第88話 天神院家へ その3

 見たところ海も穏やかでそんなに揺れそうもない感じだし。だから多分大丈夫でしょ。私がそんな返事を返していると、調子に乗った有己がニヤつきながら挑発する。


「酔ってお腹の物全部吐き出しちまえ」


「あんたこそ船大丈夫なの?」


「ばっかお前、俺が船ごときで弱るかよ!使徒だぞ?」


 まるで某お笑い芸人の持ちネタのように彼は自分が使徒である事を強調する。そこまで自信満々なら彼が船酔いする事はなさそうだね。私もせいぜい笑われないようにしっかりしないといけないな。


 全員が乗り込んで準備が出来たところで、早速目的の島に向かって船が動き始める。幸いな事に海は穏やかで、多少は揺れはするものの、それは遊園地のアトラクションレベルだ。流石にこの程度で酔う事はないなと私はほっと胸をなでおろす。

 ふと気がつくと、同じ船室にいたはずの有己の姿が見当たらない。一体どこに行ったのかと探すと、彼は外に出て手すりにつかまりながら海に向かって吐いていた。


「うえええ……気持ち悪い」


「あらら、使徒様は船酔いしないって言ってなかったかしら?」


「そんな事言ってねぇ……うっ……」


 胃袋に収まったものを全て吐き出す勢いで有己は吐き続ける。こんな穏やかな瀬戸内海の海でどうしてそこまで酔えるのか分からない。今日は快晴だし、潮風も気持ちいいし、快適な船旅なんだけどなぁ。私は調子がすごく悪そうな彼を見て少し心配して背中を擦る。


「しかしここまで揺れに弱いなんてね」


「はは、昔から有己はそんなところがあったなぁ」


 運転をしていた大樹はそんな友人を見て豪快に笑った。流石海の男。有己は弱りながらもこの軽口に精一杯の反抗を試みる。


「っせ!まだ島には着かないのかよ」


「すぐ着くさ。瀬戸内はちっちゃいからな。ほら見えてきた」


 大樹が指差す方向に小さな島が見えてきた。あそこが目的地になるのかな。


「わあ、可愛い島。でも……」


「そう、無人島だよ」


 クルーザーの向かっている島には見たところ人工物のありそうな気配がない。彼の言うとおり無人島のようだ。この事実を前に、私は不安を覚える。


「無人島って、船をどうやって……」


「安心しな、船着き場はちゃんとあるから」


「は、早くしてくれ……もう吐きたくな……ううっ」


 グロッキー状態の彼は憎まれ口を叩かない分、扱いはまだ楽な方だった。しばらくすると大樹の言葉通り船着き場が見えてくる。島自体は無人島でも、島で何かする人のために最低限の人の手は加えられている、そんな感じだった。

 釣り人とかが来る事があったりするのだろうか。それとも島で泳ぐ人のためとか?きっとそれなりにこの島で楽しむ人がいるって事なんだろうな。見たところ浜辺とか綺麗だったし。


 船は無事に島に到着し、接岸作業の後に私たちは上陸する。初めての無人島への上陸に私はテンションが上っていた。


「島に着いたどー!」


「しおりさんは元気ですね」


「えへへ」


 龍炎に褒められた私は照れくさくなって頭を掻く。船上であんなに弱っていた有己もすっかり上陸した途端に元の調子に戻っていて、ドヤ顔で復活アピールをしていた。


「俺だって、もうすっかり元気だぜ!」


「良かったねぇ」


 私がドヤ顔の彼に憐れみの目で言葉をかけると、その態度が気に入れなかったのか、ぷいっと顔を背けられてしまった。


「くっ……ば、馬鹿にすんなよ」


「いや、してないけど」


 そんなコントじみたやり取りを横目に、早く話を進めたいらしい芳樹は私達を急かす。


「さっさと行くぞ」


 スタスタと先に歩く彼に遅れないようにと、私達は必死についていく。島は船着き場付近こそ整備されていて歩きやすかったものの、歩いて行く先の島の中腹部は全く管理されていないのか、かなりの無法地帯と化していた。一応道らしきものはあるものの、草が自由に生え放題でとても歩きにくい。

 私は先行する彼に何とか追いつこうと悪戦苦闘する。その道中で、事情を知っていてなおかつ話しやすい大樹に、思い浮かんだ疑問をぶつける。


「この島には何があるんですか?」


「ここで天神院家に入っていいかどうかのチェックがあるんだ。身体検査みたいなものだな。ま、着いてきてよ」


 彼の話を聞いて色んな想像が頭の中を駆け巡る。神域に入るためのチェック……一体何をされるんだろう?きっと辿り着いた場所には何人もの神官が待ち構えていて、私達はそこで素っ裸にされて隅々まで調べられてしまうんだ。もうだめだー。

 そんな妄想を思い浮かべながら歩いていると、ずっと人工物のなかった景色の中に埋もれた何やら見慣れた建造物が見えてきた。


「あれ、鳥居?」


「どうやらここが試しの場のようですね。私も来るのは初めてです」


 一緒に歩いていた龍炎がこの見慣れない建物の解説をしてくれた。私達はそのままその鳥居をくぐってその先に入っていく。試しの場とは言っても、その正体は手頃な大きさの洞窟で、入り口こそ石造りで立派な感じになっているものの、中に入れば拍子抜けするくらい何にもない場所だった。


 歩いてすぐに奥が見えるくらいの広さのこの洞窟のどこでそんなチェックとかするのだろうと思っていると、先行する大樹が振り返ってみんなを呼び集める。


「さ、みんなここに集まって」


 その声に従って洞窟の奥にみんなは集まった。一体これから何が起こるんだろう?何をされるんだろう?全く何も知らされていない私は、偶然隣りにいた彼に思わず話しかける。


「これで何が試されるの?」


「俺に聞くなよ、知らないよ」


 そう、何も知らされていマンの有己に聞いても仕方がないと言うのに。そんなグダグダを見ていた大樹は優しそうにニッコリ笑うと、ここで行われる試しの事を簡単に説明してくれた。


「試しって言っても、ここにじっと立っていればいいだけだよ。だから緊張しないでリラックスして」


「なーんだ。痛い事とか恥ずかしい事をするんじゃないんだ。良かった」


「お前は一体何を想像していたんだ」


 私の言葉に有己がジト目でツッコミを入れる。その視線が実に痛い、痛い……。い、いいじゃない別に厨二的な妄想をしたって。私、正真正銘の中学二年生なんだもん。

 妄想の激しいお年頃なんだよっ!と言いたかったけど、ここはその思いを胸の奥にしまっておく。まずそれを口に出すのが恥ずかしいし。


 ただじっとしていればいいと言う話だったものの、機械でスキャンするみたいに洞窟に仕込んである何かが私達を今チェックしているんだよね。何もしていないのに段々私は気分が悪くなってくる。目に見えない何かに体中を弄られているような……?

 その初めて感じる感覚が我慢出来なくなった私は思わず今の気持ちを吐き出した。


「ねぇ、何か気持ち悪いんだけど……」


「今しっかり試されていますからね。大丈夫です、害のあるものではないですから」


 私の感じた不安を大樹はあっさりとかわしていく。害のあるものじゃなくても気持ち悪いものは気持ち悪いよー。早く終わってー!

 心の中でそう叫びながら、私はもうひとつの不安を彼に打ち明けた。


「でも身体検査って事はさ、不合格になったらどうなるの?」


「認められない場合は天神院家には辿り着けませんね」


 ここで返ってきた残酷な真実に私はショックを覚える。

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