美しき日々
第125話 美しき日々 前編
騒がしい音がする。久しぶりに聞く平和な喧騒の音。まるで何もかもがすっかり終わったような。穏やかな時間の中でまだ普通の学生でいられたあの頃のような。
普通の14歳でいられた、冒険に出る前のような賑やかで危険のない雰囲気――例えるなら、春の2時間目の休み時間の教室――。
「あ、あれ……?」
「お、起きた」
どうやら私は机に突っ伏して眠ってしまっていたらしい。って言うか、目の前に制服姿の親友がいて、私を見て笑っている。違和感を感じて勢いよく起き上がると、そこは学校の教室だった。おかしい。確か私はさっきまで壮絶な戦いを繰り広げていたはず。
けれど、今目の前に広がる光景は平和な学校の日常風景。気が付いて自分の格好を確認すると、みんなと同じ制服を着ていた。まるで本当に時間が戻ったみたい。あの闇神様と出会う以前の――。
そもそも、この教室に優子がいると言う事がまず信じられない。彼女は学校を去ったはずだ。例えハンターの仕事が終わったとしても、また同じ学校に戻るなんて事があり得るだろうか?
それに、今の優子の顔はまるで何も知らないと言った雰囲気だ。色々あった彼女なら、今更こんな無垢な顔はしていない――と、思う。
目の前の光景をすぐには受け入れられなくて、私は思わず現実を確認する。
「え?優子?」
「ん?寝ぼけてる?」
優子はこの質問に軽く首を傾げた。これは現実の景色なのだろうか?もしかしてこれも異界神の攻撃のひとつだったりしないだろうか。私の一番幸せだった頃の記憶を再現するだなんて、本当に恐ろしい手段を使うものね。
大体、この教室だって忠実に再現した仮想空間だったりするんでしょ?だ、騙されないよっ。
「え、ここ、あれ?」
私は顔を左右に動かして教室内を隅々見回した。懐かしい景色、懐かしいクラスメイト。今は休み時間らしく、みんな好き好きに行動している。遊んでいたり、友達と喋っていたり、音楽を聞いていたり、ゲームしていたり、本を読んでいたリ、ふざけていたり、眠っていたり――。
リアルに再現するにしてもリアル過ぎる。これが罠だとしたら、それに一体どんな目的が?
……そうか、私を仮想空間に閉じ込めて行動不能にするとかそう言うやつだ。
だとしても今の私はアレだよ!闇神様や光の意志があるんだからね!異界神の罠なんて見破ってやるんだから!答えて!私の中の神様!
私は修行で身につけた感覚を駆使して、自分の内面に向かって話しかける。
けれど、まるで空っぽの洞窟に向かって叫ぶみたいに、この呼びかけに応える声はどこからも返っては来なかった。
「嘘……」
自分の体に自分の魂以外の何も宿っていない感覚を覚えた私は、椅子に座ったまま落胆する。もしかしたら全ては終わってしまったのかも知れない。その結果として、私は――。
力なく椅子に座り直したところで、その様子を見守っていた優子が心配そうに覗き込んできた。
「どうしたの?もうすぐ授業始まっちゃうけど、保健室行く?」
「や、いい。大丈夫」
「そか」
そこから先は平静を装いつつ、今の状況を分析する事だけに勢力を注ぐ。そこで分かった事は、ここが本当に学校で、時間も闇神様と出会う前の時間に戻っていると言う事。
休み時間が終わると授業が始まって、やってきた先生にも見覚えがあり、授業の仕方も同じだった。
違和感と言えば、ハンターだった頃の記憶のない親友と、転校生でやって来ていたはずの腹ペコマンがクラスにいないと言う事だろうか。
特に優子とは休み時間の度にそれとなくカマをかけた会話を続けるものの、全くボロを出さなかった。使徒の存在すら何も知らないようだ。
何の説明もなく過去に戻されたような違和感だけを感じつつ、その日は何事もなく過ぎて放課後を迎える。一緒に下校していた優子と別れた後、私は通い慣れた道を自宅へと向かって歩いていく。外の風景も何もかも全く当時のままだった。
道を歩く人、道路を走る車、通い慣れたコンビニ。今までの冒険がリセットされたみたいで、気候は心地いいのにどこか精神的には不気味な気持ち悪さも感じていた。
「何も変わってない……」
そうつぶやいた時、私の前にすごく懐かしい気配が漂ってくる。その気配の元を辿ると、初めて闇神様と出会った時のあの謎の小路が、まるで誘うように目の前に現れていた。
「あ……」
確か、当時も知らない道を発見して好奇心のままに歩いてしまっていたんだっけ。それから二度と見つける事が出来なかったあの謎の道。もしかしたら今抱えている全ての謎の答えがこの道の先にあるような気がして、私はまるで吸い込まれるように迷いなくその謎の道へ足を踏み入れていった。
当時の記憶を再現するように感覚に任せて歩いていると、ついに当時闇神様と出会った時と同じあの桜のもとに辿り着く。
「ここは、あの時の……」
当時をトレースしたみたいに、あの頃と全く同じ光景が目の前に広がっている。懐かしくなった私は咲き誇る桜に近付いていった。えっと、あの時は桜の根本にあった祠につまずいて闇神様を開放したんだったかな。
今度は粗相をしないようにとしっかり地面を凝視していると、桜の木の近くに立っていた複数の人影を発見する。
「あれ?」
「また入り込んできたのか、全く……」
その人影のひとつが近付いてくる私に気付いて声をかけてきた。聞き覚えのある懐かしい声だ。私はすぐのその声の正体を特定した。
「有己!どう言う事なの?」
「何もかも元に戻ったんですよ」
「龍炎さん……」
桜の側にいた人影は今までずっと一緒に旅をしてきた使徒達だった。有己に龍炎に芳樹。みんな無事だった。みんな覚えてくれていた。ただそれだけで嬉しかった。
単純に時間が戻った訳じゃなかった。あの冒険や戦いが幻になった訳じゃなかった。
私が1人感動に打ち震えていると、少年の姿に戻った芳樹が気になる事をポツリとつぶやく。
「もう僕達は表の世界に干渉する事はないよ」
まるで全てが終わったかのようなその口ぶりに淋しさを感じてしまう。その言葉に最悪の事態を想定した私は、軽くカマをかけてみた。
「お、お別れって事?」
「我が主も神の座に戻られたしな」
芳樹に向かってかけた言葉に有己が返事を返す。望む答えが返ってこなかったのもあって、私はまるで他人事のような感想を口にした。
「あ、そうなんだ」
「何だよ!すごく喜ばしい事なんだぞ!」
「そんな事言われたって全然実感がないよ!」
何だかこう言う言い争いも久しぶりな気がする。プンプンと頬を膨らます中校生バージョンの有己は、まるで本当に同級生のようだ。言い争っているのに楽しくなってきた私は、無意識の内に顔を緩ませていた。
そんな心地良い雰囲気の中で、龍炎が突然意味深な言葉を口走る。
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