13の使徒と108の眷属

第3話 13の使徒と108の眷属 前編

 怪しげな闇に包まれた私はパニックになっていた。ああ、どうしてこうなった。

 しかしその答えを持つ者はいない。ただ可能性として考えられる事はひとつだけあった。

 それは――そう、今自分の中に宿っている闇神とか名乗るその存在だ。彼?が私の中に宿ってからと言うもの、何かがおかしい。こんなの絶対おかしいよ!


(ねぇ、闇神様!聞こえてるんでしょ!どうにかしてよ!)


 私は必死になって闇神様に問いかける。仮にも神様ならこの状況をどうにかして欲しい。

 でも私の問いかけにこの神様からの返答はなかった。もしかしたら私が聞けていないだけなのかも知れないけど。

 ああああ~。一体何だって言うのよ~。


 私がパニックになっていると闇は更に深くなって来た。これがホラー映画とかなら、そろそろ異形の怪物が現れてもいい頃合いだ。

 いつの間にか闇の質が感覚的に分かるようになっていたのは、私の中の闇神様のおかげなのか、それとも――。


 カツ、カツ、カツ……。足音だ。この闇の中を歩いてくる足音がある。その足音は暗闇の中を迷いなく歩いていた。

 けれど何か灯りが見えて来た訳じゃない。漆黒の闇の中で何の目当てもなしに人はこんなに躊躇なく歩けるものなのだろうか。

 もしそんな存在がいたとしたなら――暗視スコープをつけた特別な職業の人か、人ではないものかのどちらかだろう。

 この時の私は最早普通の思考が出来ないところまで追い詰められていた。


「この時を今か今かとお待ちしておりました。ようやくの開放、おめでとうございます」


(えっ?えっ?)


 闇の中から近付いて来る足音が私の至近距離で止まったかと思うと、その音の主は私に向かってそう言った。

 あまりに周りが暗過ぎて声の主の姿は全く分からない。闇の中から知らない人の声だけが聞こえるっていうのはかなりの恐怖体験だった。

 この状況に対してどうしていいのかさっぱり分からない。逃げようとも思ったけれど何故だか足は全く動こうとしなかった。


「うむ、長い間苦労をかけてしまったな。主が無事であった事、嬉しく思う」


(ええええ~!私じゃない!私じゃないよ!)


 パニックになった私を更にパニックにさせたのは、急に私の口から出たこの言葉だった。これは、そう、私の中にいる闇神様の言葉だ。

 いつの間にか私は闇神様に体を支配されていたらしい。どう言う事なのよ一体ー!


(娘よ、落ち着くが良い、我がしばらく体を借りるだけじゃ)


(私は娘じゃない、しおりよ!ねぇ、私はもう元には戻れないの?)


(そんな事はない。ただ闇が深い間ならば我はこうして表に出る事が出来るのじゃ)


 そう言う流れで私は身体の自由を奪われたまま、この謎の人物と闇神様の会話は始まった。ああ、何も出来ないと言うのは何て不自由なのだろう。

 

「我が主よ!どうなされたのです!」


 謎の声は闇神様だけを心配している。私の事はどうでもいいみたい。本当、この声の主は何者なんだろう?闇神様の関係者には違いないんだろうけど。


「うむ、宿主の娘が話しかけて来たのでな」


「まだ正式な契約を交わされておらぬのですか?」


 契約……。謎の声が言った言葉が変に胸に引っかかった。その契約を交わしたら私はどうなってしまうんだろう?私は怖くなって、そんな話が出たら絶対拒否しようと心に誓った。


「ああ、娘は我らの事を何も知らぬからのう。今こうしている間もやたらと質問攻めじゃ」


「では私が代わりに娘に説明いたしましょう!私ならば例え闇が晴れたとて行動出来ます!」


「そうしてくれると助かる……余り騒がしいのはちと困るでのう」


「お安い御用で御座います」


 ここで2人の会話が終わり……次第に闇が晴れてきた。闇のベールに覆われて消えていた星々も次々に姿を表している。え?どう言う事?


 闇が晴れた事で目の前の存在もやっと姿が確認出来た。明るくなったとは言え、夜には違いないのではっきりと見える訳ではない。

 さっきまでは声しか聞こえなかったから、もしかして悪霊的なアレの可能性まで想定していたけど――物理的に存在していて良かった。まさかこの人が私だけにしか見えていないって事はないよね?


 私の目の前にいたのはかなりの長身の……多分身長180cm以上?の全身黒尽くめの痩せた大男だった。生気も余り感じられない。髪は長く、頬はこけ、鋭い眼光が私を睨みつけている。はっきり行って不気味で怖かった。死神だと自己紹介されたらすんなり信じる事だろう。


 私がこの状況の変化に理解が追いつけないでいると、突然目の前の男が声を荒げた。


「おい娘!我が主に対して何と言う無礼な事を!」


 何を突然訳の分からない事を。私は状況が分からずに相変わらず動けないままだった。

 気が付くと身体の主導権が戻っている。これってさっき闇が晴れた事と何か関係があるのだろうか?


「えぇと……あの」


 うん、今度はちゃんと私の声だ。話せると言う事で突然表れた目の前にいるこの謎の人と何か話さなくちゃ。

 でも一体何を話せばいいのだろう。星の光や街灯の光が戻った事で薄っすらと確認出来たこの人は何故だか変に怒っているみたいだし。

 私は何とか絞り出せる声で精一杯の反応をする。


「あなたは誰ですか?」


「俺は偉大なる闇神様の使徒だ」


「使徒?家来みたいなものですか?」


「お前は何も知らんのだな……こんな小娘が闇神様の宿主とは情けない……」


 自分の事を使徒と名乗るその人はそう言って頭を抱えた。あの……頭を抱えたいのはこっちの方なんですけど!

 彼はキッと私を睨んでそれから上から目線で話し始めた。


「使徒とは闇神様に使える闇神様から産まれし精霊だ。使徒には直属の眷属が付き従っておる。その数使徒13にして眷属108。覚えておけ!」


「はぁ……」


 その人の話はよく分からなかったけど、要するにこの人は私に宿る闇神様の部下って言う事で間違いないっぽかった。

 じゃあ封印が解かれたから私の前に現れたって事?だとしたら今後はその関係者がぞろぞろ私の前に?うわぁ……キツイ。


「で、私に何をしろと?」


「俺は主の無事を確認しただけだ。お前に言う事など何もない。せいぜい主の為に働くがいい」


「は?私は別に……っ」


 あまりに無礼なその言い草に言い返そうとしたら、急に強い風が吹いて来て……気が付いたらもうその人はいなかった。

 何よ全く、言いたい事だけ一方的に喋って……。私のこの気持ちはどうやって収めたらいいって言うのよーっ!

 結局あの人、名前も名乗らなかったし……って言うか闇神様もそう言えばまだ名前を名乗ってなかったな。この神様の名前、何て言うんだろう?


(闇神様、あなたの名前は……?)


 しばらく自分の心に話しかけてみたものの、返事が返ってくる事はなかった。本当、都合の悪い時はだんまりだなぁ。

 その後は何もおかしい事は起こらず、素直に家に帰る事が出来た。色々気になった私は手元のスマホで色々検索してみるものの、闇神様に関する情報は何も引っかからなかった。聞いた事のない神様の名前とかだってすぐに引っかかるって言うのに……。

 もしかしてこいつ、すごい神様のような雰囲気を醸し出してはいるけど、実はかなりマイナーな神様なのでは?



「知ってる?何か今日転校生が来るらしいよ」


「ほえっ?」


 初耳だった。次の日に学校に来るとクラスでは転校生の話で持ちきりになっていた。転校生なんて二次元のイベントだけだと思っていた私はこの出来事に全く現実感を抱けないままでいた。


「その転校生はウチのクラスに?」


「どうもそうらしいよ?」


「まぁ私らには関係ないでしょ」


「分からないわよぉ」


 優子はそう言って意味ありげに笑う。でも少女漫画じゃあるまいし、早々恋愛ドラマみたいな展開が起こるとは思えない。

 転校生としてこのクラスに来るのが男子だったにしろ、女子だったにしろ、私には一切関係のない話だよ。おやふみぃ。


「あっまた寝る!しおり最近寝不足か何かなの?」


「いやいや……春が私を眠らせるだけだよぉ……」


 私が突っ伏してどれだけ経っただろう。気がつけばホームルームが始まっていた。おっと、まずいなこりゃ。

 顔を上げると、ちょうど先生が転校生を紹介している。どうもそいつは男子のようだ。段々はっきりする視界が彼をじっくり捉えると、そこにはそこら辺にいそうなあんまり特徴のなさそうな感じの男子が立っている。ただ、どうにも初めて見るはずなのにどこか既視感を感じていた。この感覚って――。


「初めまして。近藤有己です。よろしくお願いします」


 ああ……名前には全く聞き覚えがないな。やっぱり今日初めて会った人だ。私の知らない所でよろしくやればいいよ。

 転校生の正体が確認出来たところで、私はまた春の陽気に負けようとしていた。その時、先生の声でまた現実に引き戻されるまでは。


「じゃあ席はしおりの隣で」


「はぁ?!」


 最初は聞き間違えかと思った。だって私の隣の席は――起き上がった私が隣を見るとそこには誰も居ない。

 あれれ?確か私の隣には冴えない男子が座っていたはず――眠っている間に何かが起こった?


「お前は眠っていたから分かってないだろうけど、席を変えたんだよ」


 私が混乱していると先生から説明があった。昨日まで私の隣りにいた田中って生徒は視力が悪くて、もっと前の席を希望していたんだそうな。

 それで今日の転校生も事もあって一部で席替えをした――らしい。ちょっと腑に落ちないけど、決まってしまっていた以上は仕方ない。

 そもそも別に隣が誰であろうと私には関係ないもんね。


「よろしく、しおりさん」


「あ……うん」


 そう言う訳で、見た目いいヤツっぽそうな転校生が隣に座って挨拶して来た。私はどう対応していいのか分からず、ただただ焦っていた。

 そんな私の様子を斜め後ろの席に座っている優子はニヤニヤしながら眺めている。何も起こりはしないのに。


 それから授業は始まって、私は少し隣を気にしながらも何とか平常心でやり過ごしていた。

 こここ、この程度で心を乱すなんてそんな事はありえない。私に限ってありえないんだから……。

 そうして耐え忍んでいると隣から意外な音が聞こえて来た。

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