第89話 天神院家へ その4
ここで返ってきた残酷な真実に私はショックを覚える。嘘でしょ?苦労してここまで来たのに、それが全て無駄になるって言うの?私は気持ち悪さに身体を震わせながら、自分に出来る精一杯の抗議をする。
「えぇ、ここまで来て?」
「大丈夫ですよ、しおりさんなら」
「なら、いいけど……」
龍炎に慰められて、私は何とか平常心を取り戻した。この試しの試練を受けてみんな平気なのかなと周りをよく見ると、平気そうな顔をしているのはこの場所に慣れている大樹だけで、私達旅行組は全員が気持ち悪さに耐えているような微妙な表情をしている。
みんな同じなんだと思うと、不思議と不快感も薄くなってくるように感じるのが不思議だ。
この不快感に晒されてどのくらい経っただろう。ずっと我慢している内に、いつの間にかそれに慣れたのか嫌な感じはなくなっていった。
みんなの顔から不快感が消えたところで、案内人である大樹が満足したみたいにニッコリと笑う。
「よし!試しは終わったよ、全員合格。じゃあ本丸に行こうか」
「良かった、みんなで行けるんだね」
脱落者が誰も出なかったので、私はほっと胸をなでおろした。最初にちょっと驚かされたけど、あれも振りだったのかも。ま、真相は分からないけど。とにかくこれでみんなで天神院家に行ける。それが確定しただけでいいんだよ、うん。この試験合格の報に船に無茶苦茶弱いマンがふんと鼻を鳴らす。
「当然だっちゅーの」
「良かったですね。私も安心しました」
ドヤ顔の有己とは対象的に龍炎はみんなの合格を心から喜んでいるみたい。うん、私も安心したよ。誰かひとりでも行けない人が出てきたらちょっと気まずくなるしね。
用事も済んだと言う事で私達はこの神殿を抜けてまた船に戻った。今度こそ天神院家に向かうと言う流れになって船の中でまったりくつろいでいると、そこで芳樹が少し気になる事をつぶやく。
「昔は試しなんてなかったんだけどな……」
「え、そうなんだ?」
ここで明かされる衝撃の真実!つまりこの許しの作業って後で作られたものなんだ。一体どうして?と、この疑問に案内人の彼が説明をする。
「使徒があまりにも攻め込んできたから、それで防御結界を張ったんだよ」
「でも大樹さんは出入りを許されたんですよね?」
「うん、特別だよ。俺も一応最初は襲った側だったんだけど、向こうさんに気に入られちゃってね」
彼の話によれば、どうやら使徒側が無茶したからこんなややこしい仕組みが作られたと言う事らしい。使徒ってろくな事をしないね。ま、主を封印されちゃったら復讐したくなる気持ちも分からなくはないんだけど。それにしてもそんな渦中にいてちゃっかり敵に気に入られたってエピソードも何かすごいな。
頭を掻いて照れながら話す大樹を見た友人の有己は、それが面白くないのか思いっきり舌打ちをする。
「ちっ、洗脳されやがって」
「洗脳じゃないよ、説得。事情が分かったから心変わりしただけさ」
「それを洗脳っーつうんだよ」
自分の気に入らない事は一切耳に入れない彼らしく、大樹の言葉は全く聞き入れる気がないようだ。そんな友人の言葉を右から左に受け流しながら大樹は目的地が近付いた事を教えてくれた。
「ま、真実は自分の耳で聞けばいい、ほら、もうすぐだ」
さっきまで快晴だったはずなのに、彼がそう言った途端に船は濃い霧に包まれてしまった。これじゃあどっちに進んでいいか分からない。
「うわ、急にどうして?前全然見えないよ」
「これが結界、で、これを超えられるのは許された者だけ」
大樹はそう言うとこの濃い霧も物ともせずに船を進ませる。視界は霧のせいで1m先もはっきりしないくらいのレベルなのに大丈夫なのかな。全く動じない案内役に対して、私の頭の中は不安しか在籍していなかった。
「進路は本当にこれで合ってるんですか?」
「まぁ見てなって、ほら、晴れてきた」
しばらく船が進むと、徐々に霧が晴れてくる。もしかして天神院家って霧で外敵から身を守っているのかな?だとしたらすごく幻想的だなあ。
そんな事を考えながら晴れてきた霧の先の景色を眺めていると、目の前に小さな島のようなシルエットが浮かび上がってくる。嘘!もうこんなに近付いていたの?
「うわ、何あれ!」
「あそこがお目当ての天神院家だよ」
私達の目の前に現れたのは全体が神殿の施設になっているとても荘厳な島だった。ひとつの島の全域が神域と言っていい。その全貌を目にした私はこれこそが本物の聖地だと感じ、その雰囲気に圧倒されて言葉を失う。
同じ景色を見た龍炎もこの島に来たのが初めてだったらしく、私と同じく島の凄さに圧倒されていた。
「話には聞いていましたけど、本当に島全体が神殿なのですね」
「すごいよ。こんなの初めて見た」
初めて目にするその巨大な神殿は新興宗教の本部みたいな成金の痛々しさはどこにもなくて、とにかく荘厳で清らかで非の打ち所のない清廉さで満ちている。今からこんな清浄な場所に我欲まみれの私が足を踏み入れていいものだろうかと躊躇してしまうほどだ。
けれど船はそんな私の意思を無視するかのように強制的に島に近付いていく。私はゴクリとつばを飲み込んで、これから先に待ち受けるであろう出来事に対して、しっかりと覚悟を決めたのだった。
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