■6『最後の大仕事』
第36話『礼なんていらねえ』
■
そして、後日談。
ある程度の乱闘騒ぎなら、学院側も黙認するが、しかし骸躯まで持ち込んでの騒ぎとなれば、話は違う。
なにせ、骸躯の無断所持は重犯罪。
下っ端の連中は停学になり、主犯の桜手は退学。魔法の契約を切られ、彼はただの人間になってしまった。
なぜ桜手が骸躯を手に入れる事ができたか。それは、彼の父親が金持ちだったからという、単純すぎる理由がある。
金持ちというのはおおよそのイメージとして、何か人には言えない趣味なんかを持っているが、彼の父親も、それに当てはまったらしい。
こっそり骸躯のコレクションをしており、いままで窃盗団に奪われた該躯もいくつか発見できたとの事。そのコレクションを、桜手が拝借し、幸太郎への復讐へ使ったのだ。
「……話を聞くと、単純だな。興味もなかったけど」
事件から数日後。すべての処理が終わると、幸太郎は校長室へ呼び出された。そして、事件の概要を森厳坂雪人から説明されたのだ。
応接ソファーに足を組んで座り、『森厳坂高校にて骸躯の違法使用』という一面記事が乗った新聞を、ローテーブルに放った。
「……お手柄を挙げたキミには、事件の全貌を離しておこうと思ったのですが」
「んなのどうだっていいよ。俺は、蜂須賀くんの仇討ちがしたかっただけだし」
「そうですか。……では、本題に入ってもいいですか?」
雪人は、幸太郎を見つめて、「荒城幸太郎くん。キミは停学一週間です」と、まるで神からの言葉だと言わんばかりに、厳かな声色を作る。
「なんだ、一週間でいいのか?」
それとは反対に、幸太郎は楽しそうに笑った。
「学校の生徒をほとんどぶっ倒したんだ。退学まで覚悟してたぜ」
「その割には、落ち着いた様子ですね……」
幸太郎は、出されたお茶で唇を濡らし、「そうでもねえよ」とわざとらしく肩を竦める。
「あん時は必死だったしな。それに、あいつらが俺を狙って来たんだし、正当防衛だろ」
「それは頷けませんが、骸躯を止めてくれたという事実を考慮し、停学一週間なのです。……多少時を置けば、キミも学校に溶け込みやすくなるでしょうし」
事件が終わってから、幸太郎は学校へ行っていない。というより、学校の全員が殴り倒されたのだ。回復魔法があっても、すぐに回復はできず、結局三日間の休校期間ができ、それが明けたと思ったら幸太郎は校長から呼び出され、こうして停学を言い渡された。
「あんたがそんな思いやりに満ちあふれてたとは、驚きだ」
「生徒を思うのは、教師の仕事の六割に当たりますので」
「けっ。心でもねーことを……」
立ち上がると、幸太郎はまだダメージが内部に残っているからか、少し遅い足取りで、校長室を出た。
休みになったし、蜂須賀くんのお見舞いにでも行こう。
そう決めて、下駄箱へと向かった。
靴を履き替えて、学校を抜けると、その近くにある病院へ足を運んだ。
受付で見舞いに来た事を告げ、蜂須賀の病室へ行くと、そこには告葉を始めとした、一緒にカジノ・バグジーへと乗り込んだ面々が、蜂須賀の病室に集合していた。
「あ、幸太郎」
小さく手を振り、出迎えてくれる告葉。
幸太郎も、「うっす」と手を振り替えし、蜂須賀のベットを覗き込んだ。
「よう、幸太郎」
蜂須賀は既に起きていて、いつもの様にエロ本を読んでいた。
「蜂須賀くん、起きてたんか」
「あぁ。後輩が俺の為にいろいろしてくれたんだし、いつまでも寝てるわけにはいかねーだろ」
エロ本から目を離さないまま、にやにやと笑う蜂須賀。どう見ても、エロ本がいい内容だから笑っているように見えるが、本当は幸太郎が自分の仇討ちをしてくれたのが嬉しいだけである。
「別にそういうんじゃねえよ。ただ、あのヤローがムカついただけ」
「幸太郎も素直じゃないにゃあ」
ベットの向こうに立っていた真希は、幸太郎の胸を指で突こうとするが、届かなかったので指揮棒で軽く突いてきた。
「蜂須賀も素直じゃないけどにゃ」
「うるせえ。っていうか、猫の毛がついてんのか知らねえけど、目と鼻がかゆいんだよ」
「あー、蜂須賀くん猫アレルギーだかんなー」
真希の隣に立っていた陽介の言葉に、彼女は「うにゃ、そうだったのかにゃ!?」と口を大きく開いた。
「どーりで、前に模擬試合した時、くしゃみと涙でぼろぼろだったわけにゃ……」
「それ、想像するとすげえ面白いな……」
笑いを堪える幸太郎。その隣で、告葉も静かに笑っていた。
「蜂須賀先輩、意外な弱点があったんすね」
蜂須賀の足下に立っている誠也も笑っていた。
そうしていたら、幸太郎は、ベットの横に備え付けられていた棚の上に乗っている大量のお見舞い品を見つけた。
「あれ……。蜂須賀くん、なんか妙にお見舞い来てねえ?」
「あぁ。なんか、女の子が大量に来てな。おいてった」
「あいっかわらず、なんで蜂須賀くんはそんなにモテんだよ……! 俺らにゃそんなの無いのに!」
陽介は悔しそうに地団駄を踏んだ。男の最もみっともない姿である。
「お前な、ここ病院だぞ。静かにしろ。俺の居心地が悪くなる」
「そーだぞ、ヅカ」
「蜂須賀くんが余裕なのはわかるけど、なんで幸太郎も余裕そうなのさ!」
まるで、二人が自分の大切なモノを盗んだ犯人の様に見る陽介。そして、幸太郎を指差すと、「幸太郎は、余裕じゃいられないぞ」と、低い声を出す。
「あぁ? どういうこった」
「……お前の二つ名が、更新されたのさ」
「更新、って……。あ、もしかして、無法者ってダサい二つ名がなくなったのか?」
「そう。それで、新しいのが、『魔法使い殺し』だ」
魔法使い殺し。
幸太郎は、自分の頭の中でその言葉を繰り返した。
「いいねえ。無法者よりずっといい」
「ほとんどの生徒と乱闘したしなぁ。魔法使い殺し、なんて言われても不思議はないだろ」
誠也は頷きながら、噛み締めるような口調で言った。だが、今まで寝ていた蜂須賀はそんなこと知らなかったので、
「マジか。そんな事したのか! やっぱお前、面白いな」
「ま、そんなわけで、普通の森厳坂生徒は、お前と付き合おうなんて思わないだろ。これで余裕じゃなくなったなー」
俺は違うけどな! と大笑いする陽介。だが、彼以外は気付いていた。『幸太郎と友達だったらそれもままならないんじゃないか』と。
「アホの言う事はおいといて、蜂須賀くん、いつ退院できんだ?」
「今日の午後から検査して、明日には」
「そか。んじゃ、退院したら、どっかでパーっとやろうぜ」
そう言って、幸太郎は「俺はそろそろ帰る。あんま長居しても迷惑だしな」
「え、もう帰るの」意外そうに言ったのは、告葉だ。蜂須賀の為に戦ったのだし、もう少しその余韻に浸ると思っていた彼女は、思わず口走っていた。
「まあな。それに、俺一応停学だし、今日くらいは大人しくしとこうと思ってよ」
「そっか。……て、停学になったの!?」
珍しく告葉が大声を出したので、幸太郎は「お、おう」と驚きを引きずって返事をしてしまう。
「つっても、一週間だし。……まあ、心配すんなよ。退学じゃないんだから」
「別に、心配してないから」
告葉は、そっぽを向いて、ホコリを払うみたいに、幸太郎を手で追い払った。
「そっけないな、お前。ま、それくらいのがお前っぽいしな。……そんじゃ、今度こそ」
そこでやっと、幸太郎は病院のドアを開けて、病室から出ようとした。そんな時、彼の背中に、蜂須賀が声をかける。
「幸太郎、ありがとな」
顔を合わせるのは恥ずかしいので、背中を向けたまま、手を挙げて答えた。とりあえず、次に蜂須賀と会うまでに、この事は忘れようと思った。礼を言われる様な事はしていない。ただ、自分が我慢できないからした事だ。
それに、いちいちお礼を言われるのも、妙に恥ずかしい。
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