小さな冒険

第7話 小さな冒険 前編

 あれから3日経った。あの日から優子はずっと学校に来ていない。会えたら色々聞こうと思ったのに、もう無理なのかな。

 ハンターから狙われていると分かったのに、それから何か日常生活に変化が起こったかと言えば、実は何も変わっていない。警戒している有己が暗躍しているのかも知れないけど、私はそれを聞く勇気はなかった。

 今も隣で何か食べているんだけどさ。あの食料を買う資金はどうやって調達しているんだろう?


「結局隣のクラスの転校生は何も関係なかったじゃん」


「むぐむぐ……油断は禁物だぞ……。今までにも油断が原因でどれだけの使徒が奴らに葬り去られたか……」


「確か13の使徒に108の眷属……だっけ?今どれだけ残ってるの?」


「今生き残っているのは、確認出来ているのでオレを含めて3使徒と15眷属……かな」


 無茶苦茶減ってるし。いつからハンターがいたのか知らないけど、実は闇神様の部下って絶滅するのも時間の問題なんじゃないの?こんな衰退するだけの神様の宿主になったって、苦労するだけの未来しか見えない気がするよ……。あ~あ、何でこうなっちゃったんだろ。

 それにしても他の使徒は今何をしているのかな?気になるなぁ。


「残りは何してるの?」


「あむっ……。ハンターに狙われないように隠れて暮らしているんだろうさ」


「主が蘇ったんでしょ?全員集まりそうなもんだけど」


 この件に関して有己は特に興味がなさそうだった。使徒同士って仲間なんじゃないのかな?何で仲間の事にここまで無関心になれるんだろう?精霊ってそんなものなのかな?


「あいつらもそれぞれ事情があるんだよ……。警護は俺がいれば十分だしな!……むぐむぐ」


 いや、常に何かを口に入れながらそう言われてもなぁ。説得力ってものが……。


「それよりどうするんだ?またあいつの家まで行くのか?」


「だって、優子は友達だったんだもの。例えそれが偽物でも私はあの子から直接事情が聞きたい」


「あむっ……しゃーねーなぁ。俺も付き合ってやるよ」


「あんた、私がどこに行く時もついてくるじゃないの」


「そりゃ当然だろ?……ごくん」


 有己のその言葉は私はため息を付いた。ああ、ナチュラルに話が噛み合わない。

 それでも何とかコイツとはうまく付き合えている気はした。残りの使徒も面倒くさくない奴だといいな。会う事があるかどうかは分からないけど。


 放課後、私達は優子の家に向かう。病気と言う事で休んでいる彼女のお見舞いと言う体で。

 しかし実態は、ハンターについて彼女から情報を聞き出そうと言う比重の方が大きかった。


「使徒はあんたみたいなのって分かったけど、眷属って言うのは何なの?」


「眷属か……眷属は言ってみれば俺達の部下さ。普段は目に見えないけど、今もそこらを飛び回ってる」


「ふーん。妖精みたいなものなのね。使徒が精霊で眷属は妖精か、なるほど」


 そんな雑談をしている内に私達は優子の家まで来た。あれから3日間毎日彼女の家まで来ているけど、いつも家には鍵がかかっていて、結局一度も優子と会う事は出来ていなかった。5年間ずっと仲良しでお互いの家族との交流まであったのに、あの1件以降そんな交流があったって事がまるで嘘みたい。


 そう言えば彼女、使徒のせいで両親がどうとかって……。じゃあ一緒に住んでいる優子の両親は――本当の両親じゃないんだ――。


「嘘……でしょ?」


 彼女の家の玄関には『売り家』と書かれたプレートが貼ってあった。突然提示されたこの事実に私はその現実をすぐには受け入れられないでいた。


「ほう、逃げたか。身バレしたハンターがよく使う手だな」


 有己はこの状況を冷静に受け入れている。私はそんなすぐに受け入れられないよっ!


「まぁお前が気に病む事はねぇよ。また代わりのハンターが来るだろうから、今度から近付く人間がいたら気をつける事――」


「ちょっと黙っててよ!」


 私が現実をまだ受け入れられていないのに、どんどん話を進めるコイツに私は腹が立った。ちょっとは親友を完全に失った繊細でナイーブな少女の心を労れって言うのよ。


「一応言っとくけど、お前が主を宿す前からあいつはお前に近付いて来ていたんだぞ?だから……」


「分かってるよ!分かってるから今は話しかけないで!」


「しゃーねーなぁ」


 私は優子がいなくなったショックで目の前が真っ暗になっていた。もうこれから何をどうしていいのか分からない。

 ひとつだけ言える事は、私は孤立してしまったって事だ。明日からの学校生活――今更他のクラスメイトの誰かと仲良くなるなんて――。


「そうだ、いないなら会いに行けばいーんじゃないか?こっちから」


「えっ?」


「ハンターの組織に関しては、俺だってある程度の情報は持ってる。その情報を辿れば、またあいつに会えるかも知れないぞ」


 その有己の言葉が私の胸の奥で何度も繰り返し響いていた。そうか、その手があった!暗かった私の心が一気にぱあっと明るくなる。


「うん、探しに行こう!絶対会わなくちゃ!」


「よし!話は決まりだな!カール!ケール!コール!頼む!」


 今後の方針が決まったところで急に有己が何か訳の分からない事を叫びだした。私は突然耳にしたその謎の言葉に興味を惹かれる。


「えっ?」


「こいつらがお前の見たかった眷属って奴さ。かわいいもんだろ?」


 私の前に姿を表した彼の眷属は、どう見ても大きな虫にしか見えなかった。大きさは大体みんな50cmくらい?

 これがかわいい虫ならまだ耐えられもしたんだろうけど、目の前にいる「彼ら」の姿はどう見てもグロい方の虫に近い。

 顕微鏡で見たハエをそのまま大きくした感じって言えばいいのかな……うぐぇ。


「かわい……う、うん、そうだネ」


 有己が可愛がる眷属の姿を見て、私は使い慣れないお世辞を言った。多分表情でバレちゃうだろうけど。

 それにしても眷属って言うのはみんなあんな感じなの?それとも彼が連れている眷属だけがそうなの?……うーん、出来れば後者であって欲しいなぁ。


 眷属はその後どこかに向かって飛んでいく。私はそいつらが視界から消えて内心ほっとしていた。あのままずっとその姿を目にしていたら、私は間違いなく気分を悪くしていたと思う……。


「これで多分明日にでも結果は分かるはずだ」


「そ……そうなんだ。近くにいたらいいな、遠かったらお小遣い足りなくて会えないかも」


「その時は俺が出してやるよ」


 えっ?有己って実は結構お金持ち?そう言えば、私はこの件に関して前から疑問に感じていた。話が出たついでに聞いてみよう。


「前から思ってなんだけどさ……あんたどうやって稼いでるの?精霊なんでしょ」


「お金ってのはあるところにはあるもんなんだよ」


 そこで返って来た彼のこの返事を聞いて、私の頭の中で悪い妄想が広がっていく。


「ま、まさか……非合法な方法なんじゃ……」


「想像にお任せします」


 私の質問に有己はそう言っていやらしく笑った。おいおいおい、コイツ悪党の顔してるよ……。怖くなった私はそれ以上何も追求出来なかった。

 し、知らないから。私は何も知らないからねっ!(汗)


 次の日、有力な情報を得たと言う事で私達は学校を抜け出して電車に乗っていた。学校をサボる――こんな悪事を働くのはこの日が初めての体験だった。


「心配すんなって。半日学校サボるくらい大した事ないだろ。義務教育義務教育。それに……」


「一応は親が倒れたって事にしての早退だけど……。嘘なんてつきたくなかった……」


 そう、私は嘘をついて早退したんだ。心が申し訳ない気持ちでいっぱいだよ。もう後には引けないけど。

 ガタンガタンと心地良いリズムを刻んで流れる車窓を眺めながら、私はこれからの事について考えていた。


「でも良かった。優子がそんな遠くない隣町にいて……。でも会えるかな?」


「行きゃ分かるだろ。とにかく行動する事がまず大事なんだ」


「そうだね、有難う」


「お、おう……」


 私の御礼の言葉を聞いた有己は顔を赤くしながら戸惑っている。あれ?結構チョロい?

 車窓から流れていく見慣れた景色を眺めながら電車は順調に私達を目的地へと運んで行くのだった。

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