第91話 光の代行者の住む島 その2

「はい、少し遠いですが辛抱してくだされ」


「うへぇ……」


 天神院家の島――正式名称がなんて言うのが知らないんだけど、この島の中央には山があって、その山の頂上に島を見下ろすように大きな建物が建っている。神社のお宮を立派にしたようなその建物は島全体を見下ろすような威厳を放っていて、そこに一番偉い人がいるだろうことは容易に想像出来た。

 ただ、問題なのはそこまでいく距離。水平移動ではそこまで遠くはない感じではあるんだけど、かなりの高さを登らなければいけない。


 エレベーターとかロープウェイがあるような雰囲気はないし、やっぱり自力で進まなければならないものなのだろう。これみよがしに立派な階段が遠目からもしっかりと見えていた。

 私が先の事を想像してため息を吐き出していると、すぐに有己が茶々を入れる。


「こっから見ただけでも階段がエゲツねぇもんな。しっかり登れそうか?」


「うーん、上がってみないと分かんない」


 私はここで挑発に乗らないようにと努めて冷静に言葉を返した。彼はその返事にすぐに調子に乗って軽口を叩く。


「ヘタったら俺がおんぶしてやるよ」


「な!意地でも自力で上るよ!」


「へー。それは楽しみだ」


 あんまり馬鹿にするその態度に気を悪くした私は負けじと逆襲に転じる。


「そっちこそ大丈夫なの?」


「は?何お前俺を馬鹿にしてんの?あの程度余裕だっての」


「だってここ光の神域なんでしょ?闇の眷属は光に弱いじゃない」


 余裕ぶる彼に私は決定的な事実をぶつける。さあ、どう出る?何か言い返せる?と、私は意気込んだのだけど、当の闇の使徒はあんまりダメージを受けている様子は見られなかった。彼は少し腑に落ちない感じで小首を傾げる。


「言われてみればその通りなんだけどな……そんなに悪い気はしないんだよな。何でだ?」


「それは我らが当主が力の調整をしているからですぞ」


 突然この会話に陽炎が割って入る。闇の使徒が光の代行者の神域に入って大丈夫なのは敢えてそう言う調整をしているからだったらしい。私はその言葉を聞いてゴクリとつばを飲み込む。


「当主、その人が……」


「ええ。聖光様は歴代でも随一の力をお持ちです。会えばみなさんも実感する事でしょう」


「そ、そいつは楽しみだぜ」


 当主の名前が出た途端、有己の声が震える。やはり闇神様すら封じた実力者の存在に心の何処かで怯えがあるのだろう。その心の動きを敏感に察した陽炎は生暖かい笑みを浮かべる。


「ふふ、震えてますぞ?」


「いや、これは違ぇよ!」


 必死でごまかす彼が面白かったので私も便乗して軽くからかった。


「どうだか~」


「お前ら黙って歩けないのか……」


 私達のやり取りが気に障ったのか、ここで前を進む芳樹から注意を受ける。怒られた私達はまた静かになった。うーん、でもやっぱり重い雰囲気は苦手だなあ。

 歩き続けた私達はやがて島の中央部にかなり近付いた。周辺ではぽつりぽつりだった建物の数は、中央部に近付くにつれてどんどん数を増していく。

 気が付くと右を見ても左を見てもお宮だらけになっていた。


「それにしてもあちこちにお宮があるねぇ~。神社のテーマパークだ」


「きっとマニアなら涎を流して喜ぶんじゃないでしょうか?」


「だろうね、すごいもん」


 穏やかな龍炎と穏やかな会話をしていると、その会話が気に入らなかったのか、またしても有己がツッコミを入れてきた。


「けっ、こんなの天上界の神の間の焼き直しじゃねーか」


「え?そうなの?」


 彼の言葉に私は衝撃を受ける。天上界ってこんな感じなんだ。言われてみればそうなのかもって雰囲気がしてきたよ。そこで有己の言葉を補足するように龍炎が言葉を続ける。


「そうですね。詳細は違いますけど、かなり似た感じです」


「へええ~。有己も天上界にいた事があるんだ。意外~」


 そう、私は天上界云々より、有己が天上界にいた事の方に衝撃を受けていたのだ。この言葉を聞いた彼は当然のように感情のままに声を張り上げる。


「何でだよ!俺だって闇の神に使える由緒正しい使徒なんだぞ!」


「全然そんな風に見えないしい~」


「今の姿は地上の人間達に合わせているだけだ!」


 私が調子に乗って軽口を叩いていると、案の定有己は更に感情をヒートアップさせる。ここまでの会話でまだ怒号が飛んでこないのをいい事に、私は更に燃料をつぎ込んだ。


「いや、見た目じゃなくてその性格とかがさあ~」


「思いっきり殴るぞ!」


「うわ!暴力反対!」


 怒らせ過ぎて暴力行為ギリギリまできたところで、怖くなった私はすぐに顔を腕でガードする。流石にやりすぎたのか、またここで芳樹からの雷が落ちた。


「いい加減にしとけよ、ここは敵地なんだからな」


「いえ、敵地だなんてそんな。我々はあなた方を歓迎する立場なのですから」


 敵地と言う言葉が気にかかったのか、ここで案内役の老人がニコニコ笑って自分達の立場を表明する。うーん、敵じゃないにしても私達ってそこまで歓迎されるような間柄だったかな?その部分が少し腑に落ちなかったので、私は質問する。


「どう言う事ですか?」


「詳しくは我が当主にお聞きください。きっと知りたい事は全て話してくれる事でしょうから」


 話を聞く限り、どうやら全ては当主の考えにあるようだ。じゃあやっぱりきっちりと話をしなくちゃだね。私は手をギュッと握って気合を入れた。


「よーし!俄然やる気が出てきた!」


「じゃあそのやる気でこの階段も登っていけよ」


「う……うん」


 そう、気がつくと問題の石段の前まで辿り着いていたのだ。見上げるとその先は遙か先にあって遠い。本当にこを登る以外に頂上の建物に辿り着く手段はないの?気が遠くなるんだけど……。

 私が石段前で躊躇している間にも陽炎と使徒達はホイホイと当然のように軽く登っていく。また置いてけぼりになる前にと私もワンテンポ遅れて膝を上げた。

 一旦登り始めてしまうと、まだ最初だからかそこまできつい感じはしなかった。それですぐに先行組に追いついて、早速この島について気になった事を話しかけた。


「あの、この島にはどれだけの人が住んでいるんですか?」


「大体1200人くらいでしたかな」


 この島は私が見たところそれなりの広さがある、小さな街程度の広さは。感覚で言うと5000人くらい住んでいても不思議じゃない。って言うか5000人くらいは住んでいないと不自然だ……建物はそれなりにあるし、田畑なんかもあるし。


「えっと、それって島の大きさから考えると少ないですよね」


「それはこの島が生活の島ではないからです。神職以外は住む必要がありませんからな」


 この陽炎の言葉に私は違和感を覚える。生活の島じゃないってどう言う事?住人が特別な人しかいないから余計な人がいないって事?神職以外の人がいないなら、神職の人で対応出来ない場合とかどうなるんだろう?疑問が次々に浮かんでいく。


「え?だってこんな建物作るのにも職人さんが必要なんじゃ?」


「私達が作ったのですよ。みんなで力を合わせましてな」


「ほえ~。すっごい」


 こんな立派な建物を専業じゃない人が建ててしまうだなんて、それもまたすごい話。と、言う事はよっぽど何でも出来る人じゃないとここには住めないって事か。こりゃハードル高そうだわ。

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