狙われる使徒

その名はハンター

第5話 その名はハンター 前編

 有己君の一件があってから一週間後、またクラスが変な盛り上がりを見せていた。またしてもクラスの噂に置いてけぼりになっていた私は、それとなく優子にそうなった原因を聞いてみる。

 私に問いかけられた彼女は嫌な顔ひとつせずに得意顔で私に説明してくれた。


「また転校生が来るんだって」


「またぁ?……もしかしてまたこのクラスって事は?」


「流石に違うみたいだけど」


 この時期って転校生が多い時期だったっけ?春先は引っ越しの時期って言うけど、そう言うのは会社なり学校なりが始まる間に済ますもののはず。

 少しでも時期がずれたなら、やっぱり特殊な事情なんじゃないかって勘ぐってしまう。そしてそれは結構当たっていたりもするのだ。


「おい、しおり」


「はぁ?!」


 あの一件の後、私は隣の席の彼に呼び捨てされていた。いきなり過ぎるでしょ実際。こう言うのはまず少しずつ親密になってだねぇ……。


「あのね、私はまだ――」


「その転校生、気を付けた方がいい……あむっ」


「えっ?」


「ハンターが動いている……俺には分かるんだ」


 な~にが俺には分かる、だ。特殊能力者かお前は。


「でも守ってくれるんでしょ」


「ああ、だがしおりも気を付けてくれ。くれぐれも主を危険な目に遭わさないように……ムグッ」


 近藤有己――闇神様を守る使徒――精霊、らしい。何故そんなにお腹が空くのか聞いたら、彼曰く今の身体を維持するのにエネルギーを膨大に消費するからなのだとか。精霊らしく姿を消して守護する事も出来るらしいけど、それだと物理的な危険は防げないからだとか何とか。


 私を守るのが目的だから、こいつはトイレとか側にいられない条件の時以外はずっと近くにいる。私が家に帰っても家に近くに潜んでいるらしい。

 何て迷惑な話なんだ……。いつもこいつが近くにいるせいで、今ではクラス中に誤解されている。優子ひとりの誤解すら解けてないって言うのに――。


「聞いた?2組の転校生は女子だって!」

「マジで?かわいい?」

「うーん?好きな奴は好きそうだけど俺はちょっと好みじゃないな」

「俺ちょっと次の休み時間に見に行こっ!」


 また男子が勝手な事言ってる。まぁ好きに騒いでいればいいわ。今回こそ私には一切関係のない話だよ……多分。

 しかし有己の警戒ぷりはパないな……。常にキョロキョロ見渡して警戒してる――パン食べながら。

 初日にお腹が空き過ぎて学んだのか、彼は今常に何かを口にしている。流石に授業中は食べないんだけど、休み時間の度に。

 彼の腹ペコキャラって言うのも一気にクラスに認知されちゃって、何て言うか馴染むのうまいんだよね、こいつ。


 コミュ力高いって言うのはちょっと羨ましいわ。私はひとりが好きだけど、だけど避けている訳じゃない。それなのに変に壁を感じるんだよね。

 多分私誤解されているよ。別にいいけど知らない間に私に対する変な設定が独り歩きしてしまうのは嫌だなぁ。


「だってあなた自分から話しかけたりしないじゃない」


「意味もなく話しかけるなんて無理ゲーだよ」


「受け身のままじゃ自分の望む運命は切り開けないぞ」


 そう、そんな私に積極的に話しかけてくれたのが優子だった。彼女がいなかったらきっと今でも友達?何それ美味しいの?状態だったよ。

 だから彼女には本当に感謝してる。ひとりも友達がいなかったら私の評判はもっとヒドイものになっていただろうから。


「そう言えば何で優子は私なんかに声をかけてくれたの?」


「淋しそうにしているしおりを見て、何かビビッと来たんだ。仲良くなれるかもって」


 明るく話す優子の話を聞いて思い出した。そう言えば彼女も転校して来たって事を。彼女の場合は春休みの間に転校して来て、しかもそれがちょうどクラス替えの時期と重なっていたから、みんなの中にすうっと溶けこむように馴染んでいったんだっけ……。それまでの私は本当にひとりだったな……。


 クラスの話題は転校生一色で、私はからかわれずに済んで安心していた。私と有己が付き合っているってあり得ない噂が独り歩きしてからは、ずっと穏やかじゃない日々を送っていたからね。そもそも有己がこの件をキッパリ否定しないのが悪いんだ、うん。

 奴曰く、そう誤解されていた方が側にいて不自然に思われないから都合がいいんだと。私の都合も考えてよって話なんだけど。


(でも今のところ何もないからなー。本当にハンターって実在してるんだろうか)


 私がそう心の中でつぶやくと早速私の中の「彼」が反応した。


(我を狙う存在は実在する……。油断してはならん)


(そもそも闇神様って何やらかしたのよ……。封印されるような事をやらかしたからそう言う事になったんでしょ?)


(我は――)


 闇神様が真相を話しかけたところで、運悪く授業が始まってしまった。最近は闇神様と話す事が割りと簡単に出来るようになっている。

 あれから色々なスピリチュアルなサイトとかを読んで「チャネリング」って言葉を覚えたからだ。


 簡単に言えば霊的存在と波長を合わす事で、彼らと会話する事が出来るって言うものだ。本来のチャネリングは相手の話を聞くだけのものみたいだけど、私の場合は会話が出来る。それは私の中にその存在が宿っているって言う特殊な状態だからなんだろう。

 何度も何度も試している内に、私は闇神様と会話が出来る「チャンネル」を習得する事に成功していた。


 ただ、この方法は集中力をかなり高めないといけない為、他の行為をしながらそれを行う事は出来ない。

 つまり先生の話聞かないといけない授業中等では出来ないって事。ひとりでいる時か、誰にも邪魔されない時でしか闇神様との会話は出来ないんだ。


(しゃーない、今は授業に集中、集中っと!)


 そんな私の様子を優子がじっくり眺めている事を私は知らなかった。私を守ってくれているはずの有己も、私の昔からの幼なじみの彼女に対してはノーマークだった。

 この平和で穏やかな日々はずっと続くものだと私は根拠もなくそう信じていたんだ。



「今日うどん食べに行かない?」


「うーん、奢ってくれるなら」


「臨時収入が入ったからね!」


 優子はそう言ってサムズアップをする。彼女がこのポーズを取る時は何を食べてもOKのサインだ。勿論上限はあるものの、中学女子の胃袋はフードファイターのそれほど広大ではない。せいぜいセルフのうどん店でトッピングが2,3乗る程度だ。私もそのケースを想定している。


「あ、これは2人だけの特典だから」


 私は近くにいる有己の顔を見ながらそう言った。つまりお前は来るなと言外に忠告した訳。

 すぐに自分の事を言われていると勘付いた奴は、パンを口の中でモゴモゴと咀嚼しながらごくんと飲み込んで息を整える。


「分かったよ。じゃあ俺は外で待ってる」


 どうやっても奴は私の側を離れるつもりはないらしい。はぁ、まぁそれでいいよ。邪魔しないのなら。

 しかしパンを一気に飲み込んで水もなしにすぐに喋る事が出来るなんて……。流石精霊と言ったところだろうか。私には出来ないわ。


 優子のお気に入りの場所は全国チェーンのセルフのうどん屋さん。新製品が出る度にテレビCMを流す有名店だ。私もその味はとても気に入っている。

 でも優子は私より更にうどん好きで、ほぼ毎日と言っていいほどこのお店に通っているらしい。市内にもうどん屋さんは結構あるんだけどねぇ。本当にここのうどん屋さんのうどんが好きなんだなぁ。


 私はかけうどんにえびと野菜の天ぷら2つを乗せる。優子は釜揚げうどんだった。2人で並んで空いている席に着く。

 最初こそ大人しく食べていたものの、すぐに優子が口を開く事になる。きっとその話がしたくて私を誘ったのだろう。

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