第114話 臨界を超えて その2

 さっきの一度の攻撃で使徒達の力を見切った敵は上から目線で盛大に笑う。その態度に隙を見た有己はこの時のために用意していた神器を取り出し、ひとりで果敢に敵に向かっていった。


「闇神器、黒鴉くろからす!」


「おい、個別攻撃はまだ後だぞ!」


 闇陣で等間隔に離れていたために芳樹もこの先走り使徒に言葉でしか止める事が出来ない。この飛び出してきた使徒に対し、敵はすぐにファイティングポーズを取って向き合った。


「お、やるかい?来いよ!」


「今の内に作戦を考えていてくれ!」


 どうやら有己も考えなしに飛び込んだのではなく、自ら時間稼ぎのためにおとりになろうとした故の行動だったらしい。その覚悟に触れた龍炎は、思わず彼の名前を叫んでいた。


「有己っ!」


「闇演舞、極めの一閃!」


 剣の神器を手にした有己は目の前に敵に対して必殺の剣技を叩き込む。その斬撃は敵が防御の体勢を取る前に一気にその体を真っ二つに切り裂いた。


「ぐおお!」


「はっ、その程度か?」


 呆気なく勝負がついてしまったので彼が拍子抜けしていると、敵の体は幻のように霧散していく。そうしてすぐにその霧は体の形に集まり、敵の体は再構築された。神器の攻撃でさえ、物理的破壊はまるで意味がない事がこれで証明される。


「いやいや、それはこっちのセリフだ。あれで殺しきれると本気で思っていたのかよ……」


「その回復は織り込み済みだ!追一閃!」


 有己は余裕ぶって上から目線で呆れている敵に更に攻撃を追加した。間髪入れない斬撃は、けれど二度目の攻撃だったために技を見切られ、素早い一閃は紙一重で見事にかわされる。

 そうして敵はこの攻撃を避けながら、その剣の動きからその技の記憶を思い出していた。


「おお、この技、思い出したぞ。お前、前の戦いでも粋がってた奴か。あの時に殺しそこねたのが心残りだったんだ」


「へぇ、俺もお前を殺しそこねて、ずっとこのチャンスを狙ってたんだよ!」


 敵は以前の戦いの時に有己と対戦していたらしい。どうやらそれはあんまりいい経験ではなかったようで、思い出してしまった後は余裕な態度から一転まるで憎しみを抱いているかのような形相に変わる。

 対する有己の方も同じく敵を思い出した風な口ぶりで返すものの、こっちの方は多分当てずっぽうだ。だって表情がぎこちないんだもん。全く、演技が下手だよねえ。


 そうして冷徹な表情になった敵は、そのまま向かい合った有己に対して静かに右手をかざした。


「だから死ね」


 そう言った次の瞬間、何の痕跡も見せずに有己の体が真っ二つに引き裂かれる。一体何が起こったのか彼自身も分からない。どうやら敵は未知の攻撃方法を持っているようだ。

 引き裂かれた闇神の使徒の姿を見て、異界神の使徒は満足そうにニヤリと笑う。


 けれど、有己だって負けてはいない。体を半分真二つにされながら、苦笑いを浮かべて軽口を叩いた。


「へっ、お前同様に俺だって体は回復……」


「どうだ?回復してみろよ」


「かはっ……っ」


 真の姿に変わった彼は闇の充満する宇宙の領域では無敵に近い回復能力を誇るはずだった。それが敵の攻撃によって引き裂かれても余裕を保てた理由のひとつだ。

 けれどどうした事か、有己の体は回復しない。それどころか引き裂かれたダメージで彼は口から大量の体液を嘔吐する。苦しむ彼の姿を、敵はただニヤニヤと笑って眺めるばかりだった。


「な、何でだよ。この宇宙は俺の闇の根源……のはず……」


「確かにこの空間じゃあ闇の使徒の力は無限に増殖するだろうよ。けどな、俺達だって学んでんだよ」


 敵曰く、今日の戦いのために何らかの対策をしてきたらしい。それが使徒の回復能力のキャンセルなのだろう。当てにしていた回復能力がうまく働かない事に有己は落胆し、また嘔吐した。


「ごふっ……」


「有己っ!」


「耐えろ!ヤツの構成を見抜かなければ勝ち目はない!」


 その戦いを見ていた残り2人の使徒も思わず健闘する彼に声をかける。その言葉に力を得たのか、上半身だけになった有己は両手を頭上に掲げ、念を込めて、宇宙に偏在する闇の力をかき集める。


「お、大いなる闇よ、我に集え!」


「ほう?力づくだな……面白い」


 闇の力を無理やり集め、下半身を強制再生させた彼は早速次の攻撃に移った。神器を正面にかざし、自身の闇の力を最大限に発動させる。


無限闇むげんやみ破斬はざん!」


「その技は……」


 有己が口走った技名に流石の敵もうろたえ始めた。何故ならば、その技は特別なものだったからだ。闇の力を神器に集めながら彼は勝利を確信する。


「そうだ!かつて我が主が放った闇の神の技よ!」


 有己はそう叫ぶと、神器を振りかざし敵に向かって振り下ろした。その瞬間に生じた無数の闇の波動が多弾頭ミサイルのように数を増やし、無数の闇の波動として敵に向かっていく。

 流石にこの攻撃はさっきまでのように余裕でかわせるようなものではなかったらしく、敵は両腕をしっかり組んで急所をカバーしていた。


「くっ……」


「どうだ!無限に湧き出る闇の波動に刻まれ続けろ!」


 自身の放った技に苦しむ敵の姿を見た有己は強気の態度に出る。破斬と言う技は以前の戦いで闇神様が放ったものらしい。多分本家本元の闇神様が放つ技よりは威力はそれなりに劣るんだろうけれど、異界神の使徒にはバッチリ効果があるのだろう。

 彼の放った闇の力は寄ってたかって攻撃対象の敵を貪り食らっていた。流石にこれではどうにも出来ないはず。


 しばらくして闇の波動の動きが止まる。敵を全て食らい付くしたからだろうか。有己は腕を組んでその結果を見定めようと目を凝らす。

 しかし次の瞬間、彼の目には信じられない光景が映ってしまう。沈黙した闇の波動が次々に蒸発するように消えていったのだ。そうして闇の波動が全て消え去った時、攻撃対象だった敵が全くの無傷の姿で浮かび上がる。

 腕を組んで仁王立ちのポーズをとった敵は突然高笑いを始めた。


「くははははっ!そんな技、とっくに対策済みだ!前に有効だった技をもう一度使うだと?テンプレ通り過ぎて腹が痛いわ!」


 そう、ダメージを受けていたかのように見せていたのは全て演技だったのだ。渾身の技が全くの無意味だった事に有己がうろたえていると、敵側もついに神器っぽいものを出現させ、それ手に取ると静かに念を込める。


「神技円転えんてん


 敵の放ったこの技は周りの空間の時の流れを極端に遅くさせ、反撃出来ない状態にさせた上で攻撃対象に回復出来ないほどの深い攻撃を何度も何度も繰り出すものだ。

 この技の攻撃範囲に入っていた有己は為す術もなく、一方的にこの攻撃にさらされ続けた。


「ぐわああああっ!」


「雑魚は雑魚なりに頑張ったな。面白かったぞ」


 こうして彼は再生不可能なほどの無数の粒子にまでその体を細分化されてしまう。本来の使徒の姿に戻っている以上、たとえ分子単位にまで分解されてもやがてはひとつのエネルギーとして再生は可能。

 けれど謎の回復キャンセルを受けた有己はすぐに復活する事も出来ず、しばらくの間宇宙に漂うエネルギーそのものと化してしまう。

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