第79話 クアルの帰還 その2

「そのくらい調べればすぐに分かるさ。それにこの人格はお前達が寄ってたかって作ったものなんだろう?何故創造主が被造物の事を知らない?」


 クアルは製造時に全てのネットワークに無線で繋がるよう設計されている。それによって、データは常に最新のものにアップデートされていた。彼はその機能を使って、世界のあらゆる情報を取り込み始めていたのだ。

 これによって、もはや博士達の知っている完全な実験体の様相を遥かに逸脱した存在と化していた。


 焦るニール博士に対して、カーセル博士はまだどこかに余裕を持っていた。クアルの軽口を軽く聞き流すと、すぐに次のプロセスに移る。


「不敵だな。だが、そのくらいでなければつまらん。早速役に立ってもらおう」


 博士の指示でラボの可動ロボットアームがクアルを掴む。そのまま彼は一番機密度の高い試験室Zに自動的に運ばれる。運ばれたクアルは厳重に固定され、各種センサーや測定装置がその体に次々と挿入されていく。


「お?」


「まずはお前が正常に稼働しているかどうかの確認をする。それが済めば……」


 実験の準備が整い、カーセル博士がマッドサイエンティストの本性を現す。そこで見せた邪悪な笑みは流石クアルの生みの親と言えた。この状況に対して、実験対象となった彼は全く動じる様子も見せず、どこか余裕のある態度を取っていた。


「用が済めば解体か?流石神様は上から目線で身勝手だ。愛ってやつは持ってないんだな」


「ふん。愛しているともさ。だからこそ念入りに調べて有効活用をする」


 2人の軽口合戦を聞き流しながら、ニール博士が実験開始の指示をラボスタッフに送る。


「それでは始めるぞ」


「せいぜい私の夢の為に計算通りの結果を出してくれよ」


 こうしてクアルは完全体になった成果をラボによって徹底的に調べられる。耐熱実験、耐圧実験、エネルギー出力限界値測定――ありとあらゆる試験によって、クアルの能力が数値化されていく。

 その様子を慎重に見守りながら、ニール博士は進捗状況をスタッフに確認する。


「どうだ?」


「問題ありません。今のところ順調に既定値をはじき出しています」


 今のところ、全ては順調に推移していた。その事自体は最初の想定通りであり何も問題はない。

 けれど、ニール博士は試験を受けるクアルの様子に違和感を覚えていた。限界値を探る試験ではかなり過酷な状況も体験する。それなのに生命体をベースに感情を得たクアルがこの過酷な状況で全く平然とした余裕のある表情をしていたからだ。


「しかし顔色ひとつ変えないとは……」


「クアルは正確には生物ではないからな。恐らくダメージを受け流しているんだろう」


「忠実なマシンになり得そうか?」


「当然だ。私の計算に狂いは……」


 博士達はクアルを完全自立志向生命体のように作りながらも、飽くまでも命令通りに稼働する装置として認識している。だからこそ、扱いは機械と何も変わらない。また、変える必要を感じていない。こうして、クアルは博士達の調整によって完全な製品のプロトタイプ――と、なるはずだった。


「どうした?」


「エネルギー値の値が変です!収容しきれません!」


「何だと?」


 ここでラボのスタッフが異常を訴える。限界値が測れないと言う状況に対して、色んな創作物で敵が相手の実力を図ろうとしてその測定機器が壊れる演出があるが、限界試験を受けるクアルが今まさにその状態だった。この想定外の状況に実験を取り仕切るニール博士は危機を覚え始める。


「このままではラボが持ちません!」


「すぐに実験を中止だ!」


「待て!」


 実験中止を訴える彼をカーセル博士が止める。この危機的状況を前に、実験の続行を求める親友の考えをニール博士は理解出来なかった。


「な、何を……」


「これほど素晴らしい成果があるか!世界中のエネルギー問題が解決するぞ!」


「だが、その前にラボが持たんぞ!」


「エネルギーを開放すればいい。国中に。それで持たなければ世界中に!」


 カーセル博士の顔が狂気に歪む。クアルの許容エネルギーの数値は、科学者ならば誰もが求める未知の領域に達していた。その真理を追求しようと言うのは研究者として分からなくもない、物理的な限界を考えないのであれば。

 けれど実際には限界はあるし、それを克服する手段にしても理論的に可能なものと物理的にそれが実現可能かどうかはまた別の話だ。理想を語る親友の言葉にニール博士は現実を訴える。


「何を馬鹿な!そんなシステムは構築していない。そもそもこのラボはスタンドアローンだ。公的には存在していないんだぞ」


「この成果を持って公表すればいい!クアルの存在こそが人類の進化の鍵だ!我々は歴史に名を残せるんだぞ!世界の救世主にだってなれる!」


 カーセル博士はクアルの持つ無限の可能性に魅了されていた。確かに無尽蔵のエネルギーを無制限に取り出せると言うなら、世界のエネルギー問題は一気に解決するだろう。人類のあらゆる可能性を飛躍的に向上させると言う事は、新しい進化と言っても過言ではないかも知れない。

 しかし、多くの場合、大きな力と言うのはそれ相応のリスクも存在するのが世の常であり、ニール博士はメリットよりもその危険性を重要視していた。


 ボスの考えが一致していないと言うのは部下にとって最大の不幸だ。何をするにも、指示する相手によって内容がコロコロ変わって現場は混乱する。

 先行きを危ぶんだスタッフは、この危機的状況を前に改めて博士達に指示を乞う。


「実験は続行ですか?」


「勿論だ!限界まで力を引き出せ!」


「何を言っている!そんな事をしたら!」


 この現場の混乱を目にしたクアルは試験途中にも関わらず、にやりと不敵に笑う。


「くくく……馬鹿な神様共だ」


「クアル?」


 実験体の態度に変化に気付いたニール博士は戸惑った。この状況で平常心を保つばかりか、挑発をするだなんて。限界値試験と言えば実験体には苦痛しか与えないものだ。拷問をしているに等しい行為を受け続けて、それを全く苦に感じていない。これは逆に言えば、この試験においてまだまだクアルのポテンシャルが引き出せていないと言う事でもあった。


「俺様を作った存在が俺様に何をさせるのかと思って大人しく従ってやったら、この程度かよ」


「貴様!もう大人しくしろ!言う事が聞けないなら意識を止めるぞ!」


「やってみろよ」


 その不遜な態度はいつでも命令を無視して行動出来ると言う挑発でもあった。無尽蔵のエネルギーを持つ破壊兵器がコントロール出来ず、自らの意志で人類に反旗を翻したなら、それは世界を滅ぼす破壊兵器の誕生をも意味している。

 自分達の研究でそんなものを作り出したのだとしたら、それは大いなる負の遺産として永遠に全人類から憎まれてしまうだろう。それどころか、人類の歴史自体が終わってしまうかも知れない。


 ここに来て、ニール博士はクアルの意識を停止させる事を決意する。

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