第2話 忍び寄る闇

 何事も起こらないまま当然のように1日は始まる。少しの違和感はそのまま誤魔化して、また何でもない日常を演じよう。今日も私はやる気のない一般生徒として誰にも深く追求される事なく1日を過ごす。それでいい。それが望んだ選択肢。

 その平穏を破るのは唯一の友達の優子だけだ。私は――。


「どうしたのー?いつにもまして暗いけど」


「眠いだけだよ、ほら、春だしね」


「本当にそれだけかなー?」


 優子は何気に鋭い。昔から何でも話し合える彼女になら、この事を話してもいいのかも知れない。気が付くと私は何でもない世間話のように、昨日起こった事を彼女に話していた。


「……と言う夢を見たんだけど」


「へぇぇ……不思議な事もあるもんだ」


「どう思う?」


 この私の質問に彼女はしばらく考えて――口を開けた瞬間にチャイムが鳴った。


「わ、もう時間!とにかく気にしちゃ駄目だよ、夢なんだからさ!」


 話すタイミングも悪かったけど、自分の中で話の整理をしたかったから、本当はもうちょっと会話を続けたかった。

 今は優子の最後の言葉をしっかり胸に納めて昨日の夢は忘れる事にしよう、うん。


 春の午後は眠気を誘う。学校の桜はとっくに葉桜になっていて、次の季節を待ち焦がれている。

 もし今授業中に机に突っ伏せば今朝のあの夢の続きが見られるだろうか。

 でもダメだ、数学の鈴木先生は授業中の睡眠を許さない。この先生の授業はまじめに受けないと――進むのも早いし。

 眠るのは6時間目の国語の時にでもしようかなぁ。あの先生なら……ふぁ~あ。


「こらそこ!腑抜けてるぞ!」


 わわっ!板書中なのに何故背後の気配を悟れるのよっ!鈴木先生、恐ろしい人っ!(白目)。

 もしや先生は闇の魔導を習得していて、このクラス全体の気配を感じ取れる……とかなんとか。


(ほう、中々に見込みがある人物なのだな?)


「ひょえっ?」


 私は突然の声に驚いて変な声を出してしまった。


「どうした?何かあったか?」


「あ、いえ、何でもありません」


 私の声に振り向いた先生が怪訝な顔をしてじっと見ている。うわ~、やっちゃったー。どうしようこれ。

 謎の声が話しかけて来たとか詳しく説明する訳にもいかないし……。やっぱりここは定番のアレで行くか。


「ちょっとあの気分が悪くなっちゃって、えっと、頭痛?」


「大丈夫か?耐えられないようなら保健室に行くんだぞ」


「あっ、はい」


 ふー、何とか誤魔化せたかな。鈴木先生は厳しい先生だけど、気遣いは細やかだからそんなに怖い先生じゃない。私もどっちかと言うと好きな先生のひとりだ。

 背が高くてメガネで痩せていて頬がちょっとコケてるから外見はちょっと怖そうだけど、ああ見えて結構話しやすいし。それに授業で分からない事を質問しに行ったりすると気さくに答えてくれるんだよね。

 とは言え、オカルト話に否定的な面があるから先生にそう言う話はしないけど。


(助かった助かった)


(お主、声が聞こえておるのだろう?)


 まただ。確かに自分ではない誰かの声が自分の内側から聞こえてくる。何だ、何なんだこれ。


(動揺するでない、娘。我はお主の中に宿らせてもらった。ただそれだけだ)


(あの……どうして……)


(我はあの祠に封じられておったのだ……お主のお陰で外に出られた、礼を言う)


 確か、昨日の夢ではこの声の主は自分の事を神様だって言ってたんだっけ?神様が人間にお礼を言うんだ。

 この事で私はこの謎の神様についてもう少し詳しく知りたいと思ってしまった。この神様、心で話しかければ答えてくれる。

 人間にお礼を言うくらいだし、そんなに位の高い神様じゃないのかも?私如きに宿るくらいだもの、きっと大したものじゃないだろうと、この時はそう思っていた。


(あなたの宿願って何なんですか?)


(我の望みを聞いてくれるか!)


 この問いかけに答えた神様の声が、長い事我慢していた玩具をやっと買ってもらえる事になった子供みたいに希望に満ちた返事だったので、思わず私はなんて可愛いんだろうなんて思ってしまった。


(我の望みは、散り散りになったかつての仲間達を全て呼び寄せ、この世に復活する事なのじゃ!)


(復活したらどうするんですか?)


(我を封じ込めた一族を成敗する!四肢を八つ裂きにして闇へと落とす!それから――)


「うわ~っ!」


 話がグロい方向に進みそうになって、それを聞きたくなかった私は無意識に叫んでいた。それまではずっと心で会話していて全く怪しまれる事なく済んでいたのに。どうしてこうなった……(汗)。


 私の大声に今度はクラス全員が振り向いた。やばい!これじゃおかしい奴認定されちゃう。

 ああ……ダメだ……。言い訳の言葉も思い浮かばない……。無言のみんなの視線が痛い。


「本当に大丈夫か?」


「えっと……」


「頭痛は軽く見るものじゃないぞ」


「そ、そうですね……」


 ふぅ、さっきの頭痛設定が生きてた。何とか命拾いしたよ。でもきっとライフをひとつ失ったね。残りライフは後どれだけ残っているんだろう?

 命を大事にしなくちゃなぁ。仏の顔も三度までって言うし……。今回は関係ないかもだけど。


 一度心が動揺すると。また神様の声は聞こえなくなってしまった。もしかしたらあの声を聞くには何か条件があるのかも。

 さっきの事もあるから出来ればもう二度と聞きたくはないけど、急に話しかけられてびっくりするくらいなら声が聞える条件くらいは知っておきたいな。


「さっきはどうしたの?」


 数学の授業を終えて優子が話しかけて来た。残りの生徒は遠巻きに私の事を見ている。ち、違うのよ私は被害者なのよ~!

 って言っても誰も信じないだろうし、話したら逆に変な噂が立ちそうだから話せない――もどかしいなぁ。


「うん、ちょっとね」


「隠し事はなしだよ!」


 分かってる……。私は彼女にそう言ってこの話を終わらせようとした。何を話そうにも、まず私が何が起こっているのかよく分かっていないからだ。

 流石に長年私と付き合っている彼女は私の気持ちを上手く汲み取ってくれて、それ以上は何も言わなかった。

 こう言う対応をしてくれるから優子の存在は有り難い。本当、いつかちゃんと話すからね。


 放課後、私は図書室に直行した。神様関係の本を探すためだ。入学して数回しか訪れた事のない放課後の図書室は人も少なくいい感じだった。

 しかし悲しいかなここは中学校の図書室、神様関係の本は思いの外少なかった。特に授業に関係ないからね、仕方ないね。


「うーん、何から読んでいっていいのか分からない……」


 手には一応古典と言う事で、日本書紀と古事記関係の本を掴んでいる。でもそれらに載っているだろうか?あの神様、日本の神様じゃない可能性だって――。


 何の手がかりもなかった為、数冊のそれらの本を持って私は席についた。それから見覚えのある話からそうでない話まで色んな話を読み進めた。

 そうして読み進める中で、私の中にひとつの疑問が生まれていた。


(もし人に封印されたとするなら、神様の括りでは載っていないのかも……)


(ふむ、確かにそれらの書物に我の表記はないぞ)


「わっ!」


 まただ!また突然声が聞こえて来た。慣れないその現象に私の声が図書室内に響く。

 けれど運良く誰にも怒られなかった。何故ならこの時、図書室にはもう誰もいなかったから。

 でも、気をつけなくちゃね。早く慣れないと。


(あなたはどうして突然そんな)


(お主が耳を塞いでいるだけじゃ。我は常に話しかけておるわ)


(えっ……そうなんだ。なんかごめん)


(構わぬ。人と神、当然通じ合えぬ事もある)


 何と、この神様はずっと私に話しかけているらしい。それなのに私が無視する形になっちゃって何だか悪い事をしちゃってるかも。

 でもそうだとしたら、突然聞こえるようになるこの現象の正体は何?誰に聞けば教えてくれるの?


(焦るでない。徐々に理解を深めていけば良い)


「あ!神様には神様じゃん!大きな神社に行けば何か手がかりが見つかるかも!」


 いいアイデアを思いついたと思った私は、またしてもそれを心ではなく実際に口に出してしまっていた。発言した後ですぐに私は室内を見渡して状況を確認する。

 ……図書室はさっきから無人だから焦る事もないんだけど。


(我は闇に生きる闇神なり。光の中にその答えはない)


(えっ、それはどう言う……)


(闇の答えは闇の中にあり。我を知りたくば闇の声を辿る事じゃ)


 神様はそう言って沈黙してしまった。また聞こえなくなっただけなのかな?それとも――。


 持って来た本を読んでいたらいつの間にか下校時間になったので、私はそれらの本を借りる事なく元に棚に戻した。何故なら求めている答えが載っていそうになかったから。

 それから優子が私を探しに来るかもと思って音楽室に向かったけど、放課後の部活の時間はもう終わっていた。


「しゃーない、ひとりで帰るかぁ」


 そんな訳で私は仕方なくひとりで下校する。昨日より遅い時間だったので、校門を出る頃にはもうすっかり暗くなってしまっていた。


 この時、夜の闇が今までと違う感触で私に迫って来ている――そんな不思議な感覚を私は覚えていた。これが今日に限った事なのか、それともこれからずっとそう言う感じが続くのか――今はまだ分からない。

 ただ、こうなった原因は私の中に宿った神様のせいなんだろうと言う事は何となく感覚的に理解していた。


 少し警戒しながら通い慣れた道を歩いていると、僅かな寒気と共にいつの間にか知らない景色が私の視界に入って来ていた。有り得ない、それは全く在り得ない事。

 けれど、今それは間違いなく私の身に起こっている。


「嘘?」


 狐に化かされるってこう言う事を言うのだろうか?私は周りをキョロキョロと見渡して、今までに体験した事のないこの異常な状況にただただ震えていた。

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