第126話 美しき日々 中編

「いえ、それでいんです。やがては何もかも記憶から消えてくのですから」


「ちょ、何?まさか全てなかった事にするつもり?」


 私の頭に中で異界の者と冒険を繰り返して目的を達成した後、最後に記憶を消していく系の様々な物語の映像が次々に再生されていく。まさか自分がその当事者になるとは全く想定していなかったので、目の前で展開されている現在進行系のこの状況に思わず言葉を飲み込んだ。


 彼の言葉を補足するように、腹ペコマンが少しイライラしながら説明を続ける。


「たりめーだろ?そもそも俺達は見えちゃいけない、気付かれちゃいけない存在なんだ」


「何でよ!私達いっぱい旅したじゃない!思い出もたくさんあるし、一緒に戦ったし!」


「それは本当に感謝しています。おかげで無事に目的も果たせました」


 使徒2人に説得されて困っていたところ、龍炎の発したこの言葉に私は一番聞きたかった事を思い出す。


「そうだ!目的!結局あれからどうなったの?」


「あの後、異界の神は私達を信用してくれて元の世界に戻っていきました」


 あまりにもあっさりと結果だけを伝えられて、私は拍子抜けしてしまった。


「そ、それだけ?」


「はい、それだけです」


 龍炎はニッコリと笑って、それ以上の質問を受け付けない雰囲気を醸し出している。これ以上この件を追求するのは無理そうだった。

 ならばと、私は質問の方向を変える事にする。


「私の中の闇神様……は神様に戻ったんだっけ。じゃあ光の意志は?」


「君は忘れているみたいだけど、僕達は闇神様の使徒だ。光の事についてはよく分からないよ」


「あっ」


 龍炎に向けた質問は、話に割って入った芳樹が答えてくれた。確かに闇の使徒が光の意志について詳しい訳がなかったよね、管轄が違うんだし。聞くとしたら同じ管轄の天神院の人に聞かないとだ。あの島に――って、ちょっと遠すぎるよぉ~。

 私があの瀬戸内海に浮かぶ不思議な島への行き方について頭を抱えていると、有己が元気に声をかけてきた。


「じゃあな、元気で暮らせよ」


 まるで用事が済んだから別れるみたいな気軽さで声をかけてきたけれど、ここで別れたらもう簡単には会えない事は分かっている。なので私は聞きたい事がまだ残っていると必死に彼らを引き止めた。


「ちょ、結局のここは何なの?」


「ここは闇神様が作った見守るための世界だ」


 有己の話によると、闇神様は夜の世界を見守っているけれど、同時に闇の世界を作ってずうっと世界を見守っているとの事。闇の世界に生きる闇の使徒達は普段この世界にいて、何かあるとここから現実世界に出てくるらしい。

 説明を聞いた私は、一筋の希望の光が射したような気がして心が軽くなった。


「じゃあ、ここに来ればまた有己達に会えるんだよね?」


「ああ、けど、もうお前は来られない」


「どうして?」


 上げた後に下げられ、私は頭の中がはてなマークで一杯になる。この当然の質問に対して、有己はやれやれと頭をかきながらその理由を説明する。


「記憶が閉じれば行き方も忘れるからだ」


「わ、私忘れないから!絶対忘れないから!」


 どうやら使徒達はあの冒険の記憶を本当に私の中から消そうとしているらしい。いや、その決定はもっと上の方、闇神様や光の意志がそう決めたのかも知れない。だとしても、神様が相手だったとしても、私は絶対に忘れないよ!あんな濃い経験、忘れられる訳がないよ!


 この強い決意とは裏腹に、使徒達は次々に私に向かって別れの言葉を告げ始めた。


「しおりさん、今まで有難うございました。どうかお元気で」


「君ならきっと大丈夫。その強い意志が未来を導くよ」


「あばよ!」


 3人の使徒がそれぞれ私に向かって個性的な言葉をかわしていく。1人、また1人と、言い終わった使徒から姿を消していった。そうして最後に有己が彼らしいぶっきらぼうな一言を告げると同時に、不思議な世界そのものがまるで溶けるように私の目の前から消えていく。


「あ……」


 気がつけば見慣れた近所の風景の中に取り残されていて、目の前では大きな夕日が私の頬を濡らしていた。嬉しい気持ちと淋しい気持ちと、他にも色んな感情が同時にこみ上げて来て、どうしていいのか分からない。

 気がつけば私は勝手に口を動かしていた。


「ねぇ、光の意志……もしまだ宿ってるなら教えて」


 闇神様はもういない。あれほど早くいなくなって欲しいと願っていた闇神様は。そうして旅の中で知った私の真実。光の神の生まれ変わりだって言う、普通に考えたら受け入れられないような言葉を私は信じ、事実、その意志を感じた事もあった。

 けれど、けれど今は――。


「あはは。何も聞こえない」


 何度自分の内面に語りかけても、それらしき言葉は何ひとつ返って来る事はなかった。夕日はやがて山の向こうにゆっくりと沈んでいく。まるで自分の役目は終わったんだよと伝えているみたいに。


 家に帰った私は両親にも話をしてみるものの、旅の話とか全く要領を得なくて――。日付が旅に出る前まで戻されているんだから当然なんだけど。

 けれど私は覚えている。絶対に忘れてなんてやるものか。



 次の日も普通に日常はやって来て、私はその日常に流されていた。


「どうしたの、今日もまだ暗いままじゃん?」


 相変わらず親しげに話しかけてくれる親友に私は意を決して質問をする事に決めた。どこまで時間が戻って記憶が操作されているのか、それを見極めるために。


「優子、覚えてる?」


「ん?」


「ハンターの事」


「は?何?」


 シリアスモードで親友の顔をじっと見つめるものの、優子の表情はどう反応していいか戸惑う系のアレ。これは流石に演技ではなさそう。心の準備が出来ていない状況で秘密を先に話されたら、ここまでナチュラルな反応が出来る訳がない。

 と言う事はまさか、使徒やハンターの事、闇神様関係に関わってきたものは設定自体が書き換わっている?そんなまさか――。


 いや、相手は神様なのだもの、そのくらいの事も出来てしまったって不思議じゃない。少なくとも今の優子がハンターの構成員じゃない事だけは間違いないよ。


 私はぐるぐると思考を巡らせて、この話題を封印する事に決めた。親友を疑うのはもう嫌だし。


「ごめん、忘れて」


「本当に大丈夫?」


「大丈夫大丈夫!」


 私は何とか笑ってごまかすと、日常生活の続きを演じていく。何事もない平穏な日々は多少の退屈と多少の面倒臭さを伴いながら特に何の問題もなく転がっていくのだった。


 そうしてようやくこの日常に慣れてきた日の放課後、一緒に帰っているとニコニコ顔の優子から提案が。


「ねぇ、うどん食べたいと思わない?」


「いいね、食べよっか!」

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