第13話 専任のハンター 後編

「冥府魔道はどこまでも相手を喰らい尽くす!お前にもう安住の地はない!」


「へぇ!よく練られた技じゃねーか!相当研鑽を積んだな」


 本来の姿になった有己は、学生姿時の数倍の俊敏さで蛇牙の執拗な追撃を紙一重で避けている。避けられているが故の余裕の言葉ではあったものの、その様子は常にギリギリで、決してその言葉通りの状況ではなかった。


「その余裕がいつまで持つかなっ!」


 そう、実際に余裕があるのは技を繰り出している蛇牙の方だった。有己側は彼の攻撃をギリギリで避けるのに精一杯で一撃の反撃する機会すら与えられなかった。私は勝負の行方が心配になって思わず声をかけていた。


「大丈夫なのっ?」


「ああ、この程度で俺が」


 有己が余裕の態度で私の言葉に返事をしていたその時だった。それが油断になってしまったのか2本の蛇腹がついに彼の身体を捉え、またしても身動き出来ないように厳重に拘束していく。そうして有己はさっきの躯の時よりも更に雁字搦めになってしまった。


「この程度がどう……でしたっけ?貴方の言うその程度でもう完全に動きは封じましたよ?」


 蛇牙はそう言って自身の技で無様な姿になった有己を挑発した。これは彼からの完全勝利宣言と見て間違いなかった。


「これで勝ったつもりなのか……。おめでたいな」


 身動きを完全に封じられた有己はその状態でなおも軽口を叩いていた。

 しかし今回ばかりはその言葉にハッタリ以上の効果がない事を周りにいる誰もが感じていた。蛇牙もまたこの言葉を受けても全く攻撃の手を緩めず、更に蛇腹を操り彼を締め上げるのだった。


「うぐぉーっ!」


「残念ながら私は油断などしません。それが強敵である貴方に対する礼儀と言うものです」


「容赦なくサクッと行くってか。いいぜ、遠慮すんな」


 有己はきっと前のように霧の姿になれば抜け出せると思って余裕のある発言をしていたのだろう。

 だが、蛇腹2本に絡まられた彼は身体を霧化する事が出来なかった。2本の蛇腹が発生させる特殊な磁場が使徒の能力を封じていたのだ。

 流石対使徒殲滅用に蛇牙が独自に開発した技だ。自力で脱出出来ないと悟って有己の顔にも焦りの顔が出て来ていた。


 その様子を見て勝利を確信した蛇牙がゆっくりと有己に近付いていく。その顔はようやく宿願が果たせると言う気持ちで狂気に歪んでいた。

 きっと見ているのが私でなく、誰があの光景を見たとしてもその狂気に恐怖を覚えていたと思う。専任のハンターってみんなこんな風なの?

 蛇牙は両腕で操作していた蛇腹を左手にまとめ、空いた右手で懐の短刀を抜いて拘束されて動けない有己に向けて振りかぶった。


「御存知でしょうが、これは対使徒用の特殊加工がされています。これであなたの命運も尽きますよ……」


 今まさに有己に止めが刺されようとしている。身動きの取れない彼にこの攻撃を避ける事は出来ないだろう。私は恐ろしくなって顔を手で覆った。

 蛇牙が右手に掲げたその短刀が今まさに有己に向けて振り下ろされようとしたその時だった。どこからかやって来た"何か"がその行為の邪魔をした。


「うわっ!」


 私はその瞬間、きつくまぶたを閉じていたので何が起こったのか分からなかった。ただ、アクシデントがあって蛇牙が目的を果たせなかった事だけは周りの音や雰囲気で察する事が出来た。

 何が起こったのか気になって私がもう一度まぶたを開けた時、そこに広がっていた景色は雁字搦めだった蛇腹を自力で引きちぎった有己の姿だった。えっ?一体何が起こったって言うの?


「くっ、邪魔が!」


 何かの攻撃を受けて蛇牙は顔を手で押さえていた。不意を突かれて予想以上のダメージを受けてしまったんだろう。彼はその場でしゃがんでしばらくじっとしていた。一瞬の間に形勢が全く逆になっていたのだ。

 体の自由を取り戻した有己は指をぽきぽき鳴らしながら、蛇牙に対して狂気の表情を見せ、挑発し返す。


「俺も遠慮はしないぜ、礼儀だからな!」


「い、いつの間に!」


 蛇牙が正気を取り戻した時、彼の視界に映ったものは今まさに自分に攻撃しようとしている有己と引きちぎられた蛇腹の残骸だった。

 敗北を覚悟した蛇牙は、逃げも隠れもせずに彼の攻撃を真正面から受け止めて空の星になった。


 やっと戦いは終わって私はすぐに有己のもとに駆け寄った。今回は何とか勝ったものの、彼の体は蛇腹の攻撃で痣だらけになっていた。

 その傷ももちろん心配だったけど、戦いが終わって聞きたい事が沢山あったんだ。


「今回は苦戦しちゃったね。ところで"専任"って……」


 この私の好奇心丸出しの質問に、有己は戦いで傷ついた体をストレッチでほぐしながら答えてくれた。


「ハンターっての基本兼業なんだよ。世を忍ぶ姿で普段は一般社会に溶け込んでいる……専任ってのはそれをしていないって事」


「強いんだ?」


「ああ、強い。俺達使徒を仕留めたのも全員が専任ハンターだし」


 この彼の話を聞いて私は背筋がゾクッとした。今まで使徒はハンターに余裕で勝てるものだと勝手に勘違いしていたからだ。

 よく考えてみれば、そもそも使徒の方がハンターに倒されまくっていると言うのが現実だった。そう、こっち側の方が不利なんだ。

 今まで生き残っている有己だって、本当は強いからじゃなくてたまたま運良く生き残っただけかも知れない――。

 そう考えてしまうと、私は今の状況がすごく不安になってしまった。また専任のハンターが今度は複数で襲いかかって来たら……。


「それってやばいんじゃないの?」


「でも俺達だって何人もの専任ハンターを倒して来てるんだ。だから特に不利って訳じゃない」


 そんな事言ったって、たった今一対一であんなに不利になっていたしな……こいつの言葉を信用して良いのかどうか。

 こっちとしても一応守られる立場上、一言しっかりと言っておこう。


「倒されないでよ……私を守るためにいるんでしょ」


「倒されるもんか。安心しとけって」


 実際、あと一歩で倒されそうになっていた癖に有己はその自覚がないのか、かなりの大口を私に向けて叩いていた。まぁ、運も実力の内とも言うけど。

 そう言えばこいつの危機を救った謎の存在は何だったんだろう?こんな展開になるって知っていたならずっとちゃんと見ていれば良かったよ。その正体を有己は知っているのかな?


「そう言えば、あのピンチの時に一体何があったの?」


「あれは、眷属だよ。まさか現れるとは」


 有己の危機を救ったのは彼の話によれば眷属だったらしい。ただ、本人が驚いている以上、自前の眷属ではないのだろう。仲間のピンチを知って他の使徒が有己を助けようと眷属を使役した――と言う事なの、かな?

 気になった私は思わずつぶやいていた。


「もしかして……他のどこかにいる使徒の」


「ああ。これは意外に近くにいるのかもな」


 有己も私と同意見らしい。近くにいるなら顔を出せばいいのに。そう出来ない理由が何かるんだろうか?彼ならその眷属やその眷属の持ち主?も見当がついているのかな?

 いや、見当がつかない訳ないよね、同じ使徒なんだし。


「ちなみにどんな使徒の眷属だったのか分かる?」


「生き残りは少ないからな……多分あれは龍炎のヤツの使徒だ」


 予想通り、彼は自分の窮地を救った使徒の見当をつけていた。龍炎――それがこの近くにいるであろう使徒の名前らしい。有己はその名前を出しつつ、空を見上げながら遠い目をしていた。きっと過去に何か色々あったんだろうな。

 でもピンチを助けてくれたんだし、きっと会う事が出来たなら私達に協力してくれるよね?

 それに闇神様が集めろって言ってたんだし、ここはその使徒を探し出して合流するしかないよね。


「じゃあ、まずその使徒と合流しなくちゃだね」


「お、やる気出て来たじゃないか」


「まずは情報収集よ、情報収集!」


 仲間の使徒が近くにいる事を知った私は、俄然やる気を出していた。専任ハンターの出現で、今後彼ひとりでは敵に倒されてしまう危険性が高くなった気がしたからだ。これからの激戦を想像すれば仲間はひとりでも多い方がいい。

 出来ればその龍炎って使徒がイケメンで優しくて私を第一に思ってくれる包容力のある精霊だと良いんだけど。

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