第4話

「夏の終わり」


お風呂から上がると冷たい西瓜をご馳走になった。

裏の畑には西瓜だけではなく茄子や胡瓜、トマトも植えていて、夕飯の前に子供たちが籠いっぱい採ってきたのだ。

二人は夢中で西瓜を頬張り、お義父さんとお義母さんは他愛もない子供たちの話に頷いている。

毎年繰り広げられるこの光景に私は言い知れぬ安堵感を覚えるけれど、思えばあなたがいないお盆を迎えることが自然なことのように感じ、それがたまらなく切ない。

東京しか知らない私があなたに連れられて初めてここにきたとき、あまりの静けさと夜の暗さに怖くなって震えるほどだった。

けれどあなたのご両親のおおらかな優しさに触れだんだん心が落ち着いた。

次の日の夜中、私がトイレに起きたとき煌煌と照らすお月様を見た。コンタクトレンズをはずしているのにその姿ははっきりと見え、そして昨夜は聞こえなかった五月蝿いほどの虫の音が私の耳に飛び込んできた。



「夕景」


お父さんが突然死んだ。

小学五年のときだった。

頭が痛いと言ったきり病院のベッドから起き上がることはなかった。

お母さんは泣いてばかりいた。

しばらくお母さんと二人きりで過ごしていたけど、

日に日にやつれて病気がちになりお父さんの実家に移った。

祖父と祖母は悪い人ではなかったけど何故か馴染めなかった。

お父さんのお葬式のとき確かに私は泣いていた。

けれどそれはお父さんが死んだという事実に対してではなく、

死という得体の知れないものが怖くて泣いていたのだ。

現にその後、お父さんの事を考えても輪郭がぼやけていて、

これといって思い出せる出来事も無かった。



「夏の終わり」


「仕事は相変わらず忙しいのかい?」

朝食の手伝いをしている私におかあさんが話しかける。

「ええ。でも最近は残業ができなくなったので帰る時間は早くなったんですよ」

「だったらヨウちゃんとナミちゃん、喜んでるでしょ」

「そうでもないですよ。この間なんかいつもより早く帰ったら、もう帰ってきたのって邪魔にされました」

おかあさんは陽気に笑って糠床からお漬物ものをとりだした。

何気ない朝、何気ない会話。

ずっと昔からこの家にいるような気持ちにさせる。

とても自然で何の飾りも無くすっと溶け込んでいる自分に気づく。

あなたの家だから?そうかも知れない。

私に本当の家なんてないから?ただ逃げ出す場所が欲しいから?

確かに私はここが好き。あなたのお父さんも、お母さんも・・・。

もしあなたが生きていて、ここで暮らそうと言ってくれたらどんなに嬉しいことか知れない。けれど今の私はこの土地のルールも厳しさも知らないただの異邦人に過ぎない。

多分私がそうしたいと言えばおとうさんもおかあさんも喜んで迎えてくれるだろう。

でも、そんなことは出来ない。だってあなたはきっと怒るに違いないから。




「丘」


なぜあいつなんだろう

なぜ僕じゃないんだろう

あの笑顔は僕を惑わすため?

ありがとうって言ったのは嘘?


そうさ、きっとそうさ


手をつなぐのは僕じゃなかった

防波堤の灯台の下で

僕は気づかれないようにして逃げた

コソコソと音を立てないようにして走り去った


胸の中にどろどろとした重いものが溜まってゆく

こんな気持ちになるなんて!


誰かを思い切り傷つけたい

自分を思い切りおとしめたい

もう何がどうなってもかまわない!


そのとき僕はそう思った


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