第9話
「丘」
父
僕が不良の仲間達と付き合っても何も言わずにいた両親に対して言い知れない苛立ちが募っていた。
自由にしてくれるのならそれにこしたことは無いし、別に気にすることでも無いのかも知れない。
けれど、当時付き合っていた連中の大半は親の子に対する無関心、または子供の心からずれた親の執着心によって非行に走らせたのだと言っていい。
だから僕自身も親の理想からずれた為に僕自身に関心が無くなったのではないかという妙な不安感が膨らんでいったのだ。
そしてその不安感を押し込めるように仲間とつるんでバカばかりしていた。
中学三年になって周りは受験に備えて真剣に勉強している最中に僕らは街をぶらぶら徘徊していた。
土曜日の午後だったと思う。僕はいつもの仲間三人と隣町の商店街を歩いていた。
「腹へったよな」
「ああ、そうだな」
前を歩いていた二人がスーパーに入って行き、僕も後に続いた。
「金あるのかよ」
僕が言うと「ねぇよ」と口を揃えて二人は答えた。
店内をブラブラ歩き回り、一人がパンを手に取った。
そしてそれを何気なく空っぽの鞄の中に入れた。
「おい。いいのかよ」
そいつはニヤリと笑って僕の鞄の中にもパンを押し込んだ。
「気にするなよ、出世払いだ」
二人とも手に取ったジュースや菓子を次々鞄に入れ、僕に向かってお前もやれと目で合図された。
僕は罪悪感で一杯だったけれど後でバカにされるのが嫌だったし、僅か数百円のものだからと自分を納得させ、使う当てのない日用品を盗んだ。
見つかるかも知れない、見つかったらどうしよう、という緊張が妙な高揚感に変わり、そのうち罪悪感が消えていた。
考えてみれば柄の悪い連中が店内をブラブラ歩きまわり、レジも通らず出口に向かう姿は誰から見ても不自然だし、万引きしていますと言っているようなものだ。
当然出口を出た所で店員に捕まった。二人は素早く逃げ出したが、僕だけが捕まり店の事務所に連れて行かれた。
僕はその時まだ余裕があった。後であの二人に笑われるのか、畜生、などと心の中で悪態をついていたが、店長に詰問され、諭されているうちに段々と怖くなり、またむくむくと罪悪間が芽生え、不安ばかりが渦巻いた。
学校に知れたらどうしよう。受験、内申書・・・。
ええい!どうでもいいや。というような投げやりな気持ちがもたげて来たが、親父とお袋の顔が思い浮かぶと途端に胸が潰されるような苦しさが覆いかぶさった。
だから店長に何を言われてもだんまりを決め込み、名前も、何処の学校かも言わず俯いていた。
そのうち店長は苛立ち、僕の鞄の中を漁り始めると生徒手帳が零れ落ちた。
僕は目の前が真っ暗になり、もう何も考えられなくなっていた。
そして担任の先生がやって来て、そのあと直ぐ、親父が顔を真っ赤にしながらやって来た。
「お前本当に万引きしたのか」
その時の親父の顔はありふれた例えをすると正しく鬼のような形相をしていた。
親父には数え切れないほどぶたれてきたが中学校に入ってから一度も殴られたことはない。
不良連中と付き合いだし、お袋に悪態をついても親父は小言を言うだけで決して手を上げなかった。
けれどその時の親父ほど怖いと思った事はない。
僕は内心縮み上がり、親父の問いかけに思わず首を横に振ってしまった。
「本当だな。本当にやっていないんだな」
嘘をついた罪悪感を抱えながら後戻りできなくなった僕はゆっくりと頷いた。
すると親父は僕の腕を掴んで引っ張り、事務所を出ようと歩いた。
「お、お父さん、だめですよ、何処に行くんですか」
担任が思わず引きとめた。
「帰るに決まってるだろ。息子は万引きなんどしてねぇ!」
スーパーの店長が怒りに任せて大声を上げた。
「何言っているんですか!嘘に決まっているでしょ。鞄の中にうちの商品がこんなに入っていたんですよ!」
広げられた菓子やジュース、日用品を指差してテーブルを叩いた。
しかし親父は全く怯まずに鋭く睨みながら言い返した。
「あんたは俺の息子が品物を鞄に入れる所を見たんか」
「見ちゃいませんよ。だけどね、一緒にいた奴らにはもう何回も万引きされて、手を焼いていたんですよ。お宅の息子さんも仲間なんでしょ」
「仲間だとかそんな事は関係ねぇ!。見ても居ないのに泥棒扱いするのかこの店は!」
「だったらどうしてこの商品はどうやって鞄の中に入ったんですか?商品が勝ってに入ったとでも言うんですか!」
「うるせぇ!息子がやっていないというからにはやってねぇんだ!」
興奮し、唾を飛ばしながら捲くし立てる親父を見かねて担任が割って入った。
「まぁ、お父さん。落ち着いて下さい。健一郎君は最近ちょっと素行が思わしくなくて、疑われても仕方ないでしょう。店長さんの言うとおりですよ。レジを通らなかったんですから・・・」
その言葉を聴いた親父は更に顔を赤くして髪の毛が逆立った。
「あんたそれでも先生か!自分の生徒を信用していないのか!」
「信用するとかしないとかじゃなくてですね、現実を見ましょうって言っているんですよ」
「黙れ!バカもん!俺はこいつの父親だ!自分の子供の事を信じれなくて何を信じる!お前らが信用しねくても、世間が信用しねくても俺は息子を信じる!」
店の方まで聞こえそうな怒鳴り声を上げた親父は僕の腕を引っ張り、ドアノブに手をかけようとしたとき店長が立ちはだかった。
「あなたも分らない人ですね。穏便に済ませようと思ってましたが、警察を呼びますよ!」
「なにを!呼ぶなら呼べ!俺らは帰る!」
そして店長と親父は揉み合いになり担任が必死に親父を制した。
僕はそんなやり取りを見ているうちにどんどん気が滅入り、今にも殴り掛かりそうな親父の背中にしがみついた。
「父ちゃん止めてくれよ!僕が悪いんだ!万引きしたんだよ!」
親父は息を荒げ、振り向くと拳で僕の頬を殴った。
「お前!嘘ついたんか!」
もう一度殴られてその場に倒れ込むと親父は更に馬乗りになって何度も僕を殴りつけ、みるみる顔は腫れ上がり、鼻血が床を汚した。
「この馬鹿野郎!お前!何をしたの分かっているんか!人様の物に手をつけやがって!そんなに腐ったのか!」
痛かった。
骨の髄まで痛さが突き刺さるようだった。
肉体的な痛みもそうだったが何より心が痛かった。
腫れた瞼から見た親父は涙を流していた。
担任がおののきながら親父を羽交い絞めにして僕から離そうとしたが親父は暴れ、声を張り上げた。
「お父さん止めて下さい!暴力はいけません!」
「うるさい!離せ!俺はいつもこいつに、人様には迷惑をかけるなといっているんだ!言って分らなかったら殴るしかないだろ!離せ!」
暫く揉み合ったあったあと、我に返った親父は担任と店長に向かって土下座し、頭を床に擦り付けた。
「申し訳ございません!どうか許して下さい!息子のした事は全部私の責任です!だから先生、内申書に悪く書かないで下さい。こいつにはまだ将来があるんです。どうかこの通り、お願いします。店長、金で済む事じゃないことは分かっています。でも今回だけは見逃して下さい!どうか、どうかこの通り・・・」
今でも僕はその時の親父の姿をはっきりと思い出す事ができる。
殴られたその痛みと共に。
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