第12話 天狗
友との再会は密なる時間
異なる生き方は互いの存在価値を昇華させる
再会しないことが成長であり
再会することは停滞なのかもしれない
第十二話 『天狗』
ゴゴゴゴォォ……ン!
ここはミブキの森。
得たいの知れぬ閃光と衝撃が、山中の木々に鳴り響いた。
タケルたちは今、このエリアを制圧すべく乗り込んでいた。
この前人未到の地に現れるという伝説の怪物、天狗の存在。
はたしてその正体とは?
「ぐっ! な、何だ、今の衝撃はッ!?」
「あっちの空がピカッって光っただっぴょ!」
「それにこの衝撃……生半可な爆発ではないよ!」
「ひいっ! てっ、天狗だぎゃ! きっと天狗の仕業なんだぎゃぁっ~!」
ベンは地面に伏せ、頭を両手で覆った。
「よしッ! 行ってみるぜ!」
そう言い出したのはタケルであった。
「やめとくだぎゃよ、アニキ! あれは絶対に天狗の仕業だぎゃ!!」
武神機に乗り込もうとするタケルの腕を掴み、ベンは必死で止めた。
「ヘンッ! その天狗とやらが俺達に脅しをかけてきたんなら、どこにいたって一緒だぜ!
こっちから行ってやっつけてやらぁ!」
「で、でも、天狗がオラ達に気付いているっていう確信もないだぎゃよ!? 逃げるなら今だぎゃ!」
「この場に及んで怖気づきやがって! 確かにテメェの言う通りかもしれねぇな……
だがな、これだけは言っておく」
タケルはベンに顔を近づけて睨んだ。
「そんなこっちゃぁ、アタマは張れないぜ!」
タケルは武神機にヒラリと乗り込むと、その爆発の方向に向かおうとした。
「いいか! オメェらはここに残っているんだ! 俺がひとりで行ってくる!」
「ウチも行くだっぴょよ! ダーリンひとりを危険な目に合わせられないだっぴょ!」
「あ、アニィがいるなら百人力だぜ! おれっちもお供しますぜっ!」
部下達は声を震わせながら、タケルについて行く決心をした。
「まったくしょうがないねぇ……
ポリニャックはアタシが守る役目だし、天狗の事を知っているのはアタシだけ……
仕方ないから一緒に行ってやるよ、タ・ケ・ル!」
紅薔薇はやれやれとため息をついたが、笑ってタケルにウインクを送った。
ベンはその時、頭の中でこう考えた。
(この状況で、敵の事も解らないのに無謀な行動……
そんなアニキに誰もが命を預けてしまう……何故? 何故だぎゃ?
アニキ……いやこのタケルという男は、どうしてこんなに魅力が詰まっているんだぎゃ?
それに比べて、何故オラには魅力がないだぎゃ?
アニキとの決定的な違いは、いったい何なんだぎゃ……!)
ベンはタケルに嫉妬していた。
ケンカが強くてインガも強い。そして突飛な行動力は人を惹きつける。
今までは『憧れ』だったベンの感情は、この瞬間『妬み』に変わった。
乗り越えたい! この男の上を行ってみたい!
そんな感情が、今、ベンの全身を激しく躍動させているのだった。
「お、オラも行くだぎゃよ、アニキ!」 ベンは大声でタケルに叫んだ。
タケルは振りかえってベンの方を見ると、無言でニヤリと笑った。
「よっし! 野郎どもついてこいッ! その変わりヤバくなったらすぐに引き返すんだぜッ!」
タケルの乗る武神機、餓狼弐式カスタムは変形機構が搭載されていた。
腰を百八十度回転させ、脚部を後ろに曲げる。
そして脚部後面に設置されている無限軌道で、地面を力強く滑走し始めた。
「ベン! てめぇの武神機も変形出来るんだぜッ! やってみな!」
武神機のコクピットに乗り込んだベンは、変形用のレバーを前に倒した。
「おおっ! スゴイだぎゃっ! 武神機がこんな格好で走るなんて!」
「へへっ! これは俺が子供の頃に遊んだオモチャがヒントになっているんだぜッ!」
タケルは得意げに、ダンゴっ鼻をヘヘンと擦った。
「まったく……アニキにはかなわないだぎゃよ」 (でも、いつか……必ず……)
「ん? 何か言ったか、ベン?」
「あ、いや、何でもないだぎゃよ、ははっ! それより、さっきの爆発はこの辺だっただぎゃね?」
「ああ、確かこの辺に間違いねぇ……しかし、凄まじい破壊力だぜ……」
タケルたちはあたりを見回した。
その周辺は、爆発によって地形がえぐれて形を変え、
衝撃によって吹き飛ばされた木々が、ブスブスと黒く焼け焦げていた。
「いったいどんな爆弾を使ったらこうなるんだ? それともまさか、インガの力なのか?」
タケルはもう一度、あたりを注意深く見まわした……すると……
「人だ! あそこに誰か倒れてやがるぜッ!」
タケルの指示した方向には、確かに人がひとり倒れていた。
「子供……だよ?」
その倒れている人影に近づいた紅薔薇が驚いた。
「何で、こんな所に子供が倒れているだぎゃか?」
「わからないだっぴょ! でも、すぐに助けてあげないと……!」
紅薔薇とポリニャック、それと部下が、その子供の救護にあたった。
「ベン、見張りを頼む」
タケルはそう言って武神機から降り、その倒れている子供の所に近づいた。
その子供は外傷こそないが、ひどく衰弱していた。そして、タケルが子供に触れようとした瞬間。
「ダーリン! 触っちゃダメだっぴょっ!!」
ポリニャックが急に大声を上げて叫んだ。突然の事にまわりのみんなは驚いた。
「ど……どうしたんだよポリニャック? さわるなとはどういうこった?」
キョトンとするタケル。
「え?……あ……ど、どうしたんだろう、ウチ。そ、その何でもないだっぴょ!
き、気にしないで欲しいだっぴょ!」
ポリニャックの言葉に皆が不思議がっていたが、
この状況でパニックになるのも仕方ないと誰もが思い、さほど気にしなかった。
「う……ううぅ……」
どうやら、担架に乗せられた子供が、意識を取り戻したようだった。
背丈は子供くらいで、緑色の髪型に幼い顔立ち。
この場に巻き込まれた可愛そうな被害者だった。
だが、一体何故? こんな子供が激しい爆発に巻き込まれたのだろうか?
「おいッ! 大丈夫か? しっかりしろ!」
「あ……」
その子供はうっすらと目を開け、ぼんやりとした表情であたりを見まわした。
「また……やってしまったのかな……」
「まただと? おい、どういうこった!? 誰にやられたんだ!」
タケルはその子供の肩を掴み、問い質した。
「ちょ、やめなよタケル! こんな小さい子供が怪我してるんだよ! 今は安静にさせてあげなきゃ!」
紅薔薇は、タケルとその子供を引き離した。タケルもハッと我に返ったようだ。
「う、すまねぇ、どうかしてたぜ俺も。こんなガキにこの状況が理解できるハズねぇもんな」
「アンタたち! この子供をトレーラーに運んで手当てしてやんな!」
紅薔薇の活の入った声で、部下はその子供をトレーラーに運ぼうとした。
「おい、ガキ。おめぇの名前はなんてぇんだ?」
「は、はい……『シャルル』といいます……でも、たいした怪我じゃないから大丈夫ですよ……」
「何いってんだい、子供が無理すんじゃないよ。おまえらさっさと運んでやりなっ!」
紅薔薇の命令で、シャルルという子供は、トレーラーへと運ばれていった。
「あ、あのちょっと! ほ、本当に大丈夫ですから……」
その子供は、トレーラーに乗せられる事を拒んでいる様子だった。
それを不審そうに見詰めるポリニャック。そこにベンが側にやって来た。
「どうしただぎゃ、ポリニャック? さっきもあの子供に近づくなとか言ったりして……」
「ん、ううん……なんでもないだっぴょよ……」
ポリニャックはその場に立ち尽くし、少年がトレーラーに運ばれていくのを黙って見送った。
その時!
ザンッ! ドシャ!
担架を運んでいた部下の首が地面に落ちた。
「……!」
突然の出来事に誰もが声を失った。
「ワハハハハッ!」
そして森全体に、野太い声が響き渡った。
「だ、誰だ!?」
「キサマらここで何をしておる……ここは、我の土地ぞ。人間共め! 今すぐ立ち去るがよい!」
その声のする方角。大木の枝に立つ怪しい影。身の丈は2メートル以上はある巨体。
赤い顔に高々と伸びた鼻。白い袴に漆塗りの黒い下駄。手に持った白銀の団扇。
それこそ、まさに伝説として語り継がれている、天狗の姿そのものだった。
「ひっ! で、出ただぎゃぁーーーっ!」 恐怖におののくベン。
「くっ! あれはっ!」 とっさに身構える紅薔薇。
首を落とされた部下の首元からは、血がピューピューと吹き出ていた。
そして、キレイに切り落とされた部下の首が、タケルの足元にコロコロと転がっていった。
その首をワナワナと振るえる手で拾い上げるタケル。
「てめぇ……よくも俺の仲間を……ゆるさねぇ……ゆるさねぇぞォッーーーーーーーー!!!」
「やめるんだよ! タケル!」
ドシュッ! ドギャッ!
紅薔薇が止めるのも聞かず、タケルは木の枝にいる天狗に向かって攻撃を繰り出した。
メキャッ!
しかし、折れたのは木の幹だった。天狗はタケルの蹴りをヒラリとかわし、そのまま別の木に移った。
「おオオオオッ!」
それを横っ飛びで天狗を追いかけるタケル。タケルのパンチの応酬!
バシッ! バシッ!
それを軽々と受け流す天狗。
「この下等な人間ごときが、ワシに歯向かうとはっ! 恐れを知れっ!」
シュン!
「なに!?」
一瞬でタケルの背後にまわった天狗は、下駄を振り下ろし、強烈な蹴りを食らわせた。
バギョッ! ドゴォン!
天狗の蹴りをモロに食らったタケルは、そのまま勢い良く落下し地面に激突した。
「グフッ……!」
土煙を上げ、えぐれた土砂に埋まるタケル。
「だ、ダーリン!」 ポリニャックは思わず声を上げた。
「タケル! こいつは只者じゃない! バケモンなんだよっ! アタシもやるよっ!」
タケルの勝負は常に一対一であった。
だから今まで、紅薔薇がタケルの勝負に割って入る事はけしてなかった。
何故ならタケルのプライドを壊してしまうからだ。
それは心のどこかで、タケルの勝利を確信していたからかもしれない。
だがこの場において、紅薔薇は、タケルのプライドを粉々にしようとも構わずに助けに入った。
それだけ、天狗の攻撃力が尋常では無い事を、さっきの一撃で思い知ったのだった。
「おおおっ! 燃え上がれインガの炎! 灼熱火竜死弾よっ!」
ボボボッ!!
紅薔薇の両手から、荒れ狂った炎の竜が四連続で放射された。
「この技は……そうかキサマか……」 天狗は呟いた。
天狗は、手に持った菖蒲の葉の形をした銀色の団扇を軽く一振りした。
紅薔薇の炎の竜は勢いを失い、なんと跳ね返されてしまった。
「うっ!」
ボゴオォォンッ!
跳ね返された炎の竜が、灼熱の炎となって四方に散り地面を焼き尽くした。
けして紅薔薇の技の威力が弱い訳ではない。
タケルと戦った時より威力は格段に上がっていたのだが、天狗の団扇の前には通用しなかった。
「ははは! 懐かしいぞ、このインガ! しかし、まだまだワシには通用せんぞ!!」
炎が木々や草に燃え移り、その場は大きな炎で囲まれた。
「やはり、あなただったのね……」
紅薔薇はその場に立ち尽くし、炎の向こうにゆらゆらと見える天狗の顔をジッと睨んだ。
天狗と紅薔薇の会話。それは明らかに、天狗と紅薔薇が初対面ではない証であった。
しばし見詰め合う二人。
「久しぶりだぞ! ヤマトの国、特殊攻撃部隊白狐隊のひとり……紅薔薇よ!!」
「なにッ!?」
衝撃の事実に、その場のみんなは驚きを隠せなかった。
特にベンやポリニャックは、獣人狩りに酷い目にあっているだけに、
ヤマトの国は目の仇のような存在であった。
「あ、アネキ……あんたまさか、ヤマトの国の人間だっただぎゃか……?」
「ベニバラ……う、うそだっぴょよね?……」
ベンとポリニャックは半信半疑で、紅薔薇の顔を見た。
「隠していたつもりじゃない……でも結果的にはそうなってしまったかもしれねいね……
そうさ、アタシは元ヤマトの国、特殊攻撃部隊白狐隊のひとり、紅薔薇さ。
そしてその天狗は、アタシの師匠でもある……」
「もと? もとってどういうことだぎゃ? 辞めたってことだぎゃか?」
「師匠? 紅薔薇の先生ってことだっぴょか?」
紅薔薇は何も言えず、そのまま押し黙ってしまった。
「フフ、そうか紅薔薇。どうりでおかしな連中といると思ったが、
キサマは白狐隊を抜け、ヤマトの国を出たのだな……そうか、そうか」
紅薔薇と天狗は、どうやら師弟関係だったようだ。
この場に居合わせる奇妙な関係。
味方と信じた者が敵の一員であった。
この動かざる事実に、誰もが感情の向け先に困惑した。
その時。
「ヘンッ! 昔はどうあれ、いま紅薔薇は餓狼乱の一員なんでぇッ!
いちいちそんなことで紅薔薇を惑わすんじゃねぇよッ、この天狗オヤジがッ!」
さっきまで地面に倒れていたタケルが立ち上がった。
「タケル!……」
タケルの言ってくれた言葉は、紅薔薇の心にジンと染み渡った。
「うおおおおーーーッ!」
タケルは思いっきり力を込めインガを放出した。体中が青白い光に包まれる。
「む、なかなかのインガだぞ! 面白い、来るがいい! この若造めが!」
天狗の面が一瞬ニヤリと笑ったように見えた。
「がぁーーーッ!!」
タケルは正面から天狗に飛びかかっていった。天狗は微動だにせずその場で待ち構える。
「どあああらぁッ!」
タケルのパンチの応酬! しかし天狗には一発も当たらない。
しかも、天狗は腕を組み、足に履いた下駄でタケルの攻撃を器用に受け流した。
「ち! バカにしやがってぇ! ならッ!」
タケルが地面を思いっきり蹴りると、土砂が舞い砂煙が上がった。
「む! 目隠しか!?」
天狗は視界を失い、辺りを見回した。天狗はピクリと反応する。
「上ッ!」
天狗はタケルのインガを頭上に感じ、上を見上げた。
「引っ掛かかったな! 俺はここだ!」
しかし、タケルは天狗の頭上からは現れずに、背後から出現した。
ふいを突かれた天狗は防御できない。
「くらえ!」
タケルは思い切り力を込め拳を打ち込んだ。
ゆらり……
しかし、確実に当たったと思ったパンチは、天狗をすり抜けてしまった。
「しまった! これは幻影!」
タケルがそう気付いた瞬間はもう遅かった。天狗はタケルのさらに背後にまわり込んでいた。
「インガの闘気だけを頭上に飛ばすとはやりおる。だがツメが甘いッ!」
天狗の蹴り!
今度は防御が間に合わないのはタケルの方だった。
背後から後頭部に思いきり直撃を受けてしまった。
バギャン!
タケルは吹っ飛び、その先にある木の幹をメキメキと薙ぎ倒していった。
「あぐぅ……ヤロウ! おかしな術を使いやがる……コンチキショーッ!!」
タケルは倒れた木の枝の中から飛び出し、天狗に真っ向から突っ込んでいった。
「ダメだよタケル! 正面からじゃ敵わないよっ!」
紅薔薇の助言も、もはやタケルの耳には入らなかった。
それだけタケルは、不思議な術を使う天狗に我を忘れてしまっていた。
「うおおッ!」
タケルの渾身の一撃! しかし、なんと天狗はタケルのパンチを指一本で止めてしまった。
「な!?」
「ふふ、驚いて声も出ぬか? そもそも力とは流れ。ただ一方向にしか動かぬ力なぞ、
後方に吸収して流せば、この指一本で止める事など雑作もないわ」
「くっ……!」
タケルは思わず天狗から離れて距離をとった。
体験した事のない天狗の未知なる技の前に、タケルは恐怖を感じたのだった。
レベルが違う。その場にいる誰もがそう感じていた。
「ふふふ……さっきまでの威勢はどうした? そっちから来ぬのなら今度はワシの番だ」
天狗は手に持った白銀の団扇を構えると、ふわりと軽く煽った。
「なんだ?……団扇で何しようって……」
ビシュッ!
その瞬間、タケルの頬が鋭く切れ、鮮血が舞った。
「タケル! あの団扇には気をつけて! あれは鋭い風でかまいたちを起こす武器なんだよっ!」
紅薔薇はタケルに向かって大声で叫んだ。
「な、なんだって!? そ、そんなものがあるのかよ……」
だがタケルは、なかなか反撃のタイミングがつかめない。
(タケルは天狗の力の前に完全に萎縮してしまっている……
無理もないわ……あたしにはよく解る……
あの人の不思議な技の前に、タケルの直球なインガは通用しない……)
紅薔薇は、攻撃の取っ掛かりを掴めないでいるタケルの心を察した。
「くっそう! や、やってやるだぎゃーーーーっ!!」
その時、餓狼壱式に乗り込んでだベンが、天狗に向かって突進してきた。
ズガガッ!
しかし、その攻撃は天狗にかすりもせず、大木を薙ぎ倒しただけだった。
「ちょっ、ベン! そんなことしたらダーリンが潰れちゃうだっぴょ!」
ベンは我に帰りハッとした。
周りを見回すと、ベンの武神機の衝撃で、タケルが吹き飛ばされていた。
「す、すまんだぎゃ! アニキ!」
「ふははッ、滑稽だな! そんな武神機でワシを殺れると思っているのか? くらえいっ!」
天狗は飛びあがって、そのままベンの武神機に蹴りを食らわせた!
バッガァンッ!
その強力な蹴りは、餓狼壱式の右腕を軽々と砕いた。
そして地面に着陸すると、手に持つ団扇で両足を横一線に切りつけた!
餓狼壱式の両足は、ものの見事にズバリと切断されてしまった。
「ばっ、バカなだぎゃ! 生身の体で武神機を破壊するなんて!……」
ドズゥンン……!
バランスを崩した餓狼壱式は、鈍い地響きを立てその場に崩れた。
「ぐッ……!」
(こいつ、強い! いや強すぎるッ!……俺が餓狼弐式で戦ったとしても勝ち目はないッ!)
「ダーリン! 伝説の武神機を呼ぶだっぴょ! このままじゃみんなやられちゃうだっぴょっ!!」
ポリニャックがタケルに向かって大声で叫んだ。
「だ、ダメだ……あの武神機は……あの力は使いたくねぇんだ……」
タケルは、両手の拳をギュッと握り締めた。
サエナ遺跡での銀杏との戦い。
邪心竜アドリエルの変化した姿……それが伝説の武神機、『大和猛』である。
あれ以来、タケルは伝説の武神機、ヤマトタケルを呼んではいなかった。
あの戦いで、自分の強大な力を抑制できず、ただ虚しい結末にしてしまった自分に自信を失っていた。
伝説の武神機に乗り込むことで、また誰かを不幸にしてしまうかもしれない……
そんな不安が、ヤマトタケルを呼び出すのを拒んでいた理由であった。
「伝説の武神機だと?……ふはは! きさま如きが伝説の武神機を手にしているとでも言うのか?
ふふっ、面白い! できるものならその力見せてみよ!」
天狗は、伝説の武神機に興味を持ったようだ。
「で、できねぇ……い、イヤだ……あ、アレは使いたくねぇんだ……ダメなんだよぉッ!」
ドゴンッ!
天狗は一瞬にして、タケルの背後に移動し、タケルの頭を持って地面に叩きつけた。
「う!……がっ」 タケルの頭が地面にめり込む。
「愚か者め! 力を手にしながら、それを使うのを拒むだと?
つけ上がるのもたいがいにせいッ!
……もっとも、キサマ如きが伝説の武神機を乗りこなすなど信じておらんがな!」
天狗はタケルの頭を、ギリギリと地面に押し込んだ。
「や、やめるだっぴょっ! ダーリンが死んじゃうだっぴょ!」
「あ、だめ! 危ない、ポリニャックーーっ!」
紅薔薇が止めるのも聞かず、ポリニャックは天狗に向かって飛びかかろうとした。
「失せいッ! 小娘ッ!」
天狗の容赦ない蹴りが、ポリニャックを直撃するっ!
「……!」
しかし間一髪。間に入った紅薔薇が、ポリニャックの体を守った。
だが、天狗の一撃を受けた紅薔薇は、勢い余って吹っ飛ばされてしまった。
メキメキと木の幹が折れ、紅薔薇はその場に崩れ落ちた。
「べ、ベニバラーーーっ!!!」
紅薔薇に駆け寄るポリニャック。
「だ、大丈夫だったかい……ポリニャック……」
「うぅっ、ゴメンだっぴょ! ウチの、ウチのために……」
「ふふっ、気にしなくていいんだよ……言っただろ、アンタはアタシが守るってね?」
「べ、バニバラ~!」
「うふ、泣かないの……そうじゃなければ、タケルに合わす顔がないからねぇ……」
紅薔薇の腕は、天狗の一撃で折れ、グシャグシャに曲がっていた。
それ程までに凄まじい蹴りだったのだ。
「相変わらず防御の下手なやつめ……紅薔薇! キサマには幻滅したぞ!
キサマが何故、ヤマトの国を出たのかは聞かぬ。だが、ワシの教えを何と聞いておったのだ!」
「ふん、いまさら説教かい?」
「そんな弱者の為に我が身を傷つけるとは、もはや生きるに値せぬぞ!
ワシの手であの世へ送ってくれるわッ!」
天狗は、倒れている紅薔薇に向かってのしのしと歩き出した。
「うう……このままでは取り返しのつかないことになるだぎゃ……オラはなんて無力なんだぎゃ……」
ベンは、倒れた武神機の中でただ絶望していた。
ザッザッ……ザッ……紅薔薇の目前に立ち塞がった天狗。
「ふふふ……幸福に思うがいい!
自分の師によって殺されるなら、キサマも本望だろう! くらえいッ!」
ドズッ!
その時、何かが肉体に突き刺さるような鈍い音がした。
「な、なんだとォ~……こっこれはッ!!」
天狗の背中には、鋭く尖った木の枝が突き刺さっていた。
後ろを振り向いた天狗は驚いた。そこに立っていたのはポリニャックだった。
「はぁっ、はぁっ! 紅薔薇には、指一本ふれさせないだっぴょよ!」
なんと、ポリニャックのインガが、尖った木の枝を天狗に射ち込ませたのであった。
攻撃的なインガを持たぬポリニャックであったが、仲間のピンチによって新たなる力が目覚めたのか?
しかし、これで危機が去った訳ではない。
その開花してしまった力のおかげで、更なる窮地に立たされたのだ。
「キサマ……小娘の分際でワシに傷を負わすとは~……許さん! 許さんぞぉッ!!」
天狗の咆哮が、森全体を震わせ、ビリビリと体の芯まで響く。
「あわ……あわわ……」
その迫力に圧されるポリニャックは、すでに戦意を喪失していた。それは致し方ないことだった。
頂点に達したポリニャックの怒りが、たった一度の奇跡を生んだのに過ぎなかったのだから。
手刀を振り上げる天狗。ポリニャック危うし! もはや絶体絶命っ! その時っ!
ガシッ!
天狗の振り上げた手を何者かが掴んだ。それはタケルだった。
「なんだと!? キサマッ!!」 天狗は驚いた。
(ぐ!……この力、振りほどけないッ! こやつにまだこんな力があったとは……!)
「おおおおおッ!」
タケルの体が光った! それは今までに発した事のないほどの眩いインガの光りだった。
ズドンッ!
タケルの一撃が天狗のわき腹に直撃! 勢い余って吹き飛ぶ天狗。
「ぐおッ!!」
なんとか着地した天狗の目前に、タケルの拳が迫り来る!
ビヒュッ! ビヒュッ!
なんとか二発の拳をかわす天狗。
ボグンッ!
しかし今度はタケルのヒザ蹴りが、さっき打ち込んだ脇腹の同じ箇所にヒットした。
「あぐぅッ!!」
たまらずタケルと距離をとる天狗。
しかしタケルはおかまいなしに、ずかずかと歩を進め天狗に近づく。
「こんな卑劣な野郎が紅薔薇の師匠だっただと?……」
「ふふ、そ、そうだ……」
「いいかげんなこと言いやがって! テメーは俺がブッ殺すッ!」
「信じぬのも無理はないぞ。今の紅薔薇は、ヤマトの国にいた頃より腑抜けになっておるからな。
弱者をかばう戦い方なぞ、ワシは教えとりゃせんよ。
あの頃の紅薔薇の残虐な戦い方は凄まじかったぞ。ふふふ!」
「や、やめて! あの頃の事は言わないで!」
紅薔薇には、余程タケルに聞かれたくない過去があったのだろう。
「昔のことなんて関係ねぇ……今、俺の目の前にいるのが本当の紅薔薇なんだよッ!」
「タケル……」
「ふははッ! どうやら、この甘っちょろい男に染まってしまったようだな、紅薔薇!
さっきは不覚を取ったが、もう奇跡は起きんぞ、タケルとやら! くらえっ!」
天狗は手に持った団扇でタケルを切り付ける。あの凄まじい切れ味に、タケルはどう対処するのか?
ガギィィンッ!
耳をつんざくような金属音が響いた。
「なっ! キサマ!?」
タケルは、インガで硬質化させた腕でかまいたちを弾いた。
「もう通用しねぇんだよ……テメェのチンケな技は!」
グシャ!
そして、そのまま天狗の団扇を握り潰した。
「ち、ちいいッ!」
ふたたびタケルと距離をとる天狗。タケルは右手を上げ、天狗に向かって掌を向けた。
「ふふっ……そ、それが何だというのだ?」
「弾けろ、クソヤロウ!」 タケルは叫んだ。
ボボボボボゴォン! バシュシュ!
突如、天狗の体中から爆発が起こり、血しぶきが上がった。
「ぐげぇッ!!」
その不思議な技を食らった天狗は、息を切らして膝をついた。
「ぐはっ! かはあっ! な……何だったのだ今の技はッ!」
タケルは右手を上げたまま、無言で天狗を睨みつける。
「あれはアタシの炎のインガの応用技?……いやそれ以上の爆発の破壊力っ!」
紅薔薇は、タケルの今の技が炎のインガに近いことに気がついた。
「そういえば、前にタケルに炎のインガを教えた時は、焚き火くらいの炎しかできなかったのに、
今は完全に炎のインガを習得している! しかもさらに破壊力を上げて!」
「な、なんだとぉ~? くそっ!」
(……天狗よ……もうよい下がれ……)
突然、その場にいた全員の脳に、直接言葉が聞こえてきた。
「だ、だれだッ!?」
「こ、この声はッ! あ、あの方!?
し、しかし、お言葉ですがこの者達は今ここで殺しておいたほうが!」
(……天狗よ、下がれと言っておる……余の言葉が聞けぬと申すか……?)
「い、いえ! そんなことは御座いません!」
天狗の声は僅かに震えていた。
「あの方……あの方だと? キサマは一体誰なんだッ!」
タケルは謎の声に対して大声を上げた。
天狗も怯える程のこの声の主とは、はたして一体誰なのだろうか?
(……そちらに般若を向かわせた……やつとならその場を撤退する事が出来るだろう……)
「般若! あの新入りで御座いますか!? この場は私ひとりでも大丈夫で御座います!」
(……気張るでない……その傷では逃げるのもやっとだろう……般若に従うのだ……)
その声を残して、その場にいた者にはもう声が聞こえなくなった。
「誰かがここに来るというのか?……般若とか言ったな……どんな奴だ、一体?」
「タケル! この場はヤバイよ! 引くんだよ!」
「そ、そうだぎゃアニキ逃げるだぎゃ!」
「般若とかいう奴がここへ来ると言ったんだ、どんな奴か拝んでやるぜ!」
「あああ……アニキ! 何言ってるだぎゃ!
もしその般若ってのが、天狗より強かったらどうするだぎゃ!?」
「決まってるだろ、そいつもブチのめすッ!」
タケルは鼻息荒くそう答えた。
「ふん! 般若ごときではワシの力には及ぶまい……あの新入りめが!」
天狗は傷ついた体をやっと起こしてそう言った。どうやら天狗と般若は仲が悪そうだった。
(だが、このタケルという男のインガは、さっきとは比べ物にならぬほど強くなりおった。
この短期間でこの男の眠っていた力が目覚めたというのか?……
ここはまともに戦うのは得策ではないのかもしれぬな……)
天狗はタケルのインガを警戒していた。
「ホ!……どうやら天狗よりは弱いみたいだぎゃね」
「安心するのは早いぜ、ベン! 強いインガを持った奴が近づいてくるのを感じるッ!」
「ほ、ほんとだっぴょ! ち、近い! ダーリン気をつけて! もう、すぐ側にいるだっぴょよ!」
「ご名答」
タケルの背後には、すでにその男が立っていた。
バオッ!
振り向きざまタケルの裏拳が空を切った。
「い!……いつの間にいやがったんだ……全く気付かなかったぜ」
般若。
全身を黒い忍び装束でまとい、顔には鬼のような般若の面。その男はまさに般若そのものだった。
「フッ、あのお方にも困ったものだ……この男に興味を持たれるとは……
さて天狗、戻るぞ。この場は引くのだ。あの方の命令は絶対なのだからな」
般若は腕を組み、天狗を冷視していた。
「く! あのお方の命令では仕方ない! だがキサマの助けはいらぬぞ!」
天狗は般若の助けを拒んだ。
「フッ、そう言うな天狗。傷ついた体では、その男のインガには太刀打ちできまい?」
「こっ、これはワシが油断したからだ! それに敵が複数だったからだ! 一対一ならば……!」
(ち……天狗め、つまらんプライドを持ちおって……) 般若は小声で呟いた。s
「これは失礼した。何もアナタが弱いと言った訳じゃない。俺はあの方の命令に従ったまでだ」
「わかった……この場はひくことにしようぞ……」
天狗はフワリと中に浮いた。
「ま、待ちやがれ! このまま逃げ帰れると思っていやがるのかよッ!」
「あわわ! アニキ、せっかく帰るって言ってるのに、わざわざ挑発することないだぎゃよっ!」
「うるせぇ、ベン! 紅薔薇にケガさせて只で帰らせるわけにはいかねぇんだよ! くらえっ!」
タケルは天狗に使った技を、般若に向けて放った。
「ほう、インガの力を爆発に代えるワザか……だが爆発する前に押さえ込めば……」
ギュイイィン!
般若が手をかざすと、タケルのインガと相殺し、爆発を押さえ込んで消えてしまった。
「な、何ッ! 俺の技が……!」
「フッ、やはりな……天狗には通用しても、私には通用しない」
「般若、貴様! ワシを愚弄するのかッ!」
「おっと、つい口がすべってしまった。さて、それではこのへんで御暇することにしよう」
般若がタケルの前に立ち塞がると、なんと般若はふたりに分身したのだった!
そしてまた、三人、四人……と数十人にまで分身し、タケルをとり囲んだ。
「フハハハハハ……!」
囲まれたタケルはどの般若を狙っていいか解らずに戸惑っていた。
「くッ! こ、この野郎!」
ボンッ!
そのうち、ひとりの般若が地面に向かって煙玉を投げつけた。
煙玉からは鮮やかな色がついた煙が立ち込め、辺りは何も見えなくなってしまった。
「また会おうぞ、オボロギタケル……貴様とは長い付き合いになりそうだからな」
そう言うと般若は煙の中に消えていった。
「なんだと!?……なぜアイツは俺の名前を知っていやがるんだ……」
天狗もこの隙にと、飛びあがってこの場を離れた。
だが、やられたままでは気が済まない天狗は、振りかえるとタケルに向かってこう叫んだ。
「タケルよ! このままでは済まさんぞッ! キサマはこのワシの跡を必ず追うことになるッ!
そしてその時こそ決着をつけてやるぞ! ふははははッ!」
そう言い残して天狗は消えていった。不適な笑い声を残して。
「やれやれ、天狗のいたずらにも困ったものだ……」
般若は謎の言葉を呟いた。どういう意味だろうか?
「くそ、逃げられたか!……いや、相手にされなかった……あの般若ってヤロウには……」
タケルは、般若に使った技が、たった一度で見破られてしまったことを思い返した。
(ヤツの戦闘センスはハンパじゃねぇ……
あのまま戦っていたらやられていたのは俺だったかもしれない……
それにしても天狗のヤロウの残した言葉……奴を追う事になるだと?
どういうこった? 気になるぜ……)
ようやく煙も消え、視界が晴れてきた。
「ま! 何はともあれ、みんな無事でよかったぜ!
……と、部下が殺されちまったっけな、それに紅薔薇も怪我を負ってしまった。
おい紅薔薇! 大丈夫か? すぐに手当てしてやるからな!」
そう言ってタケルは、紅薔薇の倒れている木の根元に駆け寄った。
「ば……バカな……こんなハズはねぇ……これは何かの間違いだ……」
「ダーリン、どうしただっぴょか? ベニバラがどうかし……!!!」
その場にいた誰もが声を失った。
木の幹に倒れていた紅薔薇の胸には、天狗の銀の団扇が深々と突き刺さっていた。
おそらく、天狗が去り際に放ったものだろう。
紅薔薇は意識をなくしたまま目を閉じ、その場に横たわっていた。
「う……ウオオオッ~~~~~!!!」
タケルの悲しい咆哮が、ミブキの森に響き渡った。
天狗の団扇に胸を貫かれた紅薔薇。
そしてタケルの名を知る謎の男、般若。
この地に踏み込んだ代償は、あまりにも大きかったのかもしれない。
誰もが近寄らない不気味な森……ミブキの森。
それは、悲しみが森中に木霊しているからかもしれない……
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