光の代行者の住む島

第90話 光の代行者の住む島 その1

 船は天神院家の島についてそのまま接岸される。最初に大樹が船から降り、その後、私達をエスコートした。


「さあ、皆様どうぞこちらへ」


「何だよ急に」


 その急な態度の豹変に有己がツッコミを入れる。大樹はニコリと笑うと急に丁寧になった理由を語った。


「みんなは島のお客さんだからね。ここからは丁重に扱いませんと」


「いや、いつも通りでいいよ気持ち悪い」


 と、また同じように幼馴染が返事を返したその時、彼の背後で渋い声が響いた。


「そう言う言葉遣いはあまり感心しませんな」


「うわっ!」


 驚いた有己が振り返ると、そこには年の割には若々しい老人が立っていた。使徒にも気配を悟られない、かなりの人物だと言う事がこれで分かる。

 背も高く、180cmはありそうだ。がっしりした体格からは相当鍛えているような雰囲気を感じさせる。

 この人物はどうやらこの島の住人らしく、神職の着るような服を着ていた。彼はたじろぐ有己をその冷徹な瞳でじっと見つめる。


「客人でなければお帰り願うところです」


「待ってください、彼らはきちんと試しにも……」


 老人の見定めるような発言に焦った大樹が異を訴えた。すると彼はニッコリと笑顔を見せる。


「分かっておる。冗談じゃ」


「あの、こちらは?」


 全く要領を得ないそのやり取りに業を煮やした龍炎がここで老人の紹介を大樹に要請する。この言葉を聞いた老人は小さく咳払いをすると、自ら語りだした。


「ああ、私とした事が挨拶が遅れましたな。私は……」


「この島の管理をしている天神院家の神官の爺さんだよ」


「な、大樹!紹介するならちゃんと紹介せんか!まったく」


 自己紹介を途中で遮った彼に老人は怒号を飛ばす。そのやり取りを聞いていた私は2人の仲の良さを実感した。フランクにやり取り出来るって事はきっと顔なじみの仲なのだろう。そんな大樹は怒られながらもニカッと笑う。


「ニヒヒ。だって俺も爺さんの正式な名前忘れちゃったんだよ」


「そんな事でよく防人の役を務めていられるな!」


「今更この島を襲おうってヤツはいないしさ~。名義上残ってるだけじゃん防人とか」


 なるほど、やり取りを聞く限り、大樹は防人と言う仕事を天神院家から任されていたみたい。防人って今で言えば自衛隊みたいなものだっけ?じゃあその仕事を任されている彼は実際ものすごく強いんだろうな。見かけは陽気な海のおっさんって感じだけど、使徒は見かけによらないねぇ。

 私が有己の友人の方に感心していると、改めて龍炎が老人に質問する。


「あの、それでお名前は?」


「おお、これは失礼。私の名は陽炎と申す。とっくに現役を引退した老いぼれじゃ」


 老人の名前は陽炎と言うらしい。とても本名には思えないからきっと芸名とかコードネームとか、そう言う仕事上の名前なんじゃないかな。単に私の想像だけど。だって出来すぎてるもん。個人的な名前っぽくない。と、私が想像を膨らませる中、龍炎の質問は続く。


「陽炎さんがここからの案内を?」


「そうなりますな。では皆さん参りましょう」


 陽炎爺さんはそう言うとスタスタと先を歩き始めた。爺さんと言うのも失礼かな。機敏に動いているし顔のシワが目立つから爺さんだと思っているだけで、実はそこまで年老いてもいないのかも。逆にすごく年相応で、元気過ぎる爺様の可能性もあるけど。

 みんなが彼に従って歩き始めたところで、防人の彼は手を振って見送っている。


「俺の案内はここまでだ。じゃあみんな、しっかり話を聞いてきてくれよな」


「じゃ、いくぞ」


 芳樹が私達を急かすように声をかける。私はこのまま進んでしまうのは薄情だと思い、今まで案内してくれた親切な使徒にお礼を言った。


「大樹さん、案内有難うございました」


「ちゃんとここで待ってろよ、先帰るんじゃねえぞ」


 有己も何か言い足りなかったらしく、彼に偉そうに声をかける。大樹はすっかり通常モードに戻っていて、そのテンションで豪快に笑った。


「ああ、のんびり昼寝でもしてるよ。お前の苦手なあの船の中でな」


「な!言ってろ!」


 最後までからかわれた彼は顔を真っ赤にする。そんな様子を笑ってみていたら先行するグループとの距離が空き過ぎて私は焦った。


「みんな、ちょ、待って」


「おい!遅れんなよ!」


「分かってるよ!」


 自分も遅れているくせにいっちょ前に注意する有己にツッコミを入れていると、背後から優しい声が届く。


「しっかり話を聞いてくるといい。大丈夫だから」


「はい、いってきます!」


 こうして大樹に見送られながら私たちは天神院家の当主に会いに足を進める。

 この島は見た目よりかなり広く、当主のいるであろう島中央の大神殿に行くだけでもかなりの距離を歩かされていた。

 見たところ自然が多く残されていて、自然の中に建物が時折姿を見せる感じ。流石島全域が神域らしく、隅々にまで掃除が行き届いていてとても気持ちがいい。まだ辺境なので寂しい感じなものの、住人もチラホラと見受けられる。あれ、みんな神職の人なんだろうな。

 よく見ると畑や田んぼも点在していた。みんなここで生活をしているんだろうか?


 私が物珍しそうにキョロキョロと周りを見渡しながら歩いていると、同じように島に感心している有己がポツリとこぼす。


「しかしすごいなこの島……」


「ええ、基本自給自足出来ますからな」


 陽炎は先頭を歩きながら少し自慢げに説明する。田畑があると言う事でそんな予感はしていたけど、本当にそうだったとは……。私がフンフンとうなずいていると、今度は龍炎から質問が飛んだ。


「では、外界との一切交流はないと?」


「そんな事はありませんぞ?適度に本土との行き来はありますのじゃ」


 彼は誤解を解こうと胸を張って答える。天神院家、完全に独立している訳ではないと。そりゃそうだよね。私達もこうして辿り着けている訳だし。と、ここまでのやり取りを聞いていた有己が皮肉っぽくつぶやく。


「こんな霧の壁に隠れて何やってんだか」


「我らは日の神の地上の代行者ですからな。定められた役割があるのです」


 陽炎はそう言うと胸を張った。崇高な役割を実行していると言う誇りを感じさせる堂々とした態度だ。この言動が気に入らなかったのか、有己は露骨に不満を口にする。


「けっ、人間風情が何を……」


「有己!口を慎んでください!」


 相手が誰だろうとその態度を変える気がないこのわがまま使徒に、龍炎はまるで引率の先生みたいに注意した。勿論それが素直に聞き入れられる訳もなく、有己は口を尖らせる。


「なんだよ、この程度で機嫌を損ねるようならそいつはただのケツのちっちぇえ小者だぜ」


「すみません、あまりここに良くない想いを抱いているようで」


 有己の態度を修正出来ないと悟った龍炎はすぐに道案内の老人に謝った。陽炎は振り向きもせずにこの気苦労の多い彼に返事を返す。


「構わんですよ。そう言われるだけの事はしておりますしな」


「ふん……」


 有己と島の案内人の仲はその後も改善されることはなく、しばらく無言のまま私達は歩き続けた。ずっと黙っているのはとても気が重いので、その圧に耐えきれなくなった私は何か話そうと無理やりネタをひねり出す。


「あの、もしかしてあの一番大きい建物に向かっているんですか?」

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