第64話 ハンター本部 その3

 気配を気付かれずに様子を伺う事も容易だろう。この雑踏の中を歩いていると、時折鋭い視線を感じる事がある。多分これは私の気のせいなんかじゃないよ。


「監視されてるのかな?」


「可能性はありますが、大丈夫ですよ」


 私の何気ない一言を龍炎はちゃんと拾ってくれた。彼の一言に私はいつも助けられている気がするなあ。少し安心すると、何だか急に里心が芽生えてきたよ。それで手を首の後ろに組んだ私はそれとなくつぶやいた。


「あ~あ、折角近くまで戻って来たんだし、家に連絡した方が良かったかなぁ?」


「それは全て終わってからでいいと思います。また何が起こるか分かりませんし」


「そ、そう……だよね。でも、大丈夫なんだよね?」


 大丈夫だとさっき言ったくせに、次の一言で不安を煽るような言葉を彼が返すものだから、私の心は急激に不安の色に塗り潰されていく。


「心配するな、命をかけて守ってやる」


「有己……」


 私は思わず力強くそう言い放った彼の顔をじっと見つめる。やっぱり最後は一番の腐れ縁が一番頼りになるよね、うん。


「我が主を守るのが使徒の役目だからな」


「ああ……うん……」


 だよね、守るべきは私じゃなくて私の中の闇神様に決まってるよ。うん、そうだと思った。ち、ちっとも期待なんてしていなかったんだからねっ!

 会話がそこで途切れると、何だか急に疲労感を感じ始めてしまう。やっぱり会話って大事だよね。話していれば長い道のりもあっと言う間だし。

 と、そんな考えもあって私は無理やり話題をひねり出した。


「ところでさ、今は芳樹が先導しているでしょ。みんな行き先は分かってるんだよね?」


「何だ?気になるのか?」


「いや、もし彼が間違った道を行ったらそれに気付けるのかなーって……」


「そもそも間違わねーし」


「だから、もしもの話だってば」


 話が堂々巡りになって私は困惑する。これはみんなが芳樹を信用しているのか、それとも芳樹以外は正しい場所を知らないのか――出来れば前者であって欲しいな。そんな時、一番後ろを歩いていた龍炎がにっこり笑みを浮かべながら話しかける。


「大丈夫ですよ。彼に任せておけば」


「りゅ、龍炎さんがそう言うなら……」


 先行する芳樹は私達のやり取りを全く気にしていない風で、黙々と歩き続けている。その行動自体は今までと変わらないものだったのだけれど、ある程度まで進んだ頃、突然その行動に不審な点が現れ始める。何故だか目的地に真っすぐ進んでいるようには到底思えないような行動を取り始めたのだ。


「ねぇ、何か同じ所をぐるぐると回ってない?もしかして迷った?」


「これでいいんですよ」


「え?」


 龍炎は私の疑問をバッサリ切り捨てる。その返事を聞いた私の頭にはてなマークが並ぶ。うん、意味が分からない。


「おかしいと思いませんでしたか?ハンターの本拠地が実在する場所にあれば地図にも明記されているはずです。こうして私達が血眼になって探す必要もありません」


「えっ?でも、ハンター支部とかは実在の場所……」


「支部と本部を一緒にする訳にはいきませんよ」


 彼の話を要約すると、ハンター本部はどうやら普通の方法では辿り着けない所にあるらしい。にわかには信じられないけど。私が混乱していると有己が機嫌の悪そうな声で注意する。


「黙って芳樹についていきな。迷ったら戻れねーぞ」


「そ、それって……」


 彼の言葉に怖いものを感じてビビっていると、それを見かねたのか龍炎が丁寧に種明かしをしてくれた。


「つまり、この歩き方が鍵になっているんです。特定の手順を踏んで初めて門が開くんです」


「その手順ってハンター以外が踏んでも開くものなの?」


「勿論。以前眷属がハンター支部を偵察に行った時も同じ事をしました」


「そうなんだ、安心した」


 ようやく謎だった芳樹の行動が理解出来て私はほっと胸をなでおろす。その次の瞬間、手順を踏み終えてスイッチが入ったのか、私達の周りだけ足元から強烈な光が発生する。


「うわっまぶしっ!」


 その光が収まって閉じていたまぶたを上げると、もうそこは見慣れた都会の雑踏の景色ではなかった。そこはどこだか分からない真っ暗な異空間。この謎空間の何処かにハンター本部がある?周囲を見渡すと芳樹達はもうずんずんと先に進んでいる。ちょ、おいてかないでっ!



「使徒共が第1階層を超えたぞ」


 本部所属のハンターが使徒の行動を本部全体に通達する。その連絡を聞きながら龍樹は鬼島にこの事態の対策の進行具合を尋ねていた。


「どうですか?」


「間に合わせだが、おもてなしの準備は出来た」


「では、早速宴を始めましょう。しかしまさか私の代で約束を果たす事になるとは……運命とは奇なるものです」


 本部の屋敷から彼は空を見上げる。その視線の先には異世界らしい微妙の色合いの偽りの空が広がっていた。



 その頃、私達は相変わらず複雑な手順を踏んで、まるで魔法の図形をなぞるように異空間の地を歩いていた。定められた条件をクリアする度に強い光が私達を包んで次の世界に転移させる。その感覚は一旦身体を原子まで分解して、その後でもう一度再構成するようで、どうにも簡単に慣れるものではなかった。


「こ、これでどのくらい進んだの?」


「今が第3階層なので後4つ沈みますね」


「後4回もぉ~」


 龍炎の話からハンター本部は彼らの言う第7階層にある事が分かる。もう、どれだけ用心深いって言うのよ~。

 歩く距離自体は大した事ないから体力的にはまだまだ余裕があるんだけど、感覚的な意味ではこの第3階層の時点で限界が来ていた。うう、気持ち悪くて吐きそう。


 この感覚は使徒には全くないようで、目の前の3人は誰ひとり苦痛に顔を歪めてはいなかった。タフ過ぎだよみんな……。


「おかしいな、順調過ぎる……」


 先頭を進む芳樹はここまで本部に近付いて全くハンター側の抵抗がない事を疑問に思い始めていた。


「こう言う時は罠を疑わないといけませんね」


「ちょ、そんな不穏な……」


 頭が痛いだけでもしんどいのに、重ねてハンター側の待ち伏せ攻撃とか勘弁だよ。どうかこのまま本部まで何も問題が起こらないでいて欲しいよ!ああもう頭がどうにかなりそう……。

 限界が近付いた私は休息を提案しようと龍炎の肩に手を置いた。


「次、行きますよ!」


「もうっ!まぶしいのは勘弁っ!」


 手を置いたタイミングで私達は次の階層に転移する。うげぇ~、気持ち悪いィィィ。何てタイミングだ。

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