第35話『知恵と工夫』
「かっこつけやがって……。てめえ、状況が見えてねえのかよ!! 俺は、お前の頭に拳銃つきつけてる様なモンだ! 圧倒的に有利って事なんだよ!」
明らかに、桜手は苛立っていた。本来であれば、歴史に名を残すほどの魔法を使っている自分が、まだ戦っている事すらおかしい。彼はそれから目を逸らしているが、無意識に、幸太郎の余裕そうな態度でその心を揺さぶられたのだ。
余裕なのは、自分のはずなのに。
なんで俺は、焦ってるんだ?
彼にその答えは見つからない。
「アホか。かっこよくなきゃ、つまんねーだろうが」
幸太郎は両手で髪を後ろへと押し上げ、ニヤリと、桜手を見下す様に笑った。
「殺す……! お前だけは、絶対殺す!! 俺をナメてんじゃねえぇぇッ!!」
桜手は、斧を握り直すと、幸太郎へ向かって来た。その気迫は、まるで追いつめられ、生きる事しか考えていないネズミの様で、その姿は、まるで圧倒的弱者の様だった。
対して、幸太郎は、圧倒的強者の様に、堂々としていた。魔法もない、それどころか骸躯もない。彼は桜手より、数段落ちるステージに立っているはずなのに、何故か対等だった。
二人の間合いが、ぶつかる。
幸太郎の体が、重力に襲われた。体の重さが、倍になる。だが、もうこの重さには慣れた。覚悟していれば、動けないほどではない。
当然、普段より落ちた動きにはなるが。
横から、斧が飛んで来る。普段なら躱せる。だが、今の幸太郎は普段通りの彼ではない。だから、躱せずに柄を掴んだ。
自重と斧の重さと衝撃。そのすべてが、幸太郎の腕へと襲いかかってくる。骨が軋む音が、幸太郎の耳の横で鳴った。
だが、骨なんていくつも折れて来た。
骨が軋む事なんてたくさんあった。
ハチェットとの修行は、もっと痛く、厳しかった。
「どうした……」幸太郎は、口角を釣り上げて、目の前に立つ桜手をあざ笑う。「俺の大師匠の魔法を使ってる割には……、大した事ねえな」
「こ、の……!」桜手の顔が、どんどん真っ赤になっていく。
「そもそも、本当にこの魔法、この程度なのか?」
「……なんだと?」
桜手の顔から、怒りが消えた。ただ疑問だけで満たされる。
「こっちは、ずっとおかしいと思ってんだよ。俺の大師匠だぞ? ハチェットの師匠が、俺に攻略法を見つけられる程度の魔法なわけがねえ」
「攻略法だと……?」
桜手はすでに、幸太郎の基本戦略を把握している。今まで彼がしてきた戦いは、基本的には『ハッタリ』で時間を稼ぎ、その隙を突くというモノ。
つまり、これはハッタリであるという可能性もある。
だが、もしハッタリじゃなければ?
その考えが、彼の思考を縛った。
ハッタリはかますに限る。
これはハチェットの考案した対魔法使い戦術——というより、勝負の鉄則である。
ハッタリはバレても効果を発揮するのだ。『これはハッタリなのか?』という考えに支配され、もしもで動けなくなってしまう。
結局、そんな事は関係ないのに。いくら頭の中で理屈をこねくり回しても、状況次第で吹き飛んでしまう。それを桜手は知らないのだ。
体を鍛え、喧嘩の仕方を多少学んだとしても、戦いの思考法が彼にはまだ足りないのだ。
だから、
「……お前のハッタリは、もう聞き飽きた」
彼の言葉の真偽を、こうして問いてしまった。意味がない事だというのに、桜手は気付いていない。
「さあ、どうだろうな」
とぼける幸太郎に、桜手の表情が再び怒りに染まる。心が弄ばれているコトに気付かない彼は、重力を操作して幸太郎の体を軽くし、空中へ放り投げた。
彼の体は、重力が半分になり、まるでぬいぐるみみたいに空中へ飛ばされる。
だが、高い所から落ちたところで、有る程度なら幸太郎は無傷で着地できる。
「知ってんだよ! 俺はお前の戦いは、全部見て来たからな!」
瞬間、幸太郎の体が重くなる。今度は重力が倍加したのだ。突然落下スピードが上がり、タイミングを計り損ねてしまった。
五点着地をし損ねてしまい、足首が折れた。
「ぐぉおッ!?」
幸太郎は、思わず苦痛に声が漏れた。眉間に体中から集めてきたような皺を寄せて、足首を押さえそうになるが、それを我慢して拳を構え直す。
「お前の戦法の半分は、そのフットワークにある。こうして、足を殺しちまえば、お前はもう縛られたも同然」
桜手は、腹の中で何かが爆発したような気持ちになった。目論みが上手く行った。彼の戦いをすべて生で見て、更に録画までして何度も何度も見た。
そして、思いついたのが『足を潰す事』だった。
ハッタリで相手の力を削ぎ、乱れた照準を万端のフットワークで躱し、相手の懐に潜り込んで拳を叩き込む。
どこまで行っても、これが基本だ。足さえ壊せば何もできない。
「お前の負けは、確定だ」
斧を肩に乗せて、桜手は泣きそうな顔で笑った。これで俺は、森厳坂をシメる事ができるんだ。そういう気持ちが、思わず表情に出てしまったのだ。
「はぁー……」
幸太郎の額から、脂汗が流れる。痛みを我慢しているが、体は反応を表さずにはいられない。そんな中、彼は呆れた様に頭を掻く。
そして、ポケットから取り出した煙草を唇の間に挟むと、それに火を点けて、紫煙を吐き出した。
「アホかお前」
「あぁ!?」
「お前の浅い喧嘩歴と一緒にすんな。対魔法使い戦術は、奥が深いんだよ。足が潰れたくらいで、全部の策がダメになるか」
「へぇー……! なら、これを躱してみろや!!」
桜手は、掌を前に突き出し、光弾を幸太郎に向かって放とうとした。
だが、幸太郎は素早く学ランのポケットからメダルを取り出すと、それを桜手の掌に向けて放り投げる。魔力がチャージされ、発射の直前にメダルとぶつかった為、暴発した。
「うぉッ!?」
手が焦げてしまい、桜手はすぐに回復魔法をかけた。
「お前よぉ、俺は通常魔法なら対処完璧なんだぞ? 今更そんなモンしかけてきてどういうつもりだ?」
幸太郎は、再び紫煙を吐き出す。煙草噛んで、吸っていないと、痛みで叫び出しそうなのだ。
「な、なら……これはどうだ……!」
桜手は、再び斧で重力を増加させ、自らの特質魔法、ブルズアイダートで重力をダーツの形にした。
「俺の特質魔法なら、このパワー・オブ・グラビティの射程範囲が、格段に広けられる」
「ほー。お前みたいなイケてない男が、ダーツなんてイケてるモン放り投げるってのが、そんな事どうでもよくなるくらい、面白いんだけど」
幸太郎は、投げてみなよと言わんばかりに、人差し指だけで手招きする。
「なら、お望み通りに投げてやるよぉ!!」
重力の矢が、幸太郎に向かって飛んで来る。
だが、幸太郎は近くに転がっていたトンファーの欠片を拾い上げ、そのダーツに向かって投げた。矢にぶつかったそのダーツは、ズドンと派手な音を立てて、地面に落ちた。
「お前、ホントにアホだな。ダーツになんかしたら、入った相手を問答無用で重力制御するってパワー・オブ・グラビティの強みがなくなんだろうが。肝心なのは射程距離じゃなくて、どれだけ確実に相手を術中に落とせるかだろ。射程距離は、自分の策で埋めねえと。強い魔法に弱い魔法を掛け合わせたら、弱くなるって典型みたいな例だったな」
笑いを押し殺し、喉の奥を鳴らす幸太郎。
「魔法も使えないヤツが、偉そうに講釈垂れてんじゃねえよ!!」
「わかってねえな……」
舌打ちをして、幸太郎は上着を脱いだ。結んで、まるで鉄球ハンマーの様な形を作った。
「俺は魔法が使えないから、魔法の使い方はしっかり学んでんだよ。いつ使える様になってもいいようにな。……オラ、とっとと来い。ラストスパートだ」
くるくるとその鉄球ハンマーを回す。ポケットにメダルが入っているので、かなり重量感があり、かつ威力も高い。
「そんな武器、重力っていう無敵の力には敵わねえよ」
「ぶつかってくればわかるさ。オラ、来いよ」
もう幸太郎は、走る事もできない。だから、向かってきてくれるのを待つしかない。
本来、遠距離からじわじわと嬲るような戦略を取れば、桜手の勝率は上がっていた。しかし、桜手は本能的に、幸太郎が苦しむ顔を近くで見たいと思ってしまっている。その為の挑発とハッタリで、心をかき乱したのだ。
「これで最後だ!! 頭カチ割ってやらぁ!」
桜手は、全魔力を斧に注ぎ込んだ。
これで決める。もう勘弁ならない。荒城幸太郎は、この世にいちゃいけない人間なんだ。こいつがいたら、きっといつか魔法使いの世界が滅ぶ。
そんな突拍子もない考えが、桜手の頭を満たしていた。怒りがピークに達し、本当に殺しても構わないと、殺人が正当化された瞬間である。
幸太郎は、持っていた学ラン製ハンマーを思い切り振るった。遠心力に満たされ、凄まじいスピードで桜手の顔面へと向かう。
だが、重力をかければ、そんなモノ落ちるに決まってる。
「動けないまま死ねえぇッ!!」
桜手の叫びと同時に、幸太郎の体に負荷がのしかかる。桜手の脳内では、ハンマーは落ちるはずだった。何せ、体の重さが倍になるほどの重力である。
だが、ハンマーは落ちず、桜手の顔を打ち抜いていた。
桜手の視界が、目の前が、ぐにゃりと曲がった。
体勢を保っていられない。桜手は、地面に背中を預ける事になった。
「な、んで……なん、で……。重力は、しっかりと張ったはずなのに……」
幸太郎は、地面にへたり込む。そして、もう一本煙草を取り出し、火を点けた。
「ふぅー……。お前さぁ、小学校の頃とか、バケツに水入れて、振り回した事ねーか?」
「なん、なんの、話だ……?」
「いいから、聞けって。あれって不思議なもんでよぉ、いくら振り回してもこぼれねえんだよな。俺はな、ハチェットから「気になった事は全部調べなさい」って言われてて、それも調べてみたんだよ。したら、『遠心力』で重力との釣り合いが取れてるから、水がこぼれないんだと。宇宙ステーションなんかも、遠心力を重力の代わりにする設計になってるとか」
幸太郎は、痛む足を摩りながら、「つまりそういう事だよ」と言った。
だが、まだ桜手はわかっていないらしく、幸太郎は渋々話を続けた。
「メダルを重りにして、上着でハンマーっていう遠心力を使う武器を作ったの。んで、ハンマーは振るったら重力と釣り合いが取れて、落ちずに済んだって事。わかったか?」
「そんな、単純な事で……」
幸太郎は立ち上がり、ニヤリと笑い、「そんなモンさ。悪魔が作った技術と同様、人間の技術も誇るべきモンがあんのさ」そして、幸太郎は持っていたハンマーで、もう一度桜手の顔面を叩き潰した。
まるで臼に乗っていた餅を、杵で叩いたような感触が、幸太郎の腕にやってきた。
「あー……。やっと、終わった……」
幸太郎は、ばたりと倒れて、眠った。
何せ学校の生徒全員と喧嘩して、さらに大師匠の魔法と戦ったのだ。疲れて当然である。
薄れていく意識の中で、桜手からの魔力供給が断たれ、倒れて行くゴーレムと、それを見てデュエル・サンクチュアリを解き、幸太郎にかけよってくる告葉と誠也に気付いた。
「無事でなにより……」
幸太郎は、気絶した。毎回戦いが終わると、疲弊してしまう。もっと余裕で敵を倒せるようにならなくっちゃな、と戦いを振り返った。
そして、途中で途切れる。幸太郎の意識は深い海の底へと沈んだ。
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