修行の地へ
第101話 修行の地へ その1
この島でする事は全部やり終えたと言う事で、プロジェクトは最終段階へと移る。なんてかっこよく言っちゃったけど、正直ここから先の事は何も知らされていない。使徒達との冒険の旅はいつだって私は誰かの後をついていくだけなんだ。
でも仕方ないよね、私は巻き込まれただけなんだもん。私は何も知らないんだもん。あ、なんか前世の記憶は分かるようになったけど、それと今後の行動の予定とは別問題。今は基本芳樹の書いたスケジュールに乗っかってるだけなんだよね。と言う訳で私は彼に質問する。
「さーて、次はどうするんだっけ?」
「まずは島を出なくちゃだな」
芳樹は当然っちゃ当然の答えを返した。確かにもうこの島に用事がないんだから長居する事もないよね。私はそんな当然の流れにも気付かなくて、ここで思わずポンと手を叩く。
「あ、そっか」
「それでは聖光さん、有難うございました」
「はい、お気をつけて」
当主の聖光に別れの挨拶をして、私達はこのバカでかい本殿を後にする。出口に向かって歩いていると龍炎が話しかけてきた。
「何の問題もなくスムーズに事が済んで何よりです」
「あ、よく物語だと敵勢力が邪魔しに来たりするもんね」
主人公のパワーアップ回とか、少年漫画ではよく敵勢力からの邪魔が入ったりして中々スムーズに事が運ばなかったりする事がよくあるんだけど、そう言えば今回は何のトラブルもなかったっけ。
これが物語なら、多分編集さんにチェック入れられてリテイクしろって怒鳴られてるよね。良かった、そうならなくて。そう感じた私が胸をなでおろしていると有己が鼻息荒く胸を叩く。
「どんな敵が来ようと俺がぶちのめしてやるぜ」
「あらまあたのもしい」
「少しは感情込めろよ」
私が棒読みで返したので彼はとても不機嫌だ。そんな有己を私は当然のようにスルーする。これはいつものやり取りなので誰も止めようともしなかった。
玄関でそれぞれが靴を履いて本殿の外に出ると、入口で待っていた陽炎が私達に気付いてニコリと笑いながら声をかける。
「お、済んだようですね」
「陽炎さん、帰りも一緒に?」
私は気楽に彼に声をかける。陽炎は背筋をぴんと伸ばし、まるで執事のような良い姿勢で返事を返した。
「共にここまで来たのですからお供しますとも。あなた方は大事な客人ですからな」
「じゃあ、よろしくお願いします」
こうしてこの島在住のデキる老人と共に私達は山を降り、港で待つ大樹のもとまで向かう。きちんと整備された本殿の庭園をキョロキョロと見回しながら、私はこの素晴らしい光景をしっかり記憶に留めておこうと思いながら口を開く。
「もうここともお別れかぁ~」
「名残惜しいですか?」
この言葉に陽炎が返事を返す。私は彼に顔を向けながら、ここまで登ってきた時の事を思い出していた。
「苦労して階段を登ったんだし、もうちょっとじっくりと見て回りたかったかも」
「また気軽に来てくださいよ」
「き、気軽には来れないかな……」
陽炎の無茶振りに私は苦笑いを返した。その言動から色々と察したらしい彼は笑顔を崩さずに私にアドバイスをする。
「大丈夫ですよ、今度からはまっすぐ島に来られますから。それに階段だって一度登りきれば次からは簡単に登れるようになっていますよ」
「えぇ……。そんなものなのかなぁ」
あのキツイ階段が一度登りきっただけで楽勝になんてなるものなのだろうか?とてもそうは思えない。私が陽炎の言葉を訝しんでいると、一緒に歩いていた龍炎が声をかけてきた。
「陽炎さんの言う事です、きっと本当なんですよ」
「俺は最初から楽勝だったけどな!」
彼に続いて調子乗りの有己が得意げに言葉を続ける。まぁ、テンプレではあるんだけど、何度も繰り返されるとちょっとウザい。私はこの勝手に会話に首を突っ込んでくるお調子者に釘を刺した。
「有己には聞いてないんだけど?」
「てめっ」
気を悪くした有己が声を荒げる。ふう、このやり取り何度目よ。私がため息を吐き出してまたスルーしようとしていると、彼は急に手を伸ばしてきた。
その顔は女子にからかわれて我を忘れた男子のそれで、このままではヤバイなと少し血の気が引く。
「有己、落ち着いて。それ以上はダメです」
流石に暴力沙汰になるとまずいって事で龍炎がここで我を忘れかけている使徒を止めてくれた。ふう、助かったよー。有己も静止されて正気を取り戻したのか、急に無口になる。
それから言い争う事をお互いに意識して避けている内に、私達は本殿の敷地の外まで出てきた。目の前に広がるのは高所から見下ろす島の景色。高い所から見下ろすって言うのは、ただ高低差があるって言うだけなのにどうしてこうやたらと感動するんだろうね。
「おお~、いい景色だね~」
「ええ、そうですね」
私の感想に龍炎が同意する。気を良くした私はここで深呼吸して、頂上の空気を胸いっぱいに吸い込みながら更に言葉を続けた。
「帰りはこの景色を見ながら降りるんだなあ」
「普通、階段を降りる時は足元に目が行かないか?」
「あ、それもそっか」
有己の鋭いツッコミに私は素直にうなずいた。こう言う時だけ冷静なの、なんかちょっとずるいな。で、すぐに階段を降りずにそんな会話を続けていたものだから、この会話に全く参加せずに先に降り始めていた芳樹に急かされてしまった。
「行くぞ」
「あ、ちょっと待って」
置いていかれてはたまらないと、私も焦って階段を降り始める。2000段以上の石段は登る時よりも降りる時の方が危なっかしい。足を踏み外したらそのまま地面に一直線だと思うと、どうしても顔を正面に向ける余裕なんてなかった。
「あ~本当だ、足元が気になって全然景色を楽しめない……」
「これは仕方ないですよね」
一緒に石段を降りる龍炎が私の話に付き合ってくれた。登る時は休憩を入れながら登っていたけれど、降りる時はほぼ休みなしで降りていく。先行する芳樹が全く私達の方を振り向かずに自分のペースでズンズンと降りていくものだから、追いかける方は必死で追いつくしかなかったのだ。
そのせいで、足の筋肉が悲鳴を上げても降り続ける事になってしまう。ひぃぃぃ、ハードすぎるよおおお……。
「うー、足が疲れたぁ。まさか降りる方がきつかっただなんて」
一応限界ギリギリのところで何とか石段を降り終えたものの、私の筋肉はここまでが限界だった。足がガクガクと震えて、しばらくはまともに動けそうにない。こんな経験は生まれて初めてだった。
光の神の力を得たと言っても、今までと何も変わった気配がないのはどうしてなんだろう?もしかしたらすごいスーパーパワーに目覚めるかもとか思ったのに……。
疲れてヘタっている私を見ても芳樹の態度は変わらなくて、一瞥しただけですぐにまた歩き始めた。
「港まで急ぐぞ」
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