第46話 迫りくる悪意 中編
コンディションはオールグリーン。ラボの位相空間発生装置、通称ゲートが稼働を始め、目的座標が現在しおりたちのいる某県某市に設定される。27号はカートに乗せられてその場所まで自動的に移動する。目覚めた27号は制御室からの司令を受け自発的にゲートの中へと入っていった。ゲートを通ればラボから日本までは数時間で到着する。とても便利なシステムだが、このゲートを通り抜ける事が出来るのは合成生物の実験体だけ。
博士達は実験体の行動がリアルタイムで確認出来るモニターをチェックしながら27号の行動を興味深く見守っていた。
で、私達に話を戻すと、龍炎の立てた作戦についてまだ話を続けていたりして。
「で、眷属を飛ばしたらすぐに返事は返ってくるの?」
「それは、向こう次第だろ?」
「そうですよ、この作戦だって成功するかどうかは分かりませんしね」
私の質問に有己も龍炎もあまり頼りにならない回答を寄越して来た。この2人の回答に納得出来なかった私は更に疑問をぶつける。
「って言うか仲間が近くにいてすぐに出て来られないってどう言う事なんだろうね?」
「さあ?事情があるのは間違いないですが、詳しい事は……」
この質問に龍炎が歯切れの悪い言葉を返した。そりゃそうだろうな。当人の事情は当人にしか分からないもんね。ここで有己が話の流れを変えて3人目の使徒が仲間になった時のメリットを口にする。
「あいつが仲間になればすぐにでもハンター共をとっちめられるのにな」
「その遠藤さんって使徒は強いんだね」
「当然だ、あいつに勝てる使徒なんていない、つまりハンターだって敵じゃあない」
彼の話によれば今探している遠藤って使徒は使徒の中でも最強の実力者らしい。この話を聞いて疑問が浮かんだ私はすぐにそれを口に出した。
「そんなに強いのに、なんで遠藤さん?はハンターを倒さないんだろう?」
「戦いが強いのと好戦的なのはまた違うんですよ」
この私の質問には龍炎が答えてくれた。強いのに好戦的じゃない?気は優しくて力持ち、みたいなものだろうか?
でもどんどん仲間がハンターに倒されていて、それでも反撃しようとしないのも変な気がするよ。倒す実力があるのなら尚更。私は少し腑に落ちないものを感じながらも、言い争いをするつもりはなかったので龍炎の言葉に形式上一応納得する事にする。
「うーん、そんなものなんだ?」
「はい、そんなものなんです」
私がその言葉を受け入れたので龍炎はにっこりと笑って返事を返した。それからは会話も途切れ、また何となく街を歩き続けていると、突然有己が何かに気付いたようで突然大声を上げる。
「おい!」
「えっ?何?」
「これは……」
その言葉に全く要領を得ない私に対して、使徒2人はすぐにその異変に気付いたようですぐに警戒態勢を取り始める。私は訳が分からないものの、何とか現状を把握しようと2人に声をかける。
「は、ハンター?」
「いえ、違います、全く別のものです」
「お前も前に襲われただろ?」
状況が全く理解出来ていない私に有己がヒントをくれた。私が前に襲わてハンターじゃなかったものと言えば――。頭をフル回転させて記憶を手繰り寄せる。そこでひとつだけ思い当たるもの見つけた私は思わすそれを声に出した。
「え?もしかしてあの時のキモいやつ?嘘でしょ、あいつに仲間がいたの?」
「仲間かどうかは分からねーが、同質の波動を感じる」
以前公園で襲って来たキモい謎の生き物、アレの仲間がまた私達を襲って来たのだと有己は言う。私は当時の事を思い出して戦慄を覚えていた。確かあの時は有己が対処出来なくて結局私の中の闇神様が謎生物倒したんだよね。あんなのがまたやって来たとしたらまた苦戦するような事になるかも知れない。
あ、でも当時と今とじゃ状況が違うんだった。私は少し声を震わせながらつぶやく。
「で、でも今回は龍炎さんもいるし……」
「前のとは力の規模が違う……油断は出来ない」
対応する使徒が2人になったと言うのに有己の顔に全く余裕が感じられなかった。そんな彼の顔を見た私は思わず弱音を吐く。
「に、逃げよっ!」
「馬鹿っ!敵が来るのを分かっていて背を向けられるかっ!」
「それに逃しちゃくれないでしょう。アレの目的は私達のようですから」
強がる有己に対していくらか冷静な龍炎の言葉はまるでそいつが目前に迫ったような具体的なものだった。その言葉に不安を覚えた私は彼が向いている方向に顔を向ける。まさかそんなに早く御対面する事はないだろうと高をくくっていたら、そいつはもう視認出来る程私達に接近していた。
「あれ?えっ?」
「ちっ、来やがったか!」
「嘘……こんな……」
ほんのちょっとまでまで見えていなかったのに気がつくとそいつは目の前まで来ていた。ものすごいスピードで接近していたのだ。この状況をまだ信じ切れない私に対して使徒2人は素早く行動を開始する。まず先行する有己が龍炎に声をかけた。
「龍炎、最初から全力だ!」
「ええ、分かってますよ!」
「ちょ、私どうしたら良いの?」
やる気満々の2人に対して私ひとりだけが混乱していた。そんな私の言葉を聞いた有己は戦闘の構えを取りながら振り向かずに大声を上げる。
「お前も身を守っておけ、俺達の近くが一番安全だ!」
「わ、分かった!」
そのあまりに頼もしい彼の言葉を私は信用して2人の近くの建物の物陰に身を隠してしゃがみ込む。ああ、どうか今回は危険な目に遭いませんように。
その頃、実験体を通して現場をモニターしていた博士達は計算と違う状況に困惑していた。
「おい、こいつを見てくれ」
「波動振動パターンが2つ……だと?」
そう、博士達は闇神様を守る使徒の数が増えている事を知らなかったのだ。このイレギュラーな状況に対し、まずは現状を把握しようとニール博士は実験体を通して現場状況をスキャンして確認する。その結果を見た彼は思わず言葉を漏らした。
「まさか、邪魔者の数が増えているとは……」
「どうする?もう27号の存在は奴らに気付かれているぞ」
今後の対応を聞かれたカーセル博士はしばらく考え、そうして科学者として最良の選択肢を選ぶ。
「仕方がない、調整し直そう。今なら間に合うだろう」
「敵Bの解析はしなくていいのか?」
「確かに情報は欲しいな、ならダミーををばらまいておこう。多少は役に立つ」
27号にはどうやらイレギュラーな事態を想定してそれに対処する機能も備えられているようだ。カーセル博士の判断を聞いたニール博士は実験体関係の仕事を全て彼に任せ、自分の仕事を実行する。
「ならば指示は任せる、こっちは回収の準備をしよう」
「よし、任せろ」
こうして27号はラボからの指示により撤退行動を開始する。戻る前に大量のダミー実験体を吐き出す事でデータの収集と確実な撤退を成功させようと言う作戦だった。この突然の実験体の行動に私達は面食らってしまい、すっかり出鼻をくじかれてしまう。
「うわっ、何っ?」
「これは……?」
去り際に実験体が放ったものは博士達がダミーと呼ぶ無数の小さな実験体の群体だ。
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