ハンター本部

ハンター本部

第62話 ハンター本部 その1

 ハンター本部の外見は和風の大邸宅。ヤクザ屋さんの組長の家とかを想像すると分かりやすいだろう。そんな本部施設の奥の和室で、リーダーの潮見龍樹と腹心の鬼島が何かの話し合いをしていた。


「来たようだな」


「意外と早かったね」


 この会話から察するに、やはり使徒勢が東京に来た事はハンター達も察知していたらしい。最強の敵勢力が本拠地に攻めてくると言うのに、まるでそれが全然一大事じゃないみたいに今の本部は静かで落ち着き払っている。それは使徒の攻撃など歯牙にもかけないと言う余裕の表れなのか、それとも――。


 目の前に出されているお茶を一口飲んで、軽く喉を潤した龍樹が鬼島に声をかける。


「準備は整ってる?」


「今やってる。神器はともかく扱える人材がなあ……」


 鬼島はそう言うとため息をひとつ吐き出した。その言葉からしてハンターの本部と言えども神器を扱える人材は限られているらしい。そうしてこの会話から伺えるもうひとつ重要な事は、神器自体の数は必要十分な程に揃えられていると言う事だろう。神器使いが多数現れた場合に使徒達に勝ち目はあるのか。この戦い、まだまだ先行きは不透明だ。

 そんな状況の中で、龍樹はその余裕の態度を最後まで崩す事はなかった。


「ま、シナリオ通りなら何とでもなるよ」


「数だけでも揃えておくか」


「うん、任せる」


 具体的に動こうとする彼に向けて龍樹はニッコリと笑って答える。話の終わった鬼島はすっくと立ち上がり、決定事項を実行する為に部屋を出ていった。


「さて、まずは時間稼ぎかなぁ」


 龍樹もまたそう言うと、出されていた茶碗などを手に持って給湯室に戻しに行く。それから誰にも何も言わずにひとりすっと姿を消した。


 その頃、私達は街中の多くの人が行き交う雑踏の中に紛れて歩いていた。もう駅を出てからかれこれ1時間程歩いている。


「木を隠すには森の中って言うけど、うまくいくと思う?」


「ハンターだってここまでの人混みでは何も出来ませんよ」


「まぁ、そりゃそうだよね」


 いくらハンターが使徒を倒す組織だと言ってもこんな大勢の前で戦いを挑んでくると言う事はありえない。人混みの中に紛れるのが一番安全なんだ。

 私達はその安全な方法で襲われる事なくハンター本部へと向かう。これも全て芳樹の考えた作戦だ。


「本部に着くまでこの人混みが続けばいいけどな」


「すぐ有己はそうやってネガティブな事を言うんだから」


「事実を言って何が悪い」


「まぁまぁ、落ち着いてください」


 心配症の有己の言動は今更だけど、確かに東京と言ってもどこでも人が多い訳ではないから、人の数が少なくなった時は注意しないといけないかも。

 でも今は最強の使徒が揃っているんだから、滅多な事では負けないと思う。だからそんなに敵の心配はしなくていいのかも知れない。油断は大敵だけど。


 その後も楽観的な私の発言に有己がツッコミを入れる会話は続く。龍炎が場を取り持ってくれるから、どんな会話も大きく揉めなくて済むのはいいね。


 しかしそもそもハンターの本部って何処にあるんだろう?徒歩で移動しているって事はそんなに遠くはないはずなんだけど。実はもう結構近くまで来ているんだったりして。

 私がそんな妄想を膨らませていると、前を歩いていた芳樹は振り返り、私達の顔を確認しながら口を開く。


「今の内に食事を取っておこう。こっちだ」


「えっ?芳樹君、東京にも詳しいの?」


「まあね」


 彼の案内で私達はまず食事を摂る事になった。もしかして、今まで歩いていたのはハンター本部に向かっていたんじゃなくて、食事の為だった?

 だとしたら最初からそう言って欲しかったよ。それにしてもずっと地方都市にいたはずの彼が東京の地理にも詳しいなんて意外だったな。そんな事を素直に私が感心していると当然のようにツッコミが飛んで来る。


「東京くらいは詳しくないと駄目だろ……日本の首都だぞ」


「いや、だって、田舎にずっと住んでいたのかと」


「まぁまぁ、取り敢えず着いていきましょう。迷ったら目も当てられません」


 私達がコントを演じている間にも芳樹は気にせずにずんずん進んでいく。見失ったら大変だと私達は慌てて彼を追いかけた。


「あっ、ちょ、待って」


「あいつ、相変わらず自分優先だな」


 大きなビルの並ぶ通りを歩いていくと、いつの間にか私達は一般庶民には縁のないようなエリアに足を踏み入れていた。私はこの通りには一度も来た事はない。このエリアってお店は売っている物がみんなお高いし、何やら大人の人ばかり歩いていて場違い感が半端ない。私がこのエリアに立ち入るにはまだ軽く10年は早い気がする。

 人間と価値観の違う使徒の皆さんはそんな私の緊張感を全く配慮する事なくずんずんと遠慮なく進んでいく。使徒の皆さんって実年齢はかなりの高齢だから、きっと人の作った街の雰囲気の影響なんてそんなに受ける事もないんだろうな。


「さて」


 芳樹がそう言って立ち止まったのは、とある由緒ある国内有数の高級ホテルの前だった。私は何か間違っているのではないかと思い、思わず声をかける。


「え?ここ高級ホテルだよ」


「だから安全なんだよ。黙ってついていこうぜ」


 有己も芳樹のこの行動に全く疑問を抱いていない。私達の中で戸惑っているのはどうやら私ひとりだけのようだった。既に芳樹は先にホテルに入り、すぐに有己も後をついていく。

 焦った私は後ろに控える龍炎に安易にこのホテルに入れない理由を口にした。


「どうしよう?私こんな普段着だよ」


「問題ないと思いますよ」


 彼はそう言ってニッコリ笑うと私の手を取ってホテルへと入っていく。こうして私も心の準備が整わないままに先行する芳樹達に追いついた。ホテルに入っても目的は食事なのでそのままレストランまで直行する。

 このホテルの高層階にあるレストランはセレブ御用達の、そりゃあもう最高に環境の良いレストランだ。一般人がここで食事をする事なんてまずないだろうって言うまさに雲の上的な存在で、私は緊張感でカチコチに固まっていた。


 レストランに入ると芳樹がスタッフに何か指示していた。それから私達は外の景色が見える一番いい席に案内される。何もかもが初めての体験で、私は何が何だか分からないままに指定された椅子に座った。


「ほえええ~こんな所初めて来たんですけど」


「メニューがよく分からん」


 メニューを渡された有己が頭を抱えている。定食屋とは違うもんね。その様子を目にした芳樹がポツリとつぶやく。


「そう言うと思って事前に予約している、安心しろ」

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