第63話 ハンター本部 その2

 メニューを渡されたのはそれに不満があった場合の為のものだったようで、結局私達は何ひとつ注文を口にする事なくスタッフにメニューを返した。

 料理は既に準備済みなので、私達はただ座って待っているだけでいい。ガッチガチになっている私の緊張を解こうと龍炎がそっと声をかける。


「良かったですね」


「う、うん」


 料理は予約済みでも作るのは今からなので出てくるまでには時間がかかる。と、言う訳で必然的に会話が始まる。まず最初に有己が口火を切った。


「しかし何でそんなに余裕があるんだ?」


「焦ってどうする?そんなだと本来の力が発揮出来ないぞ」


「あ、焦ってなんか……」


 芳樹に冷徹に指摘されて彼は口ごもる。シリアスモードの苦手な私は何とか明るい話題をと思い、外に目を向ける。


「すごい景色だね。これがセレブの見る景色なんだ」


「芳樹のホテルの部屋からの景色も良かったですけど、流石東京はレベルが違いますね」


「ああ~夜景で見たかったなぁ~」


 都会の景色は昼間より夜の方が美しい。時間的に言えば既に夕方とも言える時間ではあったけれど、夜景を楽しむにはまだ早過ぎた。私の願望を聞いた芳樹は同じ景色を見ながらどこか達観したような雰囲気で口を開く。


「終わってからまた見ればいい。きっといい時間になってる」


「終わってから……か……」


 彼の言葉が私の中でぐるぐる回り、処理出来ない気持ちが渦巻く。この食事が終わったらハンター本部に向かうんだ。その先では何が起こるか分からない。凄惨な戦闘が繰り広げられるのかも知れない。その前にこんな場所に来て贅沢を謳歌していていいのだろうか?

 いや、むしろそう言う状況が差し迫っているからこそ、その前にこんな経験をさせてくれたのだろう。だとするならば、精一杯この状況を楽しまなきゃだね。


 そんなぎこちない会話で間を繋いでいると、準備が出来たのか私達の前に料理が運ばれて来た。正式な場所での格調高い食事なんて初めてな訳で、私の緊張がダイレクトに身体の変化に現れる。うう、体の震えが止まらないよう……。


「えーと、テーブルマナーとかどうしよう、よく知らないよ」


「適当でいいんだよそんなもん。今ここには俺達しかいないんだぞ?」


「そりゃ、そうだけど……」


 そうなのだ。芳樹の配慮か偶然なのか分からないけど、今、このレストランには私達しかいない。貸切状態なのだから誰の目も気にする必要はない。分かっていても、そんな簡単に割り切れないのが普通なんだけどね。

 目の前の普通じゃない使徒の皆さんはみんなそれぞれの作法で目の間の料理を楽しみ始める。一番ワイルドなのは、向かい側の席に座った一番馴染みの深い彼だ。まぁ、予想通りなんだけどね。


「うめぇ!流石金持ちの食うものは違うな!」


「有己……」


 そのあまりにもマナーと縁遠い食べ方に私は呆れてしまう。とは言え、絶品の料理を前に作法を気にするばかりにおあずけ状態になっているのも何か違う気がする。ええっと、確か右手がフォークで……その前に何かするべき事もあったような?

 ああっ、ファミレスなら行き慣れてるんだけどなあ!


「遠慮しないでください。折角の食事なのですから」


「そ、そうだね。うん……」


 龍炎に優しく諭されて、私もやっと食事に手を付ける。もう今回は何ちゃって作法でいいや。ここには笑う人も作法にうるさい人のもいないのだから。

 そうしてようやく私はスプーンでスープをすくい、それを口に含む。口内に広がる濃厚な味の洪水に私は一瞬我を忘れた。


「ああっ、美味しい……っ!」


「うめぇ!うめぇ!」


 有己は元来の腹ペコマンの本性を呼び覚まし、ガツガツとすごい速さで料理を片付けている。彼のお腹はブラックホールなの?フードファイターさながらの食いっぷりなんて、このセレブ御用達高級レストランに一番似合わないのに。


「こんな贅沢して、罰が当たりそうだよ」


 折角だからと精一杯のセレブを気取ってゆっくり味わって食べる私に、上品とは無縁の彼がワイルドなツッコミを入れる。


「本当小市民だなお前は」


「どうせ私は一般人ですよ!」


 ああ、こんな場所まで来て今まで散々やり尽くした定番のやり取りをするなんて。ただ、言葉をかわしながら意外とこう言う雰囲気が好きになっている自分に気が付いた。有己がどんな場所でも自分を貫くからこそ、それが私の心を落ち着かせてくれるのかも知れない。


 芳樹は食事を楽しむ私達の姿をじっくりと眺め、優しい笑みを浮かべる。


「この味をみんなに知って貰いたかったんだ。良かった」


「本当、有難う芳樹君。最高の体験だよ!」


 私は改めてこんな場を提供してくれた彼にお礼を言った。続いて有己も口をむしゃむしゃと動かしながら感想を口にする。


「お前にしては気が利いてるよな、うん」


「最後の晩餐だね」


 私は余りに贅沢なこの食事がすごく特別なものに思えて、つい口を滑らせてしまう。それを聞いた有己は口の中のものを吹き出しそうな程の勢いで反応した。


「おまっ!」


「……ごめん」


「最後じゃねえからな!」


 このピリピリした雰囲気、やっぱり有己もこの先の事で相当気が張っているんだ。これは言葉に気をつけなくちゃだね。はぁ……。


 その後も次々出される料理に私達は十分満足して、そうして食事を終えた。そうして来た時と逆の手順でホテルを後にする。ホテルスタッフに深々と頭を下げられて、あれだけ騒いでしまったのにと私は何か申し訳ない気持ちで一杯になっていた。


「じゃあ、行きましょうか」


 ホテルから出た私達は今度こそ本格的にハンター本部に向かう事になる。それでみんなまた黙々と歩き出したんだけど、ここで私は今までずっと言おうとして言えなかった事をやっと口に出そうと、勇気を出して一番話しやすそうな龍炎に声をかける。


「そう言えばさ……」


「何でしょう?」


「ハンターの本部って何処にあるの?ここから歩いて近いの?」


 この質問に横から有己が口を挟んで来た。


「ま、遠いならまた公共交通機関を使うだろ」


「それもそうだよね」


 彼の説に納得した私はひとりうなずいた。実際、徒歩で10分以上歩くなら公共交通機関とかを使ってショートカットした方がいい。都心なら駅も多いし、どこでも人が多いからすぐに襲われる事はないはず。

 それをしないって事は、こうやって歩いている事にも本当は何か特別な意味があるのかも知れない。


 この多過ぎる人混みは私達にとってもメリットがあるけれど、逆にハンター達にも好都合だ。

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