第14話 得るもの失くすもの(後編)


人を殴りたければ殴ればいい

人を殺したければ殺せばいい

信念と後悔の混ざった汚れた血を

全て飲み干せばよいのだから



 第十四話 『得るもの失くすもの(後編)』



 獣人狩りによって村を襲った天狗。

それを止めようとするタケルたち一行。

だが、天狗の卑劣な行為により、怒りで我を忘れたタケル。

そして、ついに現れた伝説の武神機、ヤマトタケル。

はたして、この戦場にはどんな熾烈な戦いが繰り広げられるのだろうか?



「お……お!……その姿は! 

天狗は、目の前に起こった出来事に翻弄していた。

「その神々しい輝きこそまさに伝説の武神機!

……まさかタケル、キサマが本当に伝説の武神機の所有者だったとはな!」

ヤマトタケルは、黒い翼をなびかせ、空中で電磁気を放出していた。

それは久々の戦いに喜び打ち震えているようでもあった。


「あ……あれがタケルさんの武神機……す、すごい……」

幻覚から覚めたシャルルは、森の上空に浮かぶ大和猛を見て驚いていた。

「おーい! みんな! 早くここから逃げるだぎゃ!」

「ベン! こりゃ一体どういうことグモ? 邪悪なインガが、ふたつもこの村にはびこっているグモ!」

人質だったハリウッド達も、その異質な空気を感じていた。

「話はあとだぎゃ! 早くこの場から逃げないと、オラたちまで巻き添えをくらうだぎゃ!」

「よ、よしわかったグモ。村のみんなを非難させるから手伝ってくれグモ!」

「おうだぎゃ! シャルル、何ぼーっとしてるだぎゃ! 早く脱出するだぎゃ!」

しかし、シャルルは大和猛の勇姿に見とれていた。

「すばらしい……」

「もう何してるだぎゃ!」

ベンはシャルルを抱えると一目散で逃げ出した。


「よし……これでよし……」

タケルは、落ち着いた表情でゆっくりと語った。

「ふ、ふん、何がよしだというのだ?」

ヤマトタケルは、阿修羅卍の側にゆっくりと降り立った。

「ベン達村のみんなは脱出できたようだな……これでやっとキサマをブッ倒せるってことだぜ、天狗」

「ふ、ふはは……ふははははっ!」 

「へん、そんなにおかしいかい? 天狗」

「ふははっ! まったくあっぱれだ、タケル! 人質を取られてもそれに屈せず立ち向かい、

おまけに伝説の武神機を今こうして蘇らせるとはな!……だがそれだけに非常に残念だ」

「残念だと……どういうこった?」

「キサマはそれだけの力がありながら、自分の成すべき事をわかっておらん。

どうだ? 『あの方』と共にこの世界を創り変えてみようとは思わんか? 

キサマにはそれだけの力がある」

「確かに俺は、テメェの言うように、自分のするべき事がよくわかってねぇかもしれねぇ……」

「ふふ、そうであろう?……だったら」

「だがな! 今はそんな事どうでもいいんだよ!」

「な、なんだと?……どうでもいいことだと!?」

「そうだ、そんなことは関係ねぇんだ……俺は……テメェのやり方にくそムカついているんだよーッ!」

タケルの咆哮が森中にビリビリと響き渡る。


「や、やっぱアニキは伝説の武神機で本気を出すつもりだぎゃ! ポリニャック! 早く逃げるだぎゃ!」

「う、うん!……ダーリンのこのインガ……怒りで我を忘れているみたいだっぴょ!」

ベンたち獣人は、とにかくこの森から必死に逃げ出していた。


 タケルの凄まじいインガに、天狗は少し気圧されていたのは事実だった。

「やはりキサマに言っても無駄だったか……ならば死ねいッ! 死んであの世で思い直すがよいッ!」

ババッ!

天狗の武神機は空中へ飛びあがり、六本の拳で連撃を繰り出した。

「だありゃあぁ~ッ!」

ドバキッ!

そして、阿修羅・卍の体から発せられたインガウェーブが、ヤマトタケルめがけて発射された。

ズドドドドドォン!

ヤマトタケルは湖まで気圧されて、水面のゼリーがビチャビチャと粉々になって弾け飛んだ。

「はぁっ! はぁっ! どうだ! 手応えありだッ! 

この機体でワシは前大戦を勝ちぬいてきたのだ! 伝説の武神機と言っても恐るるに足らんではないかッ!」

「それが何だってんだ?」

「なんだと!?」

水面に打ち付けられたと思ったヤマトタケルは、何時の間にか阿修羅・卍の後ろに立っていた。

「ぬッ!? 何時の間に!」

「テメェは俺をコケにしやがった……もうこうなったら誰にも止められねぇぞーーッ!!」

ビュオワッ!

大和猛の全身から虹色の光が放出される。

その光は、森の木々や村をも焼き尽くすほどの猛火と変わった。

「くっ! なんというインガプレッシャーなのだ! う……受けきれぬッ!」

「わらぁッ!」

ヤマトタケルの猛攻!

息をつかせぬ猛攻の前に、天狗の武神機は成す術がなかった。

「この力は危険だ……やがて『あの方』の前に災いとなって現れる……ここで……ここで倒しておかねば……」

「がぁッ!」

まさに野獣と化したタケルの戦い。それは鬼神と呼んでも過言ではなかった。

タケルは我を失い、アドリエルと一体化し、戦いをむさぼるように心底楽しんでいるように見えた。

天狗はその強大な力の前に戦意を喪失し、ただ、ただ、打ちのめされるだけであった。



 ベンたちは、村からトレーラーで遠く離れて避難していた。

「な、なんだぎゃ……あの光りは? それに村が、村が真っ赤に燃えているだぎゃ……」

「この前見たダーリンの戦いよりもすごいだっぴょ……まさかあれをダーリンがやっているだっぴょか?」

ベンとポリニャックは、あまりにも凄まじい光景を目の当たりにしボーゼンとしていた。

(あれがタケルさんの力……すばらしい!)

しかし、シャルルだけは心の中でそう呟いた。


 森は前にも増して勢い良く燃えていた。そして次の瞬間、大爆発が起こった。

全てが消滅し、そこには何も残らなかった。

空に浮かぶヤマトタケルを除いては……

タケルは、益々強大になっていく自分の力に、陶酔せずにはいられなかった。

そして今は、その感覚をアドリエルと共にむさぼっているのであった。


 力を得る事により失ってしまうもの。

タケルはまだそれに気付いていなかった。



 その頃……

タケル達の戦いを、遠くから観戦しているある影があった。

それは、般若だった。

「これで、やっと復活というわけか、オボロギタケル……

だが、キサマの戦いはまだ始まったばかりなのだ……伝説の武神機を操るということが、

どういうことなのか、身を持ってその恐ろしさを知ることになるだろう……」

般若の意味深な言葉の意味とは?はたして。





 タケルと天狗の戦いがあったそのニ日後。

ここは負け犬の街改め- 狼飢乱のアジト。

紅薔薇はなんとか一命を取りとめてはいたが、まだまだ安静状態であった。

ハリウッドたちは別の村の獣人達と合流し、獣人狩りに対しての身の保全と対策を練っていた。

ベンとポリニャックは獣人の村が気になってはいたが、紅薔薇の容態を心配しアジトに戻っていた。


 そしてタケルはというと……

タケルはあれからビルの屋上に上って、空ばかりボンヤリと眺めていた。

虚ろな表情のタケルには、覇気がまったくなかった。


「ここにタオル置いておくだっぴょね、シャルル」

ポリニャックは、身の丈ほどもあるタオルの山をよろよろと担ぎながら病室に入ってきた。

「あ、ありがとうございます、ポリニャックさん。そこに置いておいて下さい。」

シャルルは、そのタオルを水につけて絞り、紅薔薇の頭の上に乗せた。

「だどもシャルルはすごいだぎゃね。まだ小さいのに医学の心得もあるなんて」

ベンは感心しながら腕組みした。

天狗のインガから解かれた紅薔薇だったが、体の衰弱を治す為にシャルルが看病していた。

「いえ、ボクなんか何の役にも立ちませんから……こんな事しかできなくて情けないです……」

シャルルは頭をうなだれて申し訳なさそうに紅薔薇の方をチラと見た。

「何言ってるだっぴょ! シャルルはこうして立派に役に立ってるだっぴょよ!」

「そ、そうですか?」

シャルルは恥ずかしそうに頭をかいた。

それを見ていたベンは黙って俯いていた。


(今度の戦いで役に立たなかったのはオラだけだぎゃ……)


「ん? どうしただっぴょか、ベン?」

「あ、いや何でもないだぎゃ! ちょ、ちょっとアニキの様子でも見てくるだぎゃよ、ははっ!」

ベンは慌てて病室を出ていった。

「なんだっぴょ?」

「ベンさんもいろいろ考えがあるんですよ。いまはそっとしてあげた方が……」

「?」

ポリニャックにはベンの気持ちがわからなかった。


(ベンさんは、タケルさんのあの凄まじい力を目の当たりにしてしまったんだ。

落ち込むなという方が無理なのかもしれない……あんな力を見てしまえば……)

シャルルも黙って俯いてしまった。

「もう、みんなどうかしちゃっただっぴょか?」

どうやら、レディーには男の気持ちはわからないらしい。


 廊下を歩きながらベンは考えていた。

(オラは何て無力なんだぎゃ……アニキの役に立つどころか、いつも足手まといになっちまうだぎゃ……

しかも、ポリニャックまでインガの力をつけてきてるってのに……オラは……オラは……!)

ベンは気持ちばかり先走って自分に焦りを感じていた。

ベンの性格上、一度思い詰めると悪い方へ悪い方へと考えてしまうのだった。

ガタッ! ドドドッ!

「うおだぎゃっ!」

ベンは誤って階段を踏み外して下に転げ落ちた。

「いててだぎゃ~……」

ベンは仰向けに寝転んだまま置き上がろうとせずに、手を額の前に宛てた。

「ははっ、最低だぎゃな……オラは……」

ベンは、暗く冷たい床の上で、ひび割れたコンクリートの天井を眺めていた。



 空は良く晴れていた。

雲は風にのり、ゆっくり西へと流れていく。

タケルの眼にはその雲の流れが映っていた。

(俺はこのままでいいのだろうか……

天狗の言ったように、俺はあれだけの力を持ちながら、やってることはお山の大将……

しかも、怒りで我を忘れ、獣人の村を崩壊させちまった……

俺はまだまだインガを上手くコントロール出来やしねぇ……

だが、これ以上何かをする必要が俺にあるのだろうか……?

今のまま、このエリアの平和を守るだけでも充分じゃないのか……?

俺だって怠けている訳じゃないんだ!……これで精一杯なんだよ……)


 タケルは自問自答を繰り返していた。

だが考えてみても答えが出るハズもなく、いつまでも空をボンヤリと眺めているだけだった。

「ち!……考えてわかるなら苦労ねぇやな。どれ、紅薔薇の容態でも見にいくか……」

と、その時。

ズドォン!

地平線の向こうで大きなインガが震えるのをタケルは感じた。

「なッ! なんだこのインガは! 強大なインガを持ったヤロウが戦っている……

いや違う!? 何か、何か自分の力を見せ付けるような、そんな自身に満ち溢れたインガだ!

何だってんだ一体!?」

タケルは急いで紅薔薇のいる病室へと向かった。


 タケルは病室にいるシャルルやポリニャックたちに、今の事を話した。

「ウチも、ダーリンほどじゃないけど、少しだけ感じただっぴょ。

なんかこう……吼えるようなインガだったっぴょ」

「そうだ、そんな感じのインガだった。まさか、これから何か起こるってのか?」

「スゴイですね……おふたりには、あの衝撃からそれが感じ取れたんですね?」

「ああ……シャルル、オマエにはあれが何だかわかるのか?」

「いえ、ボクにはインガの波動は感じることは出来ませんでした。

おそらくタケルさんとポリニャックさんのインガが成長した為、いままで感じとれなかったインガを察知することが出来るようになったんだと思います」


 タケルとポリニャックはキョトンと顔を見合わせている。

「そうなのか?……俺達のインガが成長してるってことなのか……」

タケルはそう言って自分の手の平をマジマジと見詰めた。

「ウチはインガが強くなるより、レディーとしての気品が上がったほうが嬉しいだっぴょよ!」

「それは無理だろ……」

タケルは小声でつっこんだ。

「ん? 何か言っただっぴょか? ダーリン!」

「べ、別に……そ、それよりもさっきのインガを感じた所には何があるんだ?」

タケルは誤魔化そうとして話題を変えた。

「あの方向には、『獣人の長』と呼ばれる人物がいるハズです。そしてそこで何かが起きた……

そう考えて間違いありません」

「獣人の長だっぴょか……そ、そう言えば聞いた事があるだっぴょ!

獣人の村の長老の、そのまた全部をまとめるエラーイひとがどこかにいるって……」

「それがその獣人の長って訳か!……それで、ここから距離は遠いのか?」

「いえ、ここからそう遠くはありません。ただそこは、氷山と吹雪に覆われた過酷な地で、なかなか足を運べるものはいないと聞きますが……ま、まさかタケルさん!?」


 ニヤッ! タケルは鼻の頭を指で擦って笑った。

「そう、そのまさかさ! ヤマトの連中の獣人狩り、そして天狗が言った『あの方』とかいう存在、そして獣人の長ってヤツのさっきのあのインガ……これはなにか関係があるハズだぜ!」

「だ、ダメですよ、タケルさん! さ、さっきも言ったように、あそこはとても危険な地なんですから!

絶対に行っちゃダメです!」

シャルルは慌ててタケルを止めた。

「シャルルよ……このままここにいたってラチが開かないんだ。それに俺は知りてぇんだ……

今この世界では何が起き始めようとしているのかを……そいつをこの目で確かめてやる!」

タケルの目に輝きが戻り、野獣の目のようにメラメラと燃えていた。


「それでこそダーリンだっぴょ! もちろんウチもいくだっぴょよ!」

「来るな……って言ってもオマエはついてきちまうもんな。ま、おめぇのインガも頼りになるしな」

「わーい! 決まりだっぴょ!」

ポリニャックはジャンプしてぴょんぴょんと飛び跳ねて喜んだ。

「まったく、タケルさん達は恐れを知らないんだから……

仕方ないですね。ボクはここに残って紅薔薇さんを看病していますから安心してください」

いつもはタケルに興味を持つシャルルだったが、何故か今回は妙に否定的だった。

「シャルルの知識を頼りにしたかったが今回は仕方ねぇな。それより紅薔薇の看病しっかり頼むぜ!」

「はい。それと出発に必要な装備の準備はボクに任せて下さい。

あそこは普通の装備では生きて帰れませんから……」

「そ、そんなに過酷なのかよ? そこって?」

「はい……皆はその地をこう呼びます。『閉ざされし死の門』と……」

「死の門……とっても不気味だっぴょ~……」

ポリニャックはブルブルと震えた。

「ヘン! 死の門だかシナモンだか知らねぇが、この俺様がその獣人の長ってヤツに、にちょっくら挨拶に行ってやるぜッ!」

「おーだっぴょー!」

そして、それから徹夜で準備作業が始まった。


 その頃ベンは……

地下の整備工場の片隅。

ガチガチガチ……ガチガチガチ……

そこの階段脇でブリキの缶に火を灯し、ベンは毛布にくるまって震えていた。

(獣人の全ての頂点に立つ『獣人の長』……オラはその名前を知っているだぎゃ……

その名前は『菩無噂』(ボブソン)……前に長老から少し話を聞いた事があるだぎゃ……

強い武術とインガを併せ持ち、獣人の頂点に立ち獣人界を治めたという武勇伝……

しかし、あまりにも凶暴であった為、その力を恐れた獣人は村を出て行ってくれるように頼んだ……

それを無言で受け入れたボブソンは、ひとり氷山の地で暮らしているという……

しかし、いつ仕返しにくるかもしれない事に獣人は脅え、上辺だけは『獣人の長』として祭り上げているという話だぎゃ……)

「こわいッ! オラは恐いッ!……そんなバケモノに会うなんて!……」


 カツン……

ベンはその物音にハッとした。

階段の脇に誰かの人影が見えた。タケルであった。

「な、なんだ……アニキ……か……」

「ベン、おめぇ、獣人の長老について何か知っているみてぇだな? ちょっと俺に教えてくれねぇか?」

「……」

ベンは無言のままだったが、やがて、獣人の長について知っている事を話し出した。


「そっか……そんな恐ろしい奴がいるって訳か……」

「でも、でもアニキは行くだぎゃね? 今のオラの話を聞いてしまっても行くだぎゃね?」

「ああ……もちろん行くぜ」

ガタッ! 突然ベンは立ち上がり、タケルの肩を掴んだ。

「何でだぎゃ? 何でそんな恐ろしい所とわかっているのに行くだぎゃ?

確かにアニキのインガは強いから、ちょっとぐらい危険でも平気かもしれない……

だけど、そうまでして行く理由なんてどこにもないだぎゃ! アニキには関係の無い事だぎゃよ!」


 ベンはタケルの肩を強く掴んだ。タケルはベンの瞳を強く見つめた。

しばしの沈黙。そして、タケルは、ベンの手を払い除けた。

「関係あろうがなかろうがどうでもいいんだよ……俺は知りたい……そして見てみたい……

この世界に来ちまった俺の運命とは一体何なのかを……!」

「そうだぎゃね……アニキには、別の世界から来た理由を知る目的があっただぎゃね……」

ベンは少し皮肉った口調で言った。

「そのとおりだが……そうじゃねぇぞ、ベン」

「?」

「重要なのは、自分の壁を乗り越えてみる事なんじゃないかと、俺は思うんだ……」

「!……」

「今のおめぇみたいに、やる前から震えて縮み上がってても何も始まらねぇ。

とにかくやってから考えればいいんじゃねぇか? その方が頭使わねぇし楽だしな」

そう言うとタケルは、階段をコツコツと上がっていった。

そして途中で立ち止まり、下にいるベンの方を向いた。

「それとな、ベン。今のおまえは格好悪くもないけど格好良くもねぇ。ま、オマエの好きにすればいいや」

「……」

ベンは黙ったまま、タケルが階段を登っていくのを見詰めていた。

(格好悪くもないけど格好良くもない……だぎゃか……)

ベンはしばらくの間、タケルの登っていった階段をずっと見上げていた。



 そして次の早朝。少し肌寒い朝だった。

いよいよ、タケル達が、『閉ざされし死の門』と呼ばれる氷山に向かって旅立つ時が来たのだ。

メンバーはタケルとポリニャックだけ。途中までは餓狼乱の部下が送っていくという計画であった。

「じゃあ、行ってくるぜ、オマエら! 俺が留守でもしっかりやれよ! それとシャルル」

タケルはシャルルの所へ歩み寄った。

「紅薔薇の事は任せたぜ。おめぇは頼りになる奴だ。俺の子分どもにも知恵を貸してやってくれ!」

「は、はい、わかりました。紅薔薇さんの事は心配せずに行って来て下さい。

それと、必ず無事で帰ってきて下さい……」

「だーいじょうぶだっぴょよ、ね、ダーリン!」

「おう! もちろんだとも! それじゃ行くぜ!」

「待つだぎゃ!」

タケルが後ろを振り向くと、そこにはベンが立っていた。

「格好良いか悪いか……どうせならオラは格好良いほうになるだぎゃ!」

「ヘン、無理しやがって……」

「アニキだけに格好良い思いさせないだぎゃよ!」

「?……ベンは何いってるだっぴょ? でもこれでウチらいつものメンバーが揃っただっぴょね!」

「よォし、いくぜ! ベン! ポリニャック! 獣人の長ってヤロウに会いに!」

「おおーーっ!!」


 『閉ざされし死の門』に向かい、餓狼乱のアジトを後にしたタケル達一行。

はたしてその先にはどんな危険が待ち受けているのであろうか?

そして、獣人の長と呼ばれる『ボブソン』とは一体どんな人物なのか?

まだ見えぬ暗闇の先に待つものは一体?

しかし、タケル達の目の前に暗闇はない。

明るい光りに照らされた、希望の線路が見えていたのだから……





 餓狼乱一行に送られて、やってきたタケル達一行。

ここは、氷山に覆われたさいはての地。別名、『閉ざされし死の門』。

全てのものが凍りつく、絶対零度の世界。

ビュウビュウと吹き荒れる吹雪が一寸先の視界を遮る。

こんな過酷な環境で、生きている生物などいるのか? と疑ってしまうほどだ。

まさに地獄……いや、冷酷な死の世界。

タケル達は、獣人の長に会う為に頂上を目指し、疲れた体を癒すためにキャンプを繰り返していた。

そして、出発してからすでに三日ほどが過ぎていた。


「寒い寒い寒い寒い! 寒いんだよぉ!!」

タケルは毛布を何枚も体にくるみ、鼻水をダラリと垂らし、歯をガチガチと鳴らし震えていた。

「アニキは情けないだぎゃね。こんな寒さくらい我慢するだぎゃよ。な、ポリニャック?」

「そうだっぴょよ。寒いのはみんな同じだっぴょ」

「うるせぇ! テメェらは体毛が生えてるからいいけど、こっちは生身なんだぜ!」

そう言ってタケルはヒーターを自分に向けた。

「あ! なにするだぎゃアニキ! それじゃオラたちが寒いだぎゃよ!」

「俺は寒いのが苦手なんだよ! ケチケチすんな!」

「ダーリン、体温調節のインガは使っているだっぴょか?」

「それがよぅ……ジュジュエンの砂漠なら涼しくするのは簡単に出来たんだけど、ここで暖かいインガをイメージすると、炎のインガになって熱すぎちまうんだよな」

「ふーん。たぶんダーリンは攻撃のインガも火炎系なのでそうなっちゃうだっぴょよ」

「どうやらそうみてぇだな……こんなことなら、紅薔薇に炎のインガを教わらなきゃよかったぜ」

「まったく情けないだぎゃね。出発する前は格好良いこと言ってたのに、ガチガチ震えてるのはどっちだぎゃよ?」

「あのな! これは寒いから震えてるんで、ビビッって震えてるテメェとは訳が違うんだよ、アホ!」

「むっ……アホは言いすぎだぎゃよアニキ」

ベンは、タケルに向いているヒーターをくるっと回転させ、自分の方に向けた。

「おい、何するんだよベン!? それじゃ俺がさみぃじゃねぇかよ!」

タケルはまたヒーターを自分の方に向けた。

「だから、みんなの方に向けるだけだぎゃよ! アニキだけのもんじゃないだぎゃ!」

ベンがまたもヒーターを自分に向ける。

「だから、まず俺が温まってからだ!」

「それはダメだぎゃ! オラからだぎゃ!」

タケルとベンは交互に自分の方にヒーターを向ける。

「俺は寒いんだ!」

「オラだって寒いだぎゃ!」

何度も何度もヒーターの取り合いに我を忘れ、タケルとベンはヒーターを両手で掴んでいた。

「ぐぬぬ!……このヒーターは誰にも渡さねぇ! 俺の命に代えても!」

「だったらオラも命を賭けるだぎゃよ! うおおッ!」

そのニ人のやりとりを、あきれた顔で見ているポリニャック。

「手でヒーター持ったら熱いだっぴょよ、ふたりとも」

ポリニャックの言葉でハッと我に返ったタケルとベン。

「アチィーーーーー!」

吹雪の中、ニ人の絶叫がこだました。





 場面変わって、ここは獣人の長、『菩無噂』(ボブソン)が住んでいる氷山の頂上。

その洞窟から下界の方向を見据えている人影の姿……

もしかして、この人物が獣人の長なのだろうか?

「来る……何者かがワシに会いにやってこようとしている……見える、見えるぞ……

3人の若者が……そして、それとは別にもう一人……こやつは……」

ボブソンはそう呟いた。もう一人?

タケル達の他にも、この獣人の長に会おうとしている者がいるのだろうか?

はたして、その人物とは一体何者なのだろうか?



「あちちち……こんな雪山で火傷するなんて夢にも思わなかったぜ……」

「それはこっちのセリフだぎゃよ。オラなんて手の毛までチリチリになっただぎゃ」

「まったくテメェのせいで!」

「どっちが悪いだぎゃ!」

「もう! ニ人とも動かないで! 包帯がうまく巻けないだっぴょよ!」

ポリニャックは火傷の手当てをしているタケルとベンに怒った。

「ワリぃ……」

「すまんだぎゃ……」

「まったく、世話が焼けるだっぴょね!」

そう言いながらもポリニャックは嬉しそうだった。

またこうして三人でいられる時間を嬉しく思っていた。


「それにしてもよー。シャルルの用意してくれた装備のおかげでだいぶ助かったよな。

高出力のエンジン積んだスノーモービルだろー、それにキャンプ道具やら防寒服やらいろいろと。

俺なんか最初、自分の足で歩いて行こうと思ってたから、大変どころじゃなかったぜ? ワハハっ!」

「アニキは無計画すぎるだぎゃ……シャルルが準備してくれて助かっただぎゃよ。

そうでもしなきゃアニキと心中するとこだっただぎゃ」

「ハハッ、そう言うなって。でもよ、シャルルってなりはガキだが何でも知ってんだな。

あいつの生い立ちってどんなんだろう? 

天狗のいやがったエリアでひとりで暮らしていたのも、なんだか普通の話じゃねぇし」

「オラもそれ思っただぎゃ。シャルルの生い立ちは全く謎なんだぎゃ」

「ま、ひとそれぞれいろいろあるだっぴょ。いつかシャルルが自分から話してくれるだっぴょよ」

「そうだな。人には聞かれたくない過去ってもんがあるからな……

ふ……俺にもいろいろ暗い過去があったもんだからわかるぜ……」

タケルはアゴに手をあてカッコをつけた。

「そのわりには、自分からペラペラ喋るだぎゃよね、アニキの暗い過去って」

「う、うるせー! 俺は黙って隠してるのがキライなんだよ、それならいっそ全部喋った方がスッキリするじゃねぇか!」

タケルは赤面して手を振り上げて怒った。

「そうだぎゃね。暗い過去背負うなんてアニキらしくないだぎゃね。ハハッ」

「それ誉めてんのか? なんだかバカにしてるように聞こえるけどな」

「バカにしてないだぎゃよ……」


 実際、ベンは、タケルの背負った宿命が純粋に羨ましかった。

自分にはタケルのように突き動かされる衝動がない。そして人生を懸ける使命感もない。

ベンはそれを心底欲していた。

だが、それが自ら欲しても、簡単に手に入るものではないことをベン自身わかっていた。


「あー! いつになったら辿り着くんだよ? その獣人の長のいる頂上に。

もう出発して何日経ったんだ?」

「えっと……かれこれ一週間は経ったハズだぎゃ」

ベンは自信のない表情で指を折って数えた。

「何言ってるだっぴょか! 今日でまだ三日目だっぴょよ! みんなしっかりするだっぴょ!」

「あぁ……何だかどうでもよくなってきたな。この先、本当にその『ボブソン』って奴に会えるかわかんねぇしなぁ……」

「確かにそうだぎゃね……食料も底をついてきたし……このままオラ達はどうなるだぎゃ……?」

「もう! みんなそんな弱気じゃダメだっぴょ!」

「いやさぁ、ポリニャック……俺もそう思うんだけど、さっきからやたら眠いんだよな……」

「アニキもだぎゃか? オラもそうだぎゃ……それになんだか心地良い笛の音が子守唄のように聞こえてくるだぎゃよ……むにゃ……スヤスヤ……グゥ~……」

「なんだ、オマエもかよベン? 俺もさっきから笛の音が聞こえて良い気分なんだよ……

だれが吹いてんのかな……あの笛って……さ……グガー……」

「ちょっ、ちょっと! どうしただっぴょか!? ウチにはそんな笛の音なんて聞こえないだっぴょよ!」

ポリニャックは、必死になってタケルとベンをゆすって起こそうとしたが、2人はすでに深い眠りについていた。


 ビュゴオォッ!!

突然、物凄い吹雪が吹き荒れ、強風でテントの入り口がバタバタと開いた。

「わっ! なんだっぴょ!?」

ポリニャックは驚いて、テントの外へ出た。するとそこには……

「!!」

なんと、吹雪の向こうに人影がうっすらと見えた。

ポリニャックはゴシゴシと眼を擦ってみたが、その人影はおぼろげながら確実に歩み寄ってきた。

「ひっ! だ、誰だっぴょ!?」

ありえない現実にポリニャックは驚いて声を上げた。

人影は、こちらに近づくにつれ、ハッキリと姿があらわになってきた。

その人物は、この雪山にいるのが不自然な軽装な井出達で、着物に下駄を履き、笛を咥えていたのだった。そのあまりにも突飛な出来事にポリニャックは困惑し、それ以上声を出す事が出来なかった。


「こんにちわ、可愛い少女。だが何故あなたは、この笛の音の魅力に耳を傾けてくれないのでしょうか?

私にはそれが不思議でたまらない……」

『少年』と言って間違いないと思われる、まだ年端もいかぬあどけない顔立ちをした、か弱い少年。

顔立ちはキリリと整っており、かなりの美少年であった。

その美少年が、何故このような過酷な雪山にいるのか?

そして何故、笛を奏でながら、この吹雪の中を悠然と歩いてこられたのだろうか?

困惑しているポリニャックには、それらを頭の中で整理する事が出来なかった。

ただ、薄れゆく意識の中で、その美少年の笑顔が、怪しくも優しく微笑みかけていたのだった。

はたしてタケル達一行は、このまま全員眠り続けてしまうのだろうか?



「た、タケル……あぶない……」

ここは紅薔薇のいる病室。

紅薔薇は、タケルが危険な目に会っている夢でも見ているのだろうか?

「紅薔薇さん! 気がつきましたか、良かった!」

シャルルは、タケル達が旅立った日から、ずっと紅薔薇の看病を続けていた。

「アンタはあの時の坊や……なんでここに?……それにアタシはどうして寝てるんだ?……」

紅薔薇は天狗によって意識不明にされた事をぼんやりと思い出した。

「そうだった……アタシは天狗にやられて……それで……」

「ダメですよ。まだ安静にしてないと」

紅薔薇が無理に起きようとするのをシャルルは止めた。

「タケルは……タケルはどこ? 今、すごく嫌な夢を見たんだよ」

「大丈夫。タケルさんはきっと無事に帰ってきますよ。だから今は体を休めてください」

シャルルは紅薔薇を寝かしつけ、今まで起きた事をこと細かく紅薔薇に話した。


「そう……あの人を、いや、天狗を倒して呪いを解いてくれたんだね、タケルは……」

「はい。タケルさんは強力な力を身につけました。あれはもう『神の力』と呼んでも言い過ぎではないと思います」

「神……神の力だって!? タケルは、そんなにも強大な力を手に入れてしまったのかい!?」

紅薔薇は少し興奮気味になっていた。

「あ、あのう紅薔薇さん。あなたは今、『神の力』という言葉に強く反応しましたね?」

「う……」

「何故ですか? タケルさんが強くなったのは喜ばしい事ではないのですか?」

「シャルルって言ったね……あんた、ガキのくせになかなか鋭いとこ突くね……」

「あ、ゴメンなさい……つい余計な事を聞いてしまって……

ボクなんかが聞いてはいけない事だったみたいですね……本当にすいません……」

シャルルは紅薔薇に頭を下げて謝った。

「いいんだよボウヤ。子供は素直が一番だからねぇ。

アンタはすごく頭の良い子みたいだし、私をずっと看病してくれたお礼もあるから教えてあげるよ」

「あ、ありがとうございます」

「フフ……いいかい、よくお聞き? アタシはもともとヤマトの国にいたんだよ。

そこで、幼い頃からある目標の為に、戦闘の訓練ばかりやらされてきたのさ」

「ある『目標』ですか……その目標とは何ですか?」

「そうさねぇ……まぁそれは置いといて、アタシはある事をキッカケに、ヤマトの国を飛び出したのさ」

「あるキッカケ……ですか?」

「そう。ただ単純に、戦いの訓練が嫌になった事もあったけどさ……

アタシはとてつもない力を見せ付けられたのさ……それこそまさに目標としていた『神の力』だった……

それで、アタシにはとても手に入れられない程の力の差を思い知らされて、ヤマトの国を出たって訳。

まぁオチコボレって奴ね。ウフフ……」

紅薔薇は俯いて寂しげな顔をした。


 しばしの沈黙。

「そうだったんですか……ヤマトの国で『神の力』を得る為に、幼い頃から修行させられていたってことですね?」

「そうよ。だけど、さっきボウヤが言ったように、タケルがもしその『神の力』に匹敵するほどのインガを見に付けてしまっていたら……きっとヤマトの国の連中は黙ってないだろうね」

「え? ヤマトの国は一体どうしようとするんですか?」

「決まっているさ。そんな力を持った人間を消そうとするだろうね……そういう連中さ、あいつらは……」

「でも、タケルさんの力はとんでもない力なんですよ?……それを消すなんて……」

「ヤマトの軍事力を侮っちゃいけないよ。それをアタシは一番よく知っているのさ……」

「ということは、タケルさんよりも強大なインガを持った人がヤマトにいるといいうことですか……」

「……」

紅薔薇は無言でうなずいた。

「タケルさん! どうか無事でいて下さい!」

紅薔薇とシャルルは窓の外を眺め、タケルの無事を祈るしかなかった。


 その頃……

タケルとベンが眠らされ、不思議な音色を奏でた謎の美少年はどうしたのだろうか?





「おい、起きろよポリニャック。もう朝だぞ」

「えっ?」

ガバリと起き上がったポリニャック。何時の間にか寝てしまい、すっかり朝になっていたようだ。

外の吹雪は既に止み、一面の銀世界に朝日が眩しく反射していた。

「あ……れ? あの変な男は一体誰だったっぴょ? ウチらはまったく無事のようだし……」

「ヘンな男? 誰だぎゃそれは、アニキのことだぎゃか?」

「ベン、てめぇ……」

「寝ぼけているだぎゃか、ポリニャック? さ、早く出発の準備をするだぎゃよ」

「あ……う、うん……」

(昨日の出来事は夢……それとも……) ポリニャックは釈然としなかった。

「おーい! 来てみろよ! あそこにそれらしき洞窟が見えるぜ!

きっとあそこにボブソンって奴がいるんじゃねぇか?」


 ベンとポリニャックは、タケルの声を聞いて急いでテントの外を見た。

タケルの指刺した方向には、確かに人が加工したと思われる洞窟の入り口が見えていた。


「つ、ついに来ただぎゃ!……獣人の長の住む洞窟に!」

「よしッ! 早速行ってみようぜ!」

タケル達は、いままでの疲れも吹っ飛ぶ勢いで、走ってその洞窟の前までやってきた。

そこには高さ十メートルほどもある巨大な扉があった。

その扉には何やら彫刻のようなレリーフが施されており、怪しげな雰囲気を醸し出していた。

「ここが『死の門』か……よ、よし、開けるぜッ!」

タケルは扉を手で押して開けようとした。

「ま、待つだぎゃアニキ! 獣人の長はとても乱暴な性格だと聞くだぎゃ! 

勝手に入って怒られたらどうするだぎゃ!?」

「けっ! この後に及んで何怖気づいてやがんだ! はなから大人しく話し合いに来たんじゃねぇんだ!

もし相手がつっかかってきたら、ブッ倒してやりゃいいんだよ!」

タケルは鼻の頭をこすりながらそう言った。

「だ、だども……」


 すると、そこにある声が聞こえてきた。

「おやおや……お若いのは血気盛んじゃなぁ……だが暴力はいかんぞよ?……」

タケル達はその声を聞いて顔を見合わせた。確かにその声は扉の向こうから聞こえてきた。

ギギギギギ……

すると、扉は音を立て、ひとりでに開いた。

その扉の向こうの暗闇から、誰かがヒタヒタと歩いてやってくるのが見える。

いよいよ獣人の長、『ボブソン』との対面が実現するのであろうか?

「ゴクリ……」

思わず喉を鳴らすタケル。獣人の頂点に立つ者とは、一体どんな恐ろしい姿をしているのだろうか?

タケルは怪物のような姿を想像していた。だが意外にも、そこに現われた獣人とは……

「ようここまで来たな……ワシがボブソンじゃ。ふぉっふぉっ!」


 なんと!

そこに現われた獣人の長は、タケルの想像とは遥かにかけ離れていた。

それは『カメ』の獣人だった。

ヨボヨボと杖をつき、白髪の長いヒゲと、目を覆うほどの眉毛からうっすらと開いている虚ろな目。

どこから見ても弱々しい老人の姿そのものであった。

「へ……? あ、あんたがボブソン? じゅ、獣人の長って……アンタ?」

あまりにもギャップの違いに、タケルは目を丸くして驚いた。

「いかにも! ワシが獣人の長のボブソンじゃ! とーってもエライんじゃぞ! ふぉっふぉっ」

「……」


 タケル達一行は、しばし呆然としてしまった。

あまりにもイメージと違うそのカメの老人に、どうしても獣人の長だと信じる事が出来なかった。


「お? なんじゃオヌシら! ワシが獣人の長だと信じてないじゃろ? このタワケどもが! ふがっ!」

ボブソンは、怒鳴ったはずみで入れ歯が外れてしまったらしい。

それを見たタケルは、ますますこの老人を信用できなくなった。

「おいおい、ジッちゃん。すまねぇが俺達が会いたいのは獣人の長なんだよ? わかる?

入れ歯外れてフガフガしてるカメの老人の、どこが獣人の長なんだよッ!?」

タケルはベンの顔を見ると、ベンも少し困った顔をしていた。

「す、すまねぇだぎゃ……オラもアンタが獣人の長とはとても思えないだぎゃ……

是非、本物に会わせて欲しいだぎゃ」

ベンもタケルと同じく、この老人を全く信じていなかった。獣人の長は入れ歯をやっとはめ直した。

「かーーーっ!」

「ひっ!?」

突然の声にポリニャックが驚いた。

「このたわけが! 同じ獣人として情けないわいっ! いいじゃろう、獣人の長であるワシの力を見せてやるわいっ! まずはそこの出来損ないの顔をした人間っ!」

「出来損ない?……誰のことだよ?」

「おぬしじゃ! おぬし以外に誰がいるんじゃ!」

「お、俺かよ!? だ、誰が出来損ないだ!」

「見たまんまを言っただけじゃ。いいか? 今からオヌシをそこから一歩も動けなくしてやるぞい……」

「な、なんだと? そんなことが出来るってのか? 」


ボブソンは、タケルに杖を向けた。そして、何かを念じているようだ。

「ヘンっ! ハッタリだろ!? 俺は全然動けなくないぜ!……ほうらっ」

タケルは手足をプラプラとまわして、その場から動こうとした。

その時。

「待ていっ!」

「な、なんだよ!?」

ボブソンは、先ほどとは打って変わり、ニッコリとした笑顔で言った。

「オヌシの足元をよく見てみい。そこはさっきワシがオシッコをした場所じゃ。そこだけ地面が盛り上がっているじゃろ?」

よく見ると、確かにタケルの足元の周りには、地面が少しだけ隆起していた。

ここではあまりにも寒い為、オシッコがすぐに凍ってしまうのだった。

「うわッ! き、キタネェ! これじゃ動けねぇじゃねぇか!」

「だから言ったじゃろ? オヌシは一歩も動けくなるってな。かかかかか!」

カメの老人はふんぞり返り、高らかに声を出して笑った。


「なっ!……」

ベンとポリニャックは顔を見合わせた。

「てんめぇ……ふざけるのもいい加減にしやがれ! これのどこが獣人の長の力だってんだよ!?

ただションベン撒き散らしただけじゃねぇか!」

タケルは激怒した。

「そうじゃよ」

「ふざけんな!」

「ならば、オヌシがその場に立つことを、あらかじめ予想していたとしたら……どうかの?」

「な!……なんだと?……それじゃぁテメェは俺がこの場所に立つ事を最初っから知っていたのか!?」

タケルは信じられないという顔をした。

「そ、そんなのただの偶然だぜ! このハッタリじじぃ!」

「ふおっふおっ。まだ信じてないようじゃな? いいじゃろう、ではオヌシ。ワシに向かって思いきり拳で突いてきてみぃ」

「!!……なんだと? 正気か、このジっちゃん!?」


 タケルは振り返ってベンとポリニャックの顔を見た。

タケルはこの得体の知れない相手に対して、何か助け舟を出して欲しそうな顔をした。

いくらタケルと言えど、こんな老人に対して本気になるのは大人気ないと思ったからだ。

しかし、ベンとポリニャックも、それに答える余裕はなかった。

得体の知れないこの老人の、真の実力を見極める必要があると思ったからだろう。


「よ、よ~し! いいだろう! 俺のインガでその余裕こいた顔を真っ青にしてやるぜ!

どうなっても知らねぇからな、ジッちゃん!」

グオオオッ! ゴゴゴゴ!……

タケルはインガを全開に放出した。その凄まじい振動で雪山が揺れる。

「ほう、なかなかのインガじゃな……でも、ちと荒削りじゃのぅ……」

「言いてぇことはそれだけか? あとで後悔しても遅いぜッ! でやぁあッ!」

タケルは本気でボブソンに向かって拳を放った。ポリニャックは思わず目を閉じた。


「……うっ!」


 その瞬間、タケルは声にならない声を出した。

確かにボブソンに向けて放った拳。

だが、その拳は中途半端な態勢のまま、繰り出す寸前に止まっていた。

ボブソンが、タケルの手足を軽く押さえることによって抑えられてしまっていた。

「ば……バカな……俺は確かにてめぇに突きを放ったハズなのに……な、なぜだ……?」

「ふおっふおっ! これがワシの力じゃて。かっかっかっ!」

ベンはその光景に呆気に取られていた。

確かにタケルの突きが決まった……ベンもそう思っていた。

「い、今のはなんだぎゃ? 一体どんな魔法を使っただぎゃか!?」

ボブソンはベンの方を見てニヤリと笑った。

「これがボブソン流、『無我意流』(ムガイル)じゃ!」

「む、ムガイルだと……?」

「そうじゃ! 闘いとはインガの力が全てではない……

相手が力を出す前にそれを抑え、その力を全て吸収する……それが無我意流じゃ! かっかっか!」


(力を出す前に抑え、それを吸収するだぎゃか!……)

ベンは雷に打たれたような衝撃を受けた。


「へ、ヘン! 相手の攻撃を止めたってそれが何だってんだ! それじゃあ相手を倒すことなんか……」

タケルはそう言いながら、またボブソンに蹴りを繰り出した。

「出来ねぇぜーーッ!」

バシュッ! ……ピタッ!

タケルの蹴りは、またしても放つまえに押さえられ止められてしまった。

「ふん……相手を倒せないじゃと? そうでもないぞ、こうして相手が無防備な状態ならば……」

ボブソンは持っていた杖を一周ブンと振り回し、タケルの胸板に叩きつけた。

ブンッ! ドギャン!

「ぐがッ!」

蹴りを止められ、無防備状態で杖の攻撃を受けたタケルは、そのまま後方に転がった。

「どうじゃ? 無防備で受けた攻撃は痛いじゃろ? この老人の力で充分じゃ、ほっほ!」


(くっ……! 確かに無防備で受けるとダメージはでかい!

それにあのヤロウは、杖を回して遠心力をつけて攻撃力を上げやがった……

あんな闘い方もあるのか・・・!)

タケルはボブソンを睨みつけたまま、何も言い返せなかった。


「どうやらワシを、獣人の長と認めたようじゃの。ふおっ、ふおっ」

「ち!……し、仕方ねぇ。何だか納得できねぇけど、その力は認めるぜ、ジッちゃん」

「ほっほ、口の減らないガキじゃ。獣人の長をつかまえてジジイ扱いしよるか。

まぁよい、オヌシの太刀筋も悪くなかったぞい。タケルとか言ったかの?」

「あぁ、俺の名はオボロギタケルだ」

「それで、そのタケルが、こんなところまで何の用じゃな?」

「あぁ……ジッちゃんに用があってここまでやってきたんだ。さっそくだが教えて欲しい。

信じられねぇかもしれないが、俺はこことは違う別の世界からやってきたらしいんだ」

「なに!……別の世界じゃと?」

「そうだ、だから、一体俺にはどんな宿命があるのか、それを俺に教えてくれ!」

「……」


 ボブソンは片目をつぶり、白い顎鬚をさすった。

「タケルよ。オヌシは別の世界から来たと言ったが、それについて特別な意味はないじゃろうて……」

「だ、だけど!……俺はこうしてインガの力を身につけた。それにただの力じゃねぇ!

ズバ抜けて強い力なんだ! これには何か意味があるハズだろ!?」

「ほっほ。ズバ抜けた力のぅ……その程度の力で思い上がるでないぞ」

「なッ、その程度だと!?……確かにジッちゃんには通じなかったけど、俺は今まで強い敵と戦って勝ち続けてきたんだ! 俺より強い奴はザラにいねぇハズだ!」

「かかか! そうきたか。井の中の蛙とはおぬしの事じゃな」

「な、なんだってぇ!?」

「いいじゃろう、おぬしの性格上、何を言っても納得しないじゃろう」

「う……」


 ボブソンは、くるりと背を向けると、山の下の方角を杖で指した。

「もうすぐここに別の客人が訪れる」

「客だと?」

「そうじゃ、そやつと戦ってからもう一度聞こう。おぬしより強い奴はザラにいないかどうかをの?」

「別の客人?……そいつと戦うだと?」

「そ、それは誰だっぴょか?!」

「フム、さっきからおるよ。どうやら高みの見物が好きな奴らしいが、そろそろ顔でも見せんかの?」

ボブソンは崖の先をチラリと見た。


「バレていましたか」

すると、崖の先の方角から、綺麗でハリのあるやわらかな声が聞こえてきた。

「さすが獣人の長……では軽く挨拶させて頂きます……」


 声は聞こえるが姿は見えない。タケルはそれに苛立ちを覚えた。

「誰かいやがるのか!? この野郎、さっさと出てきやがれッ!」

タケルは崖の方に向かって叫んだ。

「やれやれ……なんとも教養のなさそうなお方だな。初対面の礼儀も知らないのですか……」

すると、突如空が曇り吹雪が吹き荒れ、一寸先の視界が奪われた。

ビュオウッ!

「きゃあ!」

「なんだぎゃ!?」

そして、崖の向こうからひとりの男が現れた。

「なッ、何モンだてめぇ!」

タケルはギョッとして驚き、その男に向かって怒鳴りつけた。


 その男……というよりは、あどけない顔立ちをした少年と言ったほうがよいだろうか?

おかっぱの髪型にひょろりとした体格。何よりもその爽やかな少年の顔立ちは美形であった。

その少年が何故、このような険しい雪山に軽装な井出達のまま登ってこれたのだろうか?


「あ、あの時の少年だっぴょ!……ウチが見たのは夢じゃなかったっぴょよ!」

ポリニャックは、昨晩の出来事が夢ではなかったと確信した。

だとすれば、この少年はとても危険な存在だ。ポリニャックは瞬時にそう理解した。

「う?……も、もうひとりいるぞ?」

その少年の後ろから、もうひとりの人影が現れた。

どうやら少女のようだ。その少女は地面に届くほどの長い髪をふたつにわけていた。

「ダーリン! あぶないだっぴょ! この人は……!」

バヒュッ! ボオォォン!

その少年が右手をかざすと、突如タケル達のいる周辺がキラリと光り雪煙が上がった。

「いったい何だ? 今の攻撃は! てめぇ、どうゆうつもりだ!」

タケルはその攻撃をかろうじてかわし、少し離れた場所へと移動していた。

ベンもポリニャックを抱えて非難していた。

「ありがとうだっぴょ、ベン」

「まさか、夢で見た男ってのがこいつのことだぎゃか?」

ポリニャックは無言でうなずいた。ベンはその少年をキッと睨んだ。


「フム、あやつ……」

ボブソンは、いつの間にかそこから離れた高い崖の上に移動していた。

その少年はクスリと上品に笑いながらこう言った。

「まずは初めまして。私はヤマトの者で、『烏丸 神』(からすましん)と申します。

そしてこっちが『春菊』(しゅんぎく)です。以後、お見知りおきを……」

「キャハ! ねぇねぇ烏丸さま! 早くアイツらを殺したいよォ!」

春菊という少女は、まるで目の前にご馳走があるかのように、目を爛々と輝かせていた。


「イカレた野郎だな……それにヤマトだと? いったい俺たちに何の用があるってんだ!」

タケルは、ヤマトと聞いて顔付きがガラリと変わった。

「俺たち?……いえいえ、用があるのはそこの獣人の長、ボブソン殿ですよ。あなた達ではありません」

烏丸という少年は、余裕のある笑みでそう言った。

「じゃ、じゃあ、昨晩はなんで、ウチらの前に姿を現したんだっぴょか?」

「……私がここに来た目的は確かにボブソン殿だが、まぁ、あなた達はついでだったんですよ。」

「ついでだと?」

「そうです。最近、伝説の武神機を手に入れた人物がいるという噂が耳に入ったものですから」

「まさか、おぬしが……ほんとうかの、タケル?」

「ああ……本当だ、じっちゃん」

「そしてあなたは、この世界の人間ではなく異世界からきたと噂されているようですね? タケルさん」

烏丸はまたしても右手を上げ、キラリと光る攻撃を放った。

ボォン!

辛うじてそれをかわすタケル。

「くっ! ヤマトの国の差し金で、この俺を殺しに来たっていう事か? 

いいぜ! 俺をついで呼ばわりした事を後悔させてやる! 相手になってやらぁ!」

「フッ……勘違いされては困ります。先程も言ったように、あなたを消すのはついでだったんです。

それにその程度の実力で、本当に伝説の武神機を所有しているなど、私は信じていませんから」

「てめぇ、俺がウソついてるとでも言うのか!……ケンカ売ってんのかよ!」

「おやおや、どうにもあなたの言葉は野蛮でいけませんね」

「この野郎ッ!」

「私はあなたに喧嘩を売っているのではありません。それに、その必要もないみたいですからね」

「何だと? もう必要ない? どういうこった!」

タケルは烏丸に向かって大声で叫んだ。自分をついで呼ばわりされた事に対しての怒りの感情だった。


「……それは、あなたが私の敵ではないことがわかったからですよ……」

「なにッ!?」


 ズバババッ! ブシュアーッ!


 突如、タケルの体に無数の傷口が浮かび上がり血が噴き出した。

「だ、ダーリーンっ!」

「アニキッ!」

「ぐあっ! なんだ今のは?……やつの攻撃が全く見えなかった……!」

「ほら? だから言ったでしょ?」

「な、何をだッ!?」

「あなたは私が攻撃した事さえ気づかない。だから、こんな攻撃すらかわせないあなたを消す必要などないと言う事です」

「く、くそっ……」

「伝説の武神機を手に入れたなど、やはり只の噂だったようですね。噂というのは、とかく尾ヒレがつき易いですからね」

「キャハ! ねぇねぇ、烏丸さま。トドメはあたしに殺らせて?」

「ふっ、春菊がそうしたいなら別にかまいませんが、もうこの男は戦えませんよ」

「なぁんだぁ、ツマンナイ! もっと遊び甲斐のあるオモチャが欲しいよォ!」

「仕方ありませんねぇ、春菊の悪い趣味も……また探してあげるから、今は我慢なさい」

「キャハ! 約束だよォ、烏丸さま?」


「この……! てめぇ、俺をコケにしやが……って……」

タケルの体から血がボタボタと垂れ、地面の雪が赤く鮮やかな色に染まっていった。

タケルのダメージはそうとう深いらしく、立っているのもやっとのようだ。

「強がるのはおよしなさい、タケルさん。命が助かっただけでもありがたいと思うことです。

さぁ、そこで横になって休んでいなさい。弱者をいたぶる趣味は私にはないのですから」

「クソ……ヤロウ……が!」

タケルは弱った体で烏丸に向かって攻撃を繰り出した。

しかし、烏丸は、タケルの攻撃を目をつぶってかわした。

「おやおや、弱者をいたぶる趣味はないといったばかりなのに……

仕方ありませんね、春菊さん、代わりに相手してやって下さい」

「キャハ! やったァ!」

烏丸の命令で、春菊という少女がタケルの前に立ち塞がった。

「て、てめぇ! 女だからって容赦しねぇぜ!」

「いっくよォ!」

春菊は目を爛々と輝かせ、舌なめずりをした。

ブオッ! ズン!

「う……ぐ!」

タケルの攻撃をなんなくかわした春菊は、手刀でタケルの肩を貫いた。

タケルはぶるぶると震えながらその場に倒れてしまった。

「だ、ダーリーン!」

ポリニャックとベンはタケルの所に駆け寄った。

「ひ、ひどいだぎゃ……この女、まったく躊躇しなかっただぎゃ!」

「あっは! よわ~い! ツマンな~い!」

万遍の笑みでタケルを見下ろす春菊。その目は悦びに満たされていた。


「このままじゃダーリンが……ベン! なんとかしてだっぴょ!」

「そ、そんなこと、オラに言われても……うぅ」

敵の攻撃に手も足も出ないタケル。それを目の前にしたベンの戦意など、とうに失われていた。

ただ、歯をガチガチと鳴らしながら全身を震えさせ、怯えた表情を続けるだけだった。

そして、下半身からは失禁すらしていた。


 そこに。

しばしタケルとの戦いを観戦していたボブソンが口を開いた。

「烏丸とやら……オヌシの目的は何じゃ? このワシに何の用があるのだ?」

高い崖の上に移動していたボブソンが言った。

「獣人の長ボブシン殿。単刀直入に申し上げます。あなたにヤマト国の配下に下って頂きたい」

「なんじゃと?」

「もちろんそれなりの立場を用意してあります。どうでしょう? 悪い条件ではないと思いますが」

「ワシにヤマト国の軍事に力を貸せと申すか? 

この年寄りを必要とするなど、ヤマトの国も地に落ちたもんじゃな、ほっほっ」

「誤解しないで頂きたい。私が欲しいのはあなた自身のひ弱な力ではなく、獣人達を統率する力なのですよ。昔、獣人の頂点に立ったあなたの命令ならば、獣人達も皆従ってくれるからなのです」

「なに?……獣人達を統率するだと?」

「そう言っています」

「バカな……もともとオヌシらヤマト国の人間が始めた戦いに、何故、自由な生き方を望む我ら獣人が協力しなければいけないのだ?……顔洗って出直してくるがよいわ」

ボブソンは片目をうっすらと開け、白くて長いヒゲを引っ張りながらそう言った。

「自由な生き方ですか? あなたの口からそんなセリフが出るとは……やれやれ、どうやら浮世染みた生活で、世の状勢をお忘れのようだ。ヤマトの国と敵対する事がどういう事なのかを……」

烏丸神の眼が怪しく光る。

「ふん、そんな脅しにはきかんぞ」

「脅しではありません。それに、あなたはまだ何か強大な隠し玉を持っていらっしゃる……

それを見過ごす訳にいかないのです」

「ほう!……気付いておったか……いや、気付かれて当然かもしれぬな。

この世界の異変に備え、ワシが育てた隠し玉の存在を……」

「そういうことです。では従って頂けますね?」

「……」

「まぁ選択の余地はないと思いますが、私は無理強いという言葉が好きではありません。

出来ればそのような事をしないで済む様な返答を期待しています」

「ほう……このワシを力ずくで連れて行くと言うのか……面白い、試してみるか青二才?」

ボブソンが構えると、烏丸神は立ったまま相手の目を睨んだ。

「どうやら、隠居生活のおかげで、相手の力がわからなくなってしまったようですね……

いずれにしても、すんなり言う事を聞いては頂けないようだ。ならば仕方あるまい……」

烏丸は腰に刺してある笛を取り出すと、それを口に咥えた。

そして流れるような心地の良いメロディーを奏ではじめた。


 ピィ~♪……ヒョロロ~……ピィ~♪……ヒョロロ~……


「あっ! あの笛は! そうはさせないだっぴょよ!」

ボウッ!

ポリニャックは、ボブソンの前に立つとバリヤーのようなインガを展開した。

ベンは慌ててその後ろに隠れた。

バチバチ……!

笛の音がポリニャックのバリヤーと干渉して、電磁波のようなものが空中に拡散していった。

「なに?」

「気をつけるだっぴょ! あの笛の音を聞くとみんな眠ってしまうだっぴょ!」

「なんじゃと? しかし何故オヌシのようなおじょうさんがその事を知っておるのだ?」

「そう言えば……私が昨晩おじゃました時には、あなただけ笛の音でなかなか眠らなかった。

今思えば不思議ですね……それにあのバリヤー……」

「キャハ! 烏丸さま! あのチビウサギを殺っちゃえばいいんだよネ!」

「獣人の子供だと思って侮ってましたが、どうやら始末しておいた方が良いようですね」

「それならアタシにやらせてよォ! ね、いいでしょ? いいでしょ?」

「待てッ! こんな幼い子供にまで手を出すのか! ヤマトの国はそれほどまでに腐っておるのか!」

ボブソンは烏丸に向かって叫んだ。

この一言が効いたのか、烏丸の表情がピクリと動いた。

「そこまで言われては仕方がありません。いいでしょう、今回はここで引き下がります。」

「え~、ツマンな~い」

「だが、私の役目は一応完了しました」

「完了したじゃと?」

「そうです。ボブソン殿にはわかってもらえなかったが、あなたの隠し玉である、その方には意思が伝わったようですから」

「何だぎゃ? どういう意味だぎゃ?」

ベンとポリニャックにはふたりの会話が理解出来なかった。

「そこまで気付いておったのか……恐ろしい奴め!」

「それではごきげんよう……あぁ、そうだ、それと……」

烏丸は、うずくまっているタケル方をチラリと見た。

「伝説の武神機の所有者である誇り高きサムライ、タケルさん」

「うぐ……」

「これからは私に出会わないように、ひっそりと生きる事をお勧めしますよ。

あ、もうすでに聞こえる状態ではありませんでしたね? では! ふふふふふ・・・・」

「チャオ~! バッハハ~イ!」


 そう言い残すと、烏丸と春菊のまわりに吹雪きが巻き起こり、一瞬にして姿を消してしまった。

「あんの野郎……こんど会ったら……ただじゃおかねぇ……ぜ……」

タケルは痛みに耐えかねて完全に意識を失ってしまった。

タケルでさえ手も足も出なかった敵の出現に、ベンもポリニャックも意気消沈してしまった。

「ふぅ……ホントに恐ろしい奴だったのう。ワシのハッタリをものともせんかったのぉ。

怖い怖い、ほっほっ」

「で、では長よ! あのままアイツと戦っていたらどうなっていただぎゃか!?」

「う~む、そうじゃのう……あのまま闘っていたら、おそらくワシの負けじゃったろうて」

「えっ? そんなにあいつは強いだぎゃか?」

「だが奴はそれを避けた……このおじょうちゃんのインガが自分と相反すると感じ取ったのもひとつの要因じゃったろうな。賢い奴じゃ。戦いとは力が全てではない事を熟知しておるよ。ほっほっ」


(!!)

その言葉を聞いてベンの体に衝撃が走った。


「と、とにかくダーリンの手当てが先だっぴょよ! じっちゃん! 手当てを頼むだっぴょよ!」

「じ、じっちゃん? おじょうちゃんもこの獣人の長をじっちゃん呼ばわりするか?」

「こらっ、ポリニャック! 獣人の長に向かって何てこと言うだぎゃ!」

「だって、じっちゃんはじっちゃんだっぴょ!」

「ほっほっ! 気に入ったぞ、おじょうちゃん。今まで誰もワシを恐れて近づこうともしなかったんじゃからな。よし、ここから少し降りた所にもうひとつ洞窟がある。そこでその男の手当てをしてあげよう」

「え? 何でここではダメだっぴょか?」

「まぁ、ちと……ここの洞窟は訳アリでな。さぁ急いで降りた降りた。ノンビリしてる時間はなかろう?」

「あ、そうだったっぴょ! 早くダーリンの手当てをしないと!」

ポリニャックはボブソンの手を急いで引っ張っていった。

それを後から追うベン。しかし、ベンの表情は、何か思い詰めたように考えているようだった。

「ベ~ン! 早くするだっぴょよ~~!」

「お、おうだぎゃ!」

ズデッ!

ベンは雪道を走っている際に、足を滑らせて地面に転んでしまった。

「うぅ……わは、わははっ……わはははっ!」 

そして、顔にかかった雪を払いもせずに、狂ったように笑い出した。

「わははははっ! 見つけた! 見付けただぎゃよ! わははははっ!」

ベンは不適に笑った。どうやらベンの心境に何か変化が起こったようだった。


 深手を負ったタケルと、強敵、『烏丸神(からすま しん)』

なにかと謎の多い獣人の長、『ボブソン』。

そしてベンの意味深な笑いとは……?


波乱必死!

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