第9話 小さな冒険 後編

「眷属の対処には慣れてるんだがな」


 弓的な道具で攻撃をしていたハンターはそう言った。


「眷属如きが僕を攻撃?笑わせないでよ」


 今度は銃的な道具で攻撃をしていたハンターがそう言った。


「ふん、捻り潰す!」


 最後に肉体言語的な攻撃をしていたハンターもそう言った。


 そう、有己を攻撃していたそれぞれのハンターはみんな攻撃方法も攻撃パターンも違っていたんだ。そんなハンターに対する眷属達の攻撃は、ひたすら近くを動きまわって撹乱する事……だった。うわ!マジで虫みたいじゃないのー!

 この鬱陶しい攻撃に遠距離攻撃ハンターは苦戦している。何せ簡単に狙いを定められないもの。言うなれば銃で蝿を撃ち落とそうとするようなもの。

 これって戦略としては正しいと思うけど、見た目も動きも虫っぽくて私は直視する事が出来なくなってしまった。キモいよー。


「フンッ!フンッ!」


 ハンターの中でひとり肉体言語を駆使するマッチョマンだけが、この虫眷属に果敢に挑んでいた。彼の繰り出すパンチもキックも紙一重で眷属には当たらない。あまりにも攻撃が空振りするので、彼の怒りはピークに達していた。

 そう、つまり結局どのハンターも眷属に遊ばれていたんだ。その様子を見て有己は満足そうにニヤリと笑っている。


 戦いが使徒側に有利に働いている様子を確認した私は、ようやく優子に声をかけた。


「あのさ……」


「何……」


 彼女は相変わらず私の方を見ずにそっけなく返事をする。その態度に幼馴染だった頃の彼女の面影は何ひとつなかった。


「前に優子が私に言った――資格者――って何?」


「闇神に縁のある人間の事。貴女は私達がマークしている中で一番縁が深かった。ハンターの資料にそう書いてあった」


「私が一番……って事は他にも?」


「いたかも知れないし、いないのかも知れない。私は必要以上の事は知らない」


 彼女の反応はとにかくドライだった。それはまるでもう二度と私と関わり合いたくないと言う態度のように感じられた。

 親友だと思っていた相手に一瞬で嫌われるなんてこんなショックな事もない。私は心にダメージを負いながら話を続ける。


「そう……なんだ。あのさ、前に貴女が使徒のせいで両親がって言っていたけど……」


「ああ、アレ?安心してよ、別に両親が死んだ訳じゃない。両親と離れ離れになったって言うだけ。生きてるよ」


 実の両親と離れ離れ……死に別れじゃなくて良かったけど、やっぱりこの質問はするべきじゃなかったかな。それでも気になった以上、ちゃんと聞いておかないと自分の中で心の整理もつかないし……。


「何でそんな事に……」


「私の両親もハンターなの。地方の使徒殲滅の要請を受けて私を残してそっちに行ったのよ」


「そう……なんだ」


 しまった。会話を終わらせてしまった。えぇと、えぇと……何を話せば……。こう言う時に限って頭が混乱していいアイディアが何も浮かばない。

 普段通りに行動出来ていれば、話のネタだってポンポン思いつくはずなのに。


「あ、あのさ……私、優子を敵だとかそんな風に思ってないから。これからも友達で」


「あそ。私はもう縁切ったから。あんたは名前を知ってるだけの他人ね」


 ああ、決定的な言葉を聞いてしまった。出来ればその言葉は聞きたくはなかった。今ハッキリと優子は私の友達じゃなくなった。

 ただ、あまりに手のひら返しが早かったので、それに対して私は感情的に自分の想いをぶつけるしかなかった。


「何でよ!あんなに仲良かったじゃない私達!」


「は?そりゃ任務だったし。本気で私が貴女を好きだとでも?」


 この彼女の言葉に私は何も言い返せなかった。思えば優子は私と初めて出会った時、不自然な程熱心に私に接触して来たんだ。最初は私も警戒していたんだけど、余りにしつこく彼女が絡むからいつの間にか心を許していたんだった。

 そっか……あの私に対する熱意は任務だったからなんだ。

 全てが計画通りだと知った私は、急速に彼女に対する思いが冷めていくのを感じた。それと同時に何故私は今ここに居るんだろう……なんて哲学的な事すら考え始めていた。ヤバい。


 だめだ……もう何もかも信じられなくなって来た。優子の狙いはもしかして最初からこれだった?


「しおり!気をしっかり持て!」


 混乱する私の様子を見て有己が大声で叫ぶ。眷属のおかげで多少余裕があるとは言え、戦闘中によそ見をしていて大丈夫なの?


「今すぐ片付けるからもう帰ろう、な」


 奴はそう言うと素早く行動を開始した。混乱する遠距離攻撃ハンターに気付かれないように素早く近付いて背後から華麗に手刀一閃。

 その一撃を繰り返して2人を一瞬で倒した。やるぅ!


「俺は楽には行かないぜ!」


 残った肉体言語ハンターは自信満々にそう答える。相変わらず目の前をうろちょろする眷属を倒せないままなのに。


「よし、刺せ!」


 有己がそう指示すると、ハンターの周りをただ跳びまわるだけだった眷属が一直線にハンターに突撃する。

 しかしその攻撃を安々と受けさせるハンターではない。しっかりカウンターを狙ってタイミング良くパンチを繰り出して来た!

 ハンターの重い一撃が眷属に迫る!彼の拳が眷属を捉えたその瞬間だった。


 ちゅ~。


 眷属はハンターが繰り出したパンチを空中でタイミング良くバックステップして距離を取った。そこからおもむろに先が針のような尖った細いストロー状の口をその拳に突き立てたのだ。眷属、まさに虫!攻撃まで虫ッ!


「おぅおおおお~」


 眷属に何かを吸われているのか、それとも注入されているのか……攻撃を受けたハンターは変な呻き声を上げ、そして間もなく倒れた。

 この戦い、使徒である有己の完全勝利に終わった。ちーん。


「みんな!」


 ハンターが全員倒されて優子が彼らに駆け寄って行く。そっか……それが本当の姿なんだね、優子。

 私は彼女のその姿を見て、目の前に繰り広げられている現実をようやく受け入れる事が出来た。淋しいけど。夕日が目に眩しいけど。


「じゃ、帰ろっか」


 呆然と立ち尽くす私の側にいつの間にか有己が来ていた。コイツになんか頼りたくはなかったのに……今はこんな奴でも側にいてくれると言うだけで嬉しかった。

 恋愛物のドラマだったら、ここで私が有己の胸を借りて号泣したりもするんだろうけど……不思議と涙は出なかった。現実はそんなものなのかな?


「うん、帰ろう」


 私は有己にそう言った後、遠くでハンターの介抱をしている優子に向かってお別れの挨拶をした。多分、もう二度と彼女と会う事もないんだろうなと、そう心の何処かで思いながら。


「優子ー!今までありがとう!私帰るね!」


 もう夕日はとっくに沈んでいた。空を星空が飾る中、私は大人しく家に帰った。家に戻ると学校から連絡を受けていた両親にかなり怒られた。

 でも怒られた後に今度は強く抱きしめてくれたから、どうやら私はグレずに済みそうだった。

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