第80話 クアルの帰還 その3

「止むを得ん、いいな、カーセル!」


「ああ、私の作品に制御不能な機能はいらん」


 度重なる命令無視の現状を見て、カーセル博士もようやくクアルの危険性に気付いたようだ。実験体の体に接続している端子に意識停止信号が送られ、クアルの意識はそこで停止する。大人しくまぶたを閉じたそれを目にしたニール博士は、ようやくここで胸をなでおろした。


「生体とは言え、やはり機械だな。あっけない」


「意識があればもっと役に立つと思っていたが、育て方を間違ったかな。次からは気をつけよう。大事なのは成果だけだ」


「その成果だが、もうラボが限界だ。ここらが潮時だろう……このデータを参考にさらに設備を強化して、それからもう一度実験を再開すればいい」


 ニール博士はそう言ってカーセル博士に今回の実験の終了を提言する。

 しかし、その言葉にカーセル博士は過剰に反応した。すぐに対応スタッフに問い質す。


「一瞬でも数値を限界まで引き上げられたか?」


「そ、それが、どれだけ調整しても更に値は大きくなるばかりで……」


「ならば限界まで試せ!それまで実験は止められん!」


 このあまりに無謀過ぎる指示にニール博士は激高した。


「君は馬鹿か!それをしたらラボが崩壊すると……!」


「正しい数値を出さねばそれは成功とは言えないんだ!予想が外れた今、これをしておかないと……」


「ラボの許容限界地ギリギリまでだぞ!それ以上は私が認めん!」


 カーセル博士の科学者のしての意見を聞いたニール博士はその言葉にも一定の理解を示し、妥協案を口にする。お互いの意地がぶつかりあった結果、今回折れたのはカーセル博士の方だった。いくらそれが理想でもラボが限界ならば物理的に不可能だからだ。


「分かった。仕方がない」


「よし、その条件でみんな進めてくれ!」


 方針が決まったところで、再度試験は仕切り直して実行された。次々と記録が塗り替えられていく中で、カーセル博士はひとりぶつぶつと何かをつぶやいている。その様子を不思議に思ったニール博士が彼に声をかけた。


「どうしたんだ?」


「いや、何故計算と違う結果になってしまったのかを考えている。こんな事があっていいはずがない」


「何処かに計算ミスか、それとも計算漏れがあったのか……」


「そんなはずはない!そんなはずは……」


 カーセル博士は自分の計算に自信を持っていたため、自らの計算ミスの可能性を認めようとはしなかった。頭を抱えてうずくまる彼にニール博士は掛ける言葉を何ひとつ見いだせずにいる。嫌な気配が制御室を包み込み、静かな室内でキータッチの音だけが響いていた。そうしてしばらくして数値の異常に気付いたスタッフが博士達に急いで報告する。


「博士!急激に数値が下がっています」


「な、何?」


 それは有り得ない事態だった。クアルの意識を封じた今、この試験で弾き出される結果はシミュレーション通りでなくてはならない。多少のブレはあるにしても、急激に数値が下がるはずがないのだ。その有り得ない出来事が起こると言う事は――。

 ニール博士は最悪の想定をする。その時、静かだった試験室でもう聞こえるはずのない声が響く。


「ふう、ごちそうさん」


「ク、クアル?そんなバカな!」


 そう、それは停止命令を出して止めたはずのクアルの声だった。目覚めた実験体はニヤリと笑うと、意識を取り戻した理由を口にする。


「俺様はお前らに従った訳じゃない。停止命令を足がかりにこのラボのシステムを把握していたのさ」


 クアルがそう言うと同時にラボ内の電源が一気に落ちた。この突然の出来事にラボスタッフ達は混乱する。


「何だ?電気が……」


「人って言うのは不便だねぇ。この程度でもう何も出来なくなる」


 その言い方からこれは試験室内の実験体の仕業だと判明する。予備電源が稼働したところでニール博士は事態収拾の為に声を張り上げた。


「システム緊急停止!リセットだ!」


 クアルにセンサーを差し込んでいる事自体が危険だと判断したニール博士は、次々に端子を抜き取る指示を出す。それは実質試験の終了を意味していた。

 この様子をモニター越しにただじっと見ていたカーセル博士は、ブルブルと震えながら独り言のように何かをつぶやく。


「これは……これはすごいぞ……」


「カーセル?」


「我々は永久機関を作ろうとして最終兵器を作ってしまった。永遠に動き続ける世界を滅ぼす兵器だ。この研究を極めれば我が国が世界を支配出来るぞ」


 カーセル博士は気が触れたように大声で叫び続ける。それはまるで自身の作ったものの恐ろしさにようやく気付いたみたいに。どうやって感知したのか、その会話を耳にした実験体はグニャリと顔を歪ませ、固定していた拘束具をいとも簡単に引きちぎっていく。


「へぇ……世界を支配出来るか、いいね」


「馬鹿な……動けるはずが」


 この異常な状況にニール博士は言葉を失う。クアルを拘束していた拘束具は、たとえ暴走してもびくともしないよう設計されているはずだった。それが苦もなくあっけなく外されていく。まるで朝の支度をする学生のように自然な仕草で、クアルを固定していた拘束具は全て外されてしまった。


 この厄介な最終兵器が完全に自由になる事恐れたカーセル博士は、それを阻止する為にすぐに次の指示を飛ばす。


「実験体ナンバーズを全部出せ。クアルを止めるぞ!」


「わ、分かりました!」


 指示を受けたスタッフは、すぐにラボ内に残るナンバーズを全てクアル討伐に向かわせる。この指示で総勢29体のナンバーズ、クアルの兄弟達が最新鋭の弟を倒す為に集まった。


 ズラリと並ぶ兄達に囲まれた最終兵器は、しかし眉ひとつ動かさない。ニール博士はすぐにナンバースに最終司令を下す。それは実験体の最大の攻撃――自爆の指示だった。29体の実験体は一気にクアルに向かって飛びかかり、次々に覆いかぶさっていく。そうして次の瞬間、実験体達は次々に自爆した。


 それによって試験室が使いものにならないくらいの強烈な爆発が起き、設置されていたモニター等は使用不能となった。


「どうだ!」


 計算上、自爆によって発生した膨大な熱量によってクアルの体は一気に蒸発したはず……。自爆がうまく行った事で、カーセル博士は作戦の成功を睨んでいた。やがて試験室が落ち着いたところで、予備のモニターを稼働させる。作戦の成果を確認する為に、カーセル博士はモニターを覗き込んだ。


「嘘……だろう?」


 そこには溶け落ちたナンバーズの残骸の山と、それを放り投げるクアルの姿があった。


「うおおおおお!体が燃える!この程度じゃあ全然足りない!」


 闘争心に火がついたこの最終兵器は、暴れ足りないとばかりに咆哮を上げる。何故あの熱量の中で無事だったのかとカーセル博士が画像をズームアップして確認すると、そこでクアルが恐ろしいまでの新陳代謝によって体組織を再生強化している事が判明した。

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