臨界を超えて

第113話 臨界を超えて その1

 蒸発しちゃった私は、そのまま霊界に行く事なくその場に留まっていた。どうやら神様の力が目覚めた今は転生の必要はないらしい。魂はその場に留まり、エネルギーそのものとなった体はそのままそこに存在し、あるべき姿に収束されていく。

 けれど、すぐに元の姿に戻れると言う訳でもなさそう。私が光と闇の神のエネルギー体そのものと化した頃、当然のように使徒達は混乱していた。


「おい!どうしたら……」


「まずは落ち着いてください!」


 我を忘れて取り乱す有己とそれをなだめる龍炎。本当は私と使徒3人で息を合わせたフォーメーションで事に当たるはずだったのにね。肝心の私が不甲斐ないばかりに悪い事しちゃったな。

 そんな中でも芳樹は全く動揺する事なく、しっかりと先制攻撃しかけた敵を不敵な笑みでにらみつけていた。


「やるじゃねーか」


「フフ、何か準備をしてくると思ってましたが、たったの4人で我らに歯向かおうと?余興としてももう少し楽しませてもらわないと困りますよ」


 次元の扉を無理やりこじ開けて私を倒した敵は、その姿を使徒達の前に現した。体の大きさは使徒達よりも一回り大きい程度。意外とそこまで化け物じみてはいなかった。端正な顔立ちに鍛えられた肉体。ギリシア神話に出てくるような格好。えっと……ここ……確か……宇宙空間だった……よね?

 宇宙服とか宇宙戦艦とかのSFじみた展開にならないのは流石神々の戦いと言ったところだろうか。


 この異界の神の尖兵もまた不思議な力を体にまとわせていて、何やら特別な存在らしい。何しろ私の体を一瞬で蒸発させたくらいだしね。3対1と数の上では有利だけど、使徒達で勝てるのかな。特に有己なんて早速で我を忘れちゃってるんだけど。


「てめぇ!ぜってぇ許さねぇ!」


 キレた彼はそのままその敵に向かって最大限のスピードで向かっていく。この作戦も何もない無鉄砲な動きを止めようと龍炎は手を伸ばす。


「あっ、有己っ!」


 けれど、取り押さえたのは本来の姿になった芳樹だった。いつもは子供の姿だった彼は今有己と同じくらいの姿形になっている。そうしてひとりで暴走しようとしている有己を叱りつけた。


「お前、前の戦いの事を忘れたのか!」


「離せっ!あいつがやったんだぞ!」


「落ち着け、俺達がやられる訳にはいかないだろ!」


 そんな内輪を揉めを顎を触りながら興味深そうに眺める敵は、何かに気付いたのかニヤリと笑う。


「ほう、よく見たらお前らは前の時にもいた奴らか……あれから何千年経ったと思っているんだ?人材不足も甚だしいものだなあおい!」


「そっちこそ、やってきたのはあなただけですか?随分と少ないじゃあないですか」


 どうやらこの敵もまた使徒同様、以前の戦いに参加していた存在らしい。龍炎がその軽口に反応するものの、全く動揺する気配はなかった。よっぽどその実力に自信があるのだろう。敵は更に目の前の敵勢力に対して舐めた態度をとった。


「ああ、俺ひとりで十分だからな。もうちょっと抵抗勢力がいてくれると思ったんだが……。遊びにすらなりそうになくて残念だよ」


「ちっ!」


 その上から目線な態度にムカついた有己が舌打ちをする。彼の背中を抱きながら龍炎は小声で耳打ちをした。


「まずは作戦通りに行きましょう。相手の言葉は基本信用しちゃダメです」


「分かってる!」


 自分の気持ちを抑えられないのか有己は声を荒げた。龍炎ががっしりと抑えていなければ、彼はすぐにでもまた暴走してしまうだろう。本当、私のせいとは言え、困った使徒だよね。

 対する敵は余裕しゃくしゃくな態度のまま、両手を広げると使徒達を煽った。


「さて、こう言う場合は各個撃破がセオリーってもんだが……。お前らは弱そうだから一気にかかってきていいぞ。さあ早く来いよ」


「ふん、大口を叩けるほどの強さかどうか怪しいもんだな」


 煽りには煽りとばかりに、芳樹がこの尊大な敵に負けない態度で対抗する。よしよし、口喧嘩じゃ負けてないぞ。


「なら試してみればいい。俺を退屈させるなよ」


 この敵の煽りに怒りが最高潮に達して今にも飛び出していきそうな有己に、龍炎はこそっと作戦を耳打ちする。


「いいですか、アレで行きますよ」


「分かった」


 暴走機関車もそれに納得し、早速使徒達は行動を開始した。この日のために彼らも修行してきた訳で、今からその成果が発揮される事になる。まだ何も出来ないエネルギー体の私は、その使徒達の修業の成果が今から見られるとかなり興奮していた。


「しかし雑魚がピンピンしていて闇神の方が先に死ぬとはな。拍子抜けだぜ。お前らアイツの下僕共だろ。じゃあ力も大した事はないな」


 敵はすばやく行動を開始した使徒達を全く意に介する事なく軽口を続けている。

 しかし、その言葉をのんびりと聞いている使徒はもうひとりもいなかった。


「ぬ?」


 敵がその事態に気付いた時、使徒達は彼の周りに等間隔の距離を守って取り囲んでいた。彼らがこれから何をしようとしているのか、その陣形を見ただけで敵もすぐに感付く。

 それでも余裕の態度は全く崩さなかった。


「闇陣かよ?それも結構レベルが高いじゃねーか」


極限無窮円陣きょくげんむきゅうえんじん!」


 使徒達は声を揃えて技名を叫ぶ。彼らが放った行動に連携されたその力は闇のエネルギーの地場を作り、その中心に位置する敵を絡め取る。闇のエネルギーはそのまま圧縮を続け、やがてブラックホールと化して敵を闇の虚数空間に引きずり込んでいった。


「やったか!」


「いや、油断するな!」


 攻撃が効かなかったフラグのセリフを大声で叫ぶ有己を芳樹が諌める。そうだよ、私を一瞬で蒸発させた相手が一発で倒せるはずがないよ。大体、さっきの攻撃はすごかったけど、敵は慌てる様子もなく余裕で沈んでいったし……。あれはワザと技を食らってってヤツだよきっと。


 この私の予想がピッタリと当たったのか、敵は使徒達をあざ笑うかのように消えた空間と全く同じ場所からぬうっと姿を表した。


「ふう、こんなもんかよ。やはり加護のない使徒じゃあ話にならんか」


「む、無傷……だと?」


 自慢の技がまるで効かなかった事に有己はショックを受けて声を失う。落胆する使徒の姿を見て敵の方も呆れ返っていた。


「はぁ?お前俺がアレで倒せると本気で思ってたのか?次元移動出来る俺にアレが通じるとでも?」


 そう、幾らブラックホールで別空間に閉じ込めたとしても、そもそもが次元移動出来るのだからその行為は全くの無意味。うん、これは使徒側の作戦ミスだね。

 そのミスを素直に受け入れた龍炎は、敵の予想以上の実力にゴクリとツバを飲み込んだ


「流石高位の存在ですね……あれで使徒レベルですか」


「言っとくけど俺達もしっかり準備してきてんだよ。けど、これじゃあ前の襲撃の時の方が歯応えがあって楽しかったぜ」


 落胆する敵は前回の戦いを話に出して使徒達を挑発する。この言葉に芳樹がピクリと反応した。


「達?やはり今回も軍勢で来ているのか」


「まずは精鋭が邪魔者を消してからだけどな。けど、どうやら今回は俺の手柄独り占めになりそうだ。こいつは気分がいいぜ!」

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