第102話 修行の地へ その2

「ちょ、休ませてよ。足が棒だよ」


 どんどん先へ先へと歩いていく彼に私は泣きを入れてみたものの、到底それが聞き入れられる事もなく――。どうして芳樹はあんなに私に冷たいんだろう?望み通りに私がスーパーパワーに目覚めていたら違ったのかな?それともこれが愛のムチってヤツなんだろうか。ハッキリ言葉にしてくれないと伝わらないよー。


 でもいくら厳しくされたって動かないものは動かないんだよね。私は疲れ切った足をズリズリと何とか動かすものの、まるで亀のようにゆっくりとした速さしか出せなかった。

 と、ここでずっとこの様子を見守っていた使徒がいた事に私は今更ながら気付く。


「仕方ないなぁ、ほれ」


「な、何を」


「俺がおぶってやるっていてんだよ、遠慮すんな」


「ええ……」


 有己が私の目の前でしゃがんでいる。俗に言うおぶさり待ちってヤツだ。ええっ?!龍炎ならまだ分かるけど、まさか、いつも生意気な事を言って突っかかるだけの使徒イチの腹ペコマンがこんな行動をするなんて想定外すぎる。

 私がこの誘いに乗るかどうか躊躇していると、横でじっとその光景を眺めていた龍炎が声をかけてきた。


「しおりさん、先に行きますね」


「あ、ちょ……」


 一番優しい使徒にも先に行かれ、この状況をどうにかしてくれそうな陽炎も芳樹と一緒に歩いている。ああ……選択肢が限りなくなくなってしまった。うへぇ。

 でも今更有己の好意に甘えるって言うのも照れくさいって言うか……。短気な彼は私がいつまでもじいっとしているので、当然のように怒り出した。


「だから早くしろって」


「仕方ないわね!お、おんぶさせたげる」


「相変わらず素直じゃないあ」


「……」


 結局私はこのお節介使徒の望み通りにおんぶされた。私の足が万全なら絶対この選択肢は選ばなかったよ!背中に私を乗せた彼はフラストレーションが溜まっていたのか、2、3歩は普通に歩いていたものの、そこからいきなり走り出した。


「じゃ、まずは追いつくぞ」


「う、うわわーっ!ちょ、ちょっと待って待って!」


「しっかりしがみついてろよーっ!」


 全速力で走る使徒の速さは人間の出せるスピードじゃない。おんぶしながら一般道の最高速度ほどのスピードを叩き出している……感じがする。普通のおんぶでも乗せられた側は走行時の背中の上下運動に耐えなきゃいけないんだけど、それがこの高速移動だから、もはやある種の拷問だった。

 こうしておんぶした有己が本気で走ったため、港につく頃にはちゃんとみんなに追いつけてはいた。私も必死にしがみついたよ。こんな自分を褒めてあげたいよ!


「お、お姫様のご到着だ」


 そんな訳で彼におんぶされたまま港に辿り着くと、みんなの帰りを待っていた大樹がニマニマと笑いながら出迎えてくれた。う、すごく恥ずかしい。何この罰ゲーム状態。

 もう船まで辿り着いたと言う事で私は急いで有己の背中から降り、出迎えてくれた使徒から何となく顔をそらした。


「お輿の乗り心地はどうだった?」


「正直しんどかった」


「おまっ!」


 私の正直な感想に、頑張ってここまで運んできた使徒は憤慨する。大樹はニマニマにやけるだけで何も言わない。私は何も分かっていない有己におぶさる方の気持ちを感情を込めながら訴えた。


「おんぶって言うのはおんぶされる方もしんどいものなの!これ、誰にされたって同じだから!」


 私が頬を赤く染めながら熱弁していると、その様子がおかしかったのかずっと黙って見ていた大樹が豪快に笑う。


「あはは!それだけ元気があれば大丈夫そうだな!」


「笑い事じゃないよもー!」


 私はからかうような態度を取る彼をポカポカ叩いて抗議する。そんなコントを演じていると先を急ぎたい芳樹が船からにゅっと顔を出した。


「早く船を出してくれ」


「あいよ!じゃあ、お姫様もお早く!」


「う、うん」


 せっかちな使徒に急かされて大樹が船の中に入っていく。すぐに有己も後に続いた。私は船に入る前に、ずっとその場に立って優しい眼差しでその様子を見守っていたこの島の案内役の御老体に向かってペコリと頭を下げた。


「陽炎さん、見送り有難うございました」


「いえいえ。では皆様のご健闘を祈ります」


「陽炎さんもお元気で」


 私は船に入ってからも船内から島の方に顔を向ける。そこで見送りの人影が見えなくなるまでずっと手を振った。港で見送る彼も私の行為にずっと手を振って応えてくれている。そんなに長い滞在時間じゃなかったかもだけど、離れるとなるとやっぱり淋しいものがあるね。

 それにしてもこの島にまた戻ってくる事って本当にあるのかな。あ、戦いに勝ったら報告しに戻ってくるのかも。うん、そのためにもこの戦い、何としても勝たなくちゃだね。


 島を離れた船は大樹の見事な操舵技術で順調に進んでいる。ああ、島がどんどん小さくなっていくよ。さよなら、天神院の島。


「じゃあまっすぐ岡山港まで行くよ」


「頼む」


 運転席の彼の言葉に芳樹が答える。あ、そうだ、そろそろ次に何をするのか聞こうかな。と、私が口を開きかけたところで、船がぐんとすごく加速する。これは今までの船旅では感じなかった感覚だ。すぐにこの感覚を確かめようと海の景色に注目すると、船はマジで早いスピードを出していた。

 瀬戸内海は島が多いから速さの感覚が分かりやすい。視界に映る島の流れる速さから読み取れるのだ。


「うわ、この船ってこんなにスピード出るんだ」


「行きは色んな手続きがあって本来の速さを出せなかったのさ。こっちが本当のスピードだぜ」


「すごいすごーい」


 私は高速で海の上をかっ飛ばすそのシチュエーションに興奮していた。流れる景色に目を奪われている頃、船室で芳樹と隣同士で座った龍炎が今後の予定について話を始めていた。


「で、岡山からはどちらに?」


「まずは出雲に向かう」


 芳樹は話しかけた相手の方を向かず、じっと前を見つめながらポツリと独り言のように言い放つ。その言動にはある種の覚悟のようなものすら感じさせていた。

 龍炎はそのたった一言を聞いて全てを理解したのか、真剣な顔で意味ありげな返事を返す。


「いよいよですか……」


「ここからが本番になる。もう無駄な時間は過ごせない」


 真面目系使徒達がシリアスを演じている頃、もうひとりの熱血系使徒はお約束のように調子を崩していた。ま、行きで酔ってたんだから、帰りでも当然酔うよねそりゃ。


「うう……気持ち悪い……」


「有己、後30分だ、耐えろ」


 今にも吐きそうになっている船に弱い彼に運転する大樹は親切に残り時間を伝え、我慢するように指示をする。この言葉を聞いた限界に近い有己は頬を膨らませ、それを手で押さえると普通に弱音を吐いた。


「後30分もか……地獄かよ……ううっ……」

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