時間もないまま、次なる攻撃に備えての準備をしなければならなかった。


 ヤマトの国……

考えてみれば、強大な軍事国家であるヤマトの国が、力を持ち始めた野良犬を野放しにしておくはずはなかった。

「俺たちはただのチンピラさ、ほっといてくれ!」、なんて言い訳はもう通らない。

知らず知らずの間に力をつけていた自分達に気付いていなかったのだから。

それは甘え……

それは傲慢……

それは驕り……

誰もがそんな言葉の意味を苦々しく噛みしめていた。


 そして、タケルも、その痛みを痛感していた。

ここはアジト内の大広間。

「な、なんだってぇ! 紅薔薇がさらわれただと!?」

タケルは部下の胸倉をつかみ、責め立てるよう問い質した。

「ゴホッ! く、くるしいですぜ……アニキ……」

つかまれた部下の顔色が青く変色していく。

「ダーリン! ちょっとやめるだっぴょ!」

「そうよ! タケル離しなさい!」

萌とポリニャックは、興奮しているタケルをなだめた。

「くっそおぉッ! 一体誰が……いや、何の目的で……」


 タケルは苛立っていた。

ダハンの村がヤマトの国によって壊滅され、村の人々が死んだこと。

もちろんポリニャックにこのことは言えなかった。

ダハンの村を離れる時、あれほど心配していたポリニャックを悲しませたくなかったからだ。

そして、リョーマが乱心し、タケルと戦い死んでいったこと。

さらに、紅薔薇がさらわれてしまったこと。

それらが合わさって、タケルの心は限界になり苛立ちとなってしまった。


「あっしは見やしたぜ。敵のリーダーのような武神機が、紅薔薇のアネキをさらっていきやした」

「リーダーのような武神機だと?……まさか! あの犬神ってヤロウか! 

そう言えばあいつ紅薔薇を知っていたし、『紅薔薇様』って呼んでたな……」

「ベニバラ様? ベニバラはヤマトの国では偉い人なのだっぴょか?」

「さぁな、よく知らねぇが、お姫さまってことはないだろ……」

「ふ~ん、それにしても似合わないだっぴょねぇ~、ベニバラサマだって! きゃははっ!」

ポリニャックは軽い冗談を言ってみたが、その場で笑う者はひとりもいなかった。

「あ……ゴメンだっぴょ……しゅん……」

しばしの沈黙が流れる。


「よしッ!」

何かを決意したタケルが、拳を強く握りしめた。

「ちょっと待ってタケル! まさか、ひとりで紅薔薇さんを助けにいくつもりじゃないでしょうね!?」

「何言ってんだよ、萌。助けに行くに決まってるだろ!」

「そんな無茶よ!」

「紅薔薇は、俺たちの大切な……大切な……えと、な、仲間なんだよ!」

タケルにとって紅薔薇とは、かけがえのない女性であった。

だが、タケルは萌の前でそれを口に出して言えなかった。いや、言い辛かったのだ。

「ふーん……」

ポリニャックは、ジーっとタケルの顔を見た。

「な、なんだよ、ポリニャック! な、何か言いてぇことあんのかよッ!」

タケルはしどろもどろな口調だった。

「え? なになに、どうしたの?」

萌は他人事のように首を突っ込んできた。

(あいかわらず鈍いだっぴょねぇ、モエは……)

「べーつに。ま、ともかくベニバラを放っておく訳にはいかないだっぴょ」

「でもアニキ! ヤマトの奴らが何時また攻めてくるのか……アイツラ必ず餓狼乱を潰しにきますぜ!」

「わかっている……」

タケルは黙って俯いてしまった。


 そして目を閉じ、しばらく考え込んだ後、静かに語りだした。

「みんな聞いてく……」 「アーーーッ!!!」

タケルが話し出した途端、突然ポリニャックが大声を上げた。

「うるせぇなぁ、どうしたよポリニャック?」

「そ、そういえばシャルルの姿が見えないだっぴょ! 司令室にも居なかったし……まさか、あの攻撃でやられちゃっただっぴょか!?」

「まさか、アイツは頭の良いやつだから簡単にくたばる訳がねぇ!……しかし、シャルルのインガが全く感じられねぇのはどういうこった?」

「やっぱ死……モガ!」

そう言おうとしたポリニャックの口を、萌が手で押さえた。

「や、やだなぁ……勝手に殺さないで下さいよ」

みんなが振り返ると、そこには弱々しい顔をしたシャルルが立っていた。

「どうしたんだよ、シャルル! おまえ、フラフラじゃねぇか!」

「あはっ、心配かけたみたいですいません……実は気を失っちゃっていたみたいで・・・」

シャルルは申し訳なさそうに、手を頭の後ろにまわした。

「やっぱ、あの武神機のスゴイ攻撃の時に気絶しただっぴょか?」

「すごい攻撃?……いえ、それは知らないのですが、突然気分が悪くなって……それからは全く記憶がないんです。それで気がついたら、ここから遠く離れた場所にいたんです」

「へぇー、なんともフシギな話ね。シャルルちゃんの体験って」

萌は首を軽くかしげた。

「まぁともかく、シャルルが無事なら良しとしようじゃねぇか。なっ!」

「タケルったら、こんな不思議な話をまぁ良しで済ませられないでしょ? まったく、いつもいい加減なんだから……」

萌はため息をついてタケルの方を見た。

「なんだよ萌、そんな言い方しなくてもいいだろ。相変わらず口ウルセェ女だぜ、まったく」

「何よ! いい加減だから、いい加減って言ったのよ! なんか文句あるの!?」

「まぁまぁ、おふたりさん。ボクがいなかったばっかりに心配かけちゃってすいませんでした。タケルさんも萌さんもありがとうございます」

そう言ってシャルルはふたりのケンカを止めに入った。

「ち! しょうがねぇな、シャルルがそこまで謝る必要ねぇよ。ここは大人の俺が引くとするか。どこかのだれかみてぇにムキになる程子供じゃねぇからな~」

「むっかぁ~! 何よその言い方! 私だってもう大人なのよ! 子供なのはタケルの方じゃない! タケルなんか小学校あがるまでオネショしてたクセに!」

「あ! てめぇ! 部下の前でそんな昔の事いいふらしやがって! お、おめえなんかちっちゃい頃からオッパイペッタンコだったくせしやがって! このペチャパイが!」

「あ、あ~ら、それはいつのことかしらねぇ……オホホ? でも今はこれぐらいありますからね」

萌は顔をピクピク引きつらせながら、胸を前に張り出した。

ペチャパイではないが、その割には迫力に欠けるものであった。

「……」

オパールはそれを見て鼻の下を伸ばしていた。

「ちょっと兄さん」

ネパールがオパールを肘で小突く。

「そ、それより、ダーリンのオネショの話が聞きたいだっぴょよ!」

ポリニャックは、自分に不利な胸の話題を変えようと必死だった。

「聞きたい? ポリニャックちゃん! あのねぇ、タケルがねぇ……」

「このやろう! それ以上話したらブッ殺すぞ、萌!」

もはやこの場は収集のつかない状況になっていた。

「あぁ~~……まったくこの人たちは……」

シャルルは苦笑いしながら深いため息をついた。


タケルと萌の口ケンカはいつまでたっても終わりそうもない。

「あの、実はちょっと相談があるんですが……」

シャルルの言葉も耳に入らないようだ。

「あの! 実は女の人が倒れていたんです! だから助けてあげないと……」

「ん、女? どこにいるんだよシャルル? 美人か?」

「あー! まったくタケルったら女の人の事になると見境ないんだから!」

「そうじゃねぇよ! まったくうるせぇな!」

「あ、あの~……ボクの話を聞いてくださいよ~……」

シャルルは半ベソをかいた。

「あ、わ、わりぃわりぃ。で、その女ってのはどこにいるんだ?」

「はい。ボクの判断でここに連れて来ていいかわからなかったので、今からその場所に案内します」

タケルたちは、シャルルの案内する場所へと向かった。

萌は相変わらずプンプンとしていた。





 シャルルの案内した場所には、瓦礫の影にもたれている一人の女性がいた。

髪は金色で長く、眼鏡をしていた。どうやら意識を失っているらしく、体中にケガをしていた。

「おっ、こいつか……確かにケガをしてるが命の心配はねぇみたいだな。おい、萌」

「なによ! なんか用!?」

「い、いやさ、おまえのインガで手当てしてやってくれよ」

「フン! 女の人なら誰でも優しいのね、タケルは!」

「ちがうって……今はそういう問題じゃねぇだろ。とにかく早くやれよ」

「何よ、その態度! タケルに命令される筋合いはないわよーだ!」

「わかんねぇヤツだな……って、オパール?」

タケルと萌がケンカしている最中、オパールはその女性にフラフラと引き寄せられていった。

「こ……この女性は……」

「どうしたい、オパール? そんなに真剣な顔しやがって?」

「萌! とにかくこの女性を治療してやってくれ! 早く!」

オパールは、萌の肩を掴み大きく揺すった。

「わ、わかったわ……や、やってみる……」

オパールの気迫に押されて、萌はその女性に治療のインガを送った。

「ううん……ん?」

「どうしたんだ、萌」

「ううん、たいしたことじゃないけど……なんだかこの人、体の傷よりも心の傷のほうが深いみたい」

「なんだって? そんなことまで、オマエにはわかるってのか?」

「うん、なんとなくだけどね……感覚というか、少し他の人と違うというか……とりあえず傷は治ったわ」

「そうか! 良かった!」

「に、兄さん?……」

オパールの態度がいつもと違う事に、ネパールも少し気になったようだ。


「とりあえず、彼女を休ませないといけない……餓狼乱のアジトに戻るぞ」

そう言ったのはオパールだった。

「あの~オパールくん? たしかキミ、ウチのアジトになんかいられないって言ってたよね?」

タケルは嫌味っぽく言った。

「何を言っているんだね、タケルくん! あんな素晴らしいとこに居られるなんて、ボクは幸せだなと思っているんだよ! さぁ、早く彼女を休ませにいこう! 早く早く!」

オパールは傷ついた女性を背負うと、タケル達を急かした。

「なんなんだよ、まったく……おい、萌?」

「わたしもわかんないわ。オパールのあんな態度初めて見るもの」

「あの兄の態度、どういうことかなんとなくわかりますわ」

「ネパールにはわかるってのか。ま、兄妹だからな。で、どういうことだ?」

「あの……それが……たぶん……」

ネパールは口をまごつかせていた。

「ハッキリしねぇなぁ。なんか言い辛いのか?」

「いいえ……その、兄はあの女の人に一目惚れしたみたいなんです……」

「な、なんだって!?」

「ええっ! オパールが一目惚れ?」

「しーっ! 兄は露骨に態度に出るんです……自分では誰にも気づかれていないと思っているようですけど……」

「ぷっ! くはは! アイツが一目惚れだってぇ? 笑っちまうぜ!」

「こら、タケル! 笑ったら悪いでしょ!」

「そういうおまえも顔真っ赤にして何こらえてんだよ? わはは!」

「ち、ちがうってば!」

「んー、どうしたんだい、キミたち?」

オパールが振り向くと、顔の目じりが嬉しそうに垂れ下がっていた。

それを見たタケル達は、ついに笑いを堪えることが出来なくなってしまった。


「おい、オマエら!」

すると当然、男の声が聞こえ、ひとりの謎の男が現れた。

「オイオイオイッ! なんだい、なんだい! ここが最近ウワサの飢狼乱のアジトかよ?

見るも無残にブッ壊れてるわ、子供同士で笑っているわで、まるでガキの遊び場だなぁッ!」

黒頭巾で顔を半分隠した怪しい男。その男は罵声をあげた。

「なんだよテメェは? 引っ込んでろい!」

タケルの部下のひとりが、その男に不用意に近づいた。

その瞬間、怪しい男から危険な殺気を感じたタケルが叫んだ。

「待てッ! そいつに近づくな!」

「え……ごっ!」

バチィッ! ゴン!

突如、怪しい男が放った攻撃で、部下が吹っ飛び壁に叩きつけられた。

「てめコノヤロウ!」

「ふふ……不用意に近づくから悪いのだ」

「ち! おかしなワザ使いやがって! それにここへどうやって入ってきやがった!?」

「入り口に弱いヤツが二人いたが、まさかあれが見張りだったのか?」

「てめぇッ!」

タケルが身構えると、その怪しい男は、今度はゆっくりと淡々とした口調で話しだした。

「貴様がタケルか……いいかよく聞け……」

「む?」

「キサマはこれからの運命を自分で切り開かねばならんのだ……」

「なんだと? 何を言ってやがるんだ?」

「だが、それにはキサマはあまりにも未熟だ……そこで我ら『鉄一族』(くろがねいちぞく)である、『鉄円』(くろがね つぶら)様がキサマを鍛え直してくれるわ……ついてこい……」

そう言うと、その怪しい男はスタスタと歩き出した。


「くろがねつぶらだと? ナニモンだ? てめぇ! 待ちやがれッ!」

タケルは、怪しい男の方へ向かおうとしたその時、シャルルが口を挟んだ。

「待って下さい、タケルさん。確かこんな話を聞いた憶えがあります……遥か昔から、ヤマトの国の影の権力者として生きてきた謎の一族の存在を……」

「それが鉄一族なのか?……アイツがそうなのか?」

「わかりません……でも、用心するに越した事はありません」

「影の権力者だかなんだか知らねぇが、こっちはもうケンカを売られちまったんだ! このまま黙って引き下がれねぇっつーんだよ!」

タケルは大声を上げながら、その男の後を着いていった。。

「あっ、タケル! もぉ、しょうがないんだから!」

「ウチらも行ってみるだっぴょ!」

その場にいたみんなは、タケルのあとを追った。


 だが、シャルルだけはひとりこの場に残っていた。

(たしかに鉄一族は危険な存在だと聞いたことがある……

でも、鉄一族とは別にもうひとつの闇の一族の存在があったハズだけど、それが思い出せない……

それにしても、ボクのこの嫌な予感はなんだろう……ただの予感とは違う確信めいた感覚……

まるでこれは予知のような……まさか?……)

シャルルはひとりたたずみ、タケルの向かった先を見た。

(タケルさん……とにかくあの男は危険だ……気をつけて!)



 アジトの外では、タケルと怪しい男が距離をとって向き合っていた。

そのまわりは部下たちギャラリーで円に囲まれていた。

タケルは腕をグルグルとまわし、指をボキボキと鳴らした。

「さって! てめぇ覚悟はいいか? よくも俺の部下をやりやがったな!」

「フン、まるでガキの喧嘩だな。どれ、みせてもらおうか……鏑一族の技を、な……」

「は? 何だって? カブラ一族だと? てめぇはさっきクロガネ一族だって言ってたじゃねぇか」

「鏑一族ではない! 我らは鉄一族だ。そして鉄円様がオマエを鍛えなおしてくれるのだ!」

「えらそうにしやがって……ゴチャゴチャうるせぇ! いくぜッ!」

タケルが怪しい男に攻撃を仕掛ける!

「ふ……ウワサどおり気の短いヤツだ」

「うりゃあッ!」

まずはタケルの先制攻撃! 速射砲のようなジャブを三発放った!


 ガギャッ! ガッ! ゴッ!


「ふふ、効かんなぁ」

「うぐ! な、なんだ、あれは?」

確実に相手にヒットしたと思ったタケルだったが、怪しい男の前には、半透明のハニカム状の盾が現れていた。

「なんだ!? あの盾のようなモンは? しかも殴った俺の手がしびれやがるぜ。あれもインガなのか!」

「ご名答だ。これが鉄一族鉄壁の技。殴った者へ自分のインガを逆流させダメージを与える。まさに防御と攻撃の両方を兼ね備えているのだ」

「ち!……なんだかセコイ技だぜ! 俺の力を利用するなんてよ!」

「ふふ、ほざくがいい。だがこれでキサマは攻撃できない。さぁどうする?」

「そんなの考えるまでもねぇよ、その盾がブッ壊れるまで殴り続けるだけだ! おりゃおりゃッ!」


 ゴンッ!ドギャッ!ギャッ!ギャガッ!


 タケルは形振り構わず、相手のインガの盾を殴り続けた。

「バカのひとつ覚えだ。そのままではキサマの拳がもたないぞ。なまじ破壊力があるだけにな!」

「う……ぐぐッ!」

怪しい男の言うとおり、タケルの拳からは血が噴出してきた。だがタケルは殴るのをやめない。

「よせよせ! 無駄だと言ったろう! わははは!」

「盾っつってもインガの塊だろ? 俺のインガの硬さが、てめぇの盾を超えたらどうなるか試してんだよ! おりゃおりゃぁ~~ッ!」

タケルの無謀な攻撃は続く。

しかし、その無謀な攻撃も、やがて新たな突破口を開き始めた。


 ピシ……ピシシ……

 

 一見、完璧と思われた鉄壁の盾に亀裂が入り始めた。

「な、なにィ~!? キサマの力がこれほどまでとは!」

「俺のインガがてめぇを超えちまったんだよ! クロガネツブラ!」

「くっ! 堪えきれないっ!」


 バッガァアアンッ!


 インガの盾は砕け飛び散った。

そして、タケルの攻撃が怪しい男の胸元へと連続で突き刺さる。

盾の破片がキラキラと光り、拡散して地面に散らばった。

「ぐっ!……さすが、鏑一族の技を継承しているだけの事はある!」

「またカブラか……教えろ! その鏑一族と俺は、いったいどんな関係があるって言うんだッ!」


「うふふ、どうやらあなたにはそれを知る資格があるみたいね?」

突然、この場にふさわしくない、柔らかな女の声が聞こえた。

その声は、萌とポリニャックの後方から聞こえてきた。皆はそちらを振り返る。

「はじめまして。私が鉄一族の長、『鉄円』(くろがねつぶら)よ。よろしくね!」


 シーン……

あたりは静まり返った。それもそのはず。

自らを鉄一族の長と名乗るひとりの少女。

その風貌は、一族の長を語るには、あまりにも突拍子もない格好をしていたのだから。

例えるなら……なんと言おうか、あまりにも華やかで露出の多い服装。

そして、あどけない少女のような顔立ち。まるで今から宴を始める踊り子の様であった。


「やいやい! てめぇ、何の冗談なんだ!? てめぇが鉄一族の長だと? この男がそうじゃねぇのか?」

タケルは、たった今倒した男を指差して叫んだ。

「あら、こっちの子は可愛いわね? ふーん、あなたはタケルの彼女なのかしら?」

鉄円と名乗る少女は、萌の側に近づき、萌の体全体を上から下へと舐めるように観察した。

「あなたはいい素材だわぁ。今度あなたに似合うお洋服作ってあげるわね。ああ、楽しみだわぁ!

「え? あの……」

「どんなお洋服がいいかしらね? 白いレースをふんだんにあしらった橙色のドレスに、フワフワの綿毛で作ったマフラーなんてどうかしら? あっ、それとも思い切ってセクシー系でまとめるのも面白いかも! ね、どっちにする?」

「あ、いえ……その……」

萌は、あまりにも脈絡のない話の返答に困ってしまった。

「てめぇ、何の話しをしてやがんだ! 俺の質問に答えろ!」

「あらやだ! 私ったらまたお洋服の事で頭がイッパイになっちゃったわ。いけない子ね?

メッ! わ・た・し!」

その少女は自分で自分の頭を軽くコツンと小突いた。


(なんだ? この女……まったくキャラがつかめねぇ……)

タケルは少し戸惑った。


「ちょっと待ってくれ、俺はこんなくだらない事を見物している暇はない。この子を看病してあげたいんだ」

そう言い出したのはオパールだった。

「あらん? くだらないとは失礼ね。私に興味がないなんて、よっぽどその子が大事なのね」

オパールは、傷ついた女性の顔を真剣に見つめた。

「そうだ。これは神が与えてくれた運命の出会いなのだ。それを邪魔する権利は誰にもない」

「ちょっと~! このムカつく男はなに? なんでこんなに目がキラメイテいるのよ?」

「あ、ああ、そいつはちょっと頭がおかしいんだ」

「黙っていろ! タケル!」

「う……ううん……」

萌の治療のインガのおかげで、傷ついた女性の意識が戻ったようだ。

「どうやら、気がついたようだね?」

「え?……わ、わたし、どうしてここに……」

「おっと、無理はしないで大丈夫だから……キミの名は?」

「わたし?……私の名前……そうだわ、私はオルレア……」

「オルレアか、いい名だ……」

オパールの目はキラキラしていた。

「でも、それ以外思い出せない……私はだれ?……どうしてここに……うぅ!」

オルレアと名乗る女性は、頭を押さえて苦しんだ。

「おっと、無理をしない方がいい……軽い記憶喪失かもしれない」

「ありがとう……あの……」

「俺の名はオパール。さぁ、こっちで休もう」

オパールはオルレアを抱きかかえると、皆の見ている側を、まるで気に留めずに歩いていった。


「あちゃ~……オパールの野郎、ありゃマジぞっこんって感じだな」

「ダーリン、マジぞっこんって古いだっぴょよ……」

「そ、そんなことより何よアレ!? 今はこの私、クロガネツブラの大事な登場シーンなのよ!」

「あ、ああ、そういやそうだったな。オパールのせいで何だか気が抜けちまったぜ」

「もう台無しよ! それに、あんな運命的な出会いなんて本当にあるのかしら? ねぇ?」

円は萌に顔を近づけて質問した。

「さ、さぁ……あるのかな~?」

「あん! だって運命の出会いに女の子が記憶喪失意よ? こんな出来すぎたシチェーションってばないわよ!」

「そうだっぴょね、ある意味、羨ましいシチェーションかもしれないだっぴょ」

「あら! わかるの? ウサちゃん?」

「ん? 当然だっぴょ! 恋する乙女の願望シチェーション第三位にランクインしているだっぴょ」

「そうそう! 私にとってはランク第二位なのよ! それが目の前で起こるなんて……キーッ! 羨ましいったらないわぁ! くやしーッ!」

円は、ハンカチを噛んで地団駄を踏んだ。

その古典的な表現方法に、皆は少し苦笑いした。


「はーっ! まぁいいわ。私にだってきっといつかステキな恋人が現れるんだからね! 全然悔しくもないわ! だって、それは……ウププ、聞きたい?」

円は、今度はタケルに顔を近づけてきた。

「べ、べつにそんなモン聞きたくもねぇよ……それよりオマエ、何しに来たんだよ……」

「あら! そう! じゃあ教えてやんないもーん! うふふ、私の恋愛願望シチェーション第一位はねぇ、なんと!」

「だから、どうでもいいよ……」

「ジャーン! にゃんと! 幼馴染でいつもケンカばっかりしてるけど、ホントはお互いに好きで、いざとなると恥ずかしくて気持ちを伝えれない、そんなふたりに憧れてるでした! きゃ~っ!」

円は、ひとり浮かれて恥ずかしがっていた。

「おいおい、幼馴染なんて最悪だぜ? 口ウルセェし、本気で殴るし、それにオッパイペッタンコだしよ」

「……ちょっと、それってまさか私の事じゃないでしょうね、タケル~?」

「あ、やべぇ……さぁてね、知らん知らん」

「ムカッ! 絶対あたしの事ね! こっちだって好きで、こんな無神経で乱暴なバカの幼馴染になったんじゃないわよ!」

「ぐ! 萌、それって俺のことかぁ~? 言いたい放題言いやがって!」

「ふん、お互い様でしょ! ねっ、こんなバカな幼馴染の恋愛願望シチェーションなんて、私だったら一億位よ!」

「一億位って、何位までランクインしてんだよ、テメェはよ!」

「は~! 強いて言えば、幼馴染じゃない相手との恋が私の願望ね!」

「ああ、そうかい! それじゃ、俺と一緒だな! 気が合うじゃねーか!」

「ふん!」

「はん!」


 タケルと萌は、またしてもケンカを始めてしまった。

まわりの皆は、呆れて止めようともしなかった。


「う……う……羨ましいーッ!」

円は、突如大声を出した。

「あんた達って、幼馴染だったのね? それでいつもケンカばっかりしてるのに、実は好き合っていても素直になれずにいるのね! あ~ッ、うらやましいわぁ!」

「ばっ、バカやろ! 誰がこんなヤツと!」

「そ、そうです! 勝手に決め付けないでください!」

「ん~、いいのいいの。照れ隠しする所も可愛くて最高ね。奪っちゃいたいわぁ」

「え!」

萌は、その言葉を聞いて少し動揺した。

「まぁ、いいわ。今回はあなた達に免じてテストは無しにしてあげるから。さっ、着いて来て」

「ついて来いって……どこへだよ?」

「決まってるわ。私と修行してもらうのよ、タケル」

「はぁ? しゅ、修行だと?……ちょっと待ちやがれ! 話に脈絡が全然ねぇぞ!」

「あら、何で? 今ので説明ついたでしょ?」

「つくか! どこがだよッ!?」

「私は説明したつもりなんだけど、あなたオツムが弱い人ねぇ。だから、私と一緒に修行してもっと強くなってもらわないと困るのよ、OK?」

「全然OKじゃねぇッ! なんで俺がオマエと修行しねぇといけねぇんだよ!?」

「あ、私と一緒に修行といっても、はじめのうちは私があなたを鍛える事になるけどね。だってあなたってまだまだ私よりも弱いから。さっ、では支度して~」


 円という少女は、タケルの腕をひっぱって連れていこうとした。

バシッ!

それを振り解くタケルの顔は穏やかではなかった。


「てめぇ……さっきから聞いてりゃ、俺と修行するだの、俺がてめぇより弱いだのぬかしやがって! 俺はてめぇみたいなイカレた野郎にかまってるヒマねぇんだよ!」

タケルは円の言動にイライラし、カンカンに怒っていた。

「あらまぁ、これだけ言ってもわからないのかしら? まずはオツムの修行からやるべきかしら」


 スッパァン! ドサ!

円の張り手がタケルの頬を弾いた。思わず尻餅をついてしまったタケル。


「なっ……!?」

(何だ? 今の張り手……コイツできる!)

タケルの顔つきが険しく変わった。それもそのはず。

いくら不意をつかれたと言っても、タケルほどの男が女に張り手されたぐらいで尻餅をつくはずがない。


「まぐれってワケじゃなさそうだな……」

「うふふ、少しはわかったかしら……いいわ、面倒臭いけどもっと詳しく話してあげる。あなたはこれからヤマトの国へ殴りこみをかけるつもりらしいけど、それは無謀だわ」

「なんだと? てめぇ、言い切りやがったな」

「これは嘘ではないわ。あなたは必ず返り討ちに合うわ」

「ぐぬぬ……じゃあ、どうして俺を修行させたいんだ?」

「少なくとも、あなたは私たちにとって希望の光なの。だから私たち鉄一族は、あなたをもっと強くさせないといけない宿命なのよ。OK?」

「ヘン! 宿命だか何だかしらねぇが、てめぇが俺を強くさせるって保障はねぇぜ!」

「あら? どういうことかしら?」

「てめぇは俺より強くねぇってことだよ!」

タケルは円に向かって拳を放った。

ガッビイィン!

すると、円の前に円状の光の盾が現れ、タケルの拳はそれによって防がれた。

「くっ! さっきのヤツと同じ技か……てめぇもそのインガを使えるのか!」

「やれやれだわ。どうやら口で言ってもわからないようね、いいわ。私の体で教えてあ・げ・る。カモ~ン!」

円は、その悩ましい腰をクイッと突き出した。

タケルは思わず顔を赤らめてしまった。

「た、タケル! 何見とれてるのよっ!」

「ふふ、そこの幼馴染には頭が上がらないみたいね」

「う、うるせー!」

「じゃあ、私にも頭が上がらないようにしてあげようかしら? そうねぇ、今から私を思いっきり殴りなさい。もちろん、さっきみたいにインガで防御しないから心配しないでね」

「なっ、何だと!?」

「勝負はお互いが一発づつ殴って、そこに立っていられた方の勝ち。インガを使うのはダメ。もちろんタケルから先に殴らせてあげるわ。さぁ、この条件でどうかしら?」


 円の挑発。そこまで言われてはタケルも引き下がれない。

インガなしの真っ向勝負!

しかも先攻はタケルから。どう考えてもタケルの方が有利である。


「てめぇ、バカにしやがって! だいたい俺は女を殴らねぇ主義なんだよ」

「遊びじゃないのよ……これは……」

円の目つきが鋭くなった。タケルは思わずたじろいだ。

「ちっ、よーし! やってやろうじゃねぇか! そのかわりどうなっても知らねぇぞ!」

タケルは腕をブンブンと振り回し、円に向かって腕を構えた。

「ちょっと待ちなさいよ、タケル! それじゃぁいくらなんでもその人が……!」

萌は円のことを心配しているがそれも当然だ。

タケルが本気で殴れば相手は無事でいられない。それもインガなしだったら尚更だ。

「やさしいのね、彼女。ますますあなたのお洋服を作りたくなったわ。でも、私は大丈夫だから心配しないで。早くパッパと済ませちゃいましょ。ねっ、タ・ケ・ル」

「くっ! バカにしやがって。じゃあ本気で行くぜッ!」

萌は円を心配そうに見ていた。

タケルの一撃を喰らって無事でいられるはずがないと思っているからだ。

「大丈夫だっぴょよ、モエ……あのツブラって娘は大丈夫……それよりも、ダーリンの心配をした方がよさそうだっぴょ……」

「え?」

ポリニャックの言葉は、円の隠された力を見抜いているからなのだろうか?

(とにかく、どっちもケガしないで……!)

萌はそう強く願った。だが、この無謀な勝負は始まってしまったのだ。



 場面は変わって。

ここは餓狼乱のアジトから遠く離れた森林。

そこで木の上から、望遠鏡のような機械でタケル達の様子を探っている者がいた。

「鉄一族めが余計な事を……だが、タケルには、しばらく働いてもらわないといけないからな。せいぜい強くしてやってくれよ……」

この男の妖しげな風貌。この男は確かに今までに見た事のある男だった。

「この般若の手を煩わせるような事にならないよう、しばらく様子を見るか……『あの方』の行動も気になるしな……」

般若は木の枝から飛び上がると、その場から消え去った。

あいかわず謎の言葉を残す男であった。



 場面は戻る。

タケルは拳を握ったまま、立ち止まっていた。

風が吹き砂煙が舞う。

「どうかしたのかしら? こっちはいつでもいいわよ」

円は片手を腰にあて、手でクイクイと招いて挑発をした。

その悩ましげな姿に見とれ、鼻の下をのばして興奮している部下たちもいた。

とにかく、それを見守る異様な雰囲気の中、この勝負はすでに始まってしまったのだった。


(確かに、こいつらの使う守りのインガは半端じゃねぇ……

だが、そのインガを使わねぇってんなら話は別だ。どうやっても俺の負ける要素はねぇ。

あのひ弱な体で、俺のパンチを受け止められるハズがねぇんだ……)

タケルは心の中で自分の勝利を確信していた。

だが、それがこの勝負の勝敗を分けた事に、タケルは気付いていなかった。

(8割、いや7割だ……この女ならそこそこ鍛えてありそうだから死にゃしねぇだろ……

それでおとなしく俺の前から消えてもらう……行くぜッ!)


「うりゃぁあああッ!」

萌は目をつぶって祈った。

タケルは少し力を抜いて拳を放った。

だが、それでもタケルの一撃は破壊力絶大だ。とても相手が無事で済むとは思えない。

だがしかし、この後には想像できない結末が起こった。


 バッチイィィン!


 タケルの拳が円の頬を打つ!

だが、円は吹飛びもせず、倒れもせず、その場に平然と立っていた。

タケルの拳で弾かれた顔を正面に向けると、何事もなかったようにニコリと笑った。

「な!……」

「さてと、次は私の番ね。覚悟はい~い? タケル?」

円は平手を構えてタケルの方を向いた。

タケルの一撃を、あのか細い首で耐えてしまったことに皆は声を失った。

タケルも驚きのあまり声がでなかった。

「いくよーー!」

円の構えた手の先に力が入る。明らかにインガは使っていない。

しかし、その手には確かに『力』が集中していた。

ただ事では済まされない力が放たれようとしていた。


(くっ! このパワー! インガとも違う凄まじい力が集中していやがる!

あんなの食らったらマジでヤバイぜ! しかしインガでは防御できない……どうするッ!?)


 とにかくタケルは、体中の力を込めて防御に徹した。

「タケル、さっきあなたは手加減して私を殴ったわね? 甘いけど、あなたのそういう優しさはキライじゃないわよ。だから私も手加減して半分の力で殴ってあげるわ。これが私の優しさ……」

円の手の平に力が膨張しているのをタケルは感じた。

これを喰らったら確実にヤバイ。自分は無事でいられないだろう。

だが、タケルは覚悟した。これは勝負なのだ。

自分の力が劣っている事を認めた上で、改めてこの力に挑んでみたくなった。そんな心境だった。


(タケルの目つきが変わった……どうやら私の力がわかったようね。それなのに、自分の負けだとわかっても勝負に挑んできている……この男、見かけだけではないってことね。だったら……)

「タケル! 全力でいくわよっ!」

「おう! きやがれッ!」

ブオゥッ!

円の平手が振りかざされた。

「きゃあっ!」

萌は、直視できずに目を瞑り、思わず声を上げてしまった。

シンとした静寂の中、萌はそっと目を開けた。

そこには、寸前で平手を止めた円と、ジッと円を睨み付けているタケルがいた。

「よかった……無事だったんだね!」

萌は喜んで手を合わせた。

「どうして止めたんだ……?」

「ふふ、ちょっと気が変わったのよ。ちょっとルールを変えない?」

「ルールなんかどうでもいいぜ。どうすんだ?」

「伝説の武神機を呼んで頂戴」

「そこまで知ってるのか……ヤマトが攻めて来た時からスパイしてやがったな」

「さぁ、それはどうかしら。とにかくすぐに乗って……いえ、呼ぶんだったわね?」

「そこまで知りながらシラ切りやがって……いいぜ、呼んでやる!」

タケルは、崖の上に飛び上がると、天に向かって叫んだ。

「大和猛! 俺に力を貸してくれッ! おまえの喜びそうなヤツが相手だぜッ!」


 バリバリバリ!

雷鳴と共に空が裂け、そこから一閃の稲光と共に現れた巨大な影。

タケルはジャンプして飛び上がり、大和猛とメンタルコネクトを完了させた。


「待たせたな! これが俺の伝説の武神機、大和猛だ!」

その巨大な武神機を見上げる円の顔は、極めて冷静だった。

「じゃあ、私も準備をしようかしら」

ピュイー!

円は口笛を吹きながら、後方の崖の上に飛び上がった。

すると、円の背後から三体の武神機が現れた。

真ん中の武神機は、全体が白く、両手に大きな掻き爪を持っていた。

その両横の武神機は、両肩に手裏剣を備え、背中に大きなクナイを背負っていた。

円は、真ん中の白い武神機に飛び乗った。


「こちらもお待たせ。準備OKよ」

「へん、三人がかりってところか……なかなか面白そうなテストじゃねぇか」

「勘違いしないで。戦うのはあくまで私の武神機一機だけ。そう、このクロガネーゼとね」

「クロガネーゼだと?……それがおまえの武神機の名前か。いいぜ、やってやる!」

「勝負のルールは、アナタが私に攻撃を加え、それを防御したら私の勝ち」

「なるほど、簡単だな。おまえをブッ飛ばせば俺の勝ちってことか」

「そうよ。ただし、アナタの攻撃は一回限り、それも、変形した竜の一撃だけ」

「そこまで知っているという事は、俺とリョーマの戦いも見ていたってことか」

「そうね。あの男は、膨張した悪のインガに取り込まれて暴走したのよ。それをバーストと言うわ」

「バースト……リョーマの野郎は、それに振り回されちまったのか……だから……」

タケルは、あの時のリョーマの豹変振りを思い出し、少し悲しくなった。


「バーストっていうのはね、インガを使える者ならば、誰しも起こりうる事なのよ。でも、普通の人はそんなに強大なインガを使えないからその確率は低いわ……でも、インガが強大になればなる程、それに飲み込まれる可能性は増えるの……」

「わかった……いずれは俺もそうなると言いたいみてぇだな。そうならないように、自分をコントロールすればいいってことか?」

「そのとおりよ。オツム弱そうなのにわかってるじゃない」

「けっ! ひと言余分だっつーの! それより、さっさと勝負に入ろうぜ!」

「わかってる? あなたの攻撃は竜の一撃だけよ?」

「わかってる……ぜ! うおお……おおおッ!」


 タケルは、体中のインガを高めてみた。しかし、あの時のように、大和猛は竜に変形はしなかった。

「くそっ! そんな簡単に出来るとは思っていなかったけどよ! 何故だ!? どうすれば……!」

「うふふ……困っているようね。だったら教えてあげるわ。あの時のアナタの力は、アナタ自身で出した力じゃないのよ」

「俺が出した力じゃない?……じゃ、じゃあ誰が出したんだよ!?」

「アナタと、その他のインガってトコかしら?」

「ち! ますますわからねぇじゃねぇか! くっそおおおッー!」

タケルがいくらインガを高めても、大和猛に変化はなかった。


「あの時のダーリンのインガ……あれは、怒っているようなインガだったっぴょ」

「そういえば、確かにあのインガはタケルの怒りなのかもしれないわね」


「ご名答ね、萌ちゃん。でも、ただの怒りじゃあの力は出せないわよ」

「ただの怒りじゃねぇだと?……くそっ! ますますわからねぇ!」

「じゃあ、ヒント。あの時、あなたが戦った相手……リョーマとか言ったわね? その男はまだ生きているわ」

「な、なんだと!? バカな! あいつは死んだハズだ!」

「確かに、あの時の強大なインガ……バーストは消滅したわ。だけど、あまりにも強大なインガが著しく萎んだから、リョーマという男のインガが消えたと錯覚してしまったと思うわ。もしかしたら。それをワザとやったのかもしれないわね」

「俺をだましたってぇのか? くそッ! 悲しんで損したぜ! ああッ、くっそおぉーッ!!」



 バリ! バリ! バリ! キシャァーッ!


 その瞬間。大和猛の体が金色に輝き、そして大きな羽を羽ばたかせる竜の姿に変化した。

「やっときたわね! さあっ! かかってきなさい!」

「うおおーッ! どうなっても知らねぇぞ、クソッタレーッ!」


 ギャウーン! ビュゴオッ!


 竜に変化した大和猛は、大空に舞い上がったかと思おうと、円の武神機に一直線に向かっていった。

そのスピード、そしてパワー。リョーマを倒した時と同様、凄まじいインガを放っていた。


「む、ムリだっぴょ! あの攻撃をツブラは受け止める気だっぴょか?」

「きゃあ~! ぶつかるぅ!」

萌が叫ぶと同時に、竜になった大和猛と、円のシロガネーゼに突っ込んだ。

「たしかに凄まじいインガね……でも、鉄一族の技は伊達じゃないわ! きえぇーッ!」

「うおおおーッ!」


 バッチィン! ビャビャビャビャビャーッ! バリャアンッ!


 その衝突の余波で、あたり一面に強風が吹き荒れ、白い稲光に包まれた。

「きゃあーッ! ど、どうなったの? タケル!」

萌が叫ぶ。そして、うっすらと目を開けると、そこに見えたのは……

「ううッ!」

「はぁ! はぁっ!」

そこには、竜の変形を解いて横たわる大和猛と、立ち尽くクロガネーゼがいた。

「ああ……タケル! 大丈夫!?」

萌は、タケルの身を案じて、大和猛の側へ駆け寄った。

「だ、ダーリ~ン!」

そして、ポリニャックと皆も側へ駆け寄った。


 大和猛のコクピットからは、メンタルコネクトを解いたタケルがドサリと落ちてきた。

そして、大和猛は細い光と共に上空へと消えていった。

「うぐぅ……」

「たっ、タケル! しっかり!」

タケルは、萌に抱えられながらも立ち上がることが出来た。そして、円の前へフラフラと歩む。

「ちょっとタケル……無事なのね?」

「無事じゃぁねぇよ、俺のプライドがズタズタだぜ……この勝負、俺の負けだ……」

なんと、あのプライドの高いタケルが自ら負けを認めたのだった。皆は驚いてしまった。


「この勝負、あたしの勝ちってコトかしら?」

円は得意げにフフンと笑った。

「あのままインガを膨張させ続けていたら、俺も自分を見失ってバーストしていたかもしれねぇ……」

「でも、あなたは途中で自分のインガを制御することが出来た。それだけでもたいしたものよ。

もし、あのまま制御し続けたとしたら、私でも耐えられるかどうか」

「ああ……自分のインガを制御できない恐さを知ったぜ……俺もまだまだだってことが分かったぜ」

「ふふ、合格よ、タケル」

「改めてお願いするぜ、鉄円。アンタの力は本物だ。俺はもっと強くなりたい……

いや、ならなきゃいけないんだ! その為だったらどんな修行でもやってやるぜ!」

タケルはこの女の実力を素直に認め、そして手を取り握手した。


(あっ! もうタケルったらぁ……でも仕方ないよね、あの人に修行させてもらうんだから……)

萌は釈然としなかったが、少し嫉妬した自分にそう言い聞かせた。


 タケルはみんなの方を見回すと、話しを切り出した。

「みんな、聞いてのとおりだ。俺はこれからこの鉄円と一緒に修行する。それでもっと強くなって紅薔薇を必ず取り戻す! だからそれまでは餓狼乱は解散だ……いいな? みんな!」

「ええっ! アニキそんな!」 

「そりゃねぇですよ! オレたちゃこれからどうすれば……」

部下は口々に騒ぎ立てた。

「わかってくれ……俺はリョーマのヤツを止めなきゃならねぇんだ……あんな悲しい事を二度と起こさせない為にも、俺はもっと強くならなきゃいけないんだ!」

「わかりましたぜ、アニキ……アニキは必ず強くなってアネゴを連れてここへ戻ってくる……それを信じるのが俺たちの役目だ! そうだろ、みんな!?」

タケルの右腕とも言うべき部下のカジッカが皆をなだめた。

「そ、そうだよな……アニキは必ず戻ってくる……そして紅薔薇のアネゴを連れ戻してくれるさ!」

「アニキー! 頼みましたぜっ! 俺たちゃアニキを信じてますぜーーっ!」

部下たちはみなタケルを応援し送り出してくれた。


「オボロギタケルか……人望だけは私より上かもね」

円はフフと笑った。


「それじゃぁ俺は修行にいく。それでおめぇたちに頼みてぇんだが、萌を守ってもらいてぇんだが……」

「ちょっと待て、タケル! それには賛同できん。萌は我々が連れていく」

事の成り行きを黙って見ていたオパールが反論した。

「連れていくってオマエ……それじゃあ、あのオルレアって女はどうすんだよ?」

「お、オルレアも萌も連れていく!」

「……ったく、この女好きが」

「あ、アニキ……すまねぇがオレはどうしてもコイツらが信用できねぇんだ」

すると、ひとりの部下が申し訳なさそうに言った。

「ふん! 俺だってこんなゴミ溜めのようなところには居たくないね。さっさと出るんだ、萌」

オパールは部下達を睨み付けて言った。

「ちょ、ちょっと待てよオパール。ここを出てどこかへ行っても、今は逆に危ねぇ。ここを離れてみんなといたほうが安全だ。それにオルレアだってケガが治ってねぇじゃねぇか」

タケルはオパールをなだめた。

「何を言っている! 俺達は最初から、萌が異世界から来た謎を解明するために旅をしてきたんだ。ここに寄ったのも単なる気まぐれだ! さぁ行くぞ、萌! ネパール!」

オパールは萌の手を強引に引っ張って連れていこうとした。


「あっ、で、でも……」

萌は困惑した表情でタケルの方を見た。

「待てよ、オパール! 戦いに巻き込んだのはすまないと思うが、ヤマトの攻撃を見たろ? ヤツらは俺達にまで武力で抑えつけようとしているんだぜ?」

「知らんな! それはお前たちがいい気になって勢力を拡大させたからだ!」

「じゃぁ、ヤマトの国の獣人狩りを知っているのか? あれはどういうこったよ!」

「う!……さ、さあな。と、とにかくお前達と一緒にいると不幸がうつる。さ、行くぞ」

オパールは強引に萌の腕を引っ張ったが、萌は足を止めた。

「待ってオパール。あなたとネパールが私のために旅をしてくれた事は感謝してるわ……でも、ここでタケルと離れられないわ。タケルと一緒にいること、そしてこの争いの中にこそ、私がこの世界に来た理由があると思うの……」

萌の言葉にオパールは黙ってしまった。

「決まりだな、じゃあ頼むぜみんな」

タケルは部下達に言った。

「いや……その萌さんも信用できねぇ……」

部下の一人が申し訳なさそうに呟いた。

「えっ? そんな……」

「あっしは見た。アニキが敵の武神機の前でピンチの時、萌さんはアニキを攻撃したんだ!」

「それはホントかっ?!」 「やっぱニセモノってことか?」 「だったらオレっちも信用できねぇ!」

部下はざわめき始めた。

「ちがうわ! あれはタケルに活を入れるためで……今までだってああしてきたんだから!」

「攻撃するのが活だってのか? それじゃあ命がいくつあっても足りないぜ!」

「ち、ちがう……わたしは、本当にタケルを助けようとして……」

部下は萌を責め立てた。萌は泣きそうな顔をしたまま押し黙ってしまった。

「アニキ! どうするんですか! 俺たちをとるのか、萌さんをとるのか!」


(うふふ……面白くなってきたわね。さ~て、タケルはどちらを取るのか見ものだわ)

円はいじわるな笑みで、タケルの行動を見物していた。


 タケルは考えた。

(萌は今までそうやって俺を元気づけてきたんだ、俺は萌を信じる……

だが、この状況では、みんなは信じちゃくれねぇ。

そればかりか、俺が萌を許したら、みんなの心はバラバラになっちまう……)

タケルは、萌だけをひいきする訳にはいかなかった。

自分勝手な行動はできない。

自分はもう、餓狼乱のリーダーとして、ひとりだけの自分ではない事をあらためて知ったのだった。


「確かに、みんなの言ってる事は正しい見方だ。余所者の萌のとった行動を、いきなり信じろと言っても無理な話だ……」

「そら見ろ! やはりボロを出しやがった! こいつらはこんな考え方で生きている嫌らしい連中なのさ!」

オパールは勝ち誇った顔で言った。

「だが、萌は俺の知り合いだ。俺が責任を持って連れていく」

部下達にざわめきが起こった。

タケルのとった選択肢で、部下の信頼を保つことが出来るとは思えない。

「た、タケル……私、あなたと一緒に行ってもいいのね? よ、良かった……」

萌はタケルの側に歩み寄った。その時!


 パァン!


 タケルは萌の頬をひっぱたいた。

萌はびっくりした表情で、赤くなった頬を押さえる。

「甘ったれんじゃねぇぜ! お荷物にならねぇようについて来るこったな! わかったか!」

「う、うん……私、タケルの邪魔にならないから……だから……だから……」

萌は震える声で必死に涙を堪えた。

しかし我慢すればするほど萌の頬を涙がつたった。

その涙は、タケルに殴られて赤くなった頬を癒すようだった。

「ということでみんな、これでいいか?……すまないがこれで丸く治めてくれ……」

タケルも震える声でそう言った。

部下達はそれを見て、タケルの辛い気持ちを理解してくれたようだ。

「アニキ、頑張ってくだせぇ……それに萌さん、ひどい事言ってすまなかったよ……」

萌は泣きじゃくりながら首を横に何度も振った。

健気なその姿を見て、文句を言う者は誰ひとりとしていなかった。


(ふふ、流石といったところかしら。この状況をうまく治めてしまうなんてね。リーダーとしての素質も申し分ないわね)

円は腕組みしながらウンウンと感心した。


「仕方ない。俺達もタケルについていってやる。萌を護衛するのが俺達の役目だし、オルレアの治療も萌に頼まないとな。そしてもう二度と萌は泣かせない。いいな、タケル?」

「ああ、わかったよ。仕方ねぇから萌の護衛をさせてやるよ」

「ふん、口のへらないやつだ。本当に素直じゃないな」

「てめぇも素直じゃねぇだろーが。ま、そういうとこは俺に似てるからキライじゃねぇけどな」

タケルは鼻の頭を指で擦った。

オパールは目線をそらし、照れくさそうに腕を組んだ。


「うふふ、いいわね。感動しちゃったわ。私、あなたに惚れちゃったみたいだわ」

すると、円はとろけた顔をしながらタケルに近づいた。

「お、俺? え、まいったなぁ~」

「ぐすっ? だ、だめ! それは!」

萌は、びっくりして円を止めようとした。

「なに言ってんのよ? 私が好きになったのはあなたなのよ、萌。あなたの健気なところ大好きだわ」

円は萌を抱きしめた。

「あり? お、俺のことじゃねぇのかよ? だって……」

「バカね、タケル。勘違いした? だって私は男になんて興味ないんだも~ん!」

「えええッ!!」

一同は驚いたが、萌はもっと驚いていたようだった。


「な、なんだか気が抜けたが、いっちょやったろーぜ!」

「それじゃぁ、今から鉄一族の里へご招待するわ。いいわねタケル? 観光気分だと命を落とすことになるわよ」

「ああ! 徹底的に俺を鍛えてくれ! 頼むぜ、鉄円! 頼むぜ、みんな!」

「オオーーッ!」


 今、壊れかけた人の信じる心がひとつにまとまった。

それはかつて身勝手だった男が、自分の立場を理解した事によって成し得た信頼であった。

自分の為、皆の為、それを意識した人間は確実に変わっていける。だがそれはとても難しいことだ。

自分を戒めることによって、高い壁をいくつも乗り越えていかねばならない。

タケルは今、確実に成長していた。そして鉄壁の技と心を、同時に習得しつつあるのだった。


 鉄一族の鉄円(くろがねつぶら)と名乗る謎の少女。

その少女から修行を受けるタケル。

はたしてタケルは更なる力を得て、無事、紅薔薇を救出できるだろうか?


 そしてこの修行で、新たなる力に目覚める者がもうひとりいるのだった。

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