第18話 それぞれの決意
人は必要以上に強い力を望む
誰の為に? 己の為に?
いつしか力は制御できず膨れ上がり
そして我が身を喰らい尽くすだろう
第十八話 『それぞれの決意』
ここはヤマトの国の中心地。
そのさらに中央に位置する所に聳え立つ天守閣。
豪華絢爛な佇まいとは裏腹に、そこは鉄壁の軍事要塞と化していた。
ここは皇帝アマテラスの皇室。
その部屋は、大理石の柱が霞むほどの高さまで伸びていた。
金であしらった装飾の数々がこの巨大な部屋の神々しさを物語る。
玉座に腰を下ろし、部下を跪かせ、謁見させている人物がいた。
その人物こそ、ヤマト国の、いや事実上この世界の統治者、皇帝『アマテラス』であった。
「獣人狩りの計画はどうなっておる?……」
「ハッ! すべて順調に進んでおります、アマテラス様」
「そうか……では、戦力を惜しみなく導入し、計画を続行するのだ」
「ハッ! 仰せのままに」
「その他はどうなっておる?」
「ハッ!……えぇ、その、ほぼ順調で御座いますが……」
「ほぼ? ほぼでは困る。全てが順調でないとならんのだ」
「ハハァッ! おっしゃるとおりで御座います!」
「まぁよい、ワシは今機嫌が良い……申してみよ」
「ハッ! 実は伝説の武神機の存在についてですが……」
「うむ、神の力が宿りし武神か……まさか見つかったというのか?」
「まだ未確認ではありますが、犬神の部隊がそれと接触したとの事ですが……」
「おお、そうか! でかした。遂にあれを見つけたか。だが、まだ続きがありそうだな?」
「ハハァ! 御察しのとおりで御座います!」
「申せ、さっきも言ったように、ワシは今機嫌が良いのだ」
「ハッ! 実はちっぽけなゲリラの存在がありまして、そこを犬神に撃滅せよと命令を下したのですが……その……犬神を残し、全滅したとの事で御座います」
「ふぅむ……あやつの部隊が全滅とは、よほどの力をもった存在であるな……まさか、そのゲリラどもが伝説の武神機を操っていたとでも言うのか?」
「おっしゃる通りで御座います。しかも、その武神機を操っていたのが……その……」
「かまわん、申せ」
「ハッ! その者は、『タケル』と名乗るそうで御座います」
「何と!……その者が伝説の武神機を?……むぅ、信じられぬわ……」
「いかが致しましょう? アマテラス様」
「まずは確実な情報が欲しい。白狐隊を使って狩り出せ! 必要ならば神選組の要請も致し方あるまい」
「し、神選組もでありますか!?」
「相手が伝説の武神機だというなら、白狐隊では歯が立たぬかもしれぬ。早速、行動を開始せよ!」
「ハハッ!」
「おっと、貴様はどこへ行くのだ?」
「ハ?……いや、作戦を……」
「犬神の部隊が全滅したのは上官である貴様の責任だ。死をもって償え」
「お、お許し下さい、アマテラス様! 二度と失敗は致しません! 今度こそ、今度こそ必ず!」
「ヤマトの戒律に二度と言う言葉はない。連れていけ」
「ハッ!」
「お、お許し下さいアマテラス様! まだ死にたくない! お許しを! うぎゃぁー~……」
「アマテラス様、犬神めはどう致しますか? やはり死刑で御座いますか?」
「いや、奴は紅薔薇を連れ帰ったそうだな。それにあやつには、まだ使い道があるからな」
「ハッ!」
「もう下がってよいぞ……」
「ハッ! 失礼致します!」
(タケルか……まさかあやつの名を聞く事になろうとは皮肉なことだな……我が子タケルよ……)
アマテラスは薄暗く霞む天井を見上げた。
そして目を閉じ眉間にシワを寄せた後、静かに笑い出した。
「くく……くはは……うわははははッ! これが笑わずにいられるか! うわはははははッ!」
その笑い声は、皇室中に高らかに響きわたった。
※
場面変わって、ここは鉄一族の里。
深々と生い茂る森は、濃い霧で覆われていた。
鉄円(くろがねつぶら)の指導で、タケルの修行は始まっていた。
それは、今までタケルにとって体感したことのない厳しさだった。
「ほらほら! どうしたのタケル! そんなことじゃ紅薔薇を助け出せないわよ!」
バシッ! バキッ!
円の容赦ない攻撃に、タケルはただ打たれ続けているばかりだ。
「ぐうぅ……だ、だめだ……もう限界だ。少し休ませてくれぇ……」
「仕方ないわねぇ。まっ、ニ日間ぶっ続けだから仕方ないか。いいわ、少し休憩しましょ」
「ダーリン、大丈夫だっぴょか?」
ポリニャックは、疲労してボロボロになったタケルを休ませた。
「ふうぅ、死んだぁ~~!」
「なーに言ってんの! それだけ喋ればまだ修行を続けられるわ」
「てめぇ……俺を殺す気かよ……ぜぃぜぃ……」
「見込みがなかったら速攻殺すわよ、OK?」
円は、ウインクしながら爽やかな笑顔を見せた。
「こんちきしょうめ~……ぜってぇ、てめえより強くなってみせるからな……みてやがれ!」
「ふふ、その意気、その意気♪」
「あ……あの……」
そこに、タケルの修行を見学していた萌が、円に声をかけた。
「あら、萌ちゃん。ただ見物してるだけじゃ退屈かしら。それに、お洋服の事だったらもう少し待ってちょうだい。今、すっごい可愛いデザインを考えてるから、ね!」
「てめぇ……俺との修行中にそんな事考えてやがったのかよ……ぜぃ、ぜぃ……」
「だって、今のタケル相手じゃ、まだまだ本気になれないわよ。私を本気にさせたかったら、早く強くなることね」
「ち!……返す言葉もねぇや……」
タケルは悔しくてそっぽを向いた。
「でも、ダーリンのインガは確実に成長してるだっぴょよ。さすがツブラが指導してるだけあるだっぴょ」
「あら? ポリニャックちゃんにはわかるの?」
「うん! ダーリンの事ならなんでもわかるだっぴょよ。妻として当然だっぴょ!」
「あらあら、モテモテねぇタケルは。でも肝心の誰かさんとはうまくいってないみたいだけど?」
「はぁ? な、なんのことだよ!?」
円はニヤニヤしながら、萌の方をチラと見た。
「?」
萌は円と目が合い、首を傾げながらニコリと笑った。
(萌ちゃんってニブイわねぇ……でもそこが可愛いんだけどね!)
円は萌に微笑み返した。
「あ、あの……それで円さん。ただこうして見てるだけじゃなくて何か力になりたいんです。私にも修行をさせてください!」
円は少しばかり呆気にとられた。
「えらい! 気に入ったわよ萌ちゃん! もともと気に入ってたから、さらに気に入ったわよ! これはお洋服作りも気合が入るわぁ!」
「あの、お洋服じゃなくて、修行したいんですけど……」
「愛する男の為に自らも戦う女……健気だわねぇ。ヨッ! にくいよタケル!」
円はタケルを冷やかした。
「ち! く、くだらねぇ事言ってんじゃねぇよ! そ、それにしても、萌にもインガが使えるってのは、俺にはまだ信じられねーんだよな」
タケルは照れ臭さを隠すように言った。
「私だって最初は驚いたよ。この世界に来て、こんな力が使えるなんて。オパールとネパールが私にインガの使い方をいろいろ教えてくれたからかもね」
萌はオパ-ルとネパールの方を見た。
「いや、萌のインガの素質は素晴らしいものがある。俺はちょっと手助けしただけだ」
「そうなんです、萌さんはすごいんです! 私のインガなんかとっくに超えてしまったもの」
オパールとネパールは萌の実力を認めていた。
「ふうん。見たところ攻撃系のインガじゃなさそうだし、防御か治療か特殊系だわね」
「どちらかと言うと治療の方が得意だと思います」
「紅薔薇を治したんだから、そこそこのインガはあるんじゃねーのか?」
「そう。だったら防御系も少しやってみる? 今から私が放出するインガを受け止めてみて」
「え、でも……大丈夫かな?」
「大丈夫、最初は軽くやるから、ね」
「はいっ! お願いしますっ!」
萌は修行ができることをウキウキと喜んだ。
「おいおい、大丈夫かよ萌? 円は攻撃のインガも普通じゃねぇんだぞ?」
「いいの! タケルは黙ってて。あ、わかった。私のことがそんなに心配なのかな?」
「バカヤロ! そんなんじゃねぇよ! てめぇまでケガしたら、ネパールとポリニャックの仕事が増えるだろ! さぁ早くそっち行って勝手にやってろ。しっしっ!」
タケルは寝そべったまま背中を向けて、手で追い払った。
「じゃ、タケルはそこで休憩してて。私は萌ちゃんと楽しく修行してくるから」
タケルは無言のまま手を振った。
(まったく、萌に戦いなんて出来る訳ねぇんだよ。
あいつは俺の後ろでギャーギャーほざいてるのがお似合いだぜ……
それにしても、萌がこの世界に来て、何だって突然インガが使えるようになったんだ?
まぁ、俺もそうだが、この世界に来た人間は自然とインガが使えるようになるのか?
ま、考えたってわかんねぇけどな……)
タケルはそんな事を考えながら、修行で疲れたせいか少しウトウトしていた。
オパールとネパールは、オルレアの看病を続けていた。
「それにしても、おかしいな……そろそろケガの具合も良くなる頃なのにな……」
オアパールは、目の前に寝ているオルレアの顔を心配そうに覗きこんだ。
「あの……ご迷惑おかけしてすいません……」
「あっ、いや、なに。たぶんオルレアは疲れが溜まっているんだよ!」
「そうですよ、それにオルレアさんの記憶も戻らないことが、余計に精神を疲れていると思います」
オパ-ルとネパールは、オルレアを励まそうとした。
「ありがとうございます……オパールさん、ネパールさん……こんな私に優しくしてくれるなんて……」
「大丈夫だ、オルレア……キミは俺が必ず守る。だから安心するんだ」
「うう……ありがとう、オパールさん……」
「オパールって呼んでくれよ、オルレア」
「えっ、でも……わかりました、オパール、ありがとう……」
オパールとオルレアは、しばし見詰め合っていた。
それに気付いたネパールは、気を利かせて席を立った。
「あっ、私、お水代えてくるわね!」
ネパールはその場から去った。オパールは未だオルレアを見つめている。
「かぁっ! あの野郎、何やってんだか……見てられねぇぜ!」
タケルも、あまりにもバカバカしさに呆れて顔を背けた。
そして、少しばかりの時間が流れ、いつしかタケルは眠っていた。
「きゃあ! だ、大丈夫ですかっ!」
突然の萌の叫び声に、タケルは驚いて飛び起きた。
「ほらみろ! だからあいつにゃ無理だったんだよ! 大丈夫か萌ッ!……って、アレ?」
タケルはその場を見て驚いた。
てっきり萌がケガでもして倒れてるのかと思いきや、そこに倒れうずくまっていたのは円であった。
その側に萌が青い顔で立ちすくんでいた。
まわりで見ていたポリニャックとネパールも驚いて声を出せないでいた。
「おい! 萌! いったいどうしたんだ!?」
「あ……私……こ、怖くなって目をつぶって……そうしたら、こ、こんな事になっちゃって……」
タケルには一体どういう事か理解できなかった。
萌は円から防御のインガを教えてもらっていたハズなのに、円が倒れている。ということは……
「落ち着け、萌。オマエがやったのか?」
「あ……」
萌は動揺し、震える手を抑えていた。これではまともな返答は聞けそうにない。
「とにかく円を屋敷に運ぶんだ! ポリニャック! ネパール! 手伝ってくれ!」
「あ、は、ハイ!」 「わかっただっぴょ!」
驚きたたずむ萌と、その側で倒れていた円。一体何が起こったのであろうか……?
その様子を、またもや遠く離れた場所から監視していたある影。
それは般若だった。
望遠鏡のような機械でタケルの修行を覗いていたのだ。
「なんと!……あの娘にあれほどまでの力があるとは……いや、それも当然か、あの娘ならば……」
またもや般若の謎の言葉。萌には何か秘密があるのだろうか?
円は屋敷の奥で寝かされていた。
「もう大丈夫だわ……みんな、心配かけてゴメンね……萌ちゃんのインガに驚いちゃって……でも、今でも信じられないわ……」
にこやかに話してはいるものの、円の表情には凍りつくような戦慄が思い返されていた。
「いったい何があったってんだよ? 円がブッ倒れてるなんて、ふつう逆だぜ!?」
タケルは我慢しきれなくなって、話を切り出した。
「あ、あたしが悪いの……あたしがあんな事言い出さなければ……」
萌は、すまなさそうに顔をうつむかせた。
「いいのよ、萌ちゃん。私が話すわ……あの時……
(回想シ-ン)
「いい? 萌ちゃん。私が教えたように防御のインガで私のインガを弾いてみるのよ? 最初は軽くやるから。いいわね?」
「はい! よろしくお願いします!」
「じゃ、いくわよ。それ!」
円は軽めのインガを手の平に集め、それを萌に向かって放った。
パシュ!
「くっ……やぁっ!」
バイン!
萌はハニカム状に光るインガの盾で、円の攻撃を弾いた。
「おぉっ!」 「やるだっぴょね、萌!」 「スゴイです、萌さん!」
「エヘヘーっ」
萌は照れて、ちょっぴり舌を出した。
「うん、いい感だわ。じゃぁ次はもうちょっと強めでいくわね」
ボヒュ!
円はふたたび萌に向かってインガを放った。
「むむ……てあっ!」
バチン!またも萌は難なくそれを弾き飛ばした。
「これは驚いたわ! 萌ちゃん、あなたにはインガの素質があるわ! もう初歩は飛ばしても大丈夫ね。今度はちょっと強めにやるから、それを私にはじき返してみて」
「えっ、大丈夫かなぁ……」
「大丈夫よ、堪え切れないようだったら私が止めるから。いくわよ!」
バシュオッ!
今度は、見た目にも強いインガだった。萌はそれをインガの盾で受け止める。
バチチッ!
「んん!……まだいけます!……もっと強くして下さい!」
萌は自分がまだ耐えられそうだと思い、さらに強いインガを要求した。
円は予想外であった萌の実力を、さらに見極めたくて要求に応える事にした。
「じゃあ少しずつ強くしていくからね、それっ!」
「ううん!……ま、まだまだ……もっと強くして下さいっ!」
(この娘……本当にできるわ! 防御だけならタケルと同等……いや、それ以上かも……
じゃぁ、これならどうかしら?)
円はさらに強くインガを放った。
「ぐうう……ん! あ! だ、ダメだわ……もう持たない!」
(やはりこれぐらいが限度かしらね、それにしてもよくやったわ、萌ちゃん)
円は萌の限界を見極め、インガの放出を止めようとした瞬間。背筋に悪寒が走った。
「んんん……やあっ!」
萌の体が青白く光り、倍増されたインガが円に向かって襲い掛かってきた。
「えッ!? まさか!」
ブオギャァンッ!
(回想シーン終了)
「というわけで……とっさにインガの盾で防いだんだけど、ちょっとダメージ受けちゃったみたい」
「ほんとうに御免なさい! 私が無茶を言ったばっかりに……」
「いいのよ、萌ちゃん。さって、私はもう大丈夫だから、修行の続きを始めるわよ、タケル」
円はそう言って布団から起き上がった。
「おい、ホントに大丈夫かよ? もう少し寝ていたほうが……」
「何言ってるの! グズグズしてたらヤマトの奴等が何時攻めてくるかわからないわよ!」
「そ、そうだな……よっし、やるか! それにしても驚いたぜ、萌にもそんなインガパワーがあったなんてな。男勝りな性格のオマエらしいよ、わははっ!」
タケルは萌を茶化して頭をポンと軽く叩いた。
「もうタケルったら! バカ!」
萌の方をジッと見つめる円。
(タケル、あなたは見てなかったから知らないでしょうけど、萌ちゃんのインガの潜在能力は本物よ……あの力は、もしかすると、あなたより上かもしれないわ……)
円は、タケルと萌のインガの力が、この世界に大きな波紋を起こす予感を感じた。
強大なインガを持つ者には、どんな運命が待っているのだろうか?
それは誰にもわからない。だが、着実に運命の渦は加速しつつあった。
※
一方こちらは、吹雪が吹き荒れる雪山。別名、『閉ざされし死の門』。
タケル達が激しい修行をしている時、ベンも、師であるボブソンから厳しい修行を受けていた。
バキッ!
「ダメじゃ、ダメじゃ! まったくダメじゃ! もうオマエには用はない! とっとと荷物をまとめて下界へ降りるのじゃ!」
「そ、そんな、お師匠……お、オラを見捨てないでくれだぎゃ……」
ベンは、思うように修行の成果が出ず、ボロボロになり疲れ果てていた。
「よいか、ベンよ? オマエにはインガ云々の前に、心の弱さがあるのじゃ」
「こ……心!?」
「だから、まずそれを乗り越え克服しなければ、この先の己の進歩はありえんのじゃ!」
「わ、わかっていますだぎゃ、お師匠……だ、だけども、どうやって心を強くすればいいのかわからないだぎゃよ……」
「それが甘ったれだというんじゃ!」
「ヒッ!」
「人に教わった信仰で心が強くなれば誰も苦労せんわ! 己で這いずり回り、深く悩みのたうち回り、そこで初めて己の核心へ触れる事ができるのじゃ!」
「己の核心……オラはとにかく強くなりたいだぎゃ! それがオラの望みだぎゃ!」
「バッカモン! それが甘えだというのじゃ!」
バキィッ!
ボブソンは持っていた杖でベンを殴った。
「うう……」
寒さで感覚を失っているベンの皮膚に鋭い痛みが走る。
ベンにはもう立ち上がる余力は残っていなかった。
「よいかベンよ……強さという単純な望みだけでは人は強くなれん。
恨み、妬み、孕み、そして物欲に支配欲。
これらの邪念を味方につけ、それらを体内に取り込み共存させるのじゃ……
ある時は純粋なインガ、ある時はドス黒いインガ……それが強さへと変わっていくのじゃ」
「じゃ、邪念を……味方に……だぎゃ……」
「そうじゃ! オマエには尊敬しておる人物がおるが、それは間違いじゃ!
それは尊敬ではなく、その人物を負かして見返したいだけなのじゃ!
そやつより強くなり、足元へ跪かせたい願望なのじゃ!」
「オラが……見返したい人物……あ、アニキだぎゃ……アニキを見返したい……!」
「ほう、タケルか……だがあれを超えるには、今のオマエでは並大抵の努力では無理じゃな。あきらめい! そして、さっさとワシの前から消え去れい!」
「そ……それは出来ないだぎゃよ……お、オラは絶対に強くなって……それでアニキを見返してやるだぎゃ……絶対に……!」
「ふぉっふおっ。弱いくせに強がりだけは一人前じゃな……よし、よかろう!
今からオマエを、『酔狂な宴の間』へと連れていく。そこで三日三晩過ごせたなら、本格的に修行を教えてやろう。どうじゃな?」
「やる……だぎゃよ……こんなところで諦めたら、それこそアニキに笑われちまうだぎゃ……!」
「ふおっふおっ! よし、では今からそこへ連れていってやろう」
「そ、そこは……ここから遠いだぎゃか?……もう疲れて歩けないだぎゃよ……」
「遠くはないぞ。それに歩く必要もない。なんせ、そこの崖から落ちるだけじゃからな。ふおっふおっ」
「え? そこの崖からだぎゃ?……そこから落ちたら死んでしまうだぎゃ!」
「それで死ぬならオマエはそこまでの男じゃ。潔く死んでしまえ」
ボブソンは冷酷な口調で吐き捨てた。
ベンの体中に恐怖の戦慄が走った。
「そりゃ!」
「うわわわーーっ!!」
ボブソンが杖をかざすと、周りの雪とともにベンの体が崖下へと押し出された。
「ぎゃああああぁぁぁぁーーーー……」
谷底へ落ちて行くベンを見つめるボブソン。
「死ぬでないぞ……我が弟子よ……」
「ふん、ボブじい。あいつにえらく目をかけるんだな?」
その声はどこかから聞こえてきた。しかしその姿は見えなかった。
「我王……見ておったのか」
『我王』……その名前は我々が始めて耳にする名前だった。一体誰であろうか?
「ただのヒマつぶしさ。それにしても、あんな貧弱ヤロウが、あそこから生きて戻れるハズねぇぜ。まったく趣味が悪いぜ、ボブじいは」
「確かに危険な賭けじゃ……だがあやつなら乗り越えられるかもしれん……そんな気がするんじゃ」
「ま、あんなヤツ死んじまっても、オレにはなんも関係ねぇけどな」
(頑張るのじゃぞ、ベン……オマエは似ておるのじゃよ、若い頃のワシにな……)
ボブソンは、深い崖の下を見つめていた。
はたしてベンは、『酔狂な宴の間』の試練を無事クリアーすることが出来るのだろうか?
それよりも、ベンの生死すらわからないのだった……
※
それから一週間が経った。
タケルと円との修行も終わりを告げていた。
「よっし、いいわ! 合格にしてあげる、タケル!」
「よっしゃあ! 修行は終わりだ! 俺様が強くなったところを、ヤマトの奴等に見せてやるぜ!」
タケルは拳を高々と突き上げて気合を入れた。
「調子にのるんじゃないわよ、タケル。いくらあなたが強くなったとしても、ヤマトの国と戦争して勝てる訳じゃないんだから」
「わーってるって。まずは紅薔薇救出、だろ?」
「そうだね、早く紅薔薇さんを助けてあげないと!」
萌も相当気合が入っているようだった。
「あのなぁ、ホントにおまえもついて来るのかよ? 遊びじゃねぇんだぞ? ヤマトの国に忍び込むとなりゃ無事じゃすまねぇんだぞ!」
「わかってるわよ、その為に修行したんだから。私も少しは強くなったもん!ね、円さん?」
「え、えぇ、そうだわね……」
円の胸中。
(実際、タケルは格段に強くなった。
攻撃と防御のインガのコントロールセンスは流石と言うしかない。並大抵の相手なら敵じゃないわ……
それよりも萌ちゃん……
あの娘の修行はタケルに見せてないけど、相当な成長スピードでその力は未知数……
タケルは限界近くまで修行させたけど、あの娘のインガは、まだまだ成長していくわ。
でも基礎だけで、それ以上は教えなかった……と言うより、『あえて成長させなかった』……
何故だかわからないけど、あの娘が強大な力を持つ事が、何か不幸につながりそうな予感がする……)
円は、萌に眠る潜在能力が気に掛かっていた。
「じゃあ円、今まで世話になってサンキューな。感謝してるぜ」
「あら? 何いってるのよ、タケル。私もついて行くに決まってるでしょ」
「げ! マジかよ!?」
「そりゃそうよ、私にはあなたの修行の成果を見届ける義務があるんだから」
「うん……まぁ、そう言ってくれるのはありがてぇんだけど、これは俺の問題なんだよ、だから……」
「いいえ。もうタケルひとりの問題ではないわ。これはヤマトの国と鉄一族の問題でもあるのよ!」
円の真剣な眼差しにタケルは納得した。
「どうやら、なにか因縁があるようだな?」
「まあね。それにヤマトの国の事なら私が詳しく知っているし、あんた達だけじゃ紅薔薇がどこに捕まっているのかもわからないでしょ?」
「ぐ!……た、確かに」
「もう、タケルったら、昔から行き当たりばったりで、計画性が全くないんだから!」
「う、うるせぇ!俺はなぁ、セコセコと計画立てるのが嫌いなんだよ! 男だったらこうドカーンと正面突破みたいな! な、なぁポリニャック?」
タケルはポリニャックに助けを求めた。
「ダーリンのそういうとこ嫌いじゃないけど、それじゃ早死にするだっぴょよ?」
ポリニャックの、みもふたもない回答に、タケルは言葉を失った。
「あはは! ポリニャックちゃんの言うとおりだわね! じゃ、決まりね」
どうやら、円もタケルと一緒にヤマトに潜入する事に決まったようだ。
「聞いていいか、円? お前ら鉄一族と、ヤマトの国とはどんな関係があるんだよ?」
タケルは今まで疑問に思っていた事を、円に尋ねてみた。
「それは、そのうち話すわ……そのうちね」
何やら鉄一族とヤマトの国には、並ならぬ因縁めいたものがあるのだとタケルは感じた。
「そっか。まぁ人生いろいろだからな。『人』が『生きる』と書いて『人生』と読む。う~ん、深い言葉だぜ」
「バカみたい、そんなの当たり前じゃないの。タケルはそんな漢字も知らなかったの?」
「ばっ、おまえ、そうじゃなくてなぁ、俺はその字に込められた深い意味をだなぁ……あぁ、もういいや! うまく説明できねぇ!」
「うふふ、タケルの負けのようね」
円はクスクスと笑った。
「とにかく! 円にはいろいろと事情があるって事だよ! 見てみろよコイツの顔を? いかにも苦労してそうなツラしてるだろ?」
「あ~ら、それは幸薄そうな顔ってことかしらね? 修行中に殺しちゃえばよかったかな~?」
円はピクピクと顔を引きつらせていた。
「うわ! くわばら、くわばら!」
皆は声を出して笑った。
「あ、それとオパールとネパールもサンキューな。特にネパールには傷の手当てしてもらって助かったぜ!」
「あ、いえ……いいんです。私もタケルさんの力になれて嬉しかったです……」
ネパールは、顔を赤らめながらモジモジとしていた。
それを見たポリニャックは直感した。
(ム! またもやダーリンを狙うライバルが増えただっぴょね……そうはいかないだっぴょよ!)
ポリニャックは、ネパールにバチバチと熱い視線で睨み付けた。
オパールはネパールに小声で呟いた。
「この男だけはやめておけネパール」
「なっ! ち、違うわよ兄さん! 私はただ……その……」
あからさまなネパールの態度に、気付いてないのはタケルと萌だけであった。
「ふん、まずはヤマトの国へどう侵入するか作戦を立てないといけないな」
オパールは不機嫌そうに言った。
「お? なんだよオパール、おまえは別について来なくてもいいんだぜ?」
「冗談は顔だけにしとけ。何の為に俺も修行したと思っているんだ。前にも言っただろう、別にオマエを助ける為じゃなく、萌を危険から守る為だ」
「あ~、そうかよ。でも、おめぇの場合はオレレアを守る為だろ?」
「え?、そ、そんなタケルさん……」
オルレアは顔を赤らめた。
「ふっ、その通りだタケル。俺はオルレアを守る為なら死んでもかまわん……な、オルレア?」
「あ、ありがとう……オパール」
オパールとオルレアは見詰め合ったままだ。
「けっ! 勝手にしろっての! それにしても、オルレアもヤマトに連れていくつもりか?」
「はい……私の記憶はまだ戻らないし、それならオパールさんと一緒に行きたいと思います……」
「まったくもう! 修行中からこの二人はイチャイチャしっぱなしなんだから! あ~私もイチャイチャしたーい!」
円は萌に抱きついた。
「わっ……と、とにかく、オルレアさんの具合はもう良いんですか?」
「はい……もう大丈夫です……たまに頭が痛くなるだけですけど……」
「それにしても心配ねぇ、私たちの足手まといにならないかしら?」
「円! それは言いすぎだぞ!」
オパールは円に怒った。
「い、いいんです。本当の事ですから……円さんは、私の事を心配して言ってくださるんですから……」
「いざとなれば、あんたが守ってやればいいだけの話でしょ? OK?」
「ふっ、さっきも言ったろう? おれが命に代えてもオルレアを守ると!」
「はいはい、ごちそうさま。あー、お腹いっぱい!」
「ん? 円は何か食べたのか? そう言えば朝飯まだ食ってねぇな!」
「もう~、バカね、タケルったら!」
「アハハハ!」
皆は大笑いをした。
「ふん、まったくこの男ときたら、調子が狂うな」
しかし、オパールは思った。
(悔しいがこのタケルという男、人を惹き付けずにはいられない魅力は、認めざるを得ないな……
この俺も既に引き込まれてしまったようだ……ふっ)
オパールは口悪くも、内心ではタケルのカリスマ性を認めつつあるのだった。
「そっか、じゃあ、オパールとネパール、それにオルレアも頼むぜ!」
「これでメンンバーも決まりね。この中でヤマトの内部事情に詳しいのは私だから、私が作戦を立てるわ。いいわね?」
みんなは無言でうなずいた。
「ヤマト国進入の目的は、捕らわれの紅薔薇を救出すること。だから最低限の戦い以外は回避すること。いいわね、タケル?」
「けど、向こうがケンカ売ってきたら話は別だけどな!」
「もうタケルったら! ぜんぜんわかってないじゃないの!」
萌はタケルを睨みつけた。
「確かにみんなの力はかなり上がったと思うわ。でもヤマトの国はこの世界最大の軍事国家よ。それに比べ私達は少数精鋭。数で押されたらひとたまりもないから、隠密行動に徹することね」
「ちぇ、それじゃ何のための修行だったかわからねぇじゃねぇかよ」
タケルは自分の力を試したくて不満そうだった。
「タケルも知ってるだろうけど、ヤマトの攻撃部隊には、『白狐隊』や犬神レベルの相手は大勢いるわ。そしてその力を遥かに上回る『神選組』という存在もあるのよ……」
円の緊張感のある喋り方からは、その恐ろしさが伝わってきた。
「白狐隊の力をさらに上回る神選組か……おもしれぇ!」
タケルはワナワナと震えだした。
「タケル、怖いのかしら?」
「へん! バカヤロウ! そんな敵と戦えるってのが嬉しくて嬉しくて震えてくるんでい!」
「あら、それは失礼?」
円は思った。
(タケルの言ってる事は強がりじゃない……この男は戦いを好んでいる……
いや戦いこそが生きる源になっているんだわ……それは私にもわかる……
戦っている時が、己の存在価値を実感できる唯一の瞬間だってことを……
でも、その考えが危険である事に変わりはないのよ……)
タケルを見詰める円の瞳は、少しさびしげだった。
「よーし! それじゃあ出発するぜ! 待ってろよ、紅薔薇!」
今ここに。修行を終えたタケル達は、紅薔薇奪還を目指してひとつになった。
しかし、タケルには気にかかる事があった。
雪山で戦い、圧倒的格差で負けた『烏丸神』の存在を。
ヤツとまた一戦交える事になるのだろうか?
ヤツと対等に戦える力を修行によって得たのだろうか?
ボブソンのもとで修行しているベンは元気でやっているだろうか?
そして、やり残した事があると言って姿を消したシャルルの事。
しかし、タケルはそれらを気にしている場合ではなかった。
紅薔薇を無事救出する事。それがタケルの一番の願いだった。
だが、皮肉な運命の歯車は、この後、あらぬ方向へと捻じ曲がっていくのだった。
ヤマトの城では、皇帝アマテラスが黒い空を眺めていた。
「さぁ早く来い! タケル! そしてワシとオマエの因果を乗り越えてみせよ!」
アマテラスの叫びと共に、稲光が何本も走った。
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