第5話

「夏の終わり」


斑な樹木の陰と川風が軽ワゴン車の中を通り過ぎた。

子供たちはおとうさんから借りた釣竿を抱え初めての釣りに胸を膨らませた。

家から五分ほど走ると小さな漁師町に出た。番屋には黄色とオレンジ色の大きな丸い浮が積まれ、乾かしてある魚網から放つ潮の匂いが鼻腔を刺した。

鍵をつけたまま市場の脇に車を置き、親戚のおじさんの船に皆で乗り込んだ。

「すみません、お疲れなのに」

「いやいや、遠慮しなくてええよ。そのかわり釣れなくても恨まんでくれや」

船外機は唸りを上げて黒い煙を残し、船先は波を立た。

港を出ると船は大きく揺れ、子供たちは船の縁から身を乗り出して歓声を上げた。

真っ青な空から陽は降り注ぎ、遠くの海は薄く緑がかっている。

潮風は頬にまとわりつき、波しぶきが額を濡らす。

この胸の軽さはそう、あなたと付き合い始めたあのときと同じ。

暗く狭い空間から解き放たれ、暖かい光を浴びたあのときと。



「夕景」


「いいこと、お父さんに恥をかかしちゃだめよ」

「お父さんは立派な人なんだからあなたもちゃんとしなさい」

「なぜ悪さばかりするの、お父さんに言いつけるわよ!」

子供の頃お母さんによく言われた。

確かにお父さんは若くして外科部長を勤めるような立派な人だった。

けれどお父さんはいつも忙しくて殆ど家にはいなかった。

皆私のことを先生のお嬢さんと言ってちやほやしてくれたけど

むしろお母さんの方が喜んでいた。

お母さんはお父さんのことを愛していた。

いいえ、きっと愛していたのは外科部長の妻とういう立場。

私はただ夫婦の証拠に過ぎなかったのだ。

だってお母さんはお父さんが死んだ後、私のことなど捨てて知らない人と何処かへ行ってしまったから。



「夏の終わり」


私は船酔いで折角おかあさんと作ったお弁当を一口も口につけることができなかった。

陽太と南海江は今まで見たことのないくらいのはしゃぎ様でおとうさんとおじさんに教えられながら竿を振った。

釣果はまずまず。

「ねぇねぇ、これなんていうの」

「こりゃ、アジだ」

「ねぇママ!夏のおわり

南海江が誇らしげにテグスを持って私に見せる。

二人共初めての船なのにまるで地元の子供のよう。

私は吐き気と頭痛で目の前がクラクラし、時々撫でる風だけが慰めてくれた。

お腹の下がキュンとするほどの揺れの中で遠くに見える陸を見ていた。

小さく見える港。海岸沿いの道をミニカーが走る。

その先に見える灰色の建物とかまぼこ見たいな赤い屋根の体育館はあの人が通った中学校。

そして、その先のその奥にあの人の丘があるはず。

私は朦朧とする目を凝らし

その丘を探した。



「丘」


ハッチンの家は仲間の溜まり場

初めてタバコを吸ったのも

初めてコーラ割の焼酎を飲んだのもその溜まり場

夜な夜なファミコンやって

夜中の道路に寝転んだりして

土曜の夜は愉快だった

ある日仲間の一人が言った

「知ってるか?あいつもう三人とやったんだって」

まだ中二なのに

あんなに純真無垢な笑顔なのに

僕の初恋の彼女の根拠のない噂

僕はそいつに襲いかかった

滅茶苦茶に殴りつけた

僕は僕を殴り続けた

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