第8話 小さな冒険 中編

 目的地が隣町とは言え、私はその町の事を何も知らない。中学生の行動範囲なんて結構狭いものだ。

 駅に着いて電車を降りた私は、知らない町を心に不安を抱えたまま歩いていた。そんな精神状態で周りを見ると何もかもが怪しく見える。

 街の規模的には私の地元とそう変わったものではないものの、こちらでしか見かけないお店とかがあったりして知らない場所を強く意識していた。

 本当にここに優子がいるのかな?有己の言葉を信用してもいいのかな?私は数秒ごとにその事を考えてしまっていた。


「土地勘ないからすごく不安なんだけど、もう大分近付いて来ているの?」


「まーかしとけって。後10分も歩けばその場所だよ」


 イマイチ信用出来ない有己の言葉だったけど、やたらと自信満々に言い切っているので今はその言葉を信じる事にした。

 これで当てが外れていたらその時点でぽかぽか殴ってやろう。そう思って路地の角を曲がったら視線の先に誰かがいるのが確認出来た。


「あっ」


 いた、優子だ。有己の言葉通り、その場所に着くとそこにずっと会いたかった彼女がいた。優子はどこかの施設の前で掃除をしている。

 彼女がいるって事は、ここもハンターの関係施設って事でいいんだろうか?優子を確認出来たので、私は気付かれないように素早く物陰に隠れた。


「どうする?すぐに会いに行く?声掛け辛いなら俺が行くけど」


「ちょっと待って!あなた、狙われているんでしょ?それなら尚更行っちゃダメでしょ!」


 全く、コイツは有能なんだか間抜けなんだか。きっと自分の力に自信があるから、そんな行動も取れるんだろうな。

 私が心の中で色々言い訳していると、それを待ちきれない彼がしびれを切らしたように言って来た。


「じゃあ行くの?行ける?」


「行くよ!行きたいと願ったのは私なんだから!」


「良し、行って来い!」


 私は不意に有己にバン!と背中を叩かれて押し出される形になった。よ、よし、ここまで来たらもう行くしかない!

 ここからはまだ距離があったので、緊張でぎこちない動きのまま掃除をしている彼女に近付いて行く。


 不自然に歩きながらある程度まで近付くと、こっちが声をかけるより先に彼女の方が私に気付いてしまった。

 ああもう、中々思い通りには行かないなぁ。


「何?」


「えっと……」


「もう私に関わらないで!」


 私が言葉を言いかけると、優子が大声でその先の言葉を止めた。私は彼女のその態度が悲しかった。まるで友情を深め合った5年の歳月を否定されたみたいな気がして。


「そんな!優子!私は……」


「今だから言うけど優子って言うのは偽名なの。でもいいわ。貴女がここにいるって事は、あいつも側にいるんでしょ」


「な、何を……」


 本当は言いたい事は分かっていた。私との絆より使徒を倒すって言う目的の方が、彼女にとっては何倍も大事なんだって。

 それが分かって――彼女の口から聞けて――私は改めてショックを受けていた。認めたくなくても認めないと……。


「ハンターの目的は飽くまでも使徒の殲滅なのよ……。全てが終わったら貴女の相手をしてもいいけど」


「ちょっと聞いて!」


 私がその先を言おうとした時、突然背後で爆発音が聞こえた。悪い予感を感じて急いで振り向くと、さっきまで私達が隠れていた物陰が破壊されている。

 信じられない!まさかこんな白昼堂々と破壊行為が?有己は?あいつは大丈夫なの?


「やっぱり罠だったか……今すぐ逃げるぞ!」


 私が心配をしていたら、いつの間にか奴が私の側にいた。何を言ってるのか(略)。

 有己は私をひょいと軽く脇に抱えると、大きくジャンプしてその場から離脱する。えええっ!

 これが本気を出した精霊の実力なのか、ひとっ飛びでそこらの平均的な高さのビルを飛び越えるほどの跳躍力。流石に空は飛べないみたいだけど、この運動能力はまさに現実離れしたものだった。


「ちょ、話して!まだ話の途ちゅ……」


「よく見てみろ、狙われてるぞ!」


 有己の言葉に動かせるだけ首を動かして周りを見ると、この現実離れした彼の動きに追随する影がいくつも目に入った。え?嘘でしょ?

 そんな人間がいるって……。あいつらって本当に人間なの?


「あれがハンター?」


「ああそうだ、俺達の敵だ」


 有己は私の質問に平然とそう答える。あれが本来のハンター。あの人間離れした力はどうやって身につけたんだろう?

 私はコイツに抱えられながら町を縦横無尽に逃げ回っていた。うまく振りきれるといいんだけど……。


「ヤバイな、誘導されてる」


 有己がそう言った直後、どこからともなく光の矢のようなものが飛んで来て私の頬をかすめた。傷は大した事はなかったものの、予想外の出来事が立て続けに起こり過ぎてパニックになった私は、そのまま気を失ってしまった。


「おい大丈夫か?……何だ、気を失ったか。まぁ騒がれるよりは都合がいい」


 それからどれだけの時が流れたんだろう?夕日が空を赤く染めている……その赤い光に私はゆっくりと目を覚ました。朧気だった私の目が徐々に焦点を合わせていくと、やがてひとつの風景が目の前に映されていく――映された景色の中で誰かと誰かが戦っているのが分かった。

 誰と誰が戦っているんだろう?ようやく体を動かすと言う行為を思い出した私は、おもむろに起き上がって今の状況を確認しようとした。


「一体何が……」


 そこで私の目が映していたものは、攻撃を余裕で避ける有己と必死に彼に攻撃を仕掛けている複数の誰かだった。これはどう言う事?


「あ、起きたの?そこで見ていなさいな、自慢のナイトが倒される様をね」


 いつの間にか私の側に優子がいた。いや、本名は違うらしいけど……。私はこの異常な状況にハッキリ目を覚まして辺りをしっかりと確認する。

 彼女はパニックになっている私に対し、一度もこちらを向く事なく全く姿勢を変えずに話しかけて来た。


「説明が必要なら教えてあげるけど、今、使徒とハンターが戦っているところ」


「それは見たら分かるよ!それよりここはどこなのよ!」


「ここはね?どれだけ暴れても迷惑がかからないところだよ」


 そう言った優子の声が、何故だかものすごく不気味に私の耳に届いていた。ハンターって一体何なの?

 彼らの動きは思いっきり人間離れしているし、その攻撃方法もまるでラノベの異能バトルみたいだし。全く現実感がないよ……。


「逃げたっていいのよ別に。土地勘があれば駅にも戻れると思うし」


「に、逃げる訳ないでしょ!いいわ、今日はとことんあんた達に付き合ってあげる!」


 勿論これは強がりな訳なんだけど。取り敢えず私は向こうの戦いを優子の隣で見守る事にした。

 って言うか何かしようとしても、どうしても目の前の激戦の様子ばかり目で追ってしまうから割りきって観戦する事に決めたんだ。


「おっ、しおり起きちゃったか。起こす前にカタをつけようと思っていたんだけど……遊びすぎたかな」


 歴戦のハンターの攻撃を避けながら、有己は私の様子を常にチェックしていたらしい。彼は使徒だから当然か。

 有己もそろそろ時間だと思っていたのだろう。自分を狙うハンター達の攻撃の隙を見計らって眷属を呼び出す。


「カール、ケール、コール!来い!」


(あ、またあの虫の化物!)


 眷属の召喚を見て、私は声にならない声を上げた。虫って本当に苦手。気絶しそう。

 で、ふと気になって優子の方を見たんだけど、彼女は少しも目をそらさずにその戦いをじいっと見ていた。流石に強いね、彼女。


「ハンター共と遊んで来なっ!」


 有己の指示を受けた眷属達が、彼を攻撃しているそれぞれのハンターの元へと向かう。攻撃目標にされたハンターたちは何とか距離を取り、眷属の攻撃に対し自分達が有利になるように対処しようとしていた。

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