第7話
「夏の終わり」
玄関の前で小さな木の切れ端で櫓を立てて火をつけた。
「お父さん迷わないで来れるかな」
南海江がしゃがんで呟いた。
陽太はその炎を見詰めながら冷たく言い放った。
「ふん。お父さんのことなんか知らないくせに!」
南海江は涙を浮かべて陽太を睨みつけた。
「知ってるもん。お父さん、知ってるもん!」
「ナミが知ってるわけないじゃないか。お父さんが死んだのはナミが赤ちゃんの時なんだから」
「兄ちゃんだってちっちゃかったんだから知ってるわけないでしょ!」
陽太は顔を真っ赤にして南海江の頭をげん骨で叩いた。
南海江は大きな声を出して泣き出しおかあさんに助けを求めて抱きついた。
「ヨウ君何するの、だめでしょ!」
私も陽太を咎めると、陽太は家の中へ逃げ込むんだ。
仏間の奥にあるその部屋は今物置のようになっていて、使われない布団や家財が置いてある。
陽太はその部屋の真ん中に膝を抱えて座って泣いていて、私は扉を開けたきり、部屋に入ることを躊躇した。
「夕景」
高校二年の時、突然私の前にある人が現れた。
学校から帰って来ると居間のソファにその人は座っていた。
祖母は少し緊張しながら私にも座るように手招きした。
五十歳半ばのその男性は私に侘びを言って頭を下げた。
そうか、お母さんは私よりこの人を選んだんだ。
白髪交じりの頭と無精髭。土気色の肌と濁った白目。
こんな人の何処が良かったのだろう。
お母さんはただ優しさという拠り所が欲しかっただけかも知れない。
私はこの人を怨むつもりはもうとう無かった。
そして、お母さんの事などもうどうでもよかった。
けれど住所と電話番号が書かれた便箋を差し出され、私に会いたがっているという言葉を聴いたとき、言い知れぬ怒りが込み上げてきて、その人に、汚い言葉を投げつけた。
「夏の終わり」
陽太が小学校に入った頃から急に父親の事を聞いて来るようになった。
初めての参観日の時、どうしても仕事の都合がつかなくて私が行けなかった事も原因の一つかも知れない。
私は陽太の隣に座ってり抱きしめた。
陽太は手の甲で涙を拭い、鼻をぐずぐずさせながら私にもたれかかった。
この部屋は陽太にとって父親と僅かな時間を過ごした思い出の場所。
父親という存在を感じさせる唯一の場所。
しかし、私にとっては後悔だけが渦巻く重苦しい部屋だ。
そう、あの時、私が何もかも投げ捨てていたら、
込み上げてくる衝動に任せていたらきっとこんな気持ちにはならなかった。
窓からはオレンジ色の光が差し込み、微かに埃が漂っている。
畳の染みも、赤茶けた桐の箪笥もあの時のまま。
そして私も、五年前と何も変らない。
「丘」
中学三年になっても僕は何も手につかず
ただ毎日を流されるまま過ごしていた
学校に行ったふりして
仲間とつるんで遊びまわってばかりいた
服装や言葉使いで僕の行動は分っているはずなのに
親父もお袋も何も言わず何も変わらず僕に接してくれた
それが何だか気にさわり
たまに小言を言われると更に苛ついた
学校で彼女を見かけると
暗い穴に落ちてゆくような絶望感に襲われた
その時のどうしようもない僕は
親父やお袋に暴言を吐くことで
精神の震えを抑え
そして、助けを求めていたのかも知れない
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