クアルの帰還
第78話 クアルの帰還 その1
クアルに力を吸い取られて倒れた私の前に、吹っ飛ばされていた龍炎が起き上がり様子を見に駆けつけてきてくれた。
「しおりさん、しおりさん!」
「う……」
背中を掴んで揺さぶられた私はこの呼びかけに何とか言葉を返そうとするものの、うまく喋れない。ダメだ……体に全く力が入らない。そんな私の様子を目にした龍樹は龍炎に対して言葉をかける。
「大丈夫、意識はあるようです。とりあえず本部に運びましょう」
こうして私を含むクアル討伐チーム負傷組は全員が本部の保安室で横になった。暖かい布団の優しさが体を包み込み、受けたダメージを癒やしてくれる。
しかしこんな日の光の届かないところでどうやって布団を干せたんだろう?やっぱりあれかな、布団乾燥機かな?
ここに運び込まれた全員の様子を眺めていた龍炎がポツリとこぼす。
「有己と芳樹も目を覚ましませんね……」
「力を安々と奪われたショックもあったのでしょうし、しばらく寝かせておきましょう」
同じ景色を眺めていた龍樹が負傷組への対処について所感を述べる。今回の戦いは私達の完全敗北だった。それでも決定的な被害が出なかったのだから善戦したと言ってもいいのかな。
しばらく沈黙の時間が続くものの、その沈黙に耐えきれなくなったのか、龍炎がハンター本部の中庭の様子を眺めながら独り言のようにつぶやいた。
「さて、これからどうしますかねぇ……」
「クアル……あいつは役目を果たしたようですし、もう襲ってくる事はないはずです」
今後の事について、一番の懸念はあのクアルの再襲撃があるのかどうかだと思うのだけど、諸々の事情を把握している龍樹の意見としてはその可能性はかなり低いとの事。龍炎はその意見にうなずきながら、ダメージを受けた私達側について思いを巡らせる。
「我が主は……」
「ラボは何も神を作りたかった訳ではありません。ラボが求めたのは膨大な力と、それを生み出す仕組みの解明です。永久機関を生み出す為に」
「では、主は無事だと?」
龍炎もやっぱり使徒だね。私自身じゃなくて私に宿る闇神様の事を心配していたよ、当然だけど。力を奪われたこの使徒達の主について、龍樹は自身の個人的な見解を口にする。
「ええ、ですが、かなりの力を奪われた事でしょう。封印か、それに近い状態になっているのではないかと……」
「それで、そんな事をしでかしたあいつは……」
「今頃はラボに戻ってその成果を関係職員達に披露している事でしょう。そこから先の事は分かりません」
2人の会話はここで途切れてしまう。ついさっきまで敵同士だったんだもんね。そんなすぐに会話も弾む訳がないよね。居心地の悪そう雰囲気が支配し始めた保安室は、見守る龍炎の体力をも奪い始めていた。
その頃の私は疲労感とか色々あって深い深い眠りに落ちていた。漆黒の深淵を浮遊する感覚。精神体だけで私は夢の世界を漂っていた。もし死んだらこう言う感覚を味わうのだろうか。
そうなると私は夢の中で死を体験しているのかな。答えの出ない色んな考えがぐるぐると巡る。
「あれ……ここは……」
(しおりよ……)
「闇神様?」
突然どこからか響いてきた声は私の中の心の中の居候、闇神様の声だった。キョロキョロと周りを見渡すものの、声はすれどもその声の主の姿はどこにも見当たらない。
手探りで前を歩くような不安さを覚えながら、私は闇神様との会話を試みる。聞きたい事はたくさんあるんだ。
(我はしばし眠る……だが案ずるな。それも束の間じゃ)
「あ、うん。ゆっくり休んでね」
クアルによって力をかなり奪われた闇神様は私に向かってそう一方的に話すとそのまま気配ごと消えてしまった。どうやら私にこのメッセージを伝えるだけで力を使い果たしてしまったらしい。
(……)
「もう声も聞こえない……か……」
周りの深い闇は雑念も煩悩すらも全て吸い取ってしまうらしい。私は何も出来ない無力さだけが頭の中を支配して、そのままこの夢の世界を漂っていく。
きっとこれが心の力を回復させる癒やしに繋がっているんだ。何処かで直感的にそうに違いないと思い込みながら……。
ハンター本部では客間で龍樹と龍炎が話をしている。話題はやはり今後の事について。ハンターを倒すと言う大きな目的もなくなって、使徒である龍炎は途方にくれていた。
「私達はこれからどうすれば……」
「まずは皆さんの回復を待ちましょう。先の話はそれからです。あなたも傷を治した方がいい」
「ハンターは……今からは味方って事で……いいんですよね?」
彼は改めて目の前のリーダーにハンターの立ち位置についての質問を飛ばす。ここでしっかり認識を確認するのも大事な事だろう。いつまでも疑ってばかりでは先に進めないしね。龍炎の質問に対し、龍樹は穏やかな笑顔を彼に向ける。
「はい。これからは使徒の皆さんをしっかりサポートしますよ」
「安心……しま……した……」
龍樹に身を案じられた龍炎は張り詰めた緊張が解けたのか、急に崩れ落ちる。やはりクアルにやられたダメージは彼の体も蝕んでいたらしい。意識を失うようにその場に倒れ込んだ龍炎を龍樹自らが保安室に運んでいく。こうしてクアルに立ち向かった関係者は全員が深い眠りについたのだった。
その様子を興味深く一通り眺めた龍樹は小さなため息をひとつ吐き出すと、本部内でせかせかと事後処理に動く他のハンター達に向かって声をかける。
「さて、私達も休息を取りますか。今回は少し被害が大き過ぎたようですから……」
場所は変わって、某国のラボでは時空間移動したクアルがその姿を表していた。モニターでそれを確認したニール博士が喜びの声を上げる。
「クアルが帰った来たぞ!」
「よくぞ戻ってきた!我が息子よ!」
無事に成果を持ち帰ったクアルに対し、カーセル博士は最大限の賛辞で彼を迎え入れる。この言葉を耳にしたクアルはあからさまに眉をしかめた。
「は、息子?お前が俺の息子な訳ないだろ?」
「何を言う!お前を作ったのは私だ!そうだ!私が創造主だ!」
「ふうん。じゃあお前が俺様の神様ってやつか」
カーセル博士の言葉に彼はぐにゃりと表情を歪ませた。それは例えようもなくらい邪悪な悪魔の微笑みのようにも見える。この表情の変化にニール博士は危機感を覚え、上機嫌な親友に進言する。
「おい、カーセル、様子がおかしいぞ」
「なぁに、息子って言うのはこの位の態度を取るものだ」
実験の成功に気を良くしている生みの親にその言葉は届かない。彼は自分の理論を実証してくれた目の前のクアルを愛しく思うあまり、どんな言動も快く許容していた。調子に乗ったクアルは更に態度を増長させる。
「神様ってのはアレだ、抹殺の対象だって神話の頃からの常識な訳だよな」
この言葉に恐ろしさを感じたニール博士は彼に怒号を飛ばす。
「そんな話をどこで!」
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