第103話 修行の地へ その3

 本当、他の使徒は酔う素振りすら見せないのに、なんでこいつだけこんなに船に弱いんだろ?不思議。不思議って言うか情けない、かな。私はその気持ちを表には出すまいと思っていたものの、ついはずみで声に出してしまう。


「本当、だらしないなぁ」


「……」


 いつもだったらここで向こうからの反撃が飛んでくるのがお約束なんだけど、気持ち悪さが限界に来ている彼はそれどころじゃなかったようで、ずっと無口だった。そんな様子を見ていたら本当に辛いんだなぁ、と私も少し反省する。口に出して謝りはしなかったけど。


 大樹の宣言した時間ぴったりに船は無事に岡山港に戻り、私達は久しぶりの本州の土を踏む。何となく達成感を感じた私はそこで両手を上げて喜びを態度で表した。


「とうちゃーく!」


「揺れない大地、素晴らしい……」


 船の中では完全にグロッキーだった有己は港に着いた途端に元気を取り戻す。本当分かりやすくて面白いのう。船を運転していた大樹はその後、諸々の手続きのために一旦その場を離れる。しばらく道路の前で待っていると、岡山駅から港まで私達を運んできたあの大型車がまた私達の前に止まった。


「じゃ、乗ってくれ」


 ドライバーの彼に言われるままに私達は車に近い順から乗り込んでいく。そうして全員が乗り込んだところで、大樹は車を発進させた。私は船に乗っていた時の龍炎と芳樹の会話を耳に入れていなかったので、これからどこに向かうのかまだこの時点では何も知らない。

 だからてっきりまた駅に向かうのだろうなとぼんやりと考えていた。そこでこの車とドライバーの使徒ともお別れなのだろうと。


 そうして私が窓側の席でぼんやりと流れる景色を眺めていると、突然芳樹がハンドルを握る彼に声をかける。


「大樹、悪いんだけど」


「分かってる。島根まで俺が運ぶよ」


 自分の予想と違ったこのやり取りに私は困惑する。それからその言葉から導き出された結論が正しいかどうか、私は彼に確認をとった。


「え?今度は車移動?運転が続くけど大丈夫なんですか?」


「ああ、このくらいならへーきへーき」


 余裕たっぷりに答える大樹に同調するように、彼の親友がそのまま得意げに言葉を続ける。


「お前、使徒の体力なめんなよ?」


「あ、そっか、みんな使徒だったの忘れてた。何せ、船酔いするようなのとかもいたからなー」


「てめっ!」


 私が挑発するような一言を口にしたため、有己はすぐにこの言葉に反応する。狭い車内で一触即発の雰囲気になってしまい、この相変わらずのやり取りに、流石の龍炎も堪忍袋の緒が切れたのか少しきつめの言葉で私達に注意する。


「だから喧嘩はやめくださいって!しおりさんも言葉には気を付けてください」


「はい、ごめんなさい……」


 滅多に怒らない彼の厳しめの言葉と言う事もあって、私はすぐに謝罪した。もうひとりの当事者はぷいっと横を向いて無口のままだったけど。本当、かわいくないなぁ。

 兎にも角にもこうして車内の雰囲気はリセットされて、車の旅は順調に進んでいく。西日本の道路事情について全く土地勘のない私は、興味本位で移動時間についての質問を飛ばした。


「今からどのくらいで着くんですか?」


「高速とかも使うから3~4時間ってところかな。車の中で寝ていたらすぐだよ」


 運転席の大樹は手慣れた仕草で車を運転しつつ、まるでいつも通う道の説明をするような気楽さで教えてくれた。車に乗っていると眠くなるのはお約束だけど、運転手に眠っていいって薦められてもちょっと困るって言うか……私ってそんなキャラだと思われているのかな。

 ここは誤解を解かなきゃと、私はすぐに弁明に走る。


「や、運転中に寝るなんてそんな……」


「いいのいいの。しおりちゃんも疲れたでしょ。俺は使徒だから平気だよ。遠慮なく寝ていてよ」


 私は運転する彼の事も考えて眠らないように気を張っていたんだけど、どうやらその必要はないらしい。あんまり眠って眠ってと言われると、何か眠らないと失礼に当たるような気すらしてしまう。

 仕方がないのである程度はその言葉に甘えようと思い、私は運転手に告げた。


「じゃ、じゃあ、眠くなったら寝るね」


「うん、それじゃあそう言う事で」


 車はその後も順調に道を進んでいく。高速道路に乗ってしまえば後は信号もないスムーズな移動だ。私は今の内に聞ける事は聞いてしまおうと、同席する龍炎に今後の予定を尋ねた。


「あの、島根では何を?」


「そこでギリギリまでしおりさんの覚醒を待ちます」


「えっ?」


 彼の口から出てきた言葉に驚いた私は反射的に聞き返した。私のためにその場所に向かっている?って言うか、そこで何かさせられるんだろうか?

 今までは使徒が活躍するのがメインで、私は添え物で良かったんだけど、もうそんな横着は許されないって事なのかな……。ぐるぐると私の中で色んな妄想が浮かんでは弾けていく。龍炎は私にその優しい笑顔を向けると更に話を続けた。


「修行、みたいなものでしょうか。今度の戦いはしおりさんにかかっていますので」


「あの、あんまりプレッシャーかけないで欲しいんですけど……」


 私が遠慮がちに彼の言葉をかわしていると、もうひとりのやんちゃボーイが偉そうに説教を垂れてきた。


「お前な、ここまできたらもう腹をくくるしかないんだぞ」


「分かってるよ!」


 正論なので言いたい事は分かるんだけど、それにしたって言い方ってものがあるだろう。私は逆ギレ気味に返事を返すとぷいっと顔を背けた。すると彼も言い過ぎた事を自覚したのか、若干声のトーンを柔らかくして言葉を続ける。


「儀式は全部済んだんだろ?だったら何も心配いらないって」


「私、まだ全然実感がないんだよ」


「そりゃあちょっと前まで普通の人間だって認識だったんだもんなあ。仕方ないよ」


 有己が今の私の状況に同情する。あら珍しい。何か天変地異の前触れでないといいけど。逆に言うと、彼にも同情されるほど今の自分は可哀想な立ち位置って事なのか。そう考えると何だか逃げ出したくもなってくるよ。

 いきなり修行とか言われても、もしそれで覚醒しなかったらどうなるの?地球が滅亡しちゃったりとかするの?嫌だよそんなの。

 私は考えれば考えるほど全てを投げ出したくなってしまい、思わず願望を口にする。


「はぁ……、一晩眠って目が醒めたらスッカリ覚醒していたらいいのに」


「あはは、意外にそうなってるかもなあ」


 私のこの笑えない冗談に、有己が笑えない反応をする。こう言う同情ってあんまり嬉しくない。嬉しくはないけど、返事としては最適解だ。きっと冗談を真に受ける以外の反応は、私の心を抉るだけだっただろう。

 と、ここで龍炎が優しい声で今までにも何度も聞いたフォローをする。


「どうか安心してください。私達がついてますから」


「龍炎さん、有難う」

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