警告

第32話 警告 前編

「さて、それじゃあまずはこれからどう動くかだな」


「じっとしていても仕方ありませんしね……」


 目の前で使徒2人が意気投合している。その様子を見ながら私は肝心な事を2人に尋ねる事にした。


「ねぇ、探そうとしている使徒って心当たりがあるの?」


「3人目、遠藤芳樹の所在はまだはっきりとはしていません。けれど、確実にまだ生きているはずです」


 私の質問に答えたのは龍炎の方だった。彼は言葉を選んで丁寧な口調で説明してくれた。生きてはいるけどどこにいるかは分からない、と。何だかあてにならないなぁ。と、そこで龍炎の言葉を聞いた有己が横から口を挟んで来た。


「3人目って、あの遠藤なのか……まぁ、あいつならな……」


「どう言う事?」


 どうやら有己もその3人目の使徒の事を知っているようだった。私はちょっと興味を持ったのでその事を彼に聞いてみた。すると有己の方も特に嫌がりもせずに素直に私の言葉に従ってくれた。


「遠藤芳樹は最初の使徒だ。アイツはとにかくやる気がないんだ。昔は違っていたらしいんだが、俺が知った時にもはもうすっかり腑抜けになっていた」


「誰も彼の本気は知らないって言う話です。でもだからこそ生き延びられた……」


 有己の話に龍炎も続く。2人の話を総合するとその遠藤って使徒はかなりの曲者みたい。大丈夫かな……。


「で、その遠藤……?さんが生きているって確証はどこから?」


「使徒にはそれぞれ固有の闇の波動を纏っているものなのですが、私はそれを感知する能力が高いんです。彼の波動は今もずっと途切れていません」


 何と、龍炎には使徒感知能力があるらしい。何て便利な能力!有己にもその能力があったならなぁ……。そうしたらきっとここまで苦労もしなかったのに。

 でもこの話を聞いた時、すぐに私の中にひとつの疑問が浮かぶ。


「え?でも感じられるなら場所の特定もすぐなんじゃ……?」


「ハッキリ目に見えるように分かる訳じゃありません。もっと近付けば特定出来るかも知れませんが……」


 私の疑問に龍炎はその理由を説明する。その説明でも十分理解出来たんだけど、更に有己が補足の説明をしてくれた。


「遠くでかすかに感じる匂いだとその発生源の特定は難しいだろ?」


「ああ、つまりその遠藤さんはすごく遠くにいるって事なんだ。でも全く当てがない訳じゃなくて良かったよ。つまり紫藤さんの感覚を頼りに捜していけばいつかはその人に辿り着けるって事でしょ」


「そうですね」


 有己の説明を受けて私は理解出来た事を口にする。その言葉を龍炎はうんうんとうなずきながら聞いていた。この疑問が解けた所で有己が真剣な顔をしながら口を開く。


「問題はどうやってハンター共に気付かれないようにするか……だな」


「闇の道を進みましょう」


 この有己の言葉に龍炎が即答する。その初めて聞く言葉に私は疑問を返した。


「何それ」


「闇の次元の世界を繋げる道です。この道を進む限りはハンターには気付かれません」


 龍炎の言葉によれば闇の道とはハンターに気付かれない安全な道らしい。この情報を知った私は驚きの声を上げる。


「そんな便利なものがあったの?」


「使徒を探す時は現実の世界に戻らないといけませんが、道中は気配を悟られずに済みます」


 うわ何それすごい便利じゃん。ハンターに狙われないだなんてそれだけでも全然違うよ。かかるストレスがほぼなくなるし。

 でもそうしたら何で有己はその道を使わなかったんだろう?使徒感知能力とか弱かったのかな?まぁ今はもうどうでもいいか。便利な手段は使うに限るよね!


「じゃあその道を進もうよ、安全第一だし」


「それ、しおりにはキツイぞ」


「な、何でよ」


 私の言葉に有己が横槍を入れて来た。この彼の発言意図が分からず私は語気を荒げてその理由を問い質す。すると彼はハァとため息をひとつついて私の方に顔を向けて手を腰に当てながらその理由を話し始める。


「いいか、闇の道はワープホールじゃない。現実と同じ世界に存在しているんだ。つまり、その場所に向かうなら実際に同じ距離を歩かないといけない」


「えっと……一応念の為に聞きますけど、紫藤さんの感知能力って……」


 有己の言葉を聞いた私は急に不安になって龍炎に感知能力の詳細を尋ねた。この質問に彼はにっこり笑うとその涼しい顔のままとんでもない事を口走る。


「私は日本列島内なら全て把握していますよ」


 彼の感知範囲は日本全体らしい。この答えを聞いた私は段々恐ろしい考えが頭を支配し始める。その考えを払拭する為に質問を続ける。


「その能力で3人目の使徒はここからどの辺りにいるって見当をつけています?」


「距離だけで言えば……そうですね、軽く見積もってここから1000kmくらいでしょうか?」


「え……っ?」


 私の質問に対して彼から返って来た答えは耳を疑うものだった。動揺している私に有己が追い打ちをかけるように言葉を続ける。


「最悪それだけの距離を歩くんだぞ」


「え……っ?」


 この時点で私の頭はパニック状態になっていた。すぐに現実を認めたくなくて無理矢理にでも妥協点を探る。


「ち、近いとしたらどのくらいで?」


「そうですねえ……誤差含めて一番近いとして700kmくらいでしょうか?それより近い気は今のところはしませんね」


「そ、そんな……」


 最大限譲歩した龍炎の説明でさえ私の心を慰めるものではなかった。突きつけられた恐ろしい現実を前に私は途方に暮れる。ショックを受けている私を見て龍炎はフォローするように言葉を続けた。


「あ、でも彼もずっとじっとしている訳ではありませんし、やがてもっと距離が縮まるかも知れません」


「だってよ」


「うう……」


 700km先の人物が多少動き回った所で多分そんなのは誤差の範囲だよ。私はいきなり目の前が暗くなっていた。閉店ガラガラ状態だ。

 有己だって条件は同じなのに何であんなに平気な態度でいられるんだろう。やっぱり使徒は人間と感覚とか色々違うのかな。


「ここでジタバタしていても仕方ない、それだけ距離があるなら早くに動いた方がいいな、徒歩だし」


「な、何か連絡方法とか!」


 私は何とか少しでも楽になる方法を模索して食い下がった。700kmも歩くなんて苦行はまっぴらゴメンだ。少しでも可能性があるならその方法を全て試さないと気が済まない。この私の言葉に龍炎は申し訳なさそうな顔をして答える。


「何度か連絡を取ろうと眷属を飛ばしてはいるのですが、いかんせん具体的な場所が分かっていない事には連絡の取りようがないんです」


「あ、じゃあその闇の道に乗り物は持って来れない?車とかは無理でもほら、自転車とか!」


 歩きより楽になるならと、もう思いつく限りのアイディアを総動員して私はこの現実に立ち向かう。そうして横槍を入れてくるのはいつも有己だった。


「自転車で700kmもきついと思うぞ」


「歩きよりはマシだよ!」


 私は彼のツッコミに声を荒げて返事を返す。この反応に流石の有己も引いていた。私達の会話を黙って聞いていた龍炎は何かを思い出したのかポンと手を叩いて明るい声で口を開く。

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