第16話 新たなるサムライ


俺は弱い

だから弱さを隠す為に強くなった

でもまだ弱い

だから弱さを補ってくれる相手を欲した

でもまだまだ弱い

そして俺は強くなれたのだろうか?



 第十六話 『新たなるサムライ』



 タケルの前に現れた幼馴染、飛鳥萌。

それを面白く思わない紅薔薇は、タケルと心の溝を深めてしまった。

餓狼乱を飛び出した紅薔薇を追いかけるタケルだったが、

目の前で起こった衝撃に、タケルは声を上げて叫んだ。


「べ、紅薔薇ぁーッ!」

ボオォォ……ン

紅薔薇の武神機は、黒鉛を上げながら崖下へと落下していった。

「くっ! 今の攻撃……まさかヤマトか!?」

タケルは、上空を飛行している編隊を見上げた。

そこには、凧のようなものに張り付いている武神機が空を飛んでいた。数にして六機ほど。


「誰だ? 命令もなしに撃ったのは! 貴様かリョーマ!?」

「そんなに怒らんでもええじゃろ、犬神さんよ……」

「キサマ! 隊長と呼べ!」

「ま、確かに撃ったのはワシじゃけど、撃てって言ったのはイゾーぜよ、の?」

「あ……い、いや、俺じゃねぇ……その、撃ってみたらどうかのとは言ったが、

う、撃てとはいっとらんき……り、リョーマ」

「あーっ! そうやってまたワシのせいにする気かいの? まったくイゾーは昔っからずるいぜよ!」

「どちらでもよい! だが、これだけは覚えておけ。

この隊の隊長はこの私、『犬神善十郎(いぬがみ ぜんじゅうろう)』だということをな!

勝手な行動は許さん! わかったか! リョーマにイゾー!」

「へいへい。わかったぜよ、隊長さん。

あんたの命令をだまーって聞いてりゃ美味い飯を食わしてくれるっちゅーことやな?

わかったか、イゾー?」

「お、おう! い、犬神の言う事きいとりゃ、め、めしにありつけるってことだな……へ、へへっ!」

「犬神と呼び捨てにするなと言っただろう! 隊長と呼べ! イゾー!」


 ヤマト武神機空帆攻撃部隊隊長の犬神は苛立っていた。

「ち! まったく食えない奴らだ!……オルレア、着いてこれるか?」

「え? あ……ハヒィ! て、敵はどこですか!? まさか目の前に? い、いやぁー! 来ないでッ!」

犬神の後方を飛んでいる機体、オルレアという女は動揺していた。

「落ち着け、オルレア。敵などいない」

「あ……す、すいません、気が動転しちゃって……私いつもこうで、ドジばっかりで……ブツブツ」

「ち、まったく! こんなヤツラで大丈夫なのか?」

(しかし、この三人が新たなる『サムライ』だと言うのか?

どこの馬の骨かわからん奴等が、一体どれだけのインガを持っているというのだ……

まぁよい、それもこの作戦でいずれわかる。

本物のサムライであれば生き残り、そうでなければただ死んでいくだけの事だからな……)


 犬神善十郎は不適に笑った。

ヤマトの国に加わった、新たな三人のサムライ。

はたして彼らの実力はどれほど強大なのだろうか?

そして、リョーマとイゾーという名。これはあの二人なのだろうか?


「紅薔薇ーッ! 無事かっ!?」

タケルが谷底を見下ろすと、紅薔薇の機体はかろうじて崖の出っ張りを掴んでいた。

だが、機体は酷く損傷しているようで、各部からは火花と黒鉛が噴出していた。

どうやら崖に掴まっているのが精一杯のようだ。

「ふうっ、運がいいぜ。待ってろよ! すぐ助けてやるからなーッ!」


 ふたたび上空。

「ところで隊長さんよ。さっき攻撃した奴がもう一匹残っちょるがどうする? あいつも倒すか?」

「リョーマ、命令は私が下す。おまえは余計な事を……」

(いや、まてよ。少しこいつらを試してみるとするか)

「よし! リョーマにイゾー、もう一匹を始末してみろ。敵はさっきのような不意打ちはもう喰らわんぞ」

「へへっ、ワシを試そうってことか? いいぜよ、やってやるぜよ!」

「お、おう! 俺たちの実力を、み、みせてやらぁ!」

「リョーマにイゾー、貴様等の乗っている武神機、『紫電(しでん)』は、

ヤマトの国で新しく開発された新型機なのだぞ」

「ん? 何が言いたいんじゃ、隊長さんよ」

「紫電には、インガブースターが搭載されている。インガの弱い奴でも、そこそこの力を発揮できるハズだ。

だが気をつけろよ、あまりにもそれに頼っていると暴発するとの報告もある」

「言ってくれるぜよ、隊長さん ……こいつを上手く使いこなすのもインガ次第というワケじゃな?」

「そうだ。はたして貴様等にその機体を使いこなせるかな? 見せてもらうぞ」

「誰に言っているぜよ、隊長さん。北辰一刀流を極めたワシに対しての挑発的な言葉、しかと受け取ったぜよ! よっしゃーっ! みせてやるぜよ、イゾー!!」

「お、おうっ!!」

「あ、あの……隊長、私も行ったほうがよろしいでしょうか?……で、でも恐い! ヒイッ!」

「いや、オルレアは私の後ろに着け。あの二人の実力を見定めるとしよう。ふふふ」


「いっくぜよーッ!」

リョーマとイゾーは、タケルのいる崖に向かって急降下していく。

戦う相手が、まさかタケルだとは知る由もないだろう。

はたして、サムライとなったこのふたりの実力とは如何に?


「来るっ!」

タケルは上空からのインガを察知し、崖から這い上がって戦闘態勢を取った。

ギュオオオ……! バシュ! バシュ!

紫電の両肩に搭載されたインガブースターを発動させ、さらにスピードを増すリョーマとイゾーの紫電。

「うははー! この加速、たまらんぜよ!」

「ま、待ってくれ、リョーマ!」

「わかっちょるな、イゾー? この武神機は、俺らのインガの力に比例して強くなるっちゅーことぜよ!」

「と、ということは、お、俺らのインガが、つ、強ければ、こ、この武神機も、つ、強くなるっちゅーことか?」

「そういうことじゃ、簡単なことじゃ! わっほほーっ!」

「あ、り、リョーマ!と、飛ばしすぎじゃ!」


 上空から猛スピードで迫り来るリョーマとイゾーの武神機。

ふたりが操る紫電は、アッという間にタケルのすぐ上空まで接近していた。


 ブオッ!

タケルの目前を、猛スピードで通過するリョーマの武神機。

ピキン!

すれ違いざまに何かを感じたタケル。


(なんだ、今の感じは?)

(なんじゃ、今の感じは?)


 ブオンッ!

次にイゾーの武神機もタケルの目の前を飛び去る。

リョーマとイゾーは、タケルの武神機の周りをブンブンと飛び回った。

「ど、どうしたんじゃリョーマ!? なぜ攻撃せんのじゃ!」

「いや、この不快な肌触り……なにかわからんが……一体なんだというんじゃ!」

「ち! このタコ野郎! ハエみてぇにブンブン飛びまわりやがって!

今はてめぇらの相手しているヒマはねぇ、早く紅薔薇を助けないといけねぇんだよーッ!」

タケルの飢狼弐式が上空に向かって突きを放つ!

ブオワッ!

青白いインガが光り、リョーマの武神機の側をかすめた。

「うっ! なんじゃ、今の攻撃は!? ただの突きであの威力……あれを喰らったら致命傷ぜよ!

イゾー距離をとれ!」 (それにしてもあのインガ……どこかで感じた気がするぜよ……)


 リョーマとイゾーは、タケルの武神機を警戒して距離をとった。

「くっ! こいつらッ! セコイ戦法とりやがって! 降りてきやがれ、腰抜けども!」


 しかし、これはセコイ作戦でもなかった。

実際、北辰一刀流の剣術を極めたリョーマでさえ、タケルのスキをなかなか突くことが出来なかった。

それほど、タケルの格闘レベルが上がっている証拠だった。


「おんしゃ、なかなか出来るとみた……だがワシは北辰一刀流免許皆伝じゃ! 誰にも負けんき!」

「ホクシン?……どこかで聞いたことがある声だな……くそっ、通信機がイカレて聞こえにくいぜ!」

「や、やってやる! やってやるぅ!」

背後に回ったイゾーは、タケルの武神機に向かって刀で突きを繰り出す。

ビュッ! ヒュン! ビュッ!

それをヒラリとバック転でかわすタケル。

ガシッ!

タケルの餓狼弐式は紫電の背後をとり、羽交い絞めにした。

「うがっ! こ、この野郎!」

後ろを取られたイゾーの武神機は必死にもがく。

「おいおい、殺気を出し過ぎだぞ。後ろから襲ってくるのがまるわかりだったぜ?」

「こ、この! 離しやがれっ!」

「そうジタバタすんな。よし、わかったよ、離せばいいんだろ? ほらよ!」

(気のせいか? 今の声も聞き覚えのある声だ……)

タケルはイゾーの機体をポンと放した。

ドザンッ!

いきおい余って、イゾーの紫電は前につんのめって転倒した。

「ぷふっ! ダサッ! ほれほれどうした! さっきまでの威勢はどうしたんでぇ!」

「ち、ちきしょう! お、俺は負けねぇぞ! き、キサマらヤマトのもんなんかには!」

「なんだと? 今ヤマトと聞こえたような……今何て言った、てめぇ!」

「イゾー! こんな奴とじゃれあってる場合じゃないぜよッ! 犬神にバカにされちまうぜよ!」

今度はリョーマの紫電が空中から切りかかってきた。

「おっと!」

それをかわしたタケル。

「ち! 戦闘用の武神機は初めて操るき、うまく扱えんわいッ! 貴様! 卑怯ぜよ!」

リョーマは、武神機を思うように扱えずイラつき、大声で怒鳴り散らした。

「通信機が壊れてうまく聞こえねぇが、その喋り方はどこかで聞いたことがあるような……」


「こ、このォ! ちくしょうッ!」

ブンッ! ブンッ!

我武者羅に太刀を振るうイゾー。それををかわし続けるタケルは、反撃の手を休めている。

「こ、この野郎! ば、バカにしくさって!」

「この声! やっぱどっかで聞いたことがあるぜ……誰だ?」

「いつまでもなめられてんじゃないき! イゾー!」

ザシュッ! バリバリ!

リョーマの太刀が、タケルの機体の腕を切り落とした。

「くっ! このっ! 話を聞けってんだよ!」

「ん……こいつ」

待ってくれと言わんばかりのタケルの武神機の態度に、イゾーは何か不審を感じたようだ。

「り、リョーマ待ってくれ! こ、こいつはどうやら何かを言おうとしているらしい!」

「イゾー! 何を寝ぼけておる! ワシらは今、殺し合いをしているぜよ!」

「だ、だけどもよ……」

「えぇーい! どけっ! そんなんじゃ何時まで経っても出世できないんじゃ!」


 リョーマの紫電は、イゾーが止めるのも聞かず、太刀を振り回す。


「ワシは違う……ワシは出世してみせる……どんな事をしても偉くてみせるぜよーっ!」

バシュオーッ!

リョーマの紫電の両肩からは、インガウェーブが放出された。

インガブースターを発動させ、タケルに向かって攻撃を繰り出す。

「う! コイツ! このインガ……なんて憎しみに満ちていやがるんだ……だがッ!」


 ブオン! バシュッ!

リョーマの太刀を払い除け、振り向きざまの横一線!

タケルの武神機がリョーマの機体の両足を切断した。


「まだまだ未熟だが、なかなかのインガだぜ……だが俺の方が強かった、残念だったな!」

「ぐ!……くっそおぉぉぉッ!」

ザシュッ!

「なに!?」

その瞬間、タケルの武神機の腕が切り落とされた。その背後には犬神の武神機、紫電がいた。

「くっ! コイツいつの間にッ!」

タケルは驚いて振り向く。

「やはり貴様らには荷が重過ぎたようだな、リョーマにイゾー。私が来なかったら死んでいたところだぞ?」

「ち、ちがう! こいつは只者じゃないッ! かなりの使い手ぜよ!」

「言い訳はするな。結果だけが全てなのだ!」

「くっ!……じゃ、じゃが……」

リョーマは、犬神の的を得た言葉に詰まってしまった。

「この野郎ッ! 何モンだてめぇ!」

タケルの武神機は、犬神の武神機に向かって蹴りを繰り出す。

「両腕を失ってまだ動けたのか……私は見苦しい者は嫌いなのでな」

ズガガッ!

犬神の一撃が、タケルの武神機のコクピットを貫いた。

餓狼弐式の体内からは、潤滑油の役割を持つイオニシオンがビチャビチャと噴出した。

そして犬神は、タケルの武神機から刀を抜いて蹴り飛ばした。

「うわぁッ!」

ズガシャッ! ドグォン!

タケルの飢狼弐式は倒れ、火を吹いて爆発した。


「さぁ行くぞ! リョーマにイゾー! 既に部下が飢狼乱のアジトに攻撃を仕掛けている。

キサマらがモタモタしていて遅れをとってしまったからな」

リョーマとイゾーは、自分達の不甲斐なさに返す言葉がなかった。

「犬神……いや、隊長……なぜワシらを助けたんじゃ?」

「ふ……新たなサムライをそう簡単に失う訳にはいくまい。それではアマテラス様に申し訳がたたんからな」

そう言い残すと、犬神隊長の武神機は、餓狼乱のアジトへと向かっていった。


(ふふ、リョーマの奴め、本当は見殺しにしようと思ったが、あれだけ武神機を扱えれば、少しは私の役に立つかもな……ふふふふふ)

犬神の心中は嫌らしい笑いに包まれていた。


 取り残されたイゾー。そしてその傍らでガックリと項垂れるリョーマ。

「このワシがあんな奴に助けられるとは……許せんぞおォ!」

「リョーマ……」

「絶対に……絶対にワシは強くなってやるぜよ! うおおおおおッ!」

「お、おうっ! ワシも強くなる!」

激しくプライドを傷つけられたリョーマとイゾーは、空に向かって大声で叫んだ。





 その頃。

餓狼乱のアジトでは、ヤマトの攻撃を防ぐため、熾烈な攻防戦が繰り広げられていた。

ドガァン! グゴゴ!

アジトの司令塔が爆発の衝撃で揺れる。

「うわぁんっ! このままじゃここも持たないだっぴょ!」

犬神部隊の上空からの攻撃に、餓狼乱のアジトはかなりのダメージを受けていた。

「こ、こんな時にアニキやアネゴは何をやってるんだ! まさかニ人ともやられ……」

ポカッ!

ポリニャックが部下の頭を叩く。

「そんなワケないだっぴょ! ダーリンとベニバラがやられるハズないだっぴょ! 

もう少し持ちこたえれば、ダーリンが助けにきてくれるだっぴょよ!」


 しかし、ポリニャックは感じていた。タケルとベニバラのインガが感じられない事を。

(どうしただっぴょ、ダーリン? 早く助けに来てくれないと、もう限界だっぴょ!)

ズッガガァン!

犬神部隊の紫電は、上空から火薬玉を落としてきた。

「ポリニャックちゃん! このままジッとしててもどうしようもないわ……私も戦う!」

そう言い出したのは、司令室に来た萌だった。

「な、なに言ってるだっぴょか! モエにはムリだっぴょ!」

「でも今は、そんなこと言ってる場合じゃないわ!……私も武神機で!」

「待て!」

そこにある男の怒鳴り声が聞こえた。

「やはり、萌をこんなところに連れてくるんじゃなかった……醜い争いばかりしている低脳な奴等の所にな」

「に、兄さん、それは言い過ぎよ」

「だ、誰だっぴょか?」

「あ、ポリニャックちゃん。この二人は『オパール』と、『ネパール』よ。

ふたりは兄妹で、この世界に迷い込んだ私を、ここまで導いてくれたのよ」

「ふ~ん、モエと一緒に来た旅人って、このヒトたちのことだっぴょか」

「そうなの。それにふたりはインガの修行もしていて、けっこう強いのよ。私も何度か助けてもらったし」


「……」

しかし、オパールはポリニャックたちに冷たい視線を向ける。

「萌を危険な目に合わせる訳にはいかない。俺たちも戦いに参加させてもらおう」

「私達の力が少しでも戦力になるのなら。お手伝いさせて頂きます」

「そんなこと言われても……アニキに断ってからじゃないと……」

部下は不安げにポリニャックの方をチラリと見た。

「わかっただっぴょ。それにもうすぐダーリンも戻ってくると思うし……」

「こんな状況で、女のケツを追いかけているいい加減なヤツなど待ってはいられん!」

「に、兄さん、言い過ぎよ!」

「間違ったことは言ってない。それに勘違いするな。俺達が戦うのは、萌を守るためであり、キサマら餓狼乱の手助けをする訳ではない。萌を守ったらさっさと出て行くつもりだ」

「に、兄さんっ!」

「……ふぅん、モエを守るためだっぴょか……」

ポリニャックは、オパールの顔をじっと見詰め、ニヤリと笑った。

「な、なんだ、その目は!」

「理由はどうあれ、今は少しでも戦力が欲しいだっぴょ。モエ! やってもらうだっぴょよ!」

「ありがとう! ポリニャックちゃん!」

「オパール、ネパール。モエを守って欲しいだっぴょ」

「仕方ない、協力してやろう」


 そして、萌は、オパールとネパールと共に、武神機の格納庫へと向かった。

(あのオパールって男はモエに惚れてるだっぴょね……これは上手く使わせてもらうだっぴょよ)


「それにしてもダーリン……早く戻って来て欲しいだっぴょよ……あとベンもいてくれたら……」

ずっとポリニャックの側にいたベンはここにはいない。

閉ざされし死の門で、ボブソンに修行を受けているのだから。

(でもまぁ、ベンはいても役に立たないか……)

意外と冷たいポリニャックであった。


 そして。

ヤマトの犬神部隊と、飢狼乱の攻防は続く。

「よーしッ! イゾーは左翼から回り込んで合流しろ!……

それから、リョーマ君はそこで休憩がてら見物でもしていてくれたまえ」

破損した武神機を乗り捨て、リョーマはイゾーの機体に乗り込んでいた。

「かは……まったく隊長さんのイヤミはキツイぜよ」

「はははッ! そうふて腐れるな。それにしてもさっきの奴はなかなかの使い手だったようだな。

初陣にしてはよくやったぞ、リョーマ。だがこれからは、武神機を壊さないように頼むぞ?」

「かはぁ~、もう勘弁してくれ。耳が痛いぜよ!」

「よしッ! 敵戦力の底は見えた。一気にカタをつけろッ!」

犬神部隊の攻撃は、さらに激しくなっていく。


(それにしても、さっきのヤツは誰ぜよ? どこかで一度会っているような……)

リョーマも、先ほど剣を交えた相手が、タケルだと気付いてはいなかった。


「アニキ~!」

武神機を破壊されたタケルのもとに、部下の車両が到着した。

「おう、気が利くじゃねぇか! 今、やっと紅薔薇を引っ張りあげたところだ」

「アネゴ……かなり怪我してますね、意識もないし……」

「あぁ……紅薔薇をまた傷付けてしまった……俺のせいだ」

「そんな、アニキのせいじゃないですよ!」

「いや、紅薔薇の心に傷を付けたのは俺のせいなんだよ……」

タケルは、抱きかかえた紅薔薇の顔をジッと見詰めた。

「と、とにかくアニキ! 早くアジトに向かってくだせぇ! もうヤバイかもしんねぇ!」

「よしッ! わかった! 紅薔薇は任せたぜッ!!」

タケルはアジトに向かって走った。

「アニキ! 走ったって間に合いませんよ! このクルマを使ってくだせぇ!」

「へん! そんなモンじゃぁ間に合わねぇんだよッ!」

タケルは走りながら天に向かって叫んだ。

「紅薔薇を傷つけたばかりか、俺たちのアジトまで襲うなんて許さねぇッ!

大和猛ッ! 俺に力をかしてくれッ! オマエの力が必要なんだーーーッ!!!」


 ズババババッ!

その時、空が歪んで割れ、一閃の雷が響いた。

稲光と共に大和猛が現れ、タケルは崖からジャンプし、その光と一体になった。

金色に輝く大和猛の体内へとメンタルコネクトしたタケル。

「よしッ! 準備オッケイだぜッ、大和猛! 遠慮はいらねぇ、今から大暴れさせてやるぜッ!」

黒い大きな翼を展開した大和猛は、猛スピードで羽ばたいていった。

急げ、タケル! 急げ、大和猛!


 その頃、萌は武神機のコクピットで格闘をしていた。

「え~と……これがメイン動力スイッチで、こっちが機銃の発射装置で……

え~と、これが……何だっけ? 前進? あれ? わっ、扉が開いちゃった!」

萌は餓狼二式のコクピットで四苦八苦していた。はたしてこんな調子で操縦できるのだろうか?

「萌! そっちはどうだ? 準備はいいのか?」

心配そうに言ったのはオパールだった。

丁度、副座型の機体があったので、それにオパールとネパールが乗り込んでいた。

「やはり萌さんひとりでは無理なのでは?……私は降りるから、兄さんがサポートしてあげた方がいいのではないかしら?」

オパールの妹、ネパールも萌を心配そうに見守る。

「それもそうだな……あっ! そんな事言ってる間に、萌の機体が動き出してしまったぞ!」

「う、動いたわっ! わっ! わっ!……わわわっ! きゃああぁ~~っ!!!」

バシュッ!

萌の餓狼二式は、フルスロットルで外に飛び出していった。

「萌! スロットルを切るんだッ! そんなスピードじゃ、地面に叩きつけられるぞッ!」

「わわぁ! そ、そんな事言ってもどうやったらいいかわかんないよぉっ!」

眼前にせまる岩肌。このままでは萌の機体は岩に激突してしまう!

オパールもネパールも見ていられずに目を瞑った。

ブシュオオッ!!

とっさに萌はスロットルを切り、逆噴射をかけて体勢を整え、なんとか無事に着地した。

「ふぅ~……無茶するだっぴょね、モエは」

司令室にいるポリニャックは胸を撫で下ろした。しかしそれも束の間!

「モエっ! 危ないだっぴょ! 後ろ後ろーー!」

敵の機体が、後ろから萌の機体に斬りかかろうとしていた。

「あわわ……ど、どうしたらいいか分かんないよ~!」

萌はあわてて攻撃しようとしたが、どのボタンを押したらいいか混乱していた。


 ズギャアァンッ!


 なす術もなく斬られる萌の機体……しかし、倒れたのは敵の武神機だった。

「ふう! あぶない所だったな、萌。サポートは俺にまかせろ」

間一髪。オパールの機体が放ったクナイが、敵の武神機を破壊した。

「オパール! ありがとう、それにネパールも」

萌はニッコリ笑って礼を言った。

「おっと! どうやら和んでいる場合ではなさそうだな。萌! 俺の後ろにまわって援護してくれ!」

オパールの適切な命令で萌が動く。

どうやらこのオパールという男、戦術の心得もあるようだ。

「俺にとってこんな盗賊のアジトがどうなろうと知ったことではないが、萌には指一本ふれさせない!」


(兄さん……)

オパールの後ろの座席にいるネパールは、オパールを心配そうに見守る。

頼りになる兄ではあるが、ひとつの事に執着すると周りが見えなくなる性格を心配していた。


「うぅ! しかしこの数では防ぎきれなくなるのは時間の問題だ。このままではここも危ない。

いざとなったら萌を連れて逃げ出すぞ! いいな、ネパール?」

「そ、そんな、兄さん……ここの人達を見捨てられないわ……」

「ふんっ! 知ったことか! それにここのやつらが死のうと、俺たちには何の関係もないんだ!

こんなクズどもの集まりに何の価値もないんだよ!」


「いや、そんな事はないぜ?」


どこからか声が聞こえた。タケルの声だった。

ドザスッ! ズガガガッ!

上空から舞い降りた大和猛は、瞬時にして敵を一閃して撃破!

「それに乗っているのはタケルなのっ!? 無事だったのね! 良かった……」

萌は目に涙を浮かべた。

「ま~ったく何やってんだよオマエは? 乗れもしねぇ武神機に乗り込みやがって!

俺の仕事を増やすんじゃねーっつーの!」

「な、何よ、私だってこんなロボットぐらい簡単に動かせるんだから!

タケルに助けてもらわなくてもひとりでやれるわ!見てなさいよ!」

ブンッ! ブンッ!

萌は、メチャクチャに槍を振り回した。

ズガンッ!

すると、たまたま背後から襲ってきた敵を貫いた。

「わっ! ラッキー! はぁはぁ……ど、ど~お? これで少しは私を認めてくれるかしら?」

「おまえ今ラッキーとか言っただろ……だが男勝りのその度胸だけは認めてやるぜ、萌!」

「何よそれ! もう!」

萌は顔を膨らませて怒った。

「はっはっは! そう怒んなって、くるぞ!」

「わかってるわよ! それっ!」


 ドキャ! ズガッ! ザシャン!


 タケルと萌のコンビネーションはなかなか息が合っていた。

ケンカしながらも、さすが幼馴染だけはある。それを不満そうな目で見るオパール。


「タケルとか言ったな。一体どうゆう言い訳をするつもりなんだ。

リーダーであるアンタが勝手な行動をするから、萌がこんな危険な目に会うんじゃないか!」

「ちょっと兄さん!」

オパールがきつい口調でタケルに言った。

「テメェは確か、萌と一緒にここへ来たオパールって言ったな?

萌を連れてきてくれた事は礼を言うけど、よそモンにとやかく言われる筋合いはないぜ!」

「連れてきてくれた? 何をいっている。ただ旅の途中でここに立ち寄っただけだ。

こんな物騒で汚らしい所は早くおさらばするつもりだ!」

「ああそうかい! おさらばしたけりゃするがいい……だが、まずはこいつらを片付けてからだぜッ!そうしないと、おさらばしちまうのはテメェのほうだぜ!」

大和猛は敵の武神機、紫電に向かって突進する。

「仕方がないがそのようだな! 行くぞ、ネパール!」

「はいっ! 兄さん!」

オパールとネパールの乗る我狼二式も、敵めがけて突進していく。

次々とヤマトの武神機を倒していくタケルとオパール達。


「ヘン! 少しはできるようだな、オパール! 女に手伝ってもらうのがテメェにはお似合いのようだがな」

「何ッ! それは侮辱だぞ! 取り消せ! 今すぐにだ!」

「やっぱ図星か? おっと、ここからは自信のない奴は引っ込んでいた方がいい。今度の敵は一筋縄じゃいかねぇからな……」

タケルはそう言って、空を見上げた。

そこには、上空からゆっくりと降り立つ機体、犬神善十郎の乗る武神機の姿があった。

その機体は、他の紫電とは違うカラーリングと装備で、明らかに隊長機を思わせる井出達であった。

「ぐぬぬ……あれだけの数の紫電を、たった数分で壊滅させるとは……キサマ、何者だ!?」

犬神の紫電と、タケルの大和猛が向き合う。

「さっきはいきなりで不覚をとったが、今度は負けねぇぜ!」

「さっきだと?……まさか貴様は、先ほどリョーマと戦っていたヤツか?」

「そうだ、これが俺の本当の武神機、『大和猛』だ! そして俺の名は朧木(おぼろぎ)タケル! 覚えておきやがれッ!」

「オボロギタケルか……ではこちらも自己紹介させて頂く。ヤマトの近衛兵団第二軍団長、犬神善十郎だ。しかし、私の名前を覚える必要があるかな? その前にやられてしまわないようにしてくれたまえよ? ふふふ……」

「この野郎、犬神の犬だけに、ワンワン吠えるのは得意なようだな!」

「その犬に怯えているのはどちらかな?」

「へん!」

「ふふふ……」


 犬神とタケルの対峙は静かに続いた。しばしの静寂。お互いはピクリとも動かない。

そしてその均衡を破り、大和猛が犬神に向かって猛然とダッシュ! 刀を抜刀し、斬りかかる!

ガッギイィン!

犬神も刀を抜き、それを受け止める。ギリギリとお互いの鍔迫り合いが続く。


「その機体、このパワー! 普通の武神機とは圧倒的に違う……まさか伝説の武神機だとでも言うのか?」

「そのまさかだぜ! これは伝説の武神機、大和猛だ!」

「ヤマトタケルだと?……まさか、何者かによって復活したというのは本当だったのか!?」

「オラオラッ! びびって動けねぇのかよ!」

「ぐっ! 受け止めているのがやっとだ!……このままではッ!」

犬神の紫電は、とっさに大和猛と離れて距離をとった。しかしタケルは一瞬にして詰め寄る!

「役者が違うんだよッ!」

バッキイン!

大和猛の一太刀で犬神の刀が折れた。

ドズン!

その折れた刀の先が、遠くまで飛んで地面に突き刺さった。


「うわっ! あ、あぶねぇ!」

刀が落ちた先には、紅薔薇を乗せた部下のバギーが通りかかっていた。

「あのバカ、何だってこんな近くまで来るんだよ? 紅薔薇と安全な所に下がってろっての!」

「ベニバラ?……紅薔薇だと? 貴様、今何と言った!?」

犬神は大声でタケルに問いかけた。

「ん? テメェ、紅薔薇を知ってやがるのか? そうか、ヤマトの連中だったら知っていてもおかしくねぇか」

「貴様! 質問に答えろ! 紅薔薇様がここにいるのかと聞いているのだッ!」

「紅薔薇さまだとぉ? いいか、よく聞きやがれッ! さっき崖に落ちた武神機には紅薔薇が乗ったていたんだよ! おかげで紅薔薇はまた怪我しちまった……まぁ、半分はその、俺のせいなんだけどな……」

タケルの語尾が小さくなっていった。

「なんと! そうであったか! まさかこんな薄汚い街にいたとは……」

犬神はかなり驚いている様子だった。

「おい! こんな近くまで紅薔薇を運んでくるんじゃねぇ! もっと安全なところまで避難するんだ!」

タケルは部下に向かって大声で叫んだ。

「そ、そんなこと言ったって、アネゴを早く治療しないといけないし……」


 犬神は紫電のモニターで、紅薔薇の乗っているバギーを拡大して見た。

「おお! あれはまさしく紅薔薇様!……あのように傷を負うとはおいたわしや……貴様! 許さんぞッ!」

「だから、紅薔薇にケガさせたのは、テメェらの仲間だって言ってんだろ!」

「問答無用! そんな言い訳は通用せん! 覚悟ッ!」

犬神の武神機は、タケルめがけて猛攻撃を繰り出した。

「わったった! この! 人のせいにするのもいい加減にしやがれ!」

「た、タケル! がんばって!」

犬神の攻撃を防ぐタケル。はたして勝負の決着はいかに?

萌の応援が、タケルにとって勝利の女神になるのだろうか?


 一方、こちらはイゾーの操る武神機。

コクピットには、武神機を破壊されたリョーマがギュウギュウ詰めで乗り込んでいた。

そして、オパール&ネパールの武神機と戦っていた。

「あ~っ! 違う違う、後ろじゃ! あっ!ほれ、撃つのは今じゃ! あ~っ外れた! へたっぴじゃのうイゾーは……また外れた! あや~、見ちゃおれんぜよ!」

オパールネパールとイゾーは互角の勝負をしていた。

初めて武神機を操るイゾー。そしてインガの力を発揮して戦うオパール&ネパール。

どちらもなかなかの使い手だ。

「くっ! こんな奴早く倒して、萌とこの街を出ていくんだ! この、この!」

「うぅ! こ、この武神機っちゅーもんは、な、なかなか操縦が難しいき。お、思い通りに、う、動かん!」

「何しとるんじゃイゾー! あぁっ! もうガマンならん! ワシと代われ!」

「あーっ! な、何するんじゃリョーマ!」

リョーマは強引にイゾーと操縦を代わってしまった。


「へへへっ……見せてやるぜよ。冷静になってわかってきたんじゃ。この武神機ちゅうのは只の機械じゃない。この両手のレバーとシートからワシのインガを感じ取り、それを出力に変えるっちゅうわけじゃ。だからむやみに動かしてるだけじゃダメなんじゃ」

「ほう、な、なるほどのう……」

「見とれやイゾー! コツは簡単じゃ。ようは生身で戦う時と同じインガの波長を出せばいいんじゃ。わかってきたぜよ! そりゃ!」

パワワァツ!

武神機とインガの波長が同調し、リョーマの体が眩しく光った。

「り、リョーマ! おまえ!……」

「ふははっ! これじゃ!この感覚なんじゃ!これがワシのインガ!」

リョーマの操る紫電の剣が、オパールネパールの機体を切りつける。

「くぅッ! どうしたんだ、いきなりインガが強くなったぞ!? ま、まるでこれは別人のインガだッ!」

ガシッ! ガギッ! ガギィン!

オパールネパールの武神機は、リョーマの攻撃を防ぐだけで手一杯だった。

「お、オパール! もっと防御にインガを集中させろ! このままではッ!」

「やってるわ兄さん! で、でも相手のインガが強くて……きゃあっ!!」

遂には刀を弾かれ転倒してしまった。オパール、ネパールのピンチ!

「これで最後じゃ! 死ねぃ!」

両腕で剣を振り上げるリョーマ。

「う、うわーッ!」 「きゃあっ!」

悲鳴を上げるオパールとネパール。

「まずい! このままだとアイツが!」

タケルは、オパールネパールの機体の側へと駆け寄った。

「どこを見ておるのだ! 甘いぞタケル!」

それを追いかける犬神。


 ヴァッキイィィン!!


大和猛は、右手でリョーマの剣を受け、左腕から飛び出した小刀で犬神の剣を受けた。

「なんじゃコイツは!」

「同時に攻撃を防ぐとは! フフ! やるではないか、タケル!」

大和猛はお互いの剣を振りほどいて弾き、オパールの我狼二式を抱えて距離をとった。

「ふぃ~、アブネェとこだったな、オパール」

「ふ、フン! おまえなんぞに助けてくれと頼んだ覚えはないッ!」

「何だとこのッ! 俺が助けなかったら確実にやられていたんだぜ!」

「そうよ兄さん、言い過ぎよ。あのまま攻撃を喰らっていたら、あたし達死んでいたわ」

「ネパール! おまえはこんな奴の味方をするのか? わが一族の恥さらしめ!」

「そんな……ひどいわ、兄さん……」

タケル達のチームワークはバラバラだった。


「おいおい、おまえらワシの目の前で何ケンカしとんのじゃ? どうやらワシの強さをもっと見せ付けてやらんといかんかのう? はっ!」

リョーマはタケル達に切りかかった。

ギャリィン!

タケルの大和猛はそれを受け止める。

「うおおッ!」

「ぐっ! 何じゃこの威圧感は!? コイツ、強いぜよ!」

「オパール、てめぇは邪魔だ! 引っ込んでろ!」

「なんだと、タケル!」

「なっ!?」


その時、リョーマとイゾーは耳を疑った。

「今、タケルと聞こえた……このインガの感じ……そうか、おんしゃタケルだったのか!?」

「そ、その声はリョーマか? 戦いに夢中で気がつかなかったが、まさか、オマエだったなんて!」

「それはこっちのセリフじゃ! うほっ! 久しぶりじゃのう!」

「リョーマ! どうしてヤマトの武神機なんかに乗っているんだ!?」

「あ~、これには深い事情があったぜよ……」

「そうなのか? でも、ヤマトの味方をするなんてオマエらしくねぇぞ。ヤマトがどんなヒドイところかわかっているんだろ?」

「戦闘中におしゃべりとは! リョーマ! 何をしている!」

「犬神隊長、こいつはタケルと言ってワシの親友じゃ。戦いたくはないぜよ!」

「何を寝ぼけているのだ! キサマの女とガキは、誰のおかげでメシを食わせてもらっているのだ!」

「そ、それはヤマト……そして隊長さんのおかげぜよ……」

「そうであろう! だったら私の命令を聞け! タケルを殺れ!」

「うぐ……し、しかし……」

「リョーマ、どうやら弱みを握られているらしいな? だったら俺たちの餓狼乱に来い! 歓迎するぜ!」

「い、いいのか、タケル?」

「何言ってやがる! 俺とおまえの仲だ。遠慮するなよ!」

「タケル……」

リョーマの武神機は刀を下ろした

「貴様……わかっているのか? その行為はヤマトに対しての反逆の意思だ。そうすればヤマトにいる女とガキの命はないのだぞ?」

「人質を取っているのか!? き、汚ねぇヤツラだ!こんなヤツラの言うこと聞くんじゃねぇぞ、リョーマ!」

「バカめ! もし貴様がこいつらの仲間になったとしても、ヤマトに滅ぼされるのは変わりないのだぞ? 忘れた訳ではないだろうな? 我らヤマトの軍事力を!」

「うぅ! そ、そうじゃ……いくらタケルでも無理じゃ! 餓狼乱ごときではヤマトに歯が立たないんじゃ!」

「リョーマ! おまえ……」

「ふふふ、理解したようだな、リョーマよ。貴様の取るべき行動はもうわかっているハズだな?」

「リョーマ! 目を覚ますんだ! こんなヤツラの言うことなんか聞くんじゃねぇ!」

「う! ううぅ……!」

「ふふ、貴様も見たであろう、神選組の力を? あれに対抗するのは自殺行為だということを!」

「うぐ! うわあーッ!」

「リョーマ!」


 ガッキィン!……


「ば、バカな……リョーマ……」

タケルは驚きを隠せなかった。

あのリョーマが、ヤマトの力に屈服し、自分に刃を向けたことに。

「許せタケル! ヤマトの力の前にはどうしようもないんじゃぁ!」

「ぐぅッ! りょ、リョーマーッ! バカヤローッ!」

タケルの声は悲しい叫びに変わった。

「目を覚ますんだリョーマ! おめぇは犬神の口車に乗せられているだけだ!」

「ちがうぜよ! ワシは自分の意思で決めたぜよ! ワシはヤマトのサムライぜよーッ!」

「ぐわっ!」

タケルの大和猛は、リョーマの気迫で後ろに倒された。

「ならば聞こう、タケル……おんしゃは、餓狼乱は、ヤマトに対抗できるだけの力を持っているというのか?」

「それは……今は無理だが、もっと組織を大きくしていけば……それに獣人たちと協力すれば……」

「甘い! おんしゃは何もしらんから、そんな甘い考えでいられるんじゃ!」

「な、なんだと? どういこった!?」

「ハッキリ言って、ヤマトは餓狼乱なんていう小さな組織はヤマトは相手にしちょらん。今回は、新型の武神機のテストを兼ねていただけだったんじゃ」

「な、なんだって?……」

「それに、ヤマトの傘下にある城塞都市レジオヌールとその他の国々。それらを相手に戦うというのか!?」

「レジオヌールだと? そ、そんなの聞いた事もないぜ……」

「やはり、井の中の蛙とはおんしゃの事じゃ。それに、もうひとつ教えてやろう。獣人どもはヤマトに抵抗しつつあるから、いずれ全滅させられるじゃろう」

「そ、そんなのウソだっぴょ!」

通信を聞いていたポリニャックが叫んだ。

「その声はあの時の子ウサギか……じゃがウソではないぜよ。一部の力をもった獣人が集まって、人間に反旗を翻しているぜよ。そうなる前にヤマトは獣人を滅ぼす」

「じゅ、獣人族はそんなことしないだっぴょ! 人間と仲良くしたいと思っているだっぴょ!」

「やれやれ……そんなことじゃから、井の中の蛙だと言っているんじゃ。世の動向を見ていない証拠じゃ」

ヤマトで行われている驚愕の事実。皆はそれに驚き黙ってしまった。

しかし、この一人を除いて。


「うるせぇ……」

「ん? なんじゃと」

「うるせぇって言ってんだ!」

ガギャアァン!

大和猛はリョーマの紫電に切りかかった。

「うぐッ! タケル!」

「ヤマトの軍事力がどうとか、世の中の動向がどうとかなんて関係ねぇ! てめぇはヤマトに魂を抜かれた臆病モンだ! 出てきて顔を見せやがれ!」

紫電との鍔迫り合い中に、タケルはコクピットを開けて顔を出した。

「まったく!……甘いんじゃ、おんしゃは!」

リョーマもコクピットを開けて顔を覗かせた。その後ろではイゾーがビクビクしている。

「なんだと、テメェ!」

タケルがリョーマの胸倉を掴むと、リョーマも負けじとタケルの胸倉を掴んだ。

睨み合うふたり。

「ワシらの村はヤマトに壊滅させられた……」

「何ッ!? だったらなんで!」

「だからこそじゃ! あの圧倒的な力の前にワシは成す術がなかった……じゃが、あの村はいずれ滅んでいく運命……だからワシは、ヤマトのサムライになって、出世して贅沢な暮らしをして、それで世の中を見返してやるんじゃ!」

「バッカヤロウ! それじゃあまるで、ヤマトの飼い犬になったのと同じじゃねぇかよ!」

「ワシはまだまだ牙を抜かれてはおらん……腑抜けにはなっておらんのじゃー!」

「それが腑抜けだって言うんだよ!」

バキャ! ドギャ!

タケルとリョーマは殴りあいのケンカを始めてしまった。

そばにいたイゾーは、ふたりの気迫に押されて手出しできなかった。


「いつまで馴れ合いをしているのだ、リョーマ!」

それを見ていた犬神が業を煮やした。

「タケルが昔の仲間だとしてもそれがどうしたと言うのだ! 今はキサマはヤマトのサムライだと言う事を忘れるな! それに手柄さえ立てれば、貴様の女もガキも裕福な暮らしを続けられるということもな!」

「そ、そうじゃった……ワシは、どんな事があっても出世すると、ヒナモとおみんに誓ったんじゃ!」

「リョーマ! てめぇ、ぐわっ!」

リョーマのパンチを喰らって、武神機からズリ落ちたタケル。だが、なんとか大和猛の足に摑まった。

リョーマはタケルより早く武神機を起動させ、タケルを狙った。

「すまん、タケル! ワシは手柄が欲しいぜよ! そのためには餓狼乱のリーダーさえ殺れば!」

「リョーマ!」

「すまんが死んでくれッ! タケルッ!」


 ガッキィン!


 その時、リョーマの操る紫電の太刀を止めたのは、萌の武神機だった。

「や、やらせないわ! タケル、大丈夫?」

「も、萌か? 助かったぜ、サンキュー!」

タケルはその隙に、大和猛のコクピットへと入り込んだ。

「まさか、おんしゃが探していたというのはその女か? だったら救われたのう」

「うるせぇ! うおおッ!」

ブオンッ!

大和猛は紫電に刀を振るった。それをかわしたリョーマ。

「だったらわかるじゃろう? 大切にしている女を守ることが、男にとってどれだけ大事なことか!」

「くっ! けどよ!」

「ワシは負けられんのじゃ! ワシの帰りを待つヒナモとおみんのためにも!……うおりゃー!」


 ガギャ! ドギャン! ズゴォン!


 リョーマの紫電の凄まじい攻撃に、タケルは防ぐだけで手一杯だった。

「ぐおッ! このインガ!……強えぇ!」

「くらえッ! これがワシの全力のインガじゃーッ!」

リョーマの渾身の一撃! それを受け止めようとするタケル!

だがその時、犬神が萌の武神機の背後に立ち、攻撃しようとしていた。

「ちッ! あぶねぇ、萌ッ!」


 ズバシュッ!


 萌の武神機を守ろうとして、大和猛はリョーマの攻撃を背中にまともに喰らってしまった。

「うぐぅ!」

ドクン……

その瞬間、リョーマの心臓に鼓動が起きた。

「お、女に気をとられたか、あっけない幕切れぜよ……だが、隊長さんよ、それはちょっと卑怯ぜよ」

「ふん、女に気を取られるほうが悪いのだ。さぁ、リョーマよ、残りを片付けてしまえ!」

「言われるまでもないわい! はあぁッ!」

リョーマの紫電は、オパールネパールと萌の武神機に攻撃を行う。

「きゃあッ!」

だが、インガの力を解放したリョーマの前には歯が立たなかった。

絶体絶命!



 ガギィン!


「なにぃ?……タケル、おんしゃまだそれだけの力が残っておるのか? おとなしく寝てればよいものを!」

「まだだ! 萌はやらせねぇぜ!」

「ふん! さっきの一撃で、ワシは吹っ切れた! もはやおんしゃを殺るのにためらいはないぜよ!」

「やってみろよ、リョーマーッ!」

ギャガリァンッ!

ギリギリとタケルの刀が押される。

「くっくっくっ、感じるぜよ……ワシのインガがどんどん強うなって膨れ上がっていくのを……それをもっと見せちゃる! うほほぉッ!」

ブオワッ!

「うわっ! この爆発的なインガはなんだ!?」

リョーマのインガが爆発的に膨れ上がり、大和猛はそれを受け止められず弾き飛ばされてしまった。

「ははは! 次はキサマじゃ!」

リョーマの機体は、オパールとネパールの機体に剣を向けた。

目に見えないほどの早い太刀さばきが繰り出される!

「うおっ!」 「キャア!」

なんとか防ぐオパールネパールだが、それも時間の問題のようだ。

「ぐっ! 何てインガだ! 全てのインガを防御に集中しても防ぎきれない!」

「ダメだわ、兄さん! 私たちとは次元が違うっ! あ、まりにも強すぎるわっ!」

ボシュッ!

オパールネパールの餓狼弐式は、機体各部がショートし煙を上げてその場に崩れてしまった。


 タケルはまだ起き上がれない。

いや起き上がろうとせずに、リョーマの操る紫電をただ直視していた。

「お、俺は知っている……こんなインガをどこかで見た覚えが……」

どうやらタケルの様子がおかしい。

「い、いや、違う! これは俺が実際に体験した事のあるインガだ……こんな状態を続けていたらヤバイことになっちまう!」

凄まじいインガを放つリョーマの武神機。それを見てタケルは何かを思い出したようだった。


 紫電のコクピットにいるイゾーは震えていた。

「り、リョーマ!……い、一体どうしちまったんだ? 今のオマエはおかしいぜ!」

「ふははっ! おかしい? おかしいだとッ!? 

そうじゃない、ワシは今最高の気分なんじゃ! だから誰も邪魔するな! 

ワシを邪魔するやつは……どいつもこいつも……たたっ斬ってやるぅッ! ふははははッ!!」

「う、うぅ!……」

リョーマの変貌ぶりに怯えるイゾーは、もはや何も言える状態ではなかった。


 いったいリョーマはどうしてしまったのだろうか?

それはどうやら、タケルに対しての全力の一撃の時に起こったようだ。

親友である男を斬った罪悪感。それを通り越えて快感へと変わり、リョーマの中で何かが目覚めた。

いまここに、リョーマの新しい人格が芽生えてしまったのかもしれない。


 リョーマの凄まじい戦い方を見ている犬神は思った。

(リョーマの奴があれほどのインガを使うとは予想外だったな……

たまに、自分の潜在能力を超えたインガを発揮する者がいると聞いたが、今のリョーマはまさにそれ……しかし、その代償として、自分の体が限界に耐え切れなくなって自滅してしまうらしい……

これが噂に聞いていた『バースト』というやつなのか……?

だが、うまくいけばあの伝説の武神機と相打ちくらいにはなるかもしれんな。

よし、私はそのスキに紅薔薇様をお救いし、この場を去るとするか……)

はたして、犬神の思惑通り上手くいくのであろうか?


バリ! バリ! バリッ!


 仁王立ちしたリョーマの武神機からは、金色のインガが凄まじい勢いで発せられていた。

「や、やめろ!……それ以上インガを使ったら、て、テメェも死んじまうぞ!!」

タケルはリョーマに言い放った。

「ふん、何を言ってるんじゃ、ワシが死ぬじゃと? 真のインガに目覚めたワシの力に恐れ、戯言を吐くとは目障りじゃ。消えろッ! タケルッ!」

「う……ああぁ……」

タケルはその光を目の当たりにした瞬間、体が動かなかった。

(一体、どうしちまったんだ俺の体は?……・あの光を前にして完全にビビッちまってるぜ……

俺はあの光を知っている……いや、どこかで体が憶えている……だが、それが思い出せねぇ……)

タケルは頭を大きく左右に振った。

「ダメだ! あの光を見ると何故か体がこわばっちまう! しかし、どうしたらいいんだ?」

一体タケルはどうしたというのだろうか?

あの光は、タケルの記憶と何か関係しているのだろうか?



「な、なんだっぴょか? あの光りは!?」

司令室では、ポリニャックは巨大な妖しい光りを見た。

それは、今までに見た光という概念とは違い、どこか邪悪さを持った光であった。

「ダーリンのインガが現われてから、何か不吉なインガが膨張してるだっぴょ……一体何だっぴょか?」

そして、その妖しい光はさらに膨張して大きくなっていった。



「うわははーーッ! そりゃ! そりゃ!!」

リョーマの紫電は、その余りあるパワーで餓狼乱のアジトを攻撃していた。

呆然と立ち尽くすタケルの大和猛を、もはや敵として見ていなかったのだった。

ズッガァァン!! ボオオォン……!

リョーマの紫電が一太刀振り下ろしただけで、アジトの半分が崩壊してしまうほどの威力だった。


(な、何てインガの力なのだ……『バースト』というのは、ここまで凄まじい力だったのか……

機体までもが大きくなっているように見えるが……?)

犬神は、初めて見るこの強大な力を恐れた。

(しかし……初めて武神機にのったリョーマには、この力をコントロールし続ける事はできんだろう。

今に己の力を制御出来ず、破滅する事はたやすく想像できる……

よし! 私は紅薔薇様を救出し、この場を離れるのが得策だな……)

犬神は、なかなか冷静で計算高い男であった。

そしてリョーマに向かってこう叫んだ。

「リョーマさん! お願いです! このまま餓狼乱のアジトを叩き潰して下さい! 

今の私にはそんな力はありません! やはりあなたは真の『サムライ』だった……素晴らしい力だ……

無能な私の代わりに是非、お願いしたい!」


 それを聞いたリョーマは得意げになって笑った。

「くはははッ! やっと気付いたな、犬神め! そうじゃ! その通りなんじゃ! 

やっとワシの力を認めたようじゃな! くははははッ! 気分がええわい! 最高の気分じゃ!

あんなにいばっていた犬神が、今ではワシの前に跪いておる! くははッ!

やはり力のある者がこの世を支配するものなんじゃ! ワシにはその力があるんじゃぁあ~!

くはははははッ!!」


 リョーマは自分の力に陶酔しきっていた。調子に乗っているというレベルではなかった。

同じコクピットに乗っているイゾーは、そんなリョーマを恐れた。

「り、リョーマ……い、今のおまえは確かに、つ、強い! で、でも何かが……何かとんでもない力に引っ張られているだけのような気がするんじゃ! こ、このままではいかん! そんな気がするんじゃ!」

「くくく……イゾーよ、何をそんなに怯えておるんじゃ? 今、ワシは犬神を屈服させる程のインガを身につけたぜよ。これは力ある者がない者を統治すべき力なのじゃ。絶対無敵の力なんじゃ! それを恐れてどうするぜよ? くはははッ!」


 もはやリョーマには、イゾーの言葉は耳に入らなかった。

他者より勝る力を手にした者には、弱者の言葉ほど耳障りなものはない。


「くくく……このまま、ヤマトの国をブッ潰し、ワシが王になるのもいいかもしれんなぁ……

そしてこの世界を支配してやる。よし、そうしよう! 決めたッ!」

「リョーマ……わ、ワシらは苦しい生活をしながら、平和な暮らしができるよう夢みてきたじゃないか! 

そ、それを世界征服だなんて、ヒナモやおみんが聞いたらどんなに悲しむか!」

「だまれイゾー! ワシはおのれの無力さに、どれだけ苦汁を飲んだか忘れてはおらん!

力じゃ! 力が欲しい! そしてこの世界を、ワシの理想に変えてみせるぜよ! くははははッ! うっ!」

その時、突然、リョーマが苦しみだした。

「ぐううっ! ど、どうしたんじゃ?……ワシの胸が苦しいッ! それに頭も割れるようじゃ!

か、体中がねじれるように痛いッ! ぐわあッ……!」

あれほどまがまがしい邪気を放っていたリョーマのインガ。

その光が空気のぬけた風船にように、少しずつしぼんでいった。


「やはり……思ったとうりだ。リョーマごときがバーストの状態を維持出来る訳があるまい。かなりの素質は持っていたようだが、その力をコントロールするに至ってなかったようだな。さて私は紅薔薇様をお助けするか……いた、あそこだな」

犬神は近くにいた、紅薔薇の乗ったバギーを襲い、傷ついた紅薔薇をさらった。

「お、お! おいたわしや、紅薔薇様! このようにお怪我をされてしまって……タケルめ、許さんぞ!」

この犬神という男、自分の責任を、相手に関係なく転化する性格のようだった。

「それでは、私はこの場を離れるとしよう。餓狼乱のアジト壊滅の指令も達成できたし、生意気なリョーマもここで滅んでくれれば私の立場を脅かす者もいなくなり、まさに一石二鳥だ! うわはははっ!」

そう言って、犬神はこの場から撤退していった。


 その時。

タケルはまだ、リョーマの発する未知のインガに怯えていた。

(何故だ? なぜこれほどまでに、俺はあの光……あのインガに怯えるんだ?

昔……そう、ずっと昔……ずっと昔? いや、そんな昔のハズはねぇ……

つい最近だ……ここ数年前のハズなのに、何故かずっと昔の出来事のように錯覚しやがる……

それで、俺は……あの力を使ったんだ……そして……そして俺はどうなった? 思い出せねぇ……

俺はあの光を恐れている……あの光が怖い……怖い……怖い……)


「タケルーーっ! 何やってんの! このままじゃ取り返しのつかないことになっちゃうわよっ!!」


 ハッ!

聞き覚えのある声がタケルの耳に届いた。それは萌の声だった。

「そんなことでビビッてるなんて、タケルらしくないわよっ!」

タケルは萌の武神機の方を振り向いた。

「も、萌……で、でも、あのインガは普通じゃねぇんだよ……勝てっこねぇ……」

タケルは意気消沈したままだった。

「もう、仕方ないわねぇ! 小さい頃からずっと私に面倒かけっぱなしなんだから! よぉし!」


パギャアァン!


 どうしたことだろう? 本来なら落ち込んだタケルを励ますのが萌の役目のはず。

だがその時、萌のとった行動は?

なんと! 逆に励ますどころか、大和猛に向かって平手打ちをしたではないか?

もはや、役立たずはこの場にいらないという意味だろうか?


「ぐわっ! も、萌! 何しやがんだッ!?」

「しっかりしなさい! 男でしょっ! タケルっーーー!!」


「う……うおおおおッ! ちっきしょう! やってやるぜッ!!」

この平手打ちと萌の言葉が、タケルの眠っていた野生に火をつけた。

そして、大和猛の体中からインガが噴きあふれた。

「うおおおおおおおおおーーーッ!!」


「む……このインガはタケルじゃな? ふふふ、面白い……復活したと言う事か!」


 一時は、あまりにも強大なインガをコントロールできず、リョーマのインガは衰えていった。

しかし、またも、禍々しい炎のように勢い付いて揺らめいた。

何故か? それは、イゾーのインガを吸収することによって、インガを補給していたのだった。


「り……リョーマ……オレのインガを吸わないでくれ……このままではオレは死んでしまう……

ふ、ふたりで……二人で平和な世の中を作るって言ったじゃないか……よ……」

リョーマにインガを吸われているイゾーは、もはや虫の息だった。

「何を勘違いしているんじゃ、イゾー?」

「え?……」

「ふたりで世直しじゃと? 何を寝言をほざいとる! 強くなるのはワシだけでいいんじゃ!」

「そ、そんな……!」

「おんしゃはワシと一体化し、世の中に復讐をする力となった。それだけでありがたく思うぜよ! イゾー!」

「そ、そんな……リョーマ……た、助けてくれ!」

イゾーの目からは涙がこぼれた。

「足手まといはいらんぜよ!」

「ぐっぎゃあぁぁぁ!!……あぁぁぁ……ぁ……」

バチ! バチ! バチ!

全てのインガを吸い尽くされたイゾーは、ボロゾーキンのように成り果て、その場で絶命した。

「くはははッ! これでワシは無敵じゃぁ! そして来いッ! おんしゃはもはや敵ではないぜよ!」

リョーマは大和猛の方を睨んだ。今のリョーマには目の前にいる全ての者が敵であった。


 幼い頃から苦労をともに歩んできた友イゾーを、リョーマはいとも簡単に裏切った。

邪悪なインガは、人の心すらも荒ませてしまうのだろうか? これがインガの応報なのか?


「うおおおおーーーーッ! リョーマァーーーッ!!」

大和猛がリョーマの機体に向かって、猛然とダッシュする!

「くははッ! 来いタケルッ! ワシのインガを見せてやるぜよ!」

強大なインガで膨れ上がった太刀を、ガッシリと構えるリョーマ!


 ギャィ……ン!!


 鈍く重厚な金属音が響き渡った。

交差するふたりの機体。しばしの静寂。


「うぐッ!」

大和猛の肩からは血しぶきが噴出す。

「くはは! ワシの勝ちぜよ!」

ドガッ! ズシャアァ!

リョーマの武神機は、大和猛を崖の下に蹴り落とした。崖の下では、大和猛が身動き出来ないでいた。


「これで終わり……いや、ワシの復讐の始まりぜよ! くらえッ!」

リョーマの武神機は崖の上から飛び上がり、崖下の大和猛に刀を突き刺そうと狙った。

「しねぇーッ!」

「う……う……うおおーッ!」

その瞬間、大和猛は金色の光に包まれた。

「何!?」

そして、跳ね起きた大和猛は、リョーマの武神機に向かって飛び上がった。

その姿は、まるで天に舞い上がる竜の化身のようだった。

いや、実際に、大和猛はその姿を竜に変えたのだった。


 キシャアァーッ!

竜と化した大和猛は、眩い光に包まれたまま舞い上がり、リョーマの魂をつらぬいた。


「ぐおっ!……ば、バカなッ! 竜に変形しただと……?

そんなハズはない……このワシが最強なんじゃ! 最強でなければいけなんじゃ!

それなのに……それなのに、何故タケルに負けんといかんのじゃーーーッ!」


 リョーマの機体は胴体を半分に切られ、その場に崩れ落ちた。

「リョーマ……てめぇの負けた理由……それは、てめぇが最強になったつもりでいただけだ……」

「くっそぉおおおッ! ワシはまだ死ぬ訳にはいかんのじゃ! 必ず最強になってやるんじゃぁ!」

バシュウ!

上半身だけになったリョーマの紫電は、最後の力を振り絞り、その場から逃げ去った。

「あっ! タケル、逃げるわよ!」

「大丈夫だ、萌……あいつにそんな力は残っちゃいねぇよ……」

タケルの言葉通り、リョーマの機体は上空を飛びながら爆発し、崖下に落下した。

それは、己の力を過信した者の惨めな最後であった。

タケルはコクピットを開け、その様を悲しい目で見守った。


「インガとは、己の願望を力に変えることができる。だが、そのコントロールを誤ると、己の力に取り込まれ、食い殺されてしまう……」

タケルは、インガの力をコントロールする難しさを、身をもって知った。


「タケルやったね!」

「あぁ……オマエのきっつい活のおかげで、何とか自分を取り戻すことができた……サンキュな……」

「あっれぇ~? タケルが私にお礼するなんて珍しいわね? いつもは、余計な事するんじゃねぇ!って怒るのにさ」

「へ、へん! それだけ感謝してるって事だよ!」

タケルはそっぽを向いて腕組みし、黒い煙を上げて炎上するリョーマの武神機を見詰めた。

タケルはダハンの村のことを思い出していた。


(リョーマのバカヤロウ……おまえほどの男が、なぜ邪悪なインガに乗っ取られちまったんだ……)


「萌! そっちへ飛びうつるぞ!」

タケルは萌のコクピットへジャンプして飛び移った。

「ちょ、ちょっと! 危ないじゃないの、もう! ムチャするんだから……キャ!」

タケルは突然、萌を強く抱きしめた。

そして、顔をうずめるようにしてブルブルと震えていた。

「すまねぇ萌……いまだけは……こうしていてくれ……」

「タケル?……泣いて……いるの?」


 あの優しかったリョーマが、己の欲望に打ち勝てずに変わってしまったことが、タケルの心を大きく傷つけた。タケルは、どうしようもない虚しさと、溢れる涙を堪えるのに必死だった。

「悲しかったのね? 何か悲しいことがあったのね……いいのよ泣いても……ね、タケル……」

萌はタケルの頭を優しく撫でた。

幼い頃、よくタケルがケンカに負けて泣いて帰ってきた時も、萌はこうやってタケルを慰めていたことを思い出した。


「よしよし……」

「ば……バカヤロウ……うぅ……」

咽び泣くタケルと、それを優しくつつむ萌。

ふたりの背に、眩しく輝く朝日が昇っていた。

それは、ふたりを優しく包んでくれる優しい光であった。


 だが、ニ人に忍び寄る影は、すでに近くまでやってきていたのだった。

この時、紅薔薇が連れ去られた事を、タケルはまだ知らない。

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