闇神様

にゃべ♪

闇神様の復活

少女に宿る闇

第1話 復活!闇神様

 うららかな春の午後

 誰もが何の代わりのない日々を楽しんでいる

 私はこのぬるま湯の中で何者にもなれないまま

 なれないまま――


「えーと……」


 ポエマーを気取ってみたものの、すぐに言葉に詰まってしまう。それでもこんなアンニュイな午後は何かをしないと手持ち無沙汰で困る。中学も2年生に進級して私も将来なんてものにもそろそろ興味を持たないといけないお年頃。ちょっと前まで小学生だったのに。

 大人は子供より出来る事が多くて、その代わりの責任も重くて……結局まだ私は甘えていたいんだと思う。だってまだ許されているのだから。


「しーおり!」


 ぼうっとしてる私を呼ぶ声がする。もうちょっとこのままでいさせてよ。


「野中しおり!いつまで机に突っ伏してるつもりっ!」


「わわっ!ごめんなさい!」


 うわっ、先生の声!2年の担任の橋本先生は厳しいので有名だ。嫌だなぁ、無理にでも起きなくちゃ。友達はそれで起こそうとしていたのか。


「まーた騙された!」


 起き上がってみたら担任の姿はない。それは友達の声真似だった。急いで起きたのに損した。


「もう、質の悪い冗談はやめてよね!」


 私は友達に注意する。友達の優子とも小学生の頃だからもう5年の付き合いだ。彼女はモノマネが異常に上手い。クラスメイトの殆どの声真似が出来る。最早プロ級と言っていい。先生の声で騙せるくらいだから悪戯のし放題だ。

 分かっていても毎回騙されるからね、大したものだよ。それに優子の声真似は恒例になってしまっている為、もう怒る気にもならない。


「帰ろっ。空が曇ってるし雨になる前にさ」


 そうだった。眠気に負けて机に突っ伏しちゃってたけど、今は放課後だった。所属する部活をサボって教室で眠ってたんだけど、このまま眠っていたら学校に閉じ込められるところだった。


 私は合唱部に属している。楽出来るだろうと踏んでいたんだけど、実際は全然そんな事はなかった。中1の三学期にはほぼ幽霊部員だったんだけど、今でも籍は抜かずにそのまま放置している。いつまでこんな事が許されるんだろうねえ。

 そうそう、実は合唱部は優子と一緒に入ったんだ。優子は真面目だから今でも部活に通っている。それで部活が終わった彼女が私を呼びに来たんだ。


「うん。じゃあ帰えろっか」


「真っ直ぐ帰る?」


「それはほら、テンション次第かな」


 私達はいつも登下校は一緒だった。勿論家は離れているから途中までだけど。たまにそのままどちらかの家まで付いて行って遊ぶ事もあったり。

 2人で帰る帰り道はその時のノリ次第でどこかに寄って帰ったり、まっすぐ真面目に帰ったり。今日もそんな行きありばったりの下校だった。

 空を夕日が赤く染めている。部活終わりからの下校なのでもう空には一番星が輝いていた。


「部の方はどう?」


「んまぁ、順調だよ。しおりも来ればいいのに。籍抜いてないのはしおりの実力をみんな認めているからだよ」


「何だかやる気が出なくてさぁ~」


 時間も遅かったので今日はどこにも寄らずに真面目に帰っていた。優子の話もいつ説教に変わってもおかしくなかったし。

 お互いの家へと別れる分岐点の分かれ道で別れてしばらく歩くと、ここらへんでは普通見かけない黒猫が私の目に映った。

 私はその光景が珍しくてその猫を追いかける。猫は近付く私に気付くと一目散に逃げ出した。な、何でよっ!


 昔からそうだ。猫が好きなのに嫌われてばかり。飼い猫を触らせてもらう事はあっても、それ以外から好かれた事なんて一度もない。

 私には猫が嫌いフェロモンか何かが体から出ているんだろうか?だとするなら猫好きなのにこの体質が憎い。


 私は黒猫を追いかけていつの間にか知らない場所に出ていた。あれ?近所の通りに私の知らない場所なんて――。


 そこには立派な桜の花が一本立っていた。ハラハラと桜吹雪を散らしている。

 風もないのにその桜吹雪はどんどん周りを桜色に染めていく。

 私はその幻想的な光景に体が自然に動いていた。まるで桜に呼ばれているみたいだ……。


 近付いて立派な桜の幹に触れると、暖かいような切ないような不思議な感情が私の心を満たしていく。

 もうこの頃には私を嫌って逃げていった黒猫の事はすっかり忘れていた。


「こんな桜の木が地元にあったなんて……」


 私は桜吹雪の舞う中で、ずっと花の咲いている頭上の景色を眺めていた。

 あれ?でもおかしいな。どれだけ花びらが散っても桜の花が減る様子が一向にない。

 こんな事が現実に起こるなんて……。


 この事に気付いて少し怖くなった私が後ずさりすると、側にあった小さな祠に足を取られかける。


「わわっ」


 スマホサイズのその小さな祠は、最初に桜に近付いた時にはなかったものだ。いや、もしかしたら気付かなかっただけで最初からそこにあったのかも。

 とにかく私は何か悪い事が起こってもいけないと思って、両手でその祠を持ち上げて必死に祠に祀られている神様に謝罪した。


(決して悪気があった訳じゃありません。どうかお許しをっ!)


 目をつむって必死に祈ってまた目を開けた時、そこは見慣れた通りの景色に戻っていた。さっきまでの景色は綺麗さっぱり視界から消えていたのだ。

 私がさっきまで手に持っていたはずの祠も――。

 そんなバカな!って思ってそれから辺りを探索したものの、一本桜が花吹雪を散らしていたその場所はどこにも見つからない。


「えぇ……?」


 私は全く腑に落ちなかったものの、周りがすっかり暗くなってしまったので仕方なく家に帰る事にした。まるで狐か狸に化かされたみたいだ。そう言えば私の家を含むこの新興住宅街は山を切り開いて作ったもので、それまでは自然が豊かで狐や狸も多く住んでいたらしいけど……まさかね。


 その夜私は夢を見た。その夢はいつも見る普段の夢と全く違っていた。


 まず一番の違いはその背景だ。夢の中で私はさっきの一本桜の景色の中にいた。普段現実的な世界観の夢を全く見ない私は、この夢が夢なのか現実なのか全く判別出来ないでいた。


(娘よ……聴こえるか……)


 どこからか声が聞こえてくる――初めて聞くけど、どこか懐かしい感じのする声だ。でも一体どこから――?


(案ずるな……我はそなたの心に直接語りかけておる)


(あ、あなたは誰ですか?)


 私はその心に直接語りかける声に反応する。これは夢のお告げみたいなものなんだろうか?


(我の名前は闇神なり。謀によりて闇に封じられておった。娘よ……そなたの体、貰い受けるが良いか)


(いやです!私の体は私のものです!)


 闇神と名乗るその声の主の言葉に、私は思いっきり拒否の意志を伝えた。信心深い人なら何とかなったかもしれないけど私はそうは行かないよ!

 それにどうせこれは私の夢だしね。夢の中じゃ神様より私の方が力が強いよ!多分。


(中々威勢の良い娘じゃな……じゃが我はもうそなたの中に居る。宿願叶うまで世話になるぞ……)


(ちょ、何を勝手に……)


 夢に中で神様に抗議したその瞬間、私は思いっきり飛び起きていた。今見ていた夢のせいだ。ああ、悪夢で目覚めるなんていつぶりくらいだろう。


 気が付くともう外は明るかった。耳には早起きの鳥達のさえずりが聞こえてくる。ふと見ると目覚まし時計は鳴る5分前の時刻を示していた。

 えぇと、さっきのアレってちょっと趣味の悪い悪夢って事でいいんだよね?

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