第4話「光が導く素敵」

 ——前略。


 わたしは今日も元気です。お変わりありません。


 わたしが暮らしているのは通称〝森林街〟と呼ばれる「ユグード」と言う街です。


 この街は名前に違わぬ街でして、おっきな木が所狭しと並んだ只中ただなかにあります。なので、本来は昼間でも薄暗いはずなのですが、実際はとっても明るいです。


 なぜかと言えば「陽虫ようちゅう」っていう光る虫が一定の高さで大量に漂っているからです。


 この虫の放つ光がほんのりと暖かくて、たくさん集まって太陽のようなポカポカ陽気を生み出してくれているのです。夜になると姿を消して光を蓄えているのだとか。


 ときたまはぐれた一匹が、ふわりふわりと降りてくることも、あるとか……ないとか。


 もしかしたら。


 はぐれてしまった寂しさから、人の温もりを求めて来たのかも、しれませんね。


 草々。


 森井もりいひとみ——3023.4.17




   ***




 朝の光が窓から部屋に差し込みます。陽虫が目を覚まし、徐々に光を灯し始めたのでしょう。中空から森林街が柔らかな光に包まれ始めました。


「んん〜! いい天気〜!」


 窓を開け、顔を出して朝の爽やかな風を感じる瞳。相変わらず寝起きはボンバーヘッドの、クリクリとした眼を持つほわわんとした雰囲気の女の子です。


 肺いっぱいに新鮮な空気を取り込んで、思考がスッキリと冴えてきました。


「……ほえっ?」


 すると、気付きます。地上からこちらを見上げる女の子がいることに。遠目ですが、特徴的なシルエットをしていて、歳は瞳とそう変わらないでしょう。


 目が合って、数秒ほど視線を交わすと、あちらからスイッと体の向きを変えて歩き去ってしまいました。


 なにを思ってこちらを見ていたのでしょうか?


 あるいはこちらを見ていたのは勘違いかもしれませんが、そうではなくとも〈ヌヌ工房〉を見ていたことは確かです。


 よくわからず、アホの子のように首を傾げていると、ほわりほわりと光が舞い降りてきました。


 光は窓辺に降り立つと、ポヨンポヨンとプリンのように波打ってから、目が合います。


「…………っ?!」


 驚きに一歩後ずさる瞳。光と目が合うとは何事かと、恐れ慄いたのです。


「もしかして……〝陽虫〟さん?」


 セフィリアから中空に漂う光の玉の正体を聞いて知ってはいました。それが降りてくることがあることも。


 けれども陽虫が降りてくるのは珍しく、かなり珍しく、とっても珍しく、よっぽどのことがない限り、降りてはこないのです。


 しかし目の前でほのかに光る柔らかそうな毛玉には確かに愛らしい目がついていて、生き物であることを如実に表しています。


 陽虫は羽ばたく羽も、風の力もないのにふわりと浮かび上がると、瞳の周囲を漂い始めます。瞳を明るく照らして、まるで付き従う妖精のよう。


「…………ほ。……ほ〜?」


 部屋の中で移動して立ち位置を変えてみると、フラフラしながらもゆっくりとついてきます。


 ちょっと可愛いです。


 うるさくないし、害もないのですが、どうしていいのかわからない瞳は、頼れる先輩が下の階にいるので助けを求めることにしました。


「せ、セフィリアさ〜ん……?」


 一応朝なので、様子を窺うようにゆっくりと階段を下りて覗き込みます。もしかしたらまだ寝ているかもしれません。


「あら、おはよう瞳ちゃん。どうしたの? まだ練習の時間には早いみたいだけど……?」


 起きていました。しっかりと若葉色の制服を着て、窓辺で本を読んでいます。パジャマ姿の瞳なんかよりもよっぽど早起きでした。


 壁にかかった鳩時計を一瞥してから、首をかしげます。


 しかしすぐさま異変には気付きました。瞳の背後がまるで後光のように妙に明るいのですから当然でしょう。


「その〜……さっきからこのような状態になっておりまして……」


 階段を下りきると、ついてくる陽虫が姿を見せて、瞳の頭の上に止まります。


 つむじのあたりが暖かいです。


「あらまぁ」


 驚きの声をあげて、しかし全く驚いた様子は見せないままにニコニコ笑顔のセフィリア。本を閉じ、瞳に歩み寄ると陽虫は後頭部のほうへ隠れてしまいました。


「ふふふ。恥ずかしがり屋さんなのかしら?」


 困ったような笑顔を浮かべます。セフィリアの笑顔は標準装備なのです。


「わたし、どうすればいいんでしょう〜?」

「そうねぇ……気にしなくていいんじゃないかしら?」


 冗談っぽくではありますが、まさかのお手上げ宣言。頼れる先輩も頼りになりませんでした。なんということでしょう。


「気にしなくても、って……」


 そうは言われても、視界をチラチラと動き回る光など、【地球シンアース】育ちの瞳には馴染みのないものですから難しいでしょう。


「私もこんなに近くで見るのは初めてなの。だから正直に言って、どうすればいいのかわからないわ♪」


 嬉しそうに楽しそうにセフィリアは言います。


「でも悪いものではないのは確かよ。『奇跡を運ぶ幸せの象徴』って言われてるくらいだから」


 光り輝く虫にそのような意味が込められているとは知りませんでした。なんだったらちょっと邪魔だな、くらいに思っていた瞳は反省しました。


「もしかしたら、近いうちに素敵ななにかが待っているかもしれないわよ♪」

「ステキななにか、ですか〜……」


 瞳はうっとりと思いを馳せます。


 範囲がザックリとしているので、いま瞳の脳内では〝道端で小銭を拾うから白馬の王子様が迎えに来る〟まで、いろんな妄想が蔓延りました。陽虫のおかげで常にライトアップされているようなものなので、気分は舞台上のヒロインなのかもしれません。


 陽虫を両の手の平で優しく包み込むと、おとなしくじっとしてくれています。愛らしいです。

 そんな陽虫に優しく囁きかけました。


「——わたしのところにキミが来てくれたことがもう、ステキななにかだよ」


 心まで温かくしてくれる陽虫の不思議な光は、少女に一体なにをもたらしてくれるのでしょう。


 微笑みかけると、陽虫も微笑み返してくれた気がしました。


「あ……」


 頭の上に置いてから、真剣な眼差しでセフィリアに言います。かつてない真剣さです。


「セフィリアさん。わたしこの子を群れに戻してあげたいです」

「そうね。このままにしておくわけにもいかないものね」


 年がら年中ライトアップされるわけにもいきませんし、きっと周りからは変な目で見られてしまうでしょう。そうなってしまう前に、群れに還してあげないといけません。


 懐かれているようでちょっぴり嬉しい瞳ですが、陽虫はどんな生活をしていて、どうやって生きているのか未だによくわかっていない虫ですから、責任を持てないのです。


「キミはどうして降りてきたのかな? って、わかるわけないか〜」


 頭の上でおとなしくしている陽虫に語りかけますが、返事など返ってくるはずもなく。


 陽虫が生息している中空はそこそこ高度があるため、人間は近寄れません。自力で上に飛び上がってもらうしか方法はなさそうです。


 しかし、果たして素直に戻ってくれるでしょうか? 居心地良さそうに頭の上を陣取っているので、怪しいところです。


「ずいぶんと懐かれちゃったみたいね。これはしばらく面倒を見てあげる必要があるかもしれないわねえ」


 困った笑みを浮かべながら、セフィリアはそんなことを言います。


「そのまま外に出るとちょっとした騒ぎになりそうだし、幸い外に出る用事もしばらくないから、その間になんとかしましょう?」

「あい〜」


 やっぱり先輩は頼りになる存在でした。実に頼もしいです。


 群れからはぐれて降りてきてしまった陽虫。それに懐かれた瞳。


 いったい、どうなってしまうのでしょうか?




   ***




 ——前略。


 そんなわけで、ヨウちゃんをしばらく〈ヌヌ工房〉で匿うことになったのです。ヨウちゃんっていうのは、この陽虫の名前です。あったほうが都合がいいですから。


 わたしが修行をしつつヨウちゃんの面倒を。その間にセフィリアさんが解決策を探ってくれるそうです。もちろんわたしも、できることは色々と試してみるつもりです。


 あのね……でも——、


 ううん、やっぱりなんでもないです。わがままは良くないですよね。


 家族がいるのかはわからないけど、きっと心配しています。わたしヨウちゃんのために、頑張りたいです。


 そういえば今朝、こちらを見ている同い年くらいの女の子と目が合いました。思えばこっちに来てからお友達って作れてなかったっけ。あの子とお友達に……なれないかな〜?


 それでは、またメールしますね。


 草々。


 森井瞳——3023.4.20

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る