迫りくる悪意

第45話 迫りくる悪意 前編

 3人目の使徒――遠藤芳樹――がいるとされる某県某市をただひたすら歩き回る私達。土地勘のない私達は市内中心地を中心にただあてもなく歩き回っていた。えーと、何これ。やってる事は龍炎を探していた頃と何ひとつ変わらない。この街について一週間が経とうとしている。もうヤダ。私は口癖にようになっている愚痴を今日も挨拶代わりに吐き出していた。


「見つからないねー」


「向こうも気付いてはいるはずなんですが」


 この愚痴に対する龍炎からの答えもまたテンプレだった。有己はもう反応すらしてくれない。聞き飽きた返事は脳に記憶されずに消えていく。不満が一向に解消されないまま、私は返事を返してくれた彼に言葉を返す。


「これって、わざと隠れているんでしょ?」


「それは間違いないです。私もそうでしたしね」


 龍炎はそう言って笑った。まぁ確かに彼も私達が探しているのを知っていてギリギリまで姿を現さなかったものね。使徒って何だろう?性格が悪いのしかいないのかな?自嘲気味に笑う龍炎に対し、有己が不機嫌そうな顔をしながら口を挟む。


「そうだぞ龍炎、お前も悪い。大体何ですぐに顔出さなかったんだよ」


「今更それを言いますか……最初に再会した時に話したでしょう、あなたには」


 そう、彼と龍炎はしっかりそれぞれの事情のすり合わせは終わっている――らしい。私は気を失っていたから知らないけど。お互いが納得した話を今更蒸し返すだなんて有己の器もちっちゃいなぁ……。

 私は2人の雰囲気が悪くなっていくのを感じてエスカレートする前に止める事にする。


「まぁまぁ、喧嘩はやめてよ」


「えぇ、そうですね」


 その言葉を龍炎はあっさり受け入れる。いつもの表情の読めない笑みを浮かべながら。対象的に有己の方はと言えば、あからさまに不機嫌な顔をして舌打ちを返していた。


「ちっ」


「ちょ、有己っ」


 その態度に私は声を荒げる。

 けれど舌打ちされた当の龍炎本人は全く平気な顔をしながら逆に私をなだめるのだった。


「いえ、私は気にしてませんから」


 暖簾に腕押しと言うか、打っても響かない以上、この言い争いも燃え広がらずにここで終了する。きっとこの2人の会話はいつもこんな感じなのだろう。

 そんな訳でまた通常通りの使徒探しが再開される。てくてくとただ歩いていると今度は有己から話を振って来た。


「でもどうする?向こうに会う気がないなら……」


「直接は無理でも間接的にならどうでしょう?」


 彼の質問に対してしっかり回答を用意していたのか龍炎は即答する。私はその言葉の意味が分からなくて混乱した。


「え?それはどう言う……」


「なるほど、眷属か」


 私には分からなくても有己には意味が通じたらしく、すぐにそれに対応する返事を返す。


「はい」


 どうやら彼のその返事で正解らしい。龍炎はにっこり笑って了承している。対して面白くないのは私だった。他に方法がないから歩き回っていると思っていたからだ。感情が高ぶった私は思わずそれを素直に口に出す。


「えーっ!つまりそう言う方法があるのに私達無駄に歩き回っていた?」


「いえ、無駄ではありません。こうして街の雰囲気が分かれば後々きっと役に立ちます」


「本当かなあ?」


 この龍炎の説明に何か上手く誤魔化されたような気がした私は半信半疑のまま返事を返した。するとすぐに有己が話の本筋を訴える。


「それより今は眷属を使ってどうやって奴をおびき出すかだろ?」


「おびき出すって……言葉遣いがまるっきり悪役の台詞だよ」


「いいだろ別にそれくらい……」


 彼の言葉遣いに嫌なものを感じた私が抗議すると有己はすぐに拗ねたような態度を取った。全く、これが本当に長い年月を生きた闇の一族かねぇ。

 私から見たら経験不足の小生意気な粋がっている社会不適合者のそれみたいだよ。まぁ、そう言う性格って簡単には治らないものかも知れないけど。

 私達が些細な事で言い合っていると眷属の話について龍炎から提案が出される。


「使う眷属はどちらのにしましょうか?私のでもいいですし……」


「そうだな、お前としてはどう考えている?」


 彼の質問に対し、有己は同じく質問で返した。質問を質問で返すのって会話のルール違反じゃなかったかなぁ。

 けれど龍炎はそんな失礼な事をされても一向にその笑顔を崩す事なく、彼の質問に答えていく。


「私ですか……そうですね、ああ見えて遠藤さん、あなたと仲が良かったじゃないですか。だからあなたの眷属の方が話を聞いてくれそうな気がします」


「だよな。あいつとお前はそんなに話し合わなかっただろ?」


 この有己の返しに、いつも温厚な彼が一瞬少し表情を歪ませる。それを私は見逃さなかった。


「会話をする機会が少なかっただけで、別に仲が悪いとかではなかった気もしますが」


「そうだったっけか?まぁいいや、それじゃあ俺の眷属を使ってみるって事で」


「はい、お願いします」


 彼が感情を顔に現したのはほんの一瞬で、すぐにまたいつもの笑みに戻っていた。上機嫌の有己はすぐに自慢の眷属を呼び出す。


「よし、ケール!出番だ!」


「うう……」


 彼の眷属を見た私は気分を悪くする。見慣れたとは思ったけれど、やっぱり大きな虫にしか見えなくて生理的に無理だった。その私の様子を見た龍炎が心配そうに私の顔を覗き込む。


「大丈夫ですか?」


「いや、あの……慣れなくて。ほら、虫っぽいでしょ?」


 私が不調の理由を説明すると彼はすぐに納得したようで笑って話しかける。


「ああ、確かに。眷属って使徒によって全然違いますからね」


 その言葉が気にかかった私は記憶を総動員して彼の眷属の姿を思い出そうとしてつぶやいた。


「えっと、龍炎さんのは確か……」


「私のはアレに比べたらまだ可愛い方ですよ。お魚の姿をしてますからね」


 この言葉に龍炎の眷属の姿を思い出した私は彼の方に顔を向けて手を叩いて返事を返す。


「あ、魚だったら平気かも」


「でしょ」


 私の反応に龍炎も笑顔になって返事を返した。この会話の中で蚊帳の外になった形の有己は楽しそうな私達を見て言葉を漏らす。


「何2人で話してるんだよ」


「いえ、特に何も」


「まぁ、別にいいけど……」


 ちょっと拗ねた彼の姿を見た私はそれが少し面白くて笑いを堪える。それからすぐに有己は眷属に何か指示をしてそのまま解き放った。この作戦で3人目の使徒がすぐに見つかって、私達の前に姿を現してくれたらいいんだけどな――。


 その少し前、遠く離れたラボでは衛星回線とか諸々の観測データから私達の現在地の特定に成功していた。薄暗い研究所の観測モニタ室でニール博士が悪そうな笑顔を浮かべながらその成果を口にする。


「ふふふ、ついにターゲットを特定したぞ」


「本当か?」


 その報告を聞いたカーセル博士は彼に問いただした。そう言われてもう一度モニターの数値を確認したニール博士は自信満々な顔で口を開く。


「ああ、すぐに実験体を向かわせよう」


「だな、始めよう」


 こうしてラボでは実験体27号による闇神捕獲作戦が開始された。培養液の液体が抜かれ27号の目が赤く光る。

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