第4話 13の使徒と108の眷属 後編
ぐううう~。
それは紛れも無くお腹の鳴る音だ。私が横を向くと彼は気まずそうに笑っていた。こいつ、もしや腹ペコキャラ?
「ごめんね、朝食は食べて来たんだけど……」
「いや、別にいいけど……」
腹ペコキャラと言ってもデブではない。どっちかと言うと痩せているように見える。痩せの大食いとかいるしそれ自体は別に珍しくはないけど、お腹の音が他人にハッキリ聞こえるって言うのもすごいな。私は初めて他人のお腹の音を聞いたよ。
お腹の音の件もあって、私はこの転校生をしばらくそれとなく観察してみた。結果、お腹が鳴る以外は特におかしい部分は今のところ特に感じられなかった。
しかし1時間目からお腹を鳴らすって、4時間目にもなったらどうなる事だろう?そう思うとちょっと楽しみにもなるのだった。
ぐう~ぐう~ぐう~。
今度は3連発!お腹の音が3連発で鳴った!彼の顔を見るとものすごく辛そうな顔をしている。まだ3時間目の途中だよ。お昼まで後1時間以上あるのに。
隣りに座っているよしみで、私はさり気なくこの転校生に声をかけてみた。
「大丈夫?」
「あはは……」
私の問いかけに彼はすごく力なく笑った。この人、今まではどうやって過ごして来たんだろう?その腹ペコ具合は個性と言う枠を超えている気がする。
最早このお腹の音は私以外にも聞こえているんじゃないかな。変な話題になっていじめに繋がらなきゃいいけど。
まぁこのクラスでいじめの話題は今のところ聞いた事がないけどね。
「辛くなったら保健室に行った方がいいよ。私、案内しようか?」
「うん、何とか頑張ってみる……この程度で音は上げられないからね」
「そう?」
私の提案に辛そうな顔をしながらの頑張る宣言。彼、意外にやる男なんだ。ちょっと見直した。
でもお腹押さえてそう言われても、その言葉に説得力はあんまりないような気がした(汗)。
4時間目の彼は本当に辛そうだった。頑張れ、後1時間(実質50分)だぞ!と、私は心の中で彼を応援する。
そう、無関心を装うつもりだったのに、いつの間にか私は転校生から目が離せなくなっていたのだ。
これはもしや高度な心理的作戦なのかも。もしそうだとしたら近藤有己、恐ろしい子っ!(白目)
ぐううううう~。
彼の腹の音は止まらない。最早バラエティ番組の効果音レベルでその音は聞こえていた。音が鳴る度に彼の顔をちら見するんだけど、その顔は今にも死にそうな顔になっている。
この人、本当に今まではどうやって授業を受けていたんだろう?どう考えたってこの状況に日々耐え抜いているって感じじゃない。
アレかな?すぐにお腹が空いちゃう病気みたいなのにかかちゃったとかなのかな?
でも転校生の紹介の時そんな事先生言ってたっけ?持病があるなら、前もって説明があってもいいはずだよね。お昼休みにでもそれとなく聞いてみようかな?隣で突然倒れられたら私、気分が悪いもの。
色々考えている内に4時間目は終わり、給食の時間になった。彼は既にフラフラの状態だ。空腹に耐えてよく頑張った!感動した!
「大丈夫?動ける?」
「あはは、もうすぐご飯だから大丈夫!」
そうして待ちに待った給食の時間がやって来た。今回は当番じゃなかったら待っていればいいだけだけど、もし彼が当番になったらお腹が空き過ぎて体力のない状態で食器とか運べるのかなぁ。ちょっと今から心配になって来たぞ。
やがて食器やら何やらが運ばれて給食係の前に生徒が並んでいく。今の彼にしてみれば、ヒャッハー!待ちに待った給食の時間だぜー!ってところかしら?
そうして私達は今日の分の給食を注いでもらって席につく……ああ、有己君の目が違う!食べ物に対する獣の目だ!
「いただきます!」
あっ!と言う間だった。彼が給食を平らげたのは。それはもうペロリという表現がピッタリの食べっぷりだった。
その光景を見て私は思ったね、彼の天職はフードファイターだと。
「おかわりもしていいんだよ」
「え、うん……じゃあ……」
彼は遠慮がちにそう言って……3回ほどおかわりをしていた。遠慮してそれか……。
給食が終わると昼休みになる訳だけど、何故か私はその彼、有己君に呼ばれてしまった。
ええっ?いきなり人を呼び出すなんて彼ってば肉食系?
私はありとあらゆる想像力を駆使をしながらそれでもその誘いを断らなかった。
何故だか彼のその言葉には逆らえない魅力と言うか魔力というかそう言う感じの力があったのだ。有己君って一体……。
「ここでいいかな」
あまり人が来ない校舎裏――思春期の男女が2人――お互い出会ったばかりでほぼ何も知らない。どう言う状況だこれ。
今日会ったばかりの転校生に私、ちょっと親切にし過ぎたのかな……。もっと放置プレイすれば良かった。
私が妄想で頭の中を一杯にしていると、彼が振り向いて私の顔をじっと見る。かなり真剣な顔だ。そして口を開いた。
「改めて言おう、俺は主が完全に開放されるまでお前を守る事に決めた」
「は?」
いきなり何を言っているの?まさかこの人って昨日出会ったあいつと何か関わりが?
「分からないのか……昨日出会ったばかりだろう?主の宿主ならば少しは感度を磨け」
「えっ?有己君……まさか昨日の?」
「俺は精霊だから見た目を変えるくらい簡単な事だ。お前も感度を磨けば感知出来るようになる」
びっくり!目の前の同級生だと思っていた少年が実は闇神様の使徒だった。こんな事ってあるの?
でも彼がこの学校に転校して来た理由が私を守るってどう言う事なんだろう?
「私を守るってどう言う事?これから何か危ない事が起こるって言うの?」
「ああ、もうお前はマークされているはず……」
狙われていると聞かされて私は急に不安を覚えた。この話、詳しく聞かないと。
「ちょっとそれ、穏やかじゃないんですけど!一体誰が」
「古の昔から俺達を倒そうとやっ気になっている組織がある……ハンター共だ。そいつらに仲間がかなりやられている……」
「えぇ……」
この少年漫画みたいな設定に私はちょっと言葉が出なかった。何だか厄介事に巻き込まれたっぽい?
ちょっと冗談じゃないんですけど!とんでもないとばっちりなんですけど!
「私の中の神様ってあなた達の主なんだよね?そんなに守りたいならあなたにあげるから、早く私の中から出してよ!」
「それが出来たらとっくにやってる。出来ないから不本意だけど守るって言ってるんだ」
「そんなに言うならしっかり守ってよ!私はただのか弱い少女なんだから!」
勢いで自分を弱い少女なんて言っちゃったけど、言った後すごく恥ずかしくなった。この時、周りに誰もいなくて本当に良かったと思う。
でも参ったなぁ。自分の中に宿ったこの厄介な神様はどうやったら出て行ってくれるんだろう?まさか最終的に私の体を乗っ取るって事はないよね?
(安心しろ、我がそなたの身体に宿るのはほんの一瞬の事じゃ)
私が闇神様の事を考えると、急に心の内側から声が聞こえて来た。聞こえて来た以上、ここぞとばかりに私はこの神出鬼没な神様に質問をする。
(闇神様?それじゃあいつまで――)
(うむ、我が完全に力を取り戻すまでじゃ……封じられていた時に多くの力を奪われたからのぅ)
(それってすぐに達成出来るものなの?)
(人の心は神界とも繋がっておる……ここに身を浸していれば直に力も戻って来よう。心配無用じゃ)
人の心が神界と繋がっているなんて初めて聞いた。でもこの話が本当なら私の我慢も少しの間で済むんだ。神様だからきっと嘘はつかないよね?
「そうそう、その調子で主と心を通わせてくれ、そうすれば復活の日時も早まる」
私が心の中で会話をしていると、その様子を見ていた彼が私にアドバイスをする。
「そう言うものなの?」
「主と話が出来ると言う事は心が同調していると言う事だ。同調する事でより多くの力が主に注ぎ込まれる」
この話、原理はよく分からないけど、取り敢えずは納得する事にした。当事者が言うんだからきっと間違いはないんだろう。
結構長く彼と会話をした気がして時計を見ると、もうすぐ昼休みの終わる時間だった。私はここで話を切り上げて教室に戻る事にした。
「あなたの言いたい事は大体分かったよ。それじゃあもう用事は終わったよね?私は教室に戻るから」
「あ、おい、ちょっと!」
彼の静止を振りきって私は教室に戻っていく。あんな話をずっと聞いていたら頭がどうにかなってしまうよ。早く教室に戻ってついでに現実にも戻らなくっちゃ。
教室に着いて自分の席に座ると優子がニヤニヤしながら近付いて来た。ああ、何だか嫌な予感がする……。
「見たよ見たよぉ~。しおりさんも中々隅に置けませぬなぁ~」
うう、予想通りとは言えしっかり誤解されてる……どう誤魔化したらいいのよこれ~(涙)。
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