第13話 得るもの失くすもの(前編)
女とは便利なもの
身世話をし 包容力を与える
女とは不便なもの
心失くすこと 世を去ってしまうこと
第十三話 『得るもの失くすもの(前編)』
強き者が生き残り、弱者に与えられる選択肢は死以外にない。
ここは、人間と獣人が共存する世界、ヤマト。
その名を継承する、最大の軍事国家がヤマト国である。
そこから遠く離れたある街、負け犬の街にひとつの風が吹き荒れていた。
異世界からやってきた少年を先導者として迎え、餓狼乱(がろうらん)と呼ばれる強大な組織を作り上げた。
その少年の名は、朧木猛(オボロギ タケル)。
しかし今、その少年は深い悲しみに包まれていたのだった。
「くそッ!」
タケルはコンクリートの壁を強く叩いた。壁に亀裂が入り、バラバラと崩れる。
「アニキ……気持ちは解るだけども……」
側にいた狼族の獣人、ベンがタケルを気遣う。
「そうだっぴょよ、まだ何か方法があるかもしれないだっぴょ」
ウサギの子獣人、ポリニャックが優しく諭す。
「これが落ち着いてられるかよッ!
確かに紅薔薇はまだ死んじゃいねぇけど、天狗の団扇を胸に打ち込まれてから意識がもどらねぇじゃねえかッ!」
タケルはベッドに寝ている紅薔薇を横目で見た。
紅薔薇は、顔色も良く、静かにスゥスゥと眠っていた。
しかし、ミブキの森の一件以来、目を覚まさずに一週間も経っていた。
腕のたつ医者にも何人か診せたが、どの医者も原因がわからず首を横に振るだけだった。
「なにか……何か方法はねぇのかよ!」
タケルの我慢も、いよいよ限界に来ていたのだった。
「失礼します……」
そこに、緑の髪に宝石のように澄んだ水色の目をした子供が部屋に入ってきた。
その少年の名は、シャルル。
ミブキの森で倒れていたところをタケル達に助けられた運の良い子供である。
シャルルは奇跡的にケガもなく、一日寝込んでいたがすぐ元気になった。
そして、餓狼乱のアジトから少し離れた廃墟にある図書館に篭り、なにかを調べていたようだった。
「よう、シャルルか……どうやらすっかり元気になったようだな」
「おかげさまで。その節は本当にありがとうございました。タケルさん達のおかげで、ボクは今こうしていられます」
シャルルは礼儀正しい言葉遣いでタケルに礼をいった。
「もうよせって。そんなに礼を言われるこっちゃねぇからよ……」
タケルもシャルルに会う度に礼を言われるので、対応が面倒くさくなっていた。
「ところで、シャルルはどこに行ってただっぴょか? また例の図書館?」
「はい、あそこには色々とおもしろい本がありますから。
田舎育ちのボクには、あんなにイッパイの本がすごく珍しいんです」
シャルルは屈託のない笑顔で答えた。その無邪気な笑顔は子供そのものだった。
「それで、色々と調べているうちに……その、紅薔薇さんの病気のことで、ちょっと……」
「なっ、何ッ! わかったって言うのか!? 紅薔薇の治し方がッ!」
タケルはシャルルの肩を強く掴んだ。
「あいたた! ちょ、ちょっと痛いですよ、タケルさん」
「す、すまねぇ……そ、それで何がわかったんだッ!? 早く教えてくれッ!」
タケルが紅薔薇を心配する様が、痛いほど皆に伝わった。
「確かなことではないんですが、天狗が放った銀の団扇は、相手を殺傷するための武器ではないんです」
「じゃ、じゃあ何だってんだ!?」
「団扇に込められたインガの念……
そう、恨みの念とでも言いましょうか、それを受けたことによる精神的な症状だと思われます」
「恨みの念だきゃか……あの天狗、陰険な性格してそうだからありそうだぎゃな」
ベンは腕を組んで納得した表情で言った。
「インガにはそんな使い方もあるのか……ただ攻撃するだけじゃなく……」
「シャルルはすごいだっぴょね! 勉強の知識だけでなくて、インガについても詳しいなんて!」
「不治の病にかかった患者の見聞を調ると紅薔薇さんと同じ症状の人がいましたから、
その事件の関連性の裏には、必ずインガ使いの影があったんです。だから……」
「インガの達人にしか出来ない技だということだぎゃね。
それはわかっただぎゃが、肝心の治療方法はどうすればいいだぎゃ?」
「はい……実は言いにくいんですけど……」
シャルルは口篭もった声でタケルの方を見た。
「話してくれ、シャルル……」
タケルは真剣な表情でシャルルの目を見詰めた。
「はい……さっきも言ったように、あれは術者の念がこもったインガの力で起こる症状です。
その恨みの念を消すには、術者本人に念を解いてもらうか、あるいは……」
「そいつをブッ倒すしかねぇってことだな?」
「はい、その通りです」
「やっぱそれしかないか! しかし、部下が調べたところ、もうミブキの森には誰もいないらしい」
「あんな危険な場所を調べに行くなんて、よっぽど紅薔薇さんの事を心配していたんでしょうね……」
「ああ……アイツら、無理しやがってよ……」
「これじゃあ、一向に消息がつかめないだぎゃね」
「俺は思うんだが、ヤツは闇雲に行動しているんじゃなくて、何というか……
もっと大きな意思によって動いているような、そんな気がしてならねぇんだ……
それに、天狗と般若に命令したあの声の存在も気になるしな」
「大きな意思ですか? タケルさんは何故そんな事がわかるのですか?」
シャルルが不思議そうな顔でタケルに訊ねた。
「さぁ、何故かは俺にもわからねぇよ。あえて言うなら直感ってヤツかな? ハハ」
(それにあの般若ってヤツ、あのヤロウもとんでもないインガの使い手だった……
それに俺の事も知っていやがったし……一体、何者なんだ?)
タケルはあの時の般若の強さを思い出し、身の毛もよだつ思いをした。
シャルルはタケルの顔をみつめた。
「直感……ですか。それも大事なことなのです。
感じるということには必ず何らかの真意がそこにあるはずですから。
それを信じることが己を幸福に導くひとつの道に繋がるのではないかと思います」
「え?……あ、そ、そうだな」
部屋にいるみんなは、シャルルの言った言葉にキョトンとして固まってしまった。
「あ! いや、すいません。ぼ、ボクなんかが偉そうなこといっちゃって! ほんとに、あの……」
「いやぁ、いいんだシャルル。オメェは頭が良いから俺達には難しく聞こえちまうんだな。
とくにコイツの頭の悪さときたら天下一品だからなぁ!」
タケルはそう言ってベンの頭をポンと叩いた。
「むっ、失礼な! 頭の悪さだったらアニキに到底及ばないだぎゃよ!」
「なんだとコノヤロ~! 俺はここのリーダーなんだぞ! みんな俺の頭の良さを認めてついてきてるんだよ!」
「ぷはっ! それ本気で言ってるだきゃか? ホントはアニキのバカぢからについてきているだけだぎゃよ!」
「て、てめぇ、ブッ殺す!」 二人はまたまたケンカをはじめてしまった。
「もうっ! いい加減にするだっぴょ!
いつまでもベニバラが無事でいられるかわからないのに、早く天狗をみつけないといけないだっぴょよ!」
そんなやりとりを見て笑うシャルルだったが、真面目な顔でこう言った。
「ポリニャックさんの言う通りです。今は静かに眠っていますが、
体が栄養を受け付けない限り、衰弱するのは時間の問題ですから……」
「ち、確かにな! ベン、ここはひとまずお預けだ! 部下に任せず、俺も捜索に出かけるぜ!」
その時、部下のひとりが部屋に入ってきて大声を上げた。
「た、隊長! 見つかりました! 天狗は獣人の村で獣人狩りを行っているようですッ!」
「えっ!!」
それを聞いたベンとポリニャックは驚いて声を上げた。
「くそっ! 最近はヤマトの国の獣人狩りに対して警備を強化していただぎゃが、
あの天狗に襲われたらひとたまりもないだぎゃよ!」
「でも、獣人の村の場所だったら全部知っている訳じゃないし、簡単には見つからないだっぴょ。
それにウチらしか知らない秘密の抜け道から行けば、まだ間に合うかもしれないだっぴょ!」
「抜け道……そんなものがあるんですか?」 シャルルが言った。
「よしっ! そうと決まったら行くっきゃねぇぜ! ベンとポリニャックは支度をしやがれ!
おまえらは一番スピードの出るトレーラに武神機を積み込むんだッ!」
「了解ですぜ、アニキ! おれたちもお供いたしやす!」 部下は言った。
「いや、オメェ達はここのアジトを守ってくれ。いつどこのエリアから敵が来るかもしれねぇからな、頼んだぜ」
「オッス! 了解でさぁ!」
部下は急いで準備の為に部屋を出ていった。
「あ、あの……ボクも一緒に連れてってくれませんか?」
そう言ったのは、なんとシャルルだった。
「なんだと? シャルル……これは遊びじゃねぇんだぞ? わかってんのかッ!」
「ボクはタケルさんの言う直感が正しいのか確かめてみたい……ダメだと言っても無駄ですよ!
ボクがあなたに興味をもってしまったのは、タケルさん、あなたのせいなんですから!」
シャルルは真剣な表情と、意思の強い目でタケルを見た。
「ヘン、わかったよ! まぁオメェの頭脳も役立ちそうだからな。だがこれだけは言っておく!
どんな怖い目にあっても泣くんじゃねぇぞッ!」
タケルはシャルルの頭をポンと撫でた。
「は、はい! ありがとうございます、タケルさん!」
(う~ん……シャルルもダーリンに興味を持っているだっぴょね……恋のライバルここに現る! だっぴょ!)
ポリニャックはシャルルをバチバチとにらみつけた。
「ジィ~……」
「ど、どうしたんですか、ポリニャックさん? そんな怖い顔をして……」
「とにかくいくぞ、みんな!」
「オウッ!!」
久しぶりに餓狼乱に志気が戻った。
紅薔薇を救うため、獣人の村を守るため。
それぞれの思いを胸に、今、舞台はふたたび獣人の村へと移り変わろうとしていた。
そこに待ちうけている敵、天狗。そして、タケルと互角以上のインガを持つ般若。
この二人の目的とは? そして獣人狩りを行うヤマトの国の真意とは?
いそげ! タケル!
みんなの思いを一身に受けて!
そして自分自身の運命を切り開くために!
獣人の村への出発準備のできたタケルは、ひとりこっそりと紅薔薇の部屋に戻った。
そして、安らかな顔で寝ている紅薔薇に軽く口づけをした。
「紅薔薇……俺がオメェを絶対に治してやるからな。だからオメェは安心して待っていろよ」
タケルが部屋を出た時、意識不明の紅薔薇の口元が少し笑ったようだった。
「よしッ! これから最大スピードで獣人の森に向かう! ヤロウども、落っこちるんじゃねぇぞッ!」
「オオオッ!!」
トレーラーには三機の武神機に、ベン、ポリニャック、シャルル、数名の腕利きの部下が乗り込んだ。
そしてグングンと加速していき、すでに餓狼乱のアジトは見えなくなっていた。
「ポリニャック! ここから獣人の森まで、どのくらいで着くんだ?」
「そうだっぴょね……どんなに急いでも一日半はかかるだっぴょよ」
「一日半か……聞いたかテメェら! なんとしても一日で着くんだ!
運転は交代で休まずにだ! ベン、てめぇも怠けるんじゃねぇぜッ!」
「わかっているだぎゃよ! まったく、人使いの荒いアニキだぎゃ!」
(でも嬉しいだぎゃよ、アニキが獣人の村に少しでも戻ってくれるだぎゃ……)
「ん? なんか言ったか、ベン?」
「なんでもないだぎゃよ! アニキはしっかりオラ達に命令してくれだぎゃ!」
「よーし、まかせとけ! まずは俺様の肩を揉め!」
「ヘイだぎゃ!……って、何でアニキの肩を揉まなきゃならないだぎゃ!」
「ハハ! ジョーダンだよ、ベン。ヤロウども、気ぃぬくんじゃねぇぞうッ!」
タケル達を乗せたトレーラーは、獣人の村へ向かってどんどんとその距離を縮めていった。
その頃、ある森の中。
「おい、少しやりすぎではないか、天狗よ?」
ここは獣人の村。ベンの村とは離れた位置にある村だ。
そこは今まさに地獄であった。
藁葺きの家は全て焼き尽くされ、大人の獣人達はほとんど惨殺され、その傍らでは子供の獣人が泣き叫んでいた。
中には自分の親が死んだ事すら理解できない幼子が、親の顔をペタペタと触っていた。
「やりすぎではないかと言っているんだ! 天狗!」
天狗と共に、獣人狩りの命を受けた般若が怒鳴った。
「ふふふ……」
天狗は腕組みしながら、ゴゥゴゥと燃え盛る炎を満足そうに眺めていた。
「聞いているのか、天狗! 我々の受けた命令は、獣人達を捕獲することだ。殺せとは言われていない!」
「甘いな……キサマは」
「なんだと?」
「それだから、こうして我々に歯向かう者達が出てくるのだ! そんな輩を排除するのだから文句はあるまい?」
「だからと言って罪もない者を殺していいのか? こんな事、あの方は望んでいらっしゃらないッ!」
般若は、天狗に向かって強い口調をぶつけた。
「ふふ、般若よ。キサマはまだあの方に仕えて間もないので致し方ないが、
あの方の言葉の奥深い意味をお察しできなければ、忠実なしもべとは言い切れぬぞ」
「深い意味だと? それがこの有り様かッ!?」
般若は、燃え盛る村と無残に積み上げられた獣人の死体を指差した。
「ふっ、これ以上、キサマとの問答は無用」
天狗は般若に背を向けると、獣人の幼子の所へ歩み寄った。
そして幼子を片手で掴むと、頭上へ高々と掲げた。
「おい天狗ッ! 何をするのだ!」
ニヤリと笑う天狗は、手刀を幼子に向けた。
シュビッ!
その時、般若は目にも止まらぬ速さで移動し、天狗の後ろに回り込み腕を掴んだ。
「ぐっ! 般若、なにをする!」
「それはこちらのセリフだ! もう我慢できん……その幼子を放せ! 天狗!」
般若は天狗の掴んだ腕を後ろに捻り、ギリギリと締め上げた。
(な、なんて力だ、この般若という男……腕をはずす事ができぬ!)
「ぐぅ、わ、わかった! 放すからそれ以上締めるでないぞ!」
天狗はあまりの痛さに根を上げ、幼子を放し地面に置いたので、般若は天狗の腕を放した。
「般若よ! これだけは言っておくぞ! 新米のキサマはあまりでかい面をせぬことだ!
あの方に一番信頼されているのはワシなのだからな! ふはは! ふははははっ!」
天狗はそう言うと、一陣の風とともに姿を消した。
「……」
般若は、天狗の消えていった空を無言で見詰めた。そして幼子を軽く抱きかかえた。
「これが、こんなことが、あの方の意思であるわけがない……よしよし大丈夫か?」
「ううう……!」
その時、般若の抱きかかえた幼子が、突然苦しみ出した。
「ど、どうしたのだ!? 小僧!」
ボンッ!
幼子の体は膨張して爆発した。肉片と血が無残に飛び散った。
どうやら天狗は、その幼子を掴んだ時、すでに体内に爆発のインガを送っていたようだった。
「これは……天狗のインガ! 天狗めッ! 人の命を弄びやがって! 許さんッ!!」
般若は、悲しみの篭った声で空に向かって叫んだ。
「ん?」
「どうしただっぴょか、ダーリン?」
「あ、いや……今何か声が聞こえた気がするが、誰だ?……俺の知っているような声だ……」
「ウチにはなにも聞こえなかっただっぴょよ? 気のせいだっぴょよ、ダーリン」
「ああ、気のせいかもしれないな……」
タケルは、トレーラに積まれた武神機のコクピットから空を眺めた。
「何か……何か重要な人物を、俺はまだ思い出せないでいる……一体誰なんだ?……」
トレーラーは、なおも獣人の森に向かって走り続ける。
そして、シャルルもまた、黙って空を見詰めているのだった。
そして夜が明けようとする頃。
タケル達一行は獣人の村の入り口にさしかかった。
辺りはまだ薄暗く、朝日は昇っていなかった。
「ふあぁ……そろそろ朝か。どうだ、ベン、まだ着かねぇのか?」
「まったく、いい身分だぎゃねアニキは! こっちは一睡もしてないだぎゃよ!」
トレーラーを運転しているベンが怒った声で叫んだ。
「そう言うなってベン。抜け道を知ってるのはオマエとポリニャックだけなんだからさ」
「ふわぁ~……よく寝ただっぴょ。あれ、まだ着いてないだっぴょか? ベン」
「あのなぁ~~ポリニャック……運転手に道案内くらい出来ただぎゃ。ぐっすり眠りやがって!」
「テヘ、ごめんだっぴょ。だって睡眠不足はレディーにとって天敵なんだっぴょよ」
「ハハハ! その通りだポリニャック!」
タケルは大声で笑った。
「あ、おはようございます。タケルさん」 そこに、シャルルが目を擦りながら起きてきた。
「おうシャルル。まだ着かねぇんだとよ。ベンの野郎、ホントに役に立たねぇんだよなぁ」
「ムカっ! アニキ、オラは全力で走らせてるだぎゃよ! まったく、みんなムカツクだぎゃ……ブツブツ」
「はは、それも仕方ないですよ、タケルさん。獣人達の住んでいるこのエリアまでは、とても遠いですから。
むしろこの時間でここまでこれたのは脅威的スピードですよ。これもベンさんの知っている抜け道のおかげです」
「お! わかっているだぎゃな、シャルルは」 ベンの機嫌が少し良くなったようだ。
「ところでよ、シャルル。俺はこの世界の位置関係がよくわからねぇんだが、どうなってんだ?」
「そうでしたよね。タケルさんは異世界からやって来た不思議な人ですからね」
「う~ん……俺からしたらこっちのヤマトの方が異世界なんだがな」
「それもそうですね。じゃあ、簡単に説明します。
まず、このヤマトという世界を統治しているのがヤマトの国、ヤマト国というのは知ってますよね?」
「ああ、獣人狩りをしている悪い国だろ。紅薔薇もそこで生まれたんだっけな」
「そうです。あの国は世界最大の軍事国家です。
生まれながらにして強いインガを持つ人が多く、幼少から武術を教えられているそうです」
「ほ~、それで紅薔薇はあんなに強かったんだな。つまり、戦闘のプロがいっぱいいるってことか」
「そういうことになりますね。そしてヤマトの国に従う小国が四つほどあります」
「四つほど? ほどとはどう言うこった?」
「はい。この世界にはヤマトの国を乗っ取ろうとする小国も少なからずあるようで、
それがヤマトの国に勘付かれて潰されてしまったりするんです。だから、増えたり減ったりしてるんです」
「ま、獣人狩りするような国だ。穏やかな国じゃねぇってこったな」
「そうですね。それでここを境にして完全に獣人だけが住むエリアがあるんです。こんな感じで……」
シャルルはそう言って、この世界の位置関係を示す簡単な図を紙に書いた。
それは三角錐を逆さにしたような図であった。
「この天辺の広い部分にヤマトの国があって、そこから少し離れたところに小国が点在してます。
ここの淵の部分を境にして、今我々がいるエリアと分かれているわけです」
「ふ~ん、ヤマトの国の人間達と、獣人はハッキリ分かれているのか」
「獣人の住むエリアは、ここからずっと下の方ですね」
シャルルは、逆さにした三角錐の真ん中の部分を指差した。
「じゃあ、この一番下には何があるんだ? ここもに獣人が住んでいるのか?」
「いえ、そこはまだ解明されていない秘境です。一説によると、とんでもない化け物が住んでいるとか……
まぁ、そこから帰ってきた人がいないので、真実はわからないですけどね」
「なるほどな。それにしても、だいぶ変わってんなぁこの世界は!
俺のいた地球ってところは、真ん丸くて空の上には宇宙ってもんがあるんだぜ?」
「へぇ~、チキュウという世界の上に、ウチュウという世界があるのですか?」
「ま、まぁ、そんなところだな。ところで、この世界の空の上ってどうなってんだ?」
「この世界は、空に濃い霧がかかっていて、空の上にはとても進めませんよ。
でも、ヤマトの国の技術ならば、既にそれが実現しているかもしれませんね」
「ふ~ん、発展してんだか遅れてるんだかわからねぇな」
「はは。でもチキュウかぁ……ボクもそこに行ってみたいなぁ……」
「行ってもロクなことねぇぞ。あそこはツマンネェとこだからな……あ、いや、それでもちったぁ良い事もあったか……」
タケルは幼馴染、飛鳥萌(あすかもえ)のことが頭に浮かんできた。
(まてよ……俺がこの世界に来るきっかけになった男が、あとひとりいた気がするが……)
タケルの記憶はまだ完全には戻っていなかった。
思い出そうとすると、灰色のノイズが脳裏に浮かび、頭痛がしてひどく嫌な気分になるのだった。
「記憶がまだ完全に戻らないんですね? 大変ですね、タケルさんも」
「シャルル、おまえはまだチビなのにスゲェな。まるで俺の心の中を読んでいるようだぜ」
「あ、い、いや! なんとなくですよ……ただなんとなくそうかなぁって気がして……はは」
そうこうしているうちに、日がだいぶ昇ってきた。
朝日が森の木々を照らし、湖に反射した光がキラキラと輝いていた。
「うおぉ! キレイな景色だなぁ! 朝日がまぶしいぜ」
「ここの景色はどこにも負けないぐらいキレイだっぴょよ!」
「こんなにキレイな場所を破壊しようなんて、ヤマトの国はどんな考えしてるのでしょうかね?」
「ああ、まったくだな。だが、俺は今回の仕業は、ヤマトの国だけではないと睨んでいるんだ……」
「え? ど、どうしてですか? だって、ヤマトの国は前から獣人狩りを行っているんですよね?」
シャルルがタケルに問いかけた。
「なんとなくだ。何かもっと大きな存在が、この世界を動かそうとしている気がしてならねぇんだ……」
「大きな、存在ですか……」
シャルルは無言でタケルの顔を見詰めていた。
(ム!……またシャルルは、あんな思い詰めた顔でダーリンを見詰めちゃって……ムムムムム!)
「ちょっとシャルル! ダーリンにそっちの気はないだっぴょからね! 狙ってもムダだっぴょよ!」
「え?……は、はぁ、そりゃどうも……って何のことですか?」
「ホント、何言ってんだよ? ポリニャック」
「おしえてあげないもーんだ。ダーリンのバカ」
「???」
まったり(?)とした時が流れつつも、タケル達はやっと獣人の村の入り口へと辿りついた。
森の木々をガサガサと抜けた先には、驚くべき光景があった。
「あああッ! ここは……!?」
「ど、どうしたんですかっ? タケルさん!」
シャルルは驚いてタケルのもとへ走る。
なんと、獣人の村があるべき場所にその面影はなく、大きな湖が広まっていた。
「ば、バカな……村がそっくり湖の下に沈んでしまったというのか? いや、沈められた……」
タケルはその場に呆然と立ち尽くしてしまった。
そこに後からきたポリニャックがやってきた。
「ダーリン、どうしたっぴょか? そんな大声出して」
「み、見るんじゃねぇ! ポリニャック!」
タケルは、跡形もなく湖になってしまった獣人の村を、ポリニャックに見せたくなかった。
だが既に遅し。ポリニャックもその光景を目にし、体を固まらせていた。
「ポリニャック……気を落とすなよ……」
タケルは、滅んだ村を見て衝撃を受けるポリニャックにひどく同情した。
「あ、入り口を間違えただっぴょ。ここは村と反対側にある湖だっぴょよ」
ガクッ!
「あのなぁ~! てっきり俺は、村が湖の底に沈んじまったと思ったぞ!」
そこに眠たそうな顔をしたベンがてやってきた。
「ふわぁ~、どうしただぎゃアニキ……」
ボカッ!
「ばかやろうッ! 道を間違えるんじゃねぇッ!」
タケルはベンの頭を思いっきり殴った。
「いってぇだぎゃ! 何だぎゃ! ちょっと間違えただけだぎゃよ!」
タケル達はふたたびトレーラーに乗り、今度は反対側の村の入り口へと向かった。
そんな様子を、森の木々に隠れて遠くから監視する人物がいた。
そして、タケルたちの後をコソコソとつけていった。一体何者だろうか?
「へ~い、到着! 今度は間違いないだぎゃよ!」
ベンが、ふて腐れた口調で言った。
「ふぅっ、どうやらまだこの村は無事らしいな。安心したぜ」
「ここの村は、ウチとダーリンが始めて出会った場所だっぴょよ? ダーリン憶えてる?」
「ああ、村人が人質にとられて、ポリニャックのおかげで助ける事ができた、例のアレだろ?」
タケルはいやらしい笑いをポリニャックに向けた。
「あぁっ! ダーリン、あのことは忘れて欲しいだっぴょ! 絶対誰にもいっちゃダメだっぴょ!」
「何なんですか、例のアレって?」
シャルルが興味深そうに聞いてきた。
「ははっ、それがな!ポリニャックのヤツが……もがが……」
ポリニャックは顔を真っ赤にして、あわててタケルの口を押さえた。
「もりなっくがな!……もがが、おぼらひひてよ!……もがもが」
タケルはポリニャックに口を押さえられながらも、笑いを堪えながら喋った。
「なんですか、おぼらひって?」
「もうっ、ダーリン! ウチがおもらししたこと絶対にいっちゃダメだっぴょ!……あ!」
どうやらポリニャックは、自ら墓穴を掘ってしまったようだ。
「あ~~ん、もうお嫁にいけないだっぴょ! こうなったら絶対ダーリンに責任とってもらうだっぴょからね!」
「げげ……」
どうやら、タケルの責任はますます重くなってしまったようだ。
「そういや思い出したぜ……この村には、アイツがいたんだっけな?」
「アイツ? ヤマトの変なやつだぎゃか? 何て名前だっただぎゃ?」
「え~と、たしか山神とか言っていただっぴょ」
「ちがうだろ? 海神じゃねぇか?」
「なんだか、森の神様みたいな名前ですね」
「ははっ、ぜんぜんそんなヤツじゃねぇよ。セコくてズルくてマヌケなやつだったぜ」
「思い出しただぎゃよ! 猫神だぎゃよ!」
「あっ! そうそう、それだっぴょ!」
「あ~、もうネコカミでもハナカミでも、そんなくだらねぇ事どうでもいいぜ」
「コラ~ッ!!」
すると突然、草むらの中からある男が大声を出して飛び出してきた。
「あっ! てめぇは!?」
「ふふふ……ひさしぶりだな、とでも言っておこうか? オボロギタケル」
「くっ! 何でてめぇがここにいやがるんだ!?」
「そうだっぴょ! なんでハナカミがここにいるだっぴょ!」
「ちがうだぎゃポリニャック、猫神だぎゃよ」
「ちがーうッ! 貴様達、ワザと間違えやがって! 私の名前は犬神、犬神善十郎(いぬがみぜんじゅうろう)だッ!」
「あ、あぁ……そうだった。確かそんな名前だったな、ワリィ、ワリィ」
「まったく!……私の名を忘れるなど、普通の女性ではありえぬのだぞ?
この美しい私の名を忘れるものなど……ブツブツ……」
「と、ところで、そのイヌガミが、こんなところに何のようだっぴょ?」
「そ、そうだった……コホン! 私の役目を忘れたようだな? 私はヤマト軍の獣人狩精鋭部隊隊長なのだぞ」
「ま、まさか! また獣人の村を……この村を襲うだぎゃか!?」
「いや、今回は、私は何も手を下してはおらん。いわば監視役とでも言っておこうか?」
「監視だと?」
「そうだ。きさまもせいぜい気をつけるんだな、オボロギタケル……ではサラバ! ハッハッハ!」
犬神は高らかに笑いながら走って去っていった。
タケル達はア然としていた。
「あいつは、いったい何しに来たんだろうか……なんだかムカツク野郎だな。イッパツ殴っとけばよかったぜ」
「な、なかなかユニークな方ですね……」
シャルルは苦笑いをした。
突然の再会で気が抜けたタケル達は、気を取り直して村の奥へと進んでいった。
「ところでベン……この村はやけに静かじゃねえか? 村人はどこいっちまったんだよ?」
「そういえば村人が見当たらないだぎゃね……」
「ホントだっぴょね」
「でも、ここにはハリウッド村長や、オラの村の人達みんなが集まっているだぎゃ。
きっと、みんな警戒して家に入っているだぎゃよ。おーい、ハリウッドー! いま帰っただぎゃよーーっ!!」
しかし、藁葺きの家から出てくる者はなく、あたりは静まり返っている。
「おかしいですね……」
シャルルは首をかしげた。
「ああ……確かに何かおかいしぜ……みんな気をつけるんだッ!」
タケルはその異様な雰囲気を感じ取り、皆に警戒を促した。
その時だった。
「タケル? どうしたの大声出して?」
家の扉が開き、目前に現れたのは見覚えのある少女だった。
「!!ッ」
そこに現れた人物に、タケルは自分の目を疑った。
『飛鳥萌』
タケルのいた世界の幼馴染。口うるさくて逆らえないがちょっと気になる存在。
まだハッキリと思い出されない記憶の断片には、萌の死は確実に刻まれていた。
なぜ、萌は死んでしまったのか?
まだタケルには、その原因が思い出すことができなかった。
だが、その原因を作ったのが自分のせいだということは感じていた。
「ま、またかよ……! また萌のニセモノかよ! いいかげんにしやがれッ!」
タケルは躊躇なく、そこにいる萌を偽者だと決めてかかった。
「そうか……アドリエルだな! こんな事をしやがるのは!
一体何のつもりなんだ! テメェを呼び出さねぇから、嫌がらせのつもりかよッ!」
『破壊神アドリエル』
かつてタケルが、サエナ神殿で萌の幻影を打ち破り、ともに修羅の道を進むことを誓い合った赤き竜。
その正体は伝説の武神機、『大和猛』(ヤマトタケル)であった。
タケルは、サエナ神殿での銀杏との闘い以降、一度もヤマトタケルを呼んだ事はない。
その脅威の力を使ったのは、たった一度の戦いだけであった。
「タケル、ひどいよ! 私は本物の萌よ! お願い、信じて!」
萌は困惑した顔でタケルをみつめる。
(ちっ! そっくりだ……本当にそっくりだぜ。だが萌がこんなところにいるハズがねぇ……絶対に幻だ!)
タケルは首を左右に大きく振って邪念を振り払った。
「いるハズがない! 萌がいるハズないんだーッ!」
タケルが大声で叫ぶと、目の前の萌の姿が消えていった。
「や、やっぱ幻覚だったんだな?……へへっ!」
タケルは、萌が目の前から消えてしまい少し複雑な気持ちだった。
「く……クソヤロー! 一体どうなってやがんだ!?
みんな! いったん引き上げろ! ここはなにやらヤバイぜ!」
この場を一時離れろと命令したタケル。
しかし皆はおかまいなしに村の中央へ、スタスタと向かっていった。
それはまるで、何者かに引き寄せられているような、虚ろでボンヤリとした目をしていた。
「ベンッ! おい、待てよ! 俺たちはきっと何者かに幻を見せられているんだッ!」
ベンは寝ぼけたような眼で振り返る。
「ほわぁ~、ここを離れるだって? 冗談じゃないだぎゃよ」
「な、なにぃ?」
「だってオラのまわりには、こんなに美人の女の子が沢山いて、オラの帰りを歓迎してくれてるだぎゃよ。
うわっ、ちょっと! そこはダメだぎゃよ! アニキが見てるだぎゃ! うはは、ハズカシイだぎゃよ! うはは!」
ベンは締りのない顔をしながら、芝生の上に寝転がって喘いでいた。
「この野郎、どんな夢見てやがんだよ……おい、ポリニャック! しっかりしろ!」
「あ、ダ~リン~。ウチはついにやったっぴょよ~」
「く! ポリニャックもか!?」
「ベストレディ決定戦にて、見事優勝できただっぴょよ~。これでレディの栄光はウチの頭上に輝いただっぴょ!
ああ!……洪水のような拍手と喝采と賛美が、ウチに向かって押し寄せてくるだっぴょよ~、ありがと~」
「ダメだコイツも! しかしどんな願望もってやがんだよっ!?」
(……ん、ちょっと待て。いま皆が見ているのは願望だってのか?
だとすると俺の願望は萌に会うことだというのか?……なんで俺があんなペチャパイブスなんかを……!)
萌はもうこの世にいない事はわかっていた。だが、なぜ萌の幻を見てしまったのだろうか?
タケルにとって萌という存在は、いつも自分のまわりにいる当たり前の存在だった。
楽しいとき、悲しいとき、いつも目の前には萌の姿があった。
ということは、今、萌の幻を見るということは、寂しさから助けを求めているからなのかもしれない。
しかし、タケルは、自分の気持ちを素直に受け入れることが出来なかった。
だから、自分の弱い心を払拭するために、根拠のない虚勢でそれを振り払うしかなかった。
「萌がいるわけないんだーッ!」
「そうだ! シャルルは? おーいッ! シャルルどこだ!?」
タケルはあたりを見回して、シャルルを探した。
するとシャルルは、小屋の柱をペタペタと、満足気な表情で触っていた。
「な、何してやがる、シャルル?」
タケルは恐る恐る聞いてみた。
「は~いタケルさん、見て下さいよぉ。この家全部お菓子で出来ているんですよ~スゴイですねぇ~。
これが全部ボクのものだなんて、全部食べきれるか心配になっちゃいますよ~」
「シャルルまで幻を見ちまってる!……きっと、この村のどこかに術を使っているやつがいるハズだ!
そいつを倒さないと!」
その時、タケルの前に一陣の風が吹き荒れた。
枯葉が舞い上がり、そこに忽然と現れたのは……
『天狗』であった。
「くっ! テメェか? おかしな幻を見せやがったのは!?」
「フ~ム……」
しかし、天狗はタケルの問いに答えようとしない。
「シカトするんじゃねぇ! この村の獣人達はどうしたんだよ!?」
天狗は、またしてもタケルの問いには答えず、まじまじとタケルの顔を観察していた。
「フ~ム……おかしいぞ。ワシの幻惑のインガは、人の願望を具現化し幻影を見続けさせる。
それを打ち破るなど、この小僧の何処にそんな精神力があるというのだ……フムゥ~……」
「俺が聞きたいのはそんなことじゃねぇ! てめぇ、俺の質問に答えやがれ!」
ザシュッ! バキッ!
「ぐふっ……!」
タケルの先制! 天狗のアゴにタケルのパンチがヒットし、天狗はぐらりとよろけた。
「ふふ、さすがだな……キサマのインガの成長には驚かされる」
「なんだと?」
「以前はワシの足元にも及ばなかったものが、ふとしたキッカケで計り知れない力を手に入れおった。
すでにキサマはワシの力を大きく超えてしまっているのかもしれんな……ふふふ!」
天狗は不気味に笑った。
「何だと? 俺の方が強いのを認めてやがるのか? それで、何でテメェは笑ってられるんだ!?」
「今の一撃だけは許そうぞ。これから起こる地獄のショーの入場券代わりに受け取っておくことにしようぞ!」
「なに訳のわかんねぇことを言ってやがんだ! 地獄を見るのはテメェのほうだぜッ!」
タケルは天狗に向かって拳を向けた。
「おっと! よいのかな?……ワシに向けたその拳のせいで、罪もない獣人が苦しむことになるのだぞ?」
「な、何? いま何て言った! まさかテメェ、村人を人質に……」
「ふふふ……」
「ヘン! ハッタリだろ!?」
「ハッタリかどうかは、あの中央の大きな家の中をインガで探ってみるがよい。オマエの知人もおるのではないか?」
「ま、まさかッ!」
タケルは、インガで家の中の存在を探ってみた。
(いる!……確かにいやがる。これは、ハリウッドのインガか……
他にも大勢の獣人が身動き出来ずに捕まっていやがる!……)
「てんめぇ……キタネエ真似しやがって……正々堂々と勝負しやがれッ!」
「甘い!」
「んだとォ! 俺のどこが甘いってんだ? 俺はセコい手を使わずに勝負しろって言ってんだよ!」
「それが甘いのだよ!……はあぁっ!」
天狗が銀の団扇で扇ぐと、巨大な竜巻が巻き起こった!
ビュゴオオッ!
凄まじい突風が吹き、タケルの体が宙に高く舞った。
「ヘンッ! こんな風がどうだってんだ! テメェの動きは見えてるぜ、天狗!」
タケルは天狗のインガを察知し、その方向に向かって拳を振り上げた。
「おっと、よいのか? ワシに攻撃することがどういうことか判っておるのか?」
「ぐッ!」 タケルは突き出した拳を止めた。
「ふははーーッ! そうだ、それでいいんだーー!!」
バキッ!
天狗の振り下ろした強烈な蹴りが、タケルの後頭部を強打した。
ズゴンッ!
タケルは勢いよく地面に激突した。
「ぐお……クソ! きたねぇぞッ!」
天狗はふわりと空から舞い降り、地面にゆっくり着地した。
「う……」
タケルは下手に手出しが出来なかった。ただ、天狗を睨みつけるしかなかった。
しばしの沈黙が続いた。
「ふふ。今キサマが考えている事を当ててやろうか?」
「ぬ……」
「キサマは人質をどうやって助けだそうか……他に敵はいない、ワシに攻撃して怯んだスキに救出すれば……
そう考えておるな? だがワシのスキを突いたところで人質は助りはせん。いいか、見ておれ」
天狗はすぐ側に転がっている石ころを拾った。
「ワシのインガを村人達にも施してある。そのインガとはな、ワシが念じればホレ、こうなるのだ!」
天狗は石ころをポイと放り投げた。
「ムン!」
ボオォォンッ! 天狗が念じると、その石は爆発して木っ端微塵になった。
「インガを念に変換し、相手の体内に施す高等技術だ」
「くぅ……!」
これでタケルは、天狗に対して一切手出し出来なくなってしまった。
「ところで小僧、先ほどキサマの口から思いもよらぬ言葉が出おったな。確か、『アドリエル』と言ったな……?」
「アドリエル?……あのヤロウのことか? ああ、言った、それがどうしたってんだ」
「まさかキサマがその名を知っておるとはな。キサマはこの前も伝説の武神機がどうだとか言っておった。
小僧、その名をどこで聞いた?」
「どこでって……サエナ神殿でだよ……」
「サエナ神殿だと? ふぅむ、そうか……伝説の武神機を探す手掛かりになりそうだな」
「ん……手がかりだと? そいつを探しているってのか?」
「そうだ、伝説の武神機を手にいれるのが我の使命だ。まぁ、キサマには関係のない話だがな」
「ちょっと待てよ、じゃあ、俺がサエナ神殿で伝説の武神機を手に入れたことも知らねぇのか?」
「ふふ、バカも休み休み言え! キサマなんぞに伝説の武神機を手に入れられる筈がないわ!」
「そうかい。でもよ、俺はそれを既に手にしているんだぜ」
「な、何だと! キサマが伝説の武神機を!……て、手に入れたとでも言うのか!?」
「ああそうだ。ひょっとして銀杏の事も知らねぇのか?……ハハン、そうか、てめぇはヤマトのモンじゃねぇな!?」
「ヤマト? あんな愚劣な軍事国家と一緒にするでない!
我の志の方がは遥かに高いのだ! それが『あの方』の理想でもあるのだ!」
「訳わかんねぇこと言ってやがって……あの方だと? そいつがテメェのボスだって言うのか?」
「キサマのような低脳な虫ケラ如きが、軽々しく『あの方』となぞ呼ぶことは許さんぞッ!
ならば見せてみよッ! その伝説の武神機とやらをッ!」
天狗は、怒りで我を忘れて激怒した。そしてタケルに執拗な攻撃を繰り出す。
ズガッ! ドゴッ! ガギャン!
タケルは村人を人質にとられ、なす術もなく攻撃を受け続け、それに耐えるしかなかった。
「はぁッ、はぁッ! わかったか! あの方こそが、素晴らしい理想郷を作り上げる選ばれたお方なのだ!
それをわからずに、ヤマトの連中やキサマのような輩がおるから、この世界は腐り切ってしまうのだぁッ!!」
天狗は仁王立ちで、天に向かって両手を挙げ咆哮した。
タケルは傷だらけでよろけながらも、ゆっくりと立ち上がった。
「へへ……理想だか何だか知らねぇが、その為に村人を人質にとるなんざ、ケツの穴の小さな『あの方』だぜ……」
「き、きさまーーーッ! あの方を侮辱したなッ!? 許せん、許せんぞッ!!」
天狗は真っ赤な顔を、さらに真っ赤にして怒った。
「家畜の如く低脳なキサマに、言葉や体で教え込んでも無駄な事!
いいだろう……キサマの犯した過ちを悔いて詫びるがよいわッ!」
「う! ま、まて! 俺はいくら殴られてもかまわない! だが、村人にだけは手を出さないでくれッ! 頼む!!」
タケルはその場に手をついて土下座した。
「やはりダメだ……キサマのような軟弱な意思を持った者は、この世界の膿となる」
「な、なんだと!?」
「人質などとられた位で敵に頭を下げるとは、キサマには自尊心はないのか!?
小さな犠牲で大きな災難を排除出来れば、それに越した事は無いではないか!」
「な、なにぃ?……てめぇは人の命を何だと思ってやがるんだッ!」
「ほおう、まだワシに逆らうというのか?!」
天狗はタケルの頭を、下駄でグリグリと踏みつけた。それをグッと堪えるタケル。
「ここまでされても反撃してこぬか? 良く考えてみろ。キサマのとる最善の策は、人質を数人見殺しにしてでも
このワシを倒し、被害を最小限に抑える事だ」
「そ……そんなことできるかってんだ……」
「まぁ、そうだろう。キサマにはそれが出来ないのをわかって村人を人質にとったのだからな。ふははははッ!」
「く、コノヤロー……腐ってやがる!」
「何だと? 今なんと?……今なんと言ったーーーッ!!!」
ゴギャンッ!
天狗はタケルの顎をガンと蹴り上げた。
そして跳ね上がった顎に向けて、上体が宙に浮くほどのアッパーを放った。
ビュン!
そして銀の団扇で扇がれたタケルは、さらに高く上昇した。
「ぐうう……!」
天狗は瞬時に自分も空中へと飛び上がり、そこで待ち構え、タケルの背中に渾身の蹴りを繰り出した。
ガゴオンッ!
タケルは、ベキベキと木々をなぎ倒しながら林の中へと落下した。
「あいてて……ち、ちくしょう! 村の人質をなんとかしなけりゃ手が出せないぜ……」
タケルはなんとか林の中から這い出した。
(しかし、このままじゃみんなやられちまうぜ……
もし、天狗が村人を数人爆破する瞬間ならば……それならば、ヤツは俺の攻撃を防ぎきれない……)
「ハッ! い、いけねぇ! 俺は何を考えてるんだ、村人を爆破するスキにだなんて……クソッ、俺のバカヤロウ!」
タケルはゲンコツで自分の頭をボカボカ殴った。
「ふふふ! 想像したな、タケル!」
「な、なんだと?」
天狗は、タケルの心を見透かしたように笑った。
「人質を犠牲にするのは悪い事ではないぞ? それでワシを倒せるのなら最良の選択なのだ」
「ふっ、ふざけるなッ! だれがそんなことするか!」
「とことん甘いヤツめ! 思い出すわ、ワシも昔はキサマのように甘い考えだった……
それでも信念を貫き通せば、平和を守る事が出来ると信じておった……」
「……」
「だが! その甘さの結果がこれだッ!」
天狗は仮面を外した。すると、その顔には無数の傷が刻みこまれていた。
「う!」
タケルはその凄まじい傷跡を見てギョッとした。
「顔だけではないぞ。ワシの体中には傷がビッシリと刻み込まれているのだ。
ふたつの小さな命を守った代償にな……」
天狗は空を見上げて目を瞑った。
天狗のまぶたには、昔の記憶が鮮明に蘇って映った。
そこには、幼き日の紅薔薇ともうひとりの女の子が岩陰で震えて泣いていた。
そして男の子が人質に取られ、天狗は手だし出来ず何者かに攻撃を受け続けていた。
このままでは皆殺しにされると思った天狗は、人質の男の子を置き去りにして逃げた。
天狗はニ人の女の子を両脇に抱えて泣いていた。
大きな声で泣いていた。
「ヘン! 何の代償だって?……オイ、コラ! 目を閉じて浸ってるんじゃねぇぜ! 気色悪りぃ」
「ふふふ……スマンな。ワシはあれから甘い自分を捨てたのだ。
キサマの様な甘い考えでは、本当に大事なものなど守れんのだ。それを思い知らせてくれるわッ!」
「俺のどこが甘いってんだよ!?」
「ならば聞こう……キサマの今している戦いは、己の虚勢を通すだけの喧嘩なのか?
それとも、大事な者を守り信念を貫き通す為の殺し合いなのか? さぁ、どちらなのだ!?」
「そ、そんなの……うごッ!」
ドガガッ! バキ! ドギャン!
一瞬怯んだタケルに、天狗の攻撃が容赦なく打ちつける。
「さぁ、キサマに答えることが出来るのかッ!?」
「ご、ゴホッ……さぁて、どっちかな?……天狗先生よぉ……」
タケルは口から血を吐きながら、ニヤリと笑った。
「ぬぬぬ!……キサマの顔を見ているとイライラしてくるわッ! とっとと殺してくれるッ! ずりゃあ!」
天狗の銀の団扇が嵐のような強風を巻き起こした。
森は荒れ、折れた木々が、タケルに向かって吹き飛んでいく。
ドガガッ! ズゴオォン!
タケルはそれをかわす事が出来ず、ど太い幹の下敷きになってしまった。
「はぁッはぁッ……! どうだ? そろそろくたばったか?」
「こ、こんなモノかよ?……ヘヘ、こんなもんじゃぁ、俺は……死なねぇんだよーーーッ!!」
タケルは大木を全て吹き飛ばした。
その中から現れたタケルの体には、青い炎のインガが激しく燃え盛っていた。
「くッ! キサマ反抗する気か!? そんな事をしたら、どういうことになるか……」
「慌てるんじゃねぇぜッ! 天狗! 俺に全力で攻撃してこいッ!」
「な、なにぃ~?」
「テメェの攻撃を全て受けきってやるって言ってんだ!
どうだ? やってみろよ! それとも無抵抗な俺ひとり殺せないのかッ!?」
「こ、この、生意気な……!」
しかし、天狗は、タケルの凄まじいインガの力の前に物怖じしていた。
(な、なんというインガのパワーだ……この男がここまで強大なインガを身につけていたとは……)
「どうしたよ、天狗? 殴り放題の出血大サービスなんだぜ? ヘヘ……こんなにオイシイ事ねぇだろよ、オイ?」
タケルの目がギラギラと光る。それはまさに野獣の目そのものだった。
「ぐぬぅ! ぬかしたな小僧! 死んでから後悔するがいいわッ! キョエーッ!!」
ドガガッ! ゴッ! バキッ! ズギャゴォン!
天狗の凄まじい猛攻がはじまった!
だが、タケルは耐える! 耐える! 耐えるっ!
「うおおッ! もっとだ! もっと打ってこい、天狗!」
「ぐぬぅ!……うぎぎぎッ!」
天狗は、タケルに致命傷を負わせられない自分の攻撃に歯噛みしていた。
「ぬおおおッ! こんガキャ! キサマのように甘いヤツが、どれほど無力か思い知らせてやるわぁッ!」
ズゴオォンッ!
思いっきり振りかぶった天狗渾身の攻撃で、タケルは村の外れの湖まで吹き飛ばされた。
ズザザザッ! ザアァン……!
大きな水飛沫を上げ、湖の浅瀬に倒れ込むタケル。
ガボッ!
天狗はタケルの首根っこを掴み、水の中に顔を突っ込む。
「ぐぼっ!……うぼぼぼッ!」
タケルは水の中で苦しそうにもがく。
「ふふふ……苦しかろぅ? 人質の命など気に留めておるから、こんな苦しい目にあうのだぞ!」
「ガボッ! ギャボボッ!……ゴボッ! ゴボッ!」
タケルは水中で何か喋っているようだった。
「ん~? そろそろ許しを乞いたくなったか? ふふふ……」
天狗はタケルの顔を水から上げてやった。
ブピュウ!
すると、タケルは口に含んだ水を天狗の顔に吹きかけた。
「この弱虫ヤロウが……へ、こんな攻撃クソくらえだぜ……」
「お!……おんのれぇーーーッ!! ずおりゃああッ!」
天狗は銀の団扇を大きく煽った。すると湖の水が渦巻き一滴残らず天高く吸い上げられた。
そこには、湖の底までが顔を出しあらわになっていた。
「この技を食らっても、そのへらず口が叩けるかな? くらえぃッ!!」
天狗が団扇を一振りすると、大空に舞い上がった水の渦巻きがタケルに向かって一直線に襲いかかった。
ドババババシャーンッ!!
荒れ狂う水龍が矢のようになってタケルに直撃する。
「ぐがぼッ! ぐぐぐッ!」
タケルは、なんとかその水龍の攻撃を全て受けきった。
(へ、ヘ……この位の技、たいしたことねぇぜ……うぐッ!)
しかし、水龍の攻撃によって湖の底へと押しやられたタケルは、そこで身動きできずに苦しんでいた。
「この技の最も恐ろしいのは水の直撃ではない。水圧だ!
いかにキサマのインガが強かろうとも、その水圧には耐えきれんだろう!
ジワジワと押し潰されるがよいわッ! ふはははッ!」
ギシュ……ギシュシュ……
タケルの耳に締め付けられるような音がする。
天狗の言う通り、水中にいるタケルは、水圧の増す音を聞きながら苦しむしかなかった。
(うぐぅ!……これはマジで脱出できないぜ! や、ヤバイ……このままでは意識が…………)
天狗は湖を見渡せる木の上へ登り、そこからタケルの苦しむ様をジッと見詰めていた。
「小僧、ゆるせ……そんな甘い考えでは、この世界に理想を築くことはできん……
正義という甘いっちょろい思想では、大義は成し得ないのだ……」
やがて、タケルを包んでいた大きな渦が消えた。
湖の水面は、波音ひとつ立てずに、その静けさを取り戻していった。
まさか、タケルはすでに生き絶えてしまったのだろうか?
天狗は木の上から降り、キラキラと光る水面を眺めた。
「殺すには惜しい男だった……だが、『あの方』の理想の為には仕方のない事なのだ……」
天狗のその顔には虚しさが漂っていたようだった。
カササ……その時、何者かがこの湖にやってきた。
「ダーリーン! 大丈夫だっぴょかっ!」
はぁはぁと息を切らして走ってきたのは、ポリニャックであった。
「子ウサギの獣人か……残念だったな、あの男は、湖の底で既に生き絶えたわ」
「何言ってるだっぴょ! ダーリンはまだ生きているだっぴょよ!」
「なんだと!……そう言えば何故、キサマはワシの幻覚の術がとけておるのだ?
ワシは術を解いておらんのだぞ?……まさか!!」
天狗は湖に目をやった。
(そのまさかさ……)
水面の底から、かすかに声が聞こえてきた。それは紛れもなくタケルの声であった。
「な、なんだと! キサマは水圧で押し潰されて死んだはず……!」
その時、水面がモコモコと盛り上がった。
ポヨン。
「な、なんだと!?」
盛り上がったという表現はけして間違ってはいない。
湖の水面が、普通の液体ならば、モコモコと盛り上がる事はない。だが、もしそれが固体だったとしたら……?
ボゴォン! ボヨン! ボヨン! ボヨヨヨ~ン
なんと、盛り上がった水面からは、タケルが飛び出してきた。
そして、湖の水面にオシリから着地すると、水面は沈まずにボヨボヨと跳ねあがった。
それは、弾力を持った水のような物体であった。
「こ、これはまさか……寒天!?」
「ヘヘ……例えがオッサン臭いな、天狗さんよぉ。ゼリーと言って欲しいねぇ」
タケルはゼリーのかけらを手でグニグニと握りながら言った。
「ぜ、ゼリーだと? なぜそんなハイカラなものが湖に……キサマにこんな特殊なインガが使えるはずがない……
ぬ? まさかキサマが……この子ウサギの獣人がやったとでも言うのか!?」
天狗はポリニャックの方を振りかえった。
「ぴんぽーん、だっぴょ!」
「へへ、俺も最初は驚いちまったぜ。もうダメだと思った瞬間、まわりの水がピタッと止まっちまうんだからな」
「ダーリンの助けを呼ぶ声が、ウチの頭の中に聞こえてきただっぴょ。
それで何とかしなきゃって強く思ったら、湖の水がゼリーになるイメージが浮かんできただっぴょよ。えヘヘ!」
(なぬぅ!?)
天狗は激しい衝撃を受けた。
(何ということだ……湖の水を寒天……もとい、ゼリーに変化させてしまうとは信じられん……
特殊系のインガは攻撃系に比べ、遥かに技量を必要とするものを、この子ウサギの獣人がやってのけただと?
これだけの物量の物質変化を一瞬で行ったとなると、そのインガはタケル以上だということになる……)
キッ! 天狗はポリニャックを睨んだ。
「わっ! 天狗がにらんだだっぴょ! 怖いだっぴょ!」
ポリニャックは、ゼリーと化した水面にいるタケルの側へ走った。
「でかしたぜポリニャック! どうやらコイツのド肝を抜いてやったみてぇだな!」
タケルはポリニャックの頭を撫でた。
「へへへ……妻としては当然の役目だっぴょよ、ダーリン」
「よーし、今度はこっちの番だぜ! ポリニャック、あっちへ避難していろ!」
ついに、ピンチを凌いだタケルの形成逆転か?
だが、天狗の顔からは、まだ余裕の笑みは消えてはいない。
「キサマ……忘れたのか? まだこちらには人質があるという事を!」
「ぐっ! そ、そうだった……くそっ!」
「人質だっぴょか? 村のみんなを人質にしただっぴょか?」
「はーっはっは! 結局キサマはそれだけの力を持ちながらも、まったくの無力だと言う事なのだーーッ!」
ドバキッ! ガゴッ! ドズン! ゴギッ!
またしても、天狗の攻撃が再開されてしまった。またもタケルはなす術もなく攻撃を食らい続けるしかないのか?
「ちっ! な、なんとかしねぇと……うごッ!」
「ダーリンは人質を取られて天狗に反撃できないだっぴょね……よし、ウチが何とかしないといけないだっぴょ……」
ピイィィン……
ポリニャックは目を閉じて、村のみんなをインガで探ってみた。
「あ、いた……確かにみんな人質に取られているだっぴょ……
しかも爆弾のようなインガの術をかけられているだっぴょ。あれをなんとか取り外せば……」
ポリニャックは目を閉じ強く念じた。
天狗はタケルに攻撃を加えながら、ポリニャックの方をチラと見た。
(ありえん事だ! あんな子供の獣人に、これだけの物量の物質変化を行うインガがあるとは!
まさか、ワシの爆発のインガも、あの子ウサギめが取り除いてしまう事も……)
「いや、ありえん! あれはワシにしか解除できんのだーーーッ!」
(天狗の様子がおかしいぜ……)
タケルは、天狗の心境の変化に気付いていた。ポリニャックのインガの前に明らかに焦っている。
今ならば! 今ならば、天狗のスキをつく事が出来るはずだとタケルは思った。
(天狗の攻撃力はこの前戦った時より劣っている……
おそらく村人にインガをかけたまま持続させているから、インガの力が分散されて全力で攻撃出来ねぇんだ。
これはイチかバチかの賭けだ……!)
タケルはポリニャックに目で合図をした。
(まだダメだっぴょ、ダーリン! 村のみんなのインガを取り除こうとしてるけど、まだ時間がかかりそうだっぴょ……)
(そうか、ならば、ここはひとつ芝居を打つか!)
「天狗、ひょっとしたら、全力出すと村人にかけてあるインガが解けちまうんじゃねぇのか? もっと本気で来いや!」
タケルは天狗を挑発した。しかしこれは危険な賭けであった。
天狗に全力を出させ、村人にかけた爆発のインガが弱まった所をポリニャックに解除させる作戦だ。
だが、もし、天狗がインガを持続させつつタケルに攻撃を加える事が出来たならば。
タケルの肉体は、もうこれ以上持ち堪える事が出来ないだろう。
「ふふふ……ワシを挑発しているつもりか?
どうやらワシが全力を出している間に、そこの子ウサギが爆破を解除するつもりらしいな……面白い!
あえてキサマの策に乗ってやる! ワシのインガの底力を見るがよいッ!」
天狗の執拗な猛攻がタケルを襲う!
ドガガガッ! ボバギッ!
今までとは違い明らかに攻撃力が上がっている。
(ぐっ! やっぱ全力は堪えるぜ!
まだかポリニャック!? まだ村人のインガは解除できねぇのか? 今にもこっちがまいっちまいそうだ……!)
ポリニャックは必死に村人に向かってインガの念を送り続けた。
(あまりにも強いインガでガッチリガードされてて解除できないだっぴょ……! でも早くしないとダーリンが……)
ドザンッ!
その時、ポリニャックの目の前にタケルが落下してきた。タケルは全身酷い傷で立つのもやっとの状態だった。
「だ、ダーリンっ! 大丈夫だっぴょか?」
「お、俺にかまうんじゃねぇッ!……それよりも、早く村人にかけられたインガを解除してやってくれ!」
「ぐぬぬ……! しぶといヤツめ! そこまでして守る価値のあるものだというのかーーッ!」
「価値?……価値だと?……たしかに村人の命は大事だ……
だが、自分さえ助かればそれでいいって訳じゃねぇ……俺はもう汚ねぇ生き方だけはしたくねぇんだーーッ!!」
「ぐ、ぐぬっ!……戯言を! この小僧ーーーーッ!!」
その時、天狗のインガが一瞬衰えた。それを感じ取ったポリニャック。
キュイーーン!
(今だっぴょ! それっ!)
ポリニャックのインガが村人を包み、天狗の爆発のインガを解除することができた。
「ダーリン! 村のみんなの爆弾は外しただっぴょよ!」
「し、しまった! つい気をゆるめたか……うげッ!」
それを待っていたかのように、タケルの鋭い拳が天狗のみぞおちに食い込んだ。
「へへ、待ってたぜ? この時を! 俺はテメェを許さねぇ……絶対に許さんぞーーーーッ!!!」
ギャアアンッ!
タケルの体を包むインガが、膨張するように大きく燃えあがった。
「うおおおッ!」
タケルの放った衝撃波が大地を揺るがす。それを間一髪避けた天狗。
ドゴオォォン!!
その大爆発で、森の木々がゴッソリと削り取られてしまった。
「な! なんという破壊力だ……この力はまるで、『神選組』レベルではないか!
……まさかあのタケルという小僧、選ばれしサムライだと言うのか……?」
「何をゴチャゴチャ言ってやがんでぇーーッ!!」
「く!……このままでは確実にやられる! こうなれば武神機で!」
天狗は、森の奥に隠してあった武神機、『阿修羅・卍(あしゅらまんじ)』に乗りこんだ。
六本の腕を持つ奇怪な武神機。それは他の武神機とは違う妖しい雰囲気を漂わせていた。
「ふはは! この阿修羅・卍はワシ専用に作られたのだ! そんじょそこらの武神機とは訳が違うぞ! くらえいっ!」
天狗の操る武神機が、生身のタケルを攻撃する。それをなんとかかわすタケル。
「どうだぁ! タケル! いくらキサマでも武神機相手では分が悪かろう!」
ズッゴォン!
「あぐぁッ!」
タケルは天狗の武神機に踏まれ、上半身だけが地面から顔を出していた。
周りの地面はえぐれ地形が隆起してしまっている。
「あ、アニキッ! これは一体どうなっているんだぎゃ!?」
そこに、幻覚から覚めたベンがやって来た。
「ベン……早くみんなを連れてこの場から離れろ……」
「だどもアニキはどうするだぎゃ! オラも戦うだぎゃ!」
「テメェらは邪魔なんだッ! これから俺はどうなっちまうか自分でもわからんッ! 早くしやがれッ!」
タケルの野獣のような目にベンは圧倒された。
「わ、わかっただぎゃ……ポリニャック、みんなを連れてこの村から離れるだぎゃ!」
「いやだっぴょ! ダーリンを見捨てておけないだっぴょ!」
「アニキのあんな目を見たのは初めてだぎゃ。たぶんアニキはあれを呼ぶつもりだぎゃ……」
「アレ? アレってまさか……」
ポリニャックは不安な顔でベンを見た。
「きっと……伝説の……武神機だぎゃ……」
「!!」
鬼神。まさにその名の通りの力を得たタケルは、自らのふがいなさにそれを封印した。
それが今、怒りの頂点に立ったタケルは、相手を徹底的に倒すため、その扉を再度開く事になる。
再び鬼になるというのか? タケル!
「うおおおッ! さぁ俺に力を貸せ、大和猛!
ふたたび我の前に姿を現わし、破壊の快楽を共にむさぼろうぜッ! アドリエル!」
すると突如空が曇り、風がビュウゥと吹いた。
ズッガアァンッ!
突如、天狗の武神機の上に雷が落ち、その勢いで阿修羅・卍は弾き飛ばされた。
タケルは空に向かって大きく飛びあがると、そこにまばゆい閃光と共に大きな赤い竜が現れた。
『ふふ……待っていたぞ……ふたたび我の力を必要とする時を……
さぁ、我の力はおまえのものだ、タケル……この力を思う存分堪能するがよいッ!』
アドリエルは武神機へと姿を変え、タケルは そのコクピットに吸い込まれた。
そして、タケルとアドリエルはメンタルコネクトを完了させた。
この瞬間、邪心竜アドリエルは伝説の武神機『大和猛』となったのだ!
天狗の卑劣な戦いによって、怒りが頂点に達したタケルは、ついに伝説の武神機を呼んだ。
強大な力を持ちながら、それを使うことを躊躇していたタケルはもういない。
そこには、ただ、怒りによって破壊行為を繰り返す、邪心竜の姿があるだけだった……
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