第21話

「丘」


望さんの葬儀が執り行われた数日後、僕は木村さんの家を訪ねた。

庭の草花は全て刈り取られていて茶色い地面が見えていた。

「随分さっぱりしましたね」

僕が言うとお茶を差し出しながら木村さんが答えた。

「春には何かの花でも植えようかと思っているんですよ。花なんかまるで興味なかったんですが、望さんの影響なんですかね、なんだかやっぱり、淋しいですし・・・」

木村さんは「望さんのようには上手く行かないでしょうが」と付け足し、少し俯いて言葉を止めた。

家の中はしんと静まり、オレンジ色の陽の光が忍び来るように斜めに差し込む。

「今度うちに晩飯でも食べに来ませんか?」

「そんな、ご迷惑でしょうから」

「全然かまわないですよ。遙のことでしたらご心配なく」

「しかし・・・」

「それにあいつ、木村さんの事、凄く気にしてるんですよ。 罪滅ぼしって訳じゃありませんが・・・、来ていただいたほうが助かります」

木村さんは漸く顔をほころばせて穏やかに笑った。

「そうですか。いまいろいろ片づけやらなんやらで手が開かないので、そのうち落ち着いたらお伺いいたします」

僕はその言葉を信じて時を過ごした。

けれど何時までたっても音沙汰がなく、一ヶ月後に電話を掛けると不通になっていた。

不振に思った僕は再び木村さんの家を訪れたが扉には鍵が掛かりっていて人の気配がまるでなかった。

「木村さんならお引越しなさいましたよ」

向のおばさんが声を掛けてくれた。

「そうですか。どちらに行かれたかご存知ですか」

「さぁ・・・」

あの日以来、木村さんの行方は誰も知らない。



「夕景」


仕事に復帰した日はまるで新入社員みたいな心地で物凄く新鮮だった。

机も引き出しの中の事務用品もそのままで、なんだか嬉しかった。

その反面、後輩達の仕事振りがいつの間にか逞しくなっていてなんだか取り残された気分で少し焦った。

「古川さんなら直ぐに慣れるさ。そうでないと困るんだがね」

そう言いながら現在進行している企画の資料を渡してくれた人は私の上司で五つ歳上の武藤さん。

「いきなりで悪いんだがこの仕事を手伝って欲しいんだ」

「はい」

「ところで、母親になった気分はどんな感じかな」

武藤さんからそんな事を聞かれるとは思ってもみなかったから私は少し戸惑い、それでも充実した幸せを滲ませた笑顔で答えた。

「子供はやっぱり、可愛いよね。焦らず、ゆっくり、以前のように頑張って。我が子のためにも」

そのときはまだ武藤さんのプライベートの事は良く分からなったけれど、離婚暦があり子供が一人居るということは噂で知っていた。



「丘」


仕事が終わった後、託児所に陽太を迎えに行く事が習慣になり、それも苦にならなくなった頃、僕の身体に異変めいたものを感じるようになった。

疲れが取れず、背中の辺りに鉛のような重さを感じた。

食欲も段々細くなった。年に一回の健康診断では異常は無かった。

陽太が産まれてから我が家ではベランダが喫煙所になり、それを期に禁煙した。

酒も控えた。まぁ、経済的なことが一番大きな理由だったのだが。

風邪を時々ひくぐらいで健康には自身があったし、まだ二十代半ばだったからそんな異変もただの働き過ぎ、夜の付き合いの後遺症、そんなふうにしか思っていなかった。

現に、どんなに疲れていても託児所に赴いたとき、僕に向かって覚束ない足取りで駆け寄る陽太を抱き上げた時には元気百倍、天井を突き抜けて大気圏を飛び出して行きそうなほどの力を得たのだから。

それに、陽太の一歳の誕生日を迎えた数ヵ月後に新たな力を得ると、僕の体調など取るに足らないものとなった。


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